東方淫魔伝 作:スイセン
虹色の鮮やかな弾幕と、銀のナイフが交差する。
互いに怪我をしていて万全の状態ではないはずなのだが、そうとは感じさせない華麗な立ち回りを見せる2人。
縦横無尽に飛び回りながら戦う姿に目を離せない。
「くっ、やりますねッ!」
咲夜のナイフに押され始めた美鈴が一枚の紙を取り出した。
「華符『芳華絢爛』!」
構えを取った美鈴から大量の弾幕が生み出される。花弁のような形で広がっていく弾幕。
これが美鈴のスペルカード。弾幕の量も綺麗さも前の俺と戦った時とは比べ物にならない。
視界いっぱいに広がる弾幕は避ける方法があるのかとさえ思えてしまうが、咲夜はまるで逃げる先がわかっているかのように弾幕を躱しては反撃のナイフを美鈴に投げ込む。
「うぅ……、ダメかぁ……」
「これで一枚取得ね。それじゃあ次は私の番」
美鈴の弾幕が途切れると同時に咲夜が大量のナイフを手に持った。
「メイド秘技『操りドール』」
美鈴に向かって大量のナイフが投擲される。それが次の瞬間には倍以上の量へと増えて美鈴に襲いかかった。
「くっ……!」
必死に避ける美鈴だが、咲夜が投擲する度に増え続けるナイフについに直撃してしまい、そのまま地面に落下する。
ゴンッと鈍い音がした。
「ふぅ……、模擬戦はこれくらいかしらね」
汗一つかいてない咲夜が服についた埃を払う。
「……凄い音がしたけど大丈夫か?」
「あれくらい美鈴なら平気よ。それにちゃんと手加減はしたもの」
ナイフ投げに手加減なんてあるのか……? それに、人間なら確実に骨折、悪くて死亡する高さだぞ?
地面を見ると、美鈴が頭を押さえながら座りこんでいた。
「いてて……、やっぱり本調子じゃないなぁ……」
あの高さから落下してあの程度で済むってどうなってるんだ……。どんだけ頑丈な肉体なんだよ。
「さて、これが弾幕勝負なわけだけど……、理解できたかしら?」
「……いや、無理だろ」
なんか凄いことをしている程度の認識しか出来なかった。
ルールとか全然わからなかったし、なんならあれ全部避けれる気がしないので、俺は弾幕勝負とやらに向いてないのかもしれない。
不意に咲夜がこっちを見て口を小さく開けた。
「あ……」
ちょっと間の抜けたような声。
「あ? どうかしッいってぇ!」
唐突に背中に思いっきり衝撃が加わった。それでバランスが崩れて落下する。
一気に近づく地面。
や、やばいやばい! 体勢を早く立て直さないと死ぬ!
「全く。気をつけなさい」
ぶつかると思った瞬間、咲夜にいつの間にか受け止められていた。
所謂、お姫様抱っこっていうやつだ。
「わ、悪い。助かった」
ありがたい。ありがたいんだが……これって普通男女逆じゃない?
「別に構わないわ。それにしても」
咲夜が上を向くので、それに釣られて俺も顔を上に向けるとそこには見たことある氷の妖精が飛んでいた。
「またやってきたな! 今度こそあたいが退治してやる!」
「彼女、すっごく怒ってるみたいだけど、あなた、何かしたの?」
「……まぁ、色々と」
説明する気になんてもちろんなれないので適当に誤魔化しつつ、咲夜から解放してもらう。
ずっとあの体勢は流石に恥ずかしいものがあるからな。
「まぁ、ちょうどいいわ」
「……一応聞くが、なにが?」
「貴方の実戦相手。少々物足りないかもしれないけれどね」
物足りない……? どこが?
あの妖精、湖を一瞬で凍らせる力持ってるんですよ? てか、唐突に実戦入るとか流石に無理じゃないですかね。
助けを求めるように美鈴を見ると、頑張ってくださいと言わんばかりにガッツポーズを取られらた。
やだ、ここの人たち、脳筋しかいないのかしら……。
「死んだら骨は拾ってくれ」
「死んだら妹様のご飯くらいにはなれるかしら? 美鈴はどうかしら?」
「うーん。私は遠慮しておきますね。美味しくなさそうですよ。お腹壊すかも」
「死んだら食われるのかぁ……」
てか、美味しくなくてお腹壊しそうって随分と失礼な奴だな。フラン曰く血は美味しいらしいぞ。別にそう言われても全然嬉しくないけど。
まだ慣れてはいないが、なんとかしてもう一度飛び上がる。うーむ。なんとも危なっかしい。また1発喰らったらすぐに落ちそうだ。
「あー、待たせたな。飛行初心者なんだ許してくれ」
氷の妖精と同じ高さまで上がったところでそんなことを言うと思いっきり睨まれた。
うわー、嫌われるなぁー。
「今度こそギッタンギッタンのバッタンバッタンにしてやる!」
相手はやる気十分。対して俺はやる気不十分どころか、飛ぶことすらおぼつかない状態だ。
「あたいが勝ったら、わかさぎ姫に謝ってもらうからね!」
「……謝って許されるなら警察も閻魔様もいらないんだよ」
「なら、あたいが裁く!」
「判決は?」
「永久凍土の刑だ!」
それは寒そうだ。けど、それって地盤とかの話のはずなんだけど大丈夫?
「喰らえッ!」
ばっと腕を大きく広げた彼女から一気に冷気が放出されて、氷の弾幕が放たれていく。
けれど、先程の美鈴や咲夜ほどじゃない。まだ避ける方向などは検討がつく。
「ギリギリ避けれはするな」
飛びながら避けるので、地面で走って避けていた時よりはやりやすい。
ただ、制御が難しいな。まだ感覚を掴みきれていない。羽に意識を向けるせいで手に魔力を集められないぞ。
これじゃあ、飛びながら何度も魔弾生成なんて出来そうにないな。
「……ちょっとタンマ!」
「え?」
大声でストップをかけると、ちゃんと弾幕を止めてくれた。
マジか。本当に止まってくれるとは思わなかった。
その隙に一回地面に降りて咲夜に駆け寄る。
「あなた、なにやってるの……」
呆れた様子でこちらを見られるけど、いきなり実戦とか言ったお前が悪いと思うんだが。
「ナイフを貸してくれ。魔弾を生成する余裕がない」
「別にいいけど、投げれるの?」
「止まっている蝿に当てれない程度の腕前だよ」
ため息を吐かれた。
ともかく目的のナイフを一本借りて再び浮かび上がる。
切れ味が良さそうな一品だ。気をつけないと自分の指を切り落としかねない。
「悪いな。またまた待たせた。弾幕勝負初心者なんだ許してくれ」
「……もう本気でいくッ!」
めっちゃ怒ってるな。そりゃそうだ。
勝負中にタンマをかけられて、かつナイフを取ってこられるとか舐めてんのかって俺でもなる。
氷の妖精に一気に冷気が集まり始めた。
「氷符『アイシクルフォール』!」
スペルカードの宣言。まるで挟み込むように氷の妖精の両端に弾幕が生成されこちらに向かってくる。
片方を避けるのに集中していたらもう片方に被弾しそうな動きだ。
1発でも喰らえば落下してしまう俺にとっては面倒なこと極まりない。
まぁ、1発でも喰らったらダメなら1発も喰らわずに済ませればいい話なのだが。
目の前の空間にスキマを開き、そこに潜り込む。羽に向ける意識が少し逸れて、ちょっと飛ぶバランスが崩れたがスキマに逃げ込めるから問題ない。
出口は氷の妖精の背後。
「あれ? あれ!?」
急に俺が消えたことで慌てている彼女に抱きつき、後ろから首元にナイフを突きつける。
うわっ、ひんやりとしてて冷たいなこの子。
「ええっ!?」
状況に気づいたのか氷の妖精が驚きの声をあげる。
「無理に動くなよ。流石にぐさっとは行きたくない」
首にナイフを突きつけられた彼女はもう動けない。
「この能力はやっぱ使い勝手が良いな」
一応これで弾幕勝負は俺の勝ちになるのだろうか。相手の無力化は出来た筈だ。
下の咲夜を見ると、彼女はふわりと浮かび上がってこちらまできた。
「……ライカ、それはルール違反よ」
「えぇ……」
やっぱりダメだったのか。なんとなくそんな気はしてた。だってこれアリなら咲夜は時間止めて相手に近づくだけでいいからな。
呆れたようにため息を吐く咲夜。いやでも、お前がルールを教えてくれないからだろ。
仕方なくナイフを下ろすと、目の前の氷の妖精がプルプルと震えているのに気づいた。
あれ……? 嫌な予感……。
「あんたなんか嫌いだー!」
そんな叫びと共に寒波とも呼べる冷たい空気が、妖精を中心として一気に放出された。その勢いは突風なんてレベルじゃなく、風の塊と言っても間違いない。至近距離にいた俺は避けれるわけもなく吹き飛ばされた。
やべっ、バランスが……。
思いっきり吹き飛ばされたせいで体勢は完全に崩れ、湖にそのまま落下した。
この短期間で何度も湖に撃墜されてるな俺……。
結構な高さから落ちたせいで、水とはいえ俺の意識を一瞬で刈り取るには十分な威力だった。
「ふーん。それで、妖精程度の相手にライカはまた負けたのね」
夜、吸血鬼達が起き、魑魅魍魎が跋扈する時間帯にて紅魔館の地下室で、恐ろしい吸血鬼の妹、フランドール・スカーレットはベッドに腰掛けながら不機嫌そうに呟いた。
咲夜にフランが呼んでいると言われ、渋々と仕方がなく、嫌々に地下室に向かうとどこで知ったのか、フランに弾幕勝負の顛末について尋ねられたので説明したらこの有様である。弾幕勝負をしたと教えたのはきっと咲夜だろうが、勘弁してほしい。
機嫌が悪くなるのは目に見えていたが、嘘をつけば更に酷い目に遭うのは確実なので嘘を吐くことすらできない。
そして予想通り、あからさまに不機嫌になったわけだ。こいつが不機嫌なだけで命の危機に直面するからやめてくれ。
ちなみにあの氷の妖精との弾幕勝負の後、怒った妖精を咲夜が相手して追っ払ったらしい。ありがたいんだが、素直に感謝する気になんともなれない。
「……負けたわけじゃない。反則しちゃっただけだ」
「そ。どうでもいいけど、主の私に恥は欠かせないでよね」
恥をかいたところでこの部屋から出てこないんだから問題ないだろ。喉に出かかった言葉はフランに小さく睨まれて引っ込んでしまった。
なにこいつ、心でも読めるのかよ。それとも俺の不遜な態度が顔にでも出てたか?
「……使えない従者は解雇すればいいと思うぞ」
そしたら俺はこの館からおさらばしてアリスの元に逃げる。
「そしたらライカはご飯行きね。貴方の血は美味しいからそれでもいいかも」
ははは……、冗談だと思いたいが、冗談じゃないだろうなぁ。
誤魔化し笑いを浮かべると、退屈そうにフランは呟いた。
「それにしても咲夜も意外と抜けているわね。戦闘訓練でライカに弾幕勝負なんて教えたって意味ないのに……」
意味がない……?
「それは……、どういう?」
「こういうことよ」
言って、フランがこちらに向けた人差し指が深紅に光る。
「ッ!? ……!!!!!」
左手に激痛が走った。
見ると焼け爛れたように赤く染まった左手。激痛に顔を歪めるが声は出さない。そんなことをしたらこいつのことだから「うるさい」とか言ってまた攻撃してくるかもしれない。それか、その悶絶する俺の様子を楽しむかのどちらかだろう。
こいつには何度も痛めつけられてきたわけだが、こういう痛みには未だに慣れない。多分慣れた頃には人間を辞めていそうではあるが。
「……偉いな。今回はちゃんと原形が残ってる。手加減の仕方でもお姉さまに教えてもらったのか?」
「今の見えなかったでしょ?」
俺の皮肉を無視してフランは語る。
「弾幕勝負はどこまでいっても遊び。本気の攻撃とは違うもの」
「……だから、なんなんだ?」
「外の世界出身の貴方相手に遊びで済ませてくれる妖怪は少ないってことよ。だって、襲ってもいい食料なんですもの」
「……なるほどな。そりゃ、たしかに弾幕勝負なんて無駄だ」
殺し合いをするというのにルールに則って行われるなんて馬鹿らしい。
「けど、それを教えるくらいのために攻撃してくるなよ。回復するのに魔力を使うんだぞ。魔力が勿体ないだろ」
不満を言うとフランはニヤリと笑った。
「それなら、弾幕勝負でもしてみる? 怪我が増えれば一気に治せてお得でしょ?」
「……遠慮しておく。お前とやったら魔力程度じゃ回復が追いつかなさそうだ。それに弾幕勝負なんて俺には無駄なんだろ?」
「無駄なんて言ってないわ。戦闘という面では意味がないって言っただけよ。戦闘だけがお望みならそれでいいけど、娯楽も人間には大切でしょ?」
娯楽ねぇ。なんとも殺伐とした遊びなんだか……。
「いや、やっぱ遠慮しておく。スペカすら俺にはないからな」
あの後咲夜に軽くルールを聞いたが、ようは相手の弾を避ける! 大技はスペカ! 時間制限まで逃げるか反撃する! スペカが無くなったり、被弾したりしたら負け! みたいなルールらしい。
そんでもってスペカはただの紙切れから魔力を込めた紙、お札でも何でも良く、なんなら紙すらなくても問題ないそうだ。ただ相手にはスペカを宣言したとわかるようにする必要があるらしい。
また、弾幕勝負では相手が避けれない弾幕は禁止というルールも存在するらしく、俺の氷の妖精にやったスキマを使った奇襲はこのルールに抵触していたそうだ。
純粋な力勝負ではなく弾幕の美しさを競う戦い、それが弾幕勝負。
そう聞くとフランにも勝てる可能性があるんじゃないかと思ったが、当たり前だが魔力の多い妖怪の方が多彩な弾幕を撃てるわけであって、やっぱり人間である俺は不利なのである。
「そう。つまんないの」
ちょっと頬を膨らませたフランがポフンと枕に頭を投げ出した。
遊びを断られて拗ねた子供のようで、その動作は可愛らしい。
……惑わされるな。俺こいつに何度も殺されかけてるからな。
「今度までにスペルカード作ってきてよね」
「えぇ……」
「なに?」
面倒くさそうな反応したら睨まれた。
「わかったよ。まぁ、その今度の機会があればな」
あと数日で期日だ。場合によってはその日にフランに殺されるのだから。
「でも、それなら今日は何をしようかしら……?」
「鬼ごっことかは勘弁だぞ」
途中から記憶はないが、酷い目にあったのは間違いないのだから。
「鬼ごっこじゃ貴方と勝負にならないことがわかったからやらないわよ。もっと楽しめそうなこと」
頭を悩ませながら脚と羽をパタパタと動かすフランは、パッと顔を上げた。
「……そうだ! 偶にはこういうのもいいかも」
何かを思いついたのかばっとベッドから跳ね降りると、トテトテと戸棚に向かい、一冊の本を取り出すと俺に寄ってくる。
「はい」
「……なにこれ? 読んだら死ぬとかそういうタイプの本? それとも魔物が封印されてるとか」
「パチュリーの図書館にはあるかもしれないわね。今度、探してみる?」
「ある可能性あるのかよ……」
今後、あの本達には絶対に触れないようにしよう。運が悪ければ死ぬ。
「んで、これなに?」
「普通の童話よ。ほら、こっちに来て」
手を引かれ、ベッドに座らされると俺の脚の間にすっぽりとフランが収まる。
「えっと……、何するんだ?」
「まだ分からないの? 読み聞かせて」
よみきかせて……? ん? 黄泉聴かせて?
「殺す気か!?」
「……人間って本読んだら死ぬの?」
「え? ……あ、読み聞かせか」
ジトっとした目で見られて誤魔化しの咳払いをする。
フランが発せられたとは思えないあまりにも平和すぎる提案に脳の処理が追いついてなかった。
「意外と可愛らしいところあるんだな」
「喧嘩売ってるの? 買うわよ?」
「……やっぱ可愛くない」
不満げにこちらを見るフランから本を受け取り開く。
さてさて、内容は……。
「……読めない」
「え?」
フランはちょっとアホっぽい声を出した。
いや、だって文字が全部英語だし……。
「ライカって英語すら読めないの?」
ちょっと馬鹿にしたような声色で尋ねられた。
「こちとら生粋の江戸っ子だぞ。こんな外国被れの本なんか読めるか!」
「うるさい」
「いてっ!」
適当な逆ギレをかましてやったら顎に思いっきり頭突きされた。首の骨折れるかと思った。
「もう、使えないわね……」
ちょっと残念そうに本を閉じたフランは俺の脚の間から抜け出そうとする。
「まぁ、待てよ」
「……なによ?」
それを抱きついて抑えると、フランがジロリとこちらを見た。
この至近距離で睨むなよ。怖いだろ。
「その本は読めないが、物語の読み聞かせてぐらい出来る」
「……本当に?」
「ああ。俺のとっておきの物語を話してやるよ」
「そ。じゃあお願いするわ」
愛想のない態度だが、素直に再び俺の脚の間に座ったあたり、そこそこ楽しみにしてるなこいつ。
「んじゃ、始めるぞ。昔々の話だ」
結局その日はフランに昔話を聞かせて終わった。ちなみにお題は『おいてけぼり』。とっておきとか言ったが、物語なんてそんなに詳しくなかったので結構有名な話を選択してしまった。
その話を聞いたフランの感想は、
「へぇ、面白い話ね。今度、お姉さまにやってみようかしら」
うわー、凄い良い笑顔。絶対に巻き込まれたくないので、今の発言は聞かなかったことにしよう。
その日はそれで満足したのかフランに解放されて地下室から出られた。
……そういえば珍しく気絶をせずに地下室から帰還できたな。左手は大火傷の重傷ではあるが、明日にはどうせ治ってるだろ。
あと、帰り際に俺が読めなかった童話を渡された。勉強して読めるようになってこいということらしい。
後でわかったことだが、フランが童話と言って渡してきた作品はグリム童話の原作集だった。なんてもん読ませようとするんだ……。童話だけどそれは童話じゃない。