東方淫魔伝 作:スイセン
深く沈み込んでいた意識が、身体にかかる重圧を感じて覚醒した。
うっすらと目を開くと、相変わらず薄暗い紅魔館の地下室の中。
なら、この重さは……。
視線を動かして確認すると、吸血鬼の姉妹2人が俺にくっついて、すやすやと寝息を立てていた。
レミリアは俺の腕を枕代わりとして、布一枚纏ってない身体を密着させている。フランもまた裸なのは姉と同じだが、寝ぼけているのか、俺の腕に抱きつき、小さく甘噛みしている。
ベッドあるんだから、そこで寝ればいいだろうに……。
わざわざ俺を枕にして寝る意味がわからない。しかも、これじゃあ俺、動けないじゃねぇか……。
2人を起こすわけにもいかず、ため息を吐いて、首だけを動かして周りを確認する。
寝る前に咲夜が片付けを始めたのは覚えている。流石は咲夜。
昨日のパーティがあったことなど感じさせないぐらいに、テーブルの上も、室内も、綺麗に片付けられていた。
そして、レミリアとフラン以外のメンバーはもう起きて地下室から出て行ったのか、その姿は見えない。
時計を見ると、時刻は14時ほど。流石に深夜2時ではないだろう。その時間だったらこの姉妹は起きているだろうし。
パーティ中はおかしな時間の流れだったが、どうやら時間の流れは元に戻ったみたいだ。
「──昨日はお楽しみだったわね。いえ、今日と言うべきかしら」
頭上からかけられる声に視線を動かすと、スキマから八雲紫が顔を覗かせていた。
「……やっぱりお前が黒幕か」
なんとなく察しはついていた。
フランですら破れない強固な結界、そして時間の進みを弄れる妖怪なんて限られてくる。しかも、俺の部屋に大量の赤い靴下も出現させていたし。
「酷いわねぇ。折角、楽しいパーティを開いてあげたのに」
わざとらしく悲しそうな表情を浮かべながら、紫はスキマからこの地下室に降り立つ。
「楽しいパーティね……。外の世界のものなんて持ち込んで、ご苦労だったな」
昨日のパーティで食べていたものの多くは食べて懐かしさを感じるものだった。それはそうだろう。レミリアが安っぽいと評したあれは外の世界の食べ物なのだから。
「記念日が終わったからって簡単に食べ物を粗末にするなんて外の人間も罰当たりよねぇ。勿体ないお化けが出るわよ」
「現れたのは勿体ないお化けじゃなくて、胡散臭い妖怪だけどな」
この妖怪はレミリア以上に苦手だ。裏で何を考えているかわからない。
「食べ物はいいとしてあの大量の赤い靴下はなんなんだよ。靴下で窒息死させる気か?」
「別に大したことじゃありませんわ。強いて言うのなら、供養ね」
「供養ねぇ……付喪神化でもしてたのか」
「あんなのが大量に幻想入りして、付喪神になっても迷惑でしょう? 先んじて手を打っただけよ」
「おかげで俺の部屋がめちゃくちゃになったけどな」
恨みがましい視線を向けてやると、気にした様子もなくクスクスと扇子で口元を隠しながら紫は笑う。
「……それで何が目的だ? この前の玩具代は払っただろ」
先程からしていたのは上っ面での会話でしかない。
紫の本当の目的がわからない。赤い靴下の供養にしたって、食べ物が勿体ないにしたって、わざわざ紅魔館にいる俺に持ってくるほどの内容ではない。
何か他の目的があってそのついでに行われただけに過ぎない筈だ。
俺の問いかけに紫は目を細める。
「忠告をしてあげたまでよ。貴方の主人にね」
忠告。何を? 次の言葉を待つように視線を投げかけると、紫は小さくため息を吐いた。
「……ただ、手遅れだったみたいだけど」
「何を言って……」
ドクンと心臓が脈打つ。
「っ!? がぁ……、あっ……!」
息が出来ない……!
血があり得ない速度で体内を駆け巡る。喉の奥から堪えようのない渇きが溢れ出してきた。
「まさか本当に最後の晩餐になるなんてね……。生誕を祝う日に呪われるなんて貴方もついてない」
紫が何を言っているのか理解できない。
冷めた目でこちらを見る紫はスキマを開いた。
「選択をしたのは貴方達よ。その責任は取ってもらうわ」
「ま、待て……! はぁ、あっ……、がっ……!」
思考が蝕まれていく。
レミリアやフランが抱きついていたことなどお構いなしに、身体を起こし、紫に手を伸ばそうとする。
「……さようなら。ライカ」
俺を一瞥すると、紫はスキマの中へと消えていった。
「うるさい……。どうしたのよ……」
不機嫌そうなレミリアの声。振り向くと、寝ぼけ眼のレミリアが俺を見て、目を見開く。
「……そう。パチェの薬は間に合わなかったのね」
状況を理解したのか、レミリアは立ち上がると、魔力で瞬時に服を纏う。
「フラン。起きなさい。ちょっと面倒なことになった」
「んんっ……、なにぃ……」
レミリアに起こされたフランが、俺に視線を向けると、歪な笑みを浮かべた。
「へぇ……、そうなったのね」
「レミリア、フラン……」
俺の意思関係なく、身体が動き出す。
それを止めるためにレミリアが一瞬で俺に飛びかかり、俺に馬乗りになった。
その両手で俺の首を締め付ける。
「殺しちゃうんだ」
フランが少しだけ意外そうな声色で言った。
「ちょっと気絶させて、縛り上げるだけ。その間にパチェには薬を完成させてもらう。真逆の効果の薬は出来たんだから、今後こそ作れるわ。いえ、作らせる」
首を締め付ける力が徐々に強くなっていく。意識を刈り取る気だ。
鬼の形相のレミリアに対して、俺の頬が吊り上がる。
「……何がおかしい?」
「くくっ、次は容赦しないことだな」
バンッ!! と破裂するような音がして、地下室の扉が破壊された。
そこから大量の水が流れ込んでくる。
「ちょっ、嘘でしょっ!?」
「ああっ、私の部屋っ!」
霧の湖の底と繋げられたスキマによって溢れ出した激流が、俺とレミリア、そしてフランを一瞬で飲み込む。
吸血鬼の弱点である流水に飲み込まれて、レミリアの首を掴む手の力が弱まる。
それを確認して、レミリアへと魔弾を撃ち込み、吹き飛ばす。そして、自分だけスキマを使って地下室から脱出した。
スキマに潜る瞬間、大量の水の衝撃によってヒビが入った壁を破壊の能力を使って壊しておいた。もう少ししたら地下室は水没した上に、天井も壊れ、レミリアとフランは生き埋めになるだろう。
「さて、ここは……」
適当にスキマを使って移動したから場所を細かく指定なんて出来なかった。
ただ、降り積もる雪に、見覚えのある門や庭園が、これが紅魔館の敷地内であることを示していた。
目の前にある門を抜ければ紅魔館の敷地から出られる。そう思った俺の身体が軽々しく吹き飛ばされた。
一切容赦のない一撃。
骨が折れ、内臓がぐちゃぐちゃになって、屋敷の壁に叩きつけられる。しかし、それでも威力は抑えきれず、壁を突き破って、部屋の中に転がる。
「つぅ……!」
脳震盪を起こしてそうな頭を振り、顔を歪めていると、俺に一撃を与えた人物も開けた壁の穴から部屋に入ってきた。
「大穴なんて開けて……。咲夜に怒られるぞ」
「……構いません。私の役目は紅魔館の門を守ることですから」
そう言って美鈴は俺に向けて構えを取る。臨戦態勢だ。
「守るのは侵入者に対してだけじゃなかったのか。それは意外だ」
これまでの戦闘経験によってか、俺の異変に気づき、すぐに攻撃をしかけてくるとは……。
ただ、今、俺と話しながらも、これが現実のものではないように感じているらしく、美鈴はその表情に困惑を浮かべていた。
「……貴方は誰なんですか」
「誰でもいいだろ。それより、退けてくれ。ちょっとお出かけしたい気分なんだ」
「すいません。それは出来ません」
構えを解除しない美鈴。仕方なしに俺も手に魔力を溜め始める。
そろそろ咲夜やパチュリーも館の異常に気づいたことだろう。だとすれば、あと数十秒もせず咲夜がこの部屋にやってくる。
理性が溶けてしまったのか、彼女達とやり合うというのに抵抗一つ感じない。それどころか、心底楽しみに感じてしまっている。
そこでやっと気づいた。
既に全部が飲み込まれ、壊れてしまったのだと。
これで特別編終了です。特別編なのに、思いっきり本編に関係ありました。
本編は最後はハッピーエンドで終わらせたいですね。