東方淫魔伝 作:スイセン
氷の妖精との弾幕勝負を行った翌日の朝。
柔らかい感触と身体にかかる謎の重さで息苦しさを感じて目を開くと、布団が不自然に盛り上がっていた。
……なんか、つい最近も見た記憶あるぞこの光景。
布団を捲ってみると、スーツ姿の小悪魔が俺に引っ付いて小さく寝息を立てていた。
「……なんでここで寝てるんだよ」
俺のツッコミの声に目が覚めたのか、薄っすらと瞳を開けた小悪魔がにっこりと微笑む。
「おはようございます、ご主人様」
「……ああ。おはよう」
不覚にも可愛いと思ってしまった。小悪魔に悟られないように努めて冷静に挨拶を返して尋ねる。
「んで、なんでここで寝ているんだ?」
「ふぇ……?」
起きがけでまだ頭が回ってないのかちょっとアホっぽい反応をした小悪魔が思い出したように話した。
「ああ、いえ、ご主人様を起こしに来たらよく寝られているようだったので……」
「それで一緒に寝ちゃったと」
随分と自由勝手な行動ではあるが、前回みたいに起きがけに朝勃ちをフェラされているとかよりはマシだと思っておこう。
「いえ。もっと深い眠りにかかるように魔法を使ってから、少し遊ばせて貰いました」
「…………」
マシだと思っていたが、どうやらそんなことはなかったらしい。
何をされたんだ……。通りで小悪魔が潜り込むのに気づかなかったわけだ。さては、前回もその魔法使ったな。
「お目覚めの気分はいかがですか?」
「今、最悪になった。ちなみに何をした?」
「それはもちろん……、秘密です♡」
茶目っ気たっぷりにウィンクされた。
ペチンとデコピンをしてやると、不満げにこちらを睨む。
「何するんですか!?」
「俺のセリフだ。俺の」
小悪魔を引っ剥がして起き上がる。
「布団とか汚してないよな? 咲夜に怒られるぞ」
その場合、俺にナイフが飛んでくるからな。
「大丈夫ですよ。ちゃんと溢さないように気をつけましたから」
「うん……まぁ、いいや……。着替えるか……」
何をされたのか検討がつきそうになったが、考えたくなかったので頭を振って切り替え、着替えることにした。
クローゼットを開くと全く同じ形をしたスーツが何着もある。
毎日のようにどこかしら破れたり、なんなら全損する時すらあるというのにこのスーツが減ってる気がしないんだが、どれだけスーツのストックあるんだ……。
一着取り出して着替えを始める。
「うわ、この人、女性がいる前で躊躇なく脱ぎ始めましたよ……」
「お前は絶対そういうの気にしないだろ」
「いえいえ、そんなことありませんよ? ほら、だらしない体つきとか見ると可哀想に思えきますから」
「……別にそんなにだらしない身体つきではないと思うんだが」
てか、最近はフランの魔力の影響か、シックスパックがはっきりと割れてしまっている。こんなの俺のお腹じゃない。
「うーん。まぁ、そうですね。私的にはもう少し脂身が乗っていた方が好みなんですが……」
撫でるように小悪魔が胸板を触ってきて、微妙そうな顔をした。
「意外だな」
「そうですか? 人間だって好きじゃないですか。サーロインとか」
「そっちの好みかよ……」
好み(異性)じゃなくて、好み(ご飯)かよ。これだから妖怪は……。
「てか、お前は人間食うんだな」
「あれ? もしかしてそういうの気にします?」
「……いいや。別にそんなことはない」
じーっと疑わしげな視線を向けてくる小悪魔の視線から逃げるように着替えに集中する。
そうだ。こんななりでも小悪魔は悪魔なのだ。悪魔といえば人間の魂を喰らうなんて話も聞くし、人間の肉を食べていてもおかしくなんてない。
「あ、ちょっと! ボタンがズレてますよ」
言われて見ると、シャツのボタンが一段ズレていた。
「え? ああ。ほんとだ。面倒くさいな……」
「もう……、はいはい。私がやってあげますから」
仕方がなさそうに小悪魔が近づき、ズレたボタンを外していく。
甲斐甲斐しいと思うべきなのか、俺の下手くそな着付けに我慢が出来なかったのか。多分後者だろう。
「悪いな」
「別に構いませんよ。今更感謝したってあの時に私を選ばなかったのは許しませんから」
「うげっ……、意外とねちっこいんだな」
「悪魔ですから」
喋りながらもテキパキと着付けを行ってくれる小悪魔。最後にネクタイを結んで終わりというところで、ふと手を止めてこちらを見つめた。
「ところで、どうしてあの時、あの魔法使いを選んだんですか?」
「どうしてって……」
そうやって聞かれてもなんとなくとしか言いようがないから困る。
「まぁ、強いて言うなら幻想郷に来てから一番お世話になってからだな」
「じゃあ、もしその一番お世話になったのが私だったら私を選びました?」
「なんだその仮定?」
どういう意図での質問なんだ? そもそも、小悪魔に一番お世話になったとして、その時にほんとに小悪魔を選ぶかなんて俺には全くわからないし、考えつかない。
うーんと悩んだ様子の小悪魔が意を決したように口を開いた。
「アリスさんのこと好きなんですか?」
「……どっからその結論になった?」
「まぁ、色々と。それでどうなんですか?」
「言ったろ。一番お世話になったからって」
「……なんかはぐらかされた気がします」
ちょっと不満そうに口を尖らせた彼女はネクタイを結び始めた。
「忠告しておきます。妖怪を心の底からは信用しない方がいいですよ」
「……妖怪のお前が言うか?」
いつになく真剣な口調の小悪魔に少し茶化すように答えると、それを無視して彼女は続ける。
「アリスさんは貴方のことを気にかけているみたいですけど、そんなの貴方が面白い研究対象だからです。貴方の存在が彼女の目標の邪魔になるのであれば、彼女は貴方を排除にかかりますよ」
「まるでわかったかのような口ぶりだな」
「魔法使いの使い魔ですから」
小悪魔の言ってることが絶対的に正しいとは限らない。けれどそれを否定するための材料を俺は持ち合わせていない。
アリスが俺と関わる理由が俺の面白い能力目的と言われても十分に納得は出来てしまうのだ。身体を重ねたとかそんなことは妖怪である彼女達にとって大した意味はないのだろうから。
少しして小悪魔がネクタイを縛り終えた。
「それじゃあ行きましょうか」
「……じゃあお前はどうして俺と関わるんだ?」
背を向けた彼女に問いかけると、一瞬立ち止まった彼女は振り返って、魅力的で人を惑わすような笑みを浮かべた。
「それはもちろん、貴方が私の契約者で、貴方の魂は私のものだからですよ」
俺は一体、どんな解答を望んでいたのだろうか。
質問した自分ですらよくわかっていなかった。けれど、小悪魔の解答にどこかほっとした自分がいた。
少しカビ臭い匂いがする。
部屋中にある本の古いものからそんな匂いがしてるらしい。ちなみにここにある本は全てパチュリーの魔法で保護をかけられているらしく、水を溢したとか燃やしたなんてことなっても一切問題ないらしい。
ただ、本を大事にしない不届き者には小悪魔とパチュリーの弾幕が襲い掛かってくるだろうが。
「スペルカードについて教えて欲しい?」
俺の頼みに対して、パチュリー・ノーレッジは怪訝な顔をして読んでいた本を下ろした。
「……唐突にどうしたの」
「昨日フランにスペカを作ってこいって言われた」
俺の説明に面倒くさそうにパチュリーはため息を吐く。
「それでどうして私に聞くのよ。他にも聞く相手はいるでしょ?」
「その理由は簡単だ。紅魔館の中だったらパチュリーが一番まともそうだからな」
咲夜は昨日の例があるし、小悪魔もなんやかんやでエッチな方向に進んでしまって有耶無耶になる可能性があった。その点、パチュリーはそれらの心配がほとんどないからな。
本来ならアリスに聞きたいところなんだが、いないものは仕方がない。
「ふーん。そう。まぁ、いいわ。それで対価は?」
「対価?」
「あら? 魔女にお願いするのに何一つとして対価を払わないつもり?」
そんなことを言われても俺は無一文だし払える対価なんて存在しない。
「お金なんてないぞ」
「別にお金を求めているわけじゃないわよ」
「それもそうか。お前、引きこもりだから金使わないもんな」
勝手に納得してると顔面に向かって魔法をぶっ放された。
あっぶね。ギリギリ避けられたが、直撃していたら間違いなくめちゃくちゃ痛かった。
「おい。急に何をするんだ」
「あんた本当に教わりにきたの? そんな態度には見えないんだけど」
パチュリーはジトっとした視線で不機嫌そうな顔になる。
「悪い。機嫌を損ねたのなら謝る。正直者なんだ」
「……もういいわ。あんたの相手をしてたら頭痛くなりそう」
酷い言われようだ。頭を抑えたパチュリーはもう一度深くため息を吐いた。
「んで対価ってなんだ? 俺が払えるものにしてくれ」
「じゃあ新鮮な若い男性の心臓一つ」
「……教える気あるか?」
嫌がらせのような対価に顔を顰めると、パチュリーはつまらなそうに答える。
「ないわよ。もちろん。私じゃなくてレミィにでも聞けば?」
「何をどう間違えたらその選択肢になるんだ? そもそも、あいつはこの時間寝てるだろ」
「今日は博麗神社に遊びに行くって言ってたからまだ起きているわよ。それに、雨が降ってきたからまだ出かけてないわ」
雨で出かけられないね。そういえば吸血鬼は流水を渡らないなんて弱点があるんだったか。それにしても、
「よく雨が降ってきたなんてわかるな」
この館には窓が少ないから外の天気の変化に気づきにくい。この大図書館も閉鎖された空間だから外の天気なんてわかりようが無さそうなものなのだが。
「それは簡単よ。湿気が酷いもの」
……ここは元から湿気が酷いと思うのは俺だけなのだろうか。
「仮にレミリアに聞いてきたとしても断られる未来しか見えないんだが」
「わからないわよ? 貴方の血の一杯でもあげれば快く教えてくれるかも」
「バケツ一杯か?」
「それは致死量ね。……まぁ、レミィに断られたっていうなら考えてあげるわ」
とっとと行きなさいと言わんばかりに話を打ち切ったパチュリーは再び本を読み始めた。
とりつく島もなさそうだ。仕方がない。一応、レミリアのところにも行ってみるか。凄い嫌だけど。
「ちなみにどうしてレミリアに聞かせに行きたい? 咲夜とかも候補にいるだろ」
去り際にふと思いついた質問をして振り返ると、ちょっと口元を緩めたパチュリーが嫌な笑みを浮かべて答えた。
「それはもちろん、その方が面白いことになりそうだからよ」
苦笑した俺にパチュリーは小さく笑う。
あの小悪魔に、この主ありって感じの性格だ。端的に言うと性格が悪い。まぁ、俺も小悪魔の主なんだが。
大図書館を出たところでレミリアの部屋の場所がわからないことに気づいた。
前に一度行っただけだしなぁ。
よし。壁を破壊しよう。そしたら咲夜あたりが飛んできてレミリアの場所を教えてくれるだろう。その前に殺されるだろうが。ダメじゃねぇか。
妖精メイドやホフゴブリンに嫌われている俺は近づいてきてすら貰えない上に、近づこうとしたら逃げられるので道を尋ねることすら出来ない。
どうしたものだろうか……?
「……あら、名無し。珍しいわね」
大図書館の入り口前で悩んでいたら、たまたまお目当ての人物がやってきた。
レミリア・スカーレット。見た目は幼いがこの館の主人にしてフランの姉。
「珍しいっていうのは俺と会ったことか? それとも俺が大図書館にいることか?」
「どちらもよ」
「そういうお前も図書館に何か用なのか? 本とか読みそうにないのに」
俺の問いかけにレミリアは忌々しげない顔をした。
「外に降っている雨をパチュリーに止めてもらいにきたのよ」
「パチュリーってそんなことが出来たのか」
天候操作も可能なんて、思ったよりも凄い魔法使いなのかもしれない。
「知らない。出来るでしょ、多分」
「……さいですか」
凄い適当だった。
軽い会話を交わしたところでレミリアは俺に興味を無くしたように再び歩みを始めた。
「ちょっと待ってくれ。頼みがある」
「頼み? お前が?」
俺の言葉にレミリアは驚いたように目を丸くした。
「ああ。スペルカードについて教えてほしい」
「……理解が出来ないんだけど」
「いや、フランが覚えてこいって」
「はぁ、あの子ったら遊び相手は選びなさいとあれほど……」
頭を抱えて大きくため息を吐くレミリア。なんだかわからんが失礼なことを言われている気がする。
「理由はわかった。けど、どうして私に聞く? パチェにでも聞けばいいじゃない」
「そのパチェからレミィに聞けとのお達しだよ」
「さては、面倒くさいからって押し付けてきたな」
不満そうに呟いたレミリアが、ふんと鼻を鳴らした。
うん。やっぱりレミリアに教えて貰うのは無理だよな。まぁでもこれでレミリアに頼んでみるというミッションは達成した。これでパチュリーが教えてくれるだろう。
「仕方ないわね。雨が止まなくて出かけられないし、退屈してたところなの。少しくらい付き合ってあげるわよ」
「……ん? 今、なんて言った……?」
聞き間違いだろうか。付き合ってくれるなんてレミリアから到底聞けなそうな言葉が発せられたような気がする。
「付き合ってあげるって言ったのよ。感謝しなさい」
「……い、いやいや、無理しない方がいいぞ。ほら、今日なんかどっかにいく用事あるんだろ?」
「雨降ってるから出かけられないのよ」
「ほら、お嬢様の時間を使わせてしまうのも忍びないので」
「お前が頼んできたんでしょうが」
冗談だろ!? あのフランの姉に教えてもらうとか、どんなハードな内容になるかなんて想像に容易い。絶対に嫌だ。
なんとかして誤魔化そうとする俺にレミリアの眼光が鋭くなった。
「私が教えてあげると言っているのに不満なの?」
「……いえ、一切不満はありません。ありがとうございます」
逆らいようのない圧力に黙らされた。フランと同等、いやそれ以上とも思える気迫だ。
ついて来いと廊下を歩き出したレミリアの背中を追って、重い足取りで歩いていく。
「……ああ。それと、次に私のことレミィって呼んだらその首、もぎ取るわよ」
「ごめんなさい……」
気分はお通夜。
どこで選択を間違えたんだ……! 今すぐリセットをしたい!
レミリアについて行き、たどり着いた場所はパーティでも開催するんじゃないかと思えるぐらい広い部屋だった。
「弾幕を出すにはここが丁度良さそうね」
「ここの館の構造はほんと一体どうなってるんだよ……」
外から見た時とよりも明らかに館の中は広い。どういう原理だ。
「うちには空間を弄るのが好きな奴がいるからね」
空間を弄る……?
俺が知らない住人でもまだいるのか? まぁここまで広い館なのだから出会ってなくてもおかしくはないのかもしれない。パチュリーみたいに引きこもってたら会うことないだろうし。
「それでスペルカードについてだったわね」
「ああ。頼む。……ところで、どうして浮いて魔力を溜めていらっしゃるんでしょうか?」
レミリアから紅いオーラが漂い始める。
「まどろっこしいのは嫌いなの。スペルカードについて身体で覚えなさい」
「……ここの奴らは脳筋しかいないのか」
レミリアが弾幕を展開する前にと背中に羽を生成して自分も宙に浮いた。
「スペルカードなんてなんでも良いのよ。ルールの下に何かしらの意味を込めればどんなに醜いものであろうとも美しい弾幕になる」
「わかるようでわからないな」
「だから身体で覚えた方が早いでしょ?」
暴論な気がしなくもないが、反論したところで無理矢理突き通されるのは目に見えている。
「それで、俺は何をすればいい?」
「簡単よ。お前はただ私の弾幕を避け続けたら良い」
「それだけか? けど、それって避ける練習にしかならなくないか」
「それでいいのよ。極論、全ての相手のスペカを避ければ勝ちなんだから」
つまり攻撃しなくても勝つ方法があるってことなのか。
避けるだけなら魔弾を作る必要はなく、羽の操作に集中出来るので俺としては好都合だ。
「せいぜい本気で避けることね。当たったらちょっと痛いじゃ済まない」
「……降参とかって許されるか?」
「降参したら貴方の血でも貰おうかしら」
「バケツ一杯?」
「私は少食なのよ。そんなには要らないわ」
「よし。なら今すぐ降参を」
「けど、よくいっぱい溢しちゃうのよね。まさにバケツ一杯ぐらい」
「血は大事にしろ!」
叫んだ俺にレミリアはニヤリと嫌な笑みを浮かべるとスペルカードを宣言する。
「紅符『スカーレットシュート』」
レミリアを中心に一気に魔力が集まるのがわかった。
来るッ!
ブォンと大きな音を立てて、大きな魔弾がこちらに迫ってきた。
デカい上に速い!?
身構えていなければ確実に避けれなかった。ギリギリに大玉を避けると、その後ろから大玉に付随してくるように中弾と小弾も飛んできていた。
「くっ!」
身を捻って弾幕を避ける。
弾幕を掠った服の部分からチリチリと焦げついた臭いがした。
背後の壁を見ると、レミリアの弾幕が当たった箇所が黒い焦げが出来ている。
「当たったら大火傷確定かよ……」
「火傷程度で済めばいいわね」
薄く笑うレミリアから続け様に同じような弾幕が放たれる。
「ぐっ! 何度も避けれるか怪しいぞ……!」
自分が先程までいた場所を大玉が通り過ぎていく。
止まる余裕はない。レミリアから放たれる弾幕ほ全てこちらを狙ってきていた。
動かなければすぐさま撃ち抜かれてしまう。
部屋の中を縦横無尽に飛び回って弾を避けていく。
今回は反撃をしなくていいとのことだったが、反撃をしろと言われてもそんな余裕はなかっただろう。
……けど、やられっぱなしっていうのも性に合わなねぇな。
どうにかして1発ぐらい撃ち込んでやりたい。
ギリギリで弾幕を避けながら、隙を窺う。
これだけの攻撃だ。魔力を溜める隙は必ず存在する筈だ。それまで避け続けろ。
……やばい。隙なんて本当にあるのか?
避け始めてから既に数分は経った。
先程から大玉を打ち込んできているレミリアの表情は余裕そのもので、隙なんて存在しそうにない。
部屋の中を飛び回って避けているから、部屋の壁のあちこちにレミリアの魔弾が当たった後が残り、壁にはヒビすら入りかけてる。
徐々に弾が飛んでくるペースも早くなってるな……。このままでは弾に当たるのも時間の問題だぞ。
境界を作ってそこに逃げ込むか?
そう思い境界を作ろうとした瞬間、目の前を紅い弾幕が通り過ぎた。
危ねぇ! 境界を作って飛び込もうとしてたら確実に被弾してた。
レミリアを見ると愉快そうな表情でこちらを見ていた。
「何か狙ってるわね」
「ちっ……、気づくの早いんだよ」
くそ。なにもやれていないのに勘付かれた。
どうする……? 隙を見て境界に逃げ込むにしてもその隙を作ってくれない。
「ふふん。まぁ、いいわ。見せてみなさい」
レミリアは唐突に魔弾を打ち込むのをやめて、部屋の中心の床に降り立つ。
「どういうつもりだ?」
「逃げ回るのを見てるのにも飽きてきたところなの。邪魔しないであげるから、やってみなさいな」
本気か……?
いや、この場面でわざわざこいつが嘘を吐く理由はない。
何をやられても対応できるという自信からくるのだろう。
「……後悔すんなよ」
「つまらない真似だけはしないことを期待しているわ」
余裕の笑みを浮かべるレミリアの鼻を明かしてやる。
目の前に境界を作りそこに潜り込む。
境界の入り口を閉じればレミリアの姿は見えないし、あちらからもこちらを認識できない。
境界と境界を繋ぐ空間のような場所。
けど、この空間嫌なんだよなぁ……。
なんか外の世界の標識やら、列車やらが漂っている上に、空間上に大きな目が浮いていたりもする。
はっきり言って不気味だ。使い勝手はいい能力ではあるが長居はしたくない。
ともかく、ゆっくりしていたらレミリアの気が変わって、境界から出た瞬間に攻撃されるかもしれない。とっとと準備を終わらせよう。
名無しの姿が消えた。
あの胡散臭い妖怪の賢者の能力を使用してスキマの世界に潜り込んだらしい。
自分以外、誰もいなくなった部屋であいつが戻ってくるのを待つ。
……退屈ね。
邪魔しないと言った以上は待ってはやるが、これでつまらないことなどしてきた時にはその首を掻っ切ってしまうかもしれない。
今回、あの男に付き合ったのは単なる気紛れと、フランがあいつを気に入っている理由を探るため以外の何でもない。
ただ、それも飽きてきた。実際、スペルカードを使ってみた感想としては外の人間にしては動ける程度。
うちの咲夜には遠く及ばないし、フランの遊び相手にはなり得そうにすらない。
「まぁ、名無しを外の人間とするには少し無理があるかしら。……はぁ、誰に似たのかしら。趣味が悪いわね……」
一人ぼやいたレミリアの背後、なにもない空間に境界が唐突に開く。その中からレミリアの頭部を狙って魔弾が飛ばされた。
完全な死角。普通なら絶対に気付きようのない場所からの攻撃。
「……それで、企んでいたことはこの程度か?」
それを視認することなく首を動かして弾幕を避けたレミリアは、自分の目の前に境界を開けて現れた名無しに向けて問いかける。
「冗談。今のは挨拶程度だ」
「そう。よかったわ」
返事が終わる直前、レミリアを囲うように大量の境界が開かれた。
360度、数は10は容易く超える数の境界の切れ目。そこから大量の弾幕が放たれる。
面白い技術ではあるけど、この程度なら……。
このレベルの密度の弾幕ならば全方向から襲ってきたとしても避けるのは容易い。
「くっ!」
焦ったような男の声。さらに境界が増えて、弾幕の密度が濃くなる。
右、前、左、右、左、後ろ。
レミリアに弾幕は掠りもしない。飛ぶことすらなく、部屋の中心で踊るようにステップを踏んで弾幕を避けていく。
少しして弾幕が尽きたのか、境界から弾幕すら出てこなくなった。
「もう終わりか?」
「クソがっ!」
手駒が無くなったことで破れかぶれになったのか男が突っ込んでくる。
その動きも直線的で、なんの面白味もない。
やはり期待外れか……。
落胆のため息を吐いたレミリアに男の身体が近づく。
このまま突っ込んでくるか、それとも殴ってくるか。どっちでも大したダメージにはならないが、つまらない攻撃をしてきたこいつへの罰ぐらいは必要だろう。
男の身体に向けて右手を真っ直ぐに突き出す。
それはいとも簡単に突っ込んできた男の胸を貫き、背中へと貫通した。
「がはァッ……!」
男の口から吐いた血がレミリアのキャップや服、顔にかかる。
心臓は狙ってない。重症だが、こいつの特異な体質を考えればしばらくすれば回復ぐらいはするだろう。
「つまらないわね……」
最後までなにもなかったか。
失望したように右手を引き抜こうとしたところで、男がニヤリと笑った。
「……ああ、こっからが楽しいからな」
「なっ……!?」
貫通されたレミリアの腕を男の両手が掴む。
右腕が動かない。人間の握力とは思えないぐらいの力で抑え込まれている。
こいつ……! これが最初から目的か……!
「……私を捕まえてどうする? これだとお前も動けないだろ?」
この行動には驚いたが別に焦る必要なんて一切ない。この男だってこの状況からは動けないのだ。境界の魔弾は使い果たしたようだし、もし掴んでいる片手を離したりでもすれば、その時は右手を引き抜けるだろう。
「そうだな。動けない。俺が一人だったらな」
レミリアの背後から男の声が聞こえた。
振り返ると、そこには男がもう一人。
「分身魔法か……!」
だが、おかしい。なぜ分身が胸を貫かれるという怪我を負って消えない?
その疑問に答えるように男は薄く笑って答える。
「ああ。ご名答。分身魔法だ。最も、分身は俺で、貫かれている方が本体だけどな」
「……馬鹿なの?」
「うっせぇ……、捕まえる方法、これぐらいしか思いつかなかったんだよ……」
今にも死にそうな声で目の前の胸を貫かれた男が言った。
理解できない。分身魔法を使って、本体を囮にするなんてまともじゃない。
「これでお前を捕まえて俺は動ける」
「魔弾でも撃つつもり?」
こいつの分身が撃つ魔弾程度なら左手一本あれば捌ける。どこまで行ってもこいつは私に有効な手段などない筈だ。
「いんや。そんなに魔力はねぇよ。だから、俺の仕事はこれだけだ」
分身の方の男が集中するように小さく深呼吸すると、右手を少し上げて握りしめた。
それと同時に魔力が切れたのか、分身が消え始める。
「何を……」
「まぁ、少し待てよ……」
男の言葉と同時に、ミシミシと何かが潰れる音が聞こえてきた。
「……壁の柱を破壊した!?」
「お前の魔弾が当たって……、今にも壊れそうなくらいボロボロだったからな」
柱が壊された部屋の天井にビビが入っていく。
あと数秒で間違いなく天井が落ちてくる。こいつ……、道連れで生き埋め狙いか……!
右腕は男に掴まれて動かないから逃げ出すことすら出来ない。
落ちてくる天井を左手で捌くのも可能だが、そこに意識を持っていけば男が何をしてくるかわからない。
「……ククク」
「何がおかしい……」
「いえ、思ったよりも楽しめたと思っただけよ」
小さく笑いながら、私は見上げて崩れ始めた天井を眺めた。
天井が落ちたことで大量の埃と土埃が舞う。
生き埋めになることは間違いなかった。それなのに、だというのにレミリアと俺は天井が落ちてくる前と一切変わらない体勢で立っていた。
困惑した俺にレミリアが最高に愉悦に浸った笑みを浮かべていた。
「何でだ……、何で落ちてこなかった!」
崩落した天井の中で何故か部屋の中心だけが瓦礫一つ落ちてこないなんてあまりにもおかしすぎる。
そんなのあり得るわけがない。
「何でって、そういう運命だったからよ」
当然のことのようにそう言ったレミリアは、掴む力が弱まったのを見計らって右腕を引き抜く。
右腕が引き抜かれたことで血を止めていた栓が抜けて、胸から大量の血が溢れてきた。
立っていることもできずに、そのまま倒れ込む。
「私も名無しもここで生き埋めになるなんていうつまらない運命じゃなくて良かったわね」
訳がわからないが、これがレミリアの能力によるものだというのは間違いない。何がどういう能力で……。
はぁ……、血が抜けていく感覚がある。やばい、思考すらままならなくなってきた。
「お嬢様! ご無事ですか!?」
遠くで咲夜がレミリアを呼ぶ声が聞こえた。
「ええ。問題ないわ。こいつのこと、パチェのところまで送ってやってくれる? あぁ、いや、パチェを呼んできた方がいいか」
「ライカ!?」
倒れ込む俺を見つけた咲夜が驚きの声を上げた。
「早くしないと死んじゃうかもしれないわよ」
「かしこまりました。今すぐに」
この惨状を生み出したのは俺だが、胸の穴はお前のせいなんだけどなぁ。
パチュリーを呼びに行ったのか咲夜の姿が消える。
「ライカねぇ……」
倒れ込む俺にレミリアがしゃがみ込んだ。
「フランにでも名付けてもらったのか?」
「……望月ライカ、だとよ」
死に絶えの声でそれだけ告げると、レミリアが面白そうに笑ったのが印象的だった。
主人公、紅魔館破壊ランキング首位。
東方淫魔録その18
きゅっとしてドカーンを主人公が使う場合、目を潰すための大量の魔力が必要。加えて、壊れかけのものじゃないとそもそも目すら見えない。