東方淫魔伝 作:スイセン
真っ赤に染まった視界の中で、こちらと相対する2つの影。
レミリア・スカーレットに、フランドール・スカーレット。二人の吸血鬼は崩れ始めた館の中で行手を阻むように立ち塞がっていた。
崩れた天井から差し込む赤い光が彼女達の姿を紅く映し出す。
その手には槍にも似た得物を持っていた。
「お嬢様……」
壁に背を預け、寄りかかっている咲夜が、不安そうに小さく呼んだ。
綺麗な銀色だった髪の毛は土埃と血で汚れ、お腹からポタポタと溢れる血を手で押さえて止めている。
なんだこれは。なにが起きている?
夢……いや、それにしてはリアルすぎる。まるで何かの記憶のようだ。誰かと感覚だけを共有しているような状態。
「咲夜、貴女は少し休んでいなさい。……後は私たちがやるわ」
こちらから一切視線を外すことなく、レミリアは咲夜にそう告げた。
その言葉に小さく頷いた咲夜は床に座り込む。
「……さて、私の従者を止めないとね」
「あら、お姉様。彼は私の玩具ですわ」
「ふふ、なら私の吸血タンクよ。まだ私の部屋は元に戻ってないもの」
ただことじゃないとわかる状況なのに、小さく笑い合う姉妹。
「……いい加減、そこを通してくれないか?」
割り込まれた声に聞き覚えがあった。いや、聞き覚えなんてレベルじゃない。だって、それは間違いなく俺の声だったのだから。
「お前らとやるのは気が引けるんだ」
「よく言うわ。……美鈴も、小悪魔も、パチェも、咲夜まで、全員に手にかけておいて」
「不可抗力ってやつだ」
俺の声。だというのに、それはあまりにも異質だった。冷静さを装いつつ、隠しきれない悪意が言葉の端から滲み出ている。
肩を竦めて答える俺に、今にも爆発しそうなほどの魔力がフランに集まり出した。
「貴方には変なものが潜んでいるって思っていたけど、想像以上だったわ。とても、とてもとても……楽しみね」
狂気に染まった笑みを浮かべるフラン。
殺される。心臓が握られているような恐怖。
だというのに、そんなフランに相対する俺は頬を吊り上げる。
「変なんて心外だな。化け物のお前らほどじゃない」
「ふふっ、そう。じゃあ、試してみる?」
フランの右手に握りしめた槍のようなものが魔力によって超高温の熱を帯び始め、炎の剣のようになった。
「レーヴァテインか」
「化け物じゃない貴方は、どこまで壊れないのかしら」
フランはレーヴァテインを構えると、目にも止まらぬ速度で投擲する。
躱すことなどもちろん出来ない。
燃えるような熱さを感じて視線を左脇腹に向けると、一部が抉られて、その傷口は焼け爛れていた。
だというのに痛みは大して感じない。それどころか、焼けた肉片が蠢き、すぐさま肉体が再生し始める。
「手癖が悪いお嬢様だな」
「人間にしては随分と化け物ね。けど、簡単に壊れそう」
歪な笑みでフランは目を細めた。
そんな妹の様子にレミリアはため息を吐く。
「フラン、遊ぶのは構わないけど。右手、再生した方がいいわよ」
それでやっと気づいたようで、フランは少し驚いたように目を見開いた。
彼女の右腕、その手首から先が消失していた。切り取られたというより、まるで手があった部分が飲み込まれたかのような消え方。
「……訂正するわ。今の貴方は、壊しがいがありそうね」
紅い霧がフランの右手のあった位置に集まりだす。そして、次の瞬間にはフランの右手が再生していた。
「はぁ、退けてくれる気はなさそうだな」
怠そうにしながらも、その視線は二人を捉え続ける。
いつレミリアとフランの二人が動き出しても反応できるように身構えていた。
「当たり前でしょ。この落とし前はつけさせるわ」
「そんな怖い顔するなよ、レミリアお嬢様。可愛い顔が台無しだぞ」
茶化すような俺の言葉に、レミリアが目を大きく見開くと、割れんばかりの声で叫ぶ。
「あんたがその名を呼ぶなッ! あいつの姿で、声でッ!」
何故レミリアが激昂したのか俺にはわからない。
しかし、今のやり取りのどこかにレミリアの琴線に触れるものがあったらしい。激昂したレミリアが殺意を溢れされる。
空気が痛いくらいにヒリつく。肌に針を刺すような感覚。
夢なら早く覚めて欲しい。今すぐにでも逃げ出したい。
軽薄な笑みを浮かべる俺を睨みつけるレミリアに、そんな姉の様子を興味深そうに見るフラン。
誰もが口を閉ざし、静寂が場を支配した。誰も動き出さない。
そんか時間が永遠にでも続くかと思えたら、崩れた天井から小さい瓦礫が床に落ちた。
「ッ!!」
コツン。
その小さな音を合図に、レミリアが一瞬で飛び出して、距離を詰めてくる。
「早いな」
人外の速度。しかし、特段驚いた様子もなく、俺は手に魔力を溜めた。
真正面にレミリアが近づく。それに合わせるように、拳に魔力を乗せて振るった。
魔力が魔弾となって、まるで拳圧のようにレミリアへと、向かって飛んだ。
見覚えがある。美鈴が使う技だ。
直線的に突っ込んできたレミリアに、拳からの一撃を避けきれない。
「ぐぅッ!!」
レミリアの顔が衝撃で歪み、吹き飛ばされた。しかし、すぐに姿勢を立て直す。
「ちっ、正面からは分が悪いか……!」
「なら、私の出番ね」
試すようにこちらを見るフランに魔力が集まり出した。
空間が歪む。フランの破壊の能力。
フランが右手を閉じていく姿がやけにスローモーションで見える。彼女が右手を握れば俺は破壊される。
「させるかッ!」
右手を握りしめる寸前、床にスキマが現れる。そこから飛び出してきた魔弾がフランの腕を弾く。
「きゃあっ!?」
不意打ちの一撃にフランの体勢が崩れた。
「フランッ!?」
妹の叫びにレミリアの視線がこちらから逸れる。
その隙を見逃さず、一気に距離を詰めてレミリアへと手を伸ばした。その手には魔力を溜めている。今度は拳圧ではなく、直接殴る気だ。
「くっ……!」
手が届く寸前、レミリアの姿が蝙蝠へと変化し、拳は空を切る。
視界いっぱいに群がる蝙蝠。その一匹に手を伸ばしても避けられてしまう。
「ちっ……!」
舌打ちした俺はレミリアから標的を変更したのか、視線をフランへと向けた。
その瞬間、肉の潰れる音がした。
視線を下へと動かすと、真紅の槍が俺の背中から胸を真っ直ぐに貫いていた。
首だけを回して確認すると、レミリアが人間の形態に戻って槍を突き刺していた。
「グァ、ァ、ァアアァァッ!」
耳をつんざくような絶叫。人間とは思えない声。
レミリアが顔を顰める。その顔に裏拳が叩き込まれた。
魔力も何も込められてない一撃。
「がっ……!」
だというのに、直撃したレミリアは大きく壁へと吹き飛ばされる。
「お嬢様っ!」
咲夜の叫び声が聞こえた。
レミリアはそのまま壁を突き破り、隣の部屋まで吹き飛ぶと、瓦礫に埋もれて、その姿が見えなくなる。
「ぐぅ……、ああっ……!」
俺は突き刺さった槍を無理矢理に引き抜いた。胸の空洞から血が溢れ、ぼたぼたと血溜まりを作る。
「……はぁ、はぁ、クソが。死ななくても痛いんだぞ」
悪態を吐く俺の視界の中で、金髪が揺れた。
いつの間にか目の前にフランが来ていた。魔力が込められた手が伸びる。
だが、俺に触れる寸前でその身体が前のめりに倒れた。
「えっ!?」
驚いたように目を見開くフラン。
フランの左脚の膝から下が無くなっていた。脚を失ったフランは姿勢を崩し、前のめりに倒れる。
そのフランのお腹に手加減なしの蹴りが叩き込まれた。
フランが声にならない息を吐く。
ボールのようにその身体が吹っ飛び、天井に当たって、床に倒れた。ピクリとも動かない。
ただ、吸血鬼がこの程度で死ぬはずがない。
「白符『メガホーリー』」
倒れるフランに向けて右手を向けた。超高温の魔力を凝縮させていく。
自らの手すらも焼け爛れていくというのに、それを気にすることなく俺は更に魔力を高める。
例え吸血鬼といえど、まともに喰らったらただでは済まない。
「させません……!」
辛そうな表情で立ち上がった咲夜。
しかし、すぐにバランスを崩して床に倒れた。
「くぅ……ッ!」
咲夜の怪我も大分重いようだ。動くこともまともに出来ていない。
俺がフランに向けて魔弾を撃ち込もうとした瞬間、隣の部屋からガラッと瓦礫を退ける音がした。
その方向へ首を回す。
「……相変わらず、お前らは強靭な生命力だな」
瓦礫の中からレミリアが立ち上がってきた。その顔には額から出た血が右目まで流れている。
「はぁ……はぁ……、まったく、とんだ馬鹿力ね」
小さく息を吐いたレミリアが次の瞬間には目の前にいた。
あり得ない速度の移動。レミリアの右手が手刀の形をもって、頭を狙って繰り出される。
溜めていた魔弾を撃つのも間に合わない。この速度は避けられない。避けようがない。
肉が潰れる音と共に、床に血が落ちた。
「こ、この……ッ!」
血を吐いたのは俺ではなく、レミリアだった。
その脇腹は焼け焦げ、白い肌が真っ赤に焼かれている。
俺はフランに向けて溜めていた魔力を、無理矢理にレミリアへと押し当てたようだ。しかし、その代償として、自らの魔力で手が焼け爛れ、骨が見えている。加えて、レミリアの手刀によって視界の半分が潰された。
瞳が潰されたのか、それとも顔ごと抉られたのかはわからないが左側の視界が機能していない。
「やっと辛そうな顔が見れたな」
ニヤリと笑った俺が、レミリアの右腕を掴み、そこに齧り付く。
「ぐぅっ!」
レミリアの顔が苦痛に歪み、左手で殴りかかってきた。
防御も取れずにまともに喰らって吹き飛ばされる。
「はぁはぁ……」
夢の俺を吹き飛ばしたレミリアが荒い息を吐いた。その右腕から先はなく、血が垂れている。
吹き飛ばされる直前に噛みちぎられた腕が俺の足元に転がる。
まるで化け物と化け物の試合だ。そもそも頭を抉られて生きている時点で、俺はもう人間をやめてしまっているのだろうが。
吹き飛ばされた俺が立ち上がり、レミリアを見据えるが、遠近感が掴みにくい。
「ちっ、視界が片方欠けてるせいで……!」
何度も損傷を受けたせいか、回復が遅い。
噛みちぎったレミリアの腕を持つ。魔力の塊ともいえる吸血鬼の右腕。
それを食べようと口を大きく開けた。
「させるかッ!」
右腕に齧りつこうとした瞬間、レミリアが再び飛び込んできた。
ただ、先程の一撃が効いているのかその動きはあまりにも遅い。
レミリアの軌道上にスキマを開く。
また魔弾を出すのか。それとも、どこか遠くにでも飛ばすのか。
「くっ!」
ギリギリのところで蝙蝠化し、スキマを避けたレミリア。
「手刀の分だ。お返しする。秘技『血に濡れた切り裂きジャック』」
スペルカードの宣言。
先程から垂れていた血が凝固し、形を作っていく。
それはまるで咲夜のナイフのようだった。しかし、それは銀色ではなく、ドス黒い血の色に染まっていた。
30本近いナイフが宙に浮く。それを蝙蝠化しているレミリアに向けて、全て投擲した。
ナイフを避けながら蝙蝠縦横無尽に飛ぶ。ギリギリで避けながら近づいてくるつもりのようだ。
「難易度上げるか」
俺が手に魔力を込めて、空間を裂くように動かすと、大量のスキマが開いた。
飛んでいくナイフがスキマに吸い込まれ、違うスキマから飛び出す。
四方八方から飛来するナイフ。
レミリアの蝙蝠はそれすらも避けていく。対抗するように俺はナイフを更に増やす。
ついにはレミリアでも避けきれなくなり、蝙蝠の一匹、また一匹と当たっていった。
「これは、面倒ね……」
近づくのを一旦諦めたのか、レミリアが姿を人型に戻し、俺から距離を取る。
ナイフを喰らった影響か、服は破れ、その周りを赤く汚していた。
右腕は失くなり、脇腹は焼けこげ、皮膚は切り刻まれている。人間であれば間違いなく重症だ。
レミリアはため息を吐く。
「随分と芸達者ね……、全く、そんなふうに躾けた覚えはないわよ」
「お陰様でな。しかし、偽物のナイフじゃダメか。やっぱりお前らにはこっちだよな」
俺はスキマを開いて、そこから銀のナイフを取り出した。
「クク……、そのナイフ一本を私に当てれると思ってるの?」
「試してみなきゃわからないだろ」
銀のナイフを持った俺が真っ直ぐに歩く。
通学路を歩くかのような自然な動作。あまりにも隙だらけだと言うのに、レミリアは動かない。まるで、俺が認識出来てないように。
「えっ……?」
レミリアが近づいた俺に気づいたのは、銀のナイフをその胸に押し込む瞬間だった。
反応できなかった彼女の胸に深々と胸に銀のナイフが突き刺さる。
驚いたように目を見開き、その口からは血が垂れた。
「……失念してた。敵に回ると随分とやっかいね」
俺を見上げて、困ったように笑う。
「種無し手品好きなんだろ?」
話しながら、俺の視線が右腕に向かった。
先程、自らの魔力で焼け爛れていただけだったというのに、今は干からびていた。骨と皮だけになったような状態。
左手を添えて力を込めるだけで、簡単に干からびた部分から先が折れる。
腐敗した右腕を床に投げ捨てると、粉々に砕け散った。
「時間泥棒はダメだとよ」
「可哀想ね。時間にも愛されてないなんて」
レミリアは胸に刺さったナイフを引き抜く。胸元を真っ赤に染める血が溢れ出したが気にする様子もない。
引き抜いたナイフを床に捨てた。カランと金属音が鳴る。
「致命傷……には見えないな」
「ええ。もちろん」
レミリアの傷に徐々に霧が集まりだした。
火傷の痕も、ナイフの傷も、そして食いちぎられた右腕も、回復していく。あと数秒もすれば完治するだろう。
ただ、銀のナイフを喰らった胸元だけは回復が少し遅い。弱点であることは間違いようだ。
「さて、私は無傷。貴方は右目に左腕一本も失くした。まだ続ける?」
「はぁ……、やっぱり、銀のナイフでもダメだったか。次は日光でも試してみるか」
「……夜はまだまだ長いわよ?」
「楽しい夜になりそうで良かったな」
「本当はゆっくりとティータイムでもしてたかったところだけど」
レミリアの気迫が衰える気配はない。そして、俺もまた辞めるという選択肢がまるでないように、戦闘を続行するという意思表示を行う。
勝敗など決していると思える状況なのに、それを気にした様子もない。
「貴方の運命は既に紅く彩られている。私たちを敵に回したことを後悔しながら消えなさい」
「お前に出来るのか?」
「私はもう覚悟は決めてあるの」
「そう言ったお前の従者は最後の最後にナイフの腕が鈍ったぞ」
「……だから人間は使えないのよ。あまりにも弱い」
なんの話をしているのか俺にはわからない。
しかし、この話を最後にレミリアの気配が変わった。
ふぅと息を吐いたレミリアが、身体から魔力を溢れされる。引き込まれ、飲み込まれそうなほどに強い魔力の渦。
今の俺には、その場に立つことすら許されないほどの力。
「お喋りも飽きてきたわ。……最後に、言うことはある?」
「もう勝った気かよ。そうだな……」
妙な感覚が湧き上がる。
このレミリアと対面している俺の感情へと引っ張られるのか、一抹の寂しさのような感情。
「次はお前の従者にはならないよ」
「……そう。それは残念ね」
目を伏せたレミリアが右手に槍出現させた。
徐々に視界がぼやけ出した。どうやら終わりのようだ。レミリアが槍を振りかぶるのが見えた。
身体は動かない。レミリアの瞳が紅く光っていた。
……結局これは夢だったのだろうか。
それすらも理解する間もなく、レミリアの槍が俺の頭を貫いた。
頭を貫かれるという気味が悪い感覚に跳ね起きた。
「きゃっ!?」
「いてぇっ!?」
唐突に上半身を起こしたせいで、俺を覗き込んでいた顔と、思いっきり額と額が激突してしまう。
いってぇ……、なんて石頭だ……。
相手を見ると、フランが頭を抑えて少し涙目でこっちを睨んできていた。
げ……、不味い、フランだった……。
「……あー、えっと、起きがけにキスするなんてベタな展開じゃなくて良かったな」
「……きゅっとしてドカ」
「待て待て! 悪かった、悪かったから右手を握りしめようとするやめてくれ!」
土下座する勢いで謝ると、不満そうな顔ではあるが、フランは右手を下ろしてくれた。
ほっと胸を撫で下ろして、一息吐いたところで、状況を確認する。
場所はいつもの地下室。そのベッドの上で寝かされていたらしい。
なんでここに……。
思い返してみて、そういえば夢の中どころか、現実でもレミリアに胸を貫かれてたんだと思い出した。
視線を胸元にずらすと、服が赤い。
着替えさせてくれたのか、服は病人とかが着ているようなモノになっていた。その胸の部分だけがドス黒い血の色に染まっていた。
恐る恐る、少し服を裸させる。
うわ……、グロっ……。
再生しきってない傷痕がはっきりと残っている。指を這わせるとべったりと血がついた。
「死ななくて良かったわね。地下室に連れてこられた時はもう壊れちゃったのかと思ったわ」
俺の胸の傷を見ながらフランがそんな感想を口にして、機嫌悪そうにつぶやく。
「……あいつ、勝手に人の従者に手なんか出して。今度、あいつのお気に入りのカップでも破壊してやろうかしら」
ぎゅっと右手を握ったフランによって部屋にある椅子の一個が破壊された。
粉々になった椅子の残骸を見て、崩壊していた紅魔館の様子を思い出す。
……あれは、なんだったんだ。
嫌に鮮明な情景だった。歪んだ視界の中でレミリアとフランと相対して殺される。
レミリアの手刀に抉られた顔を触ってみるが、もちろん抉られてなんてない。
「……どうかしたの? ぼーっと顔なんて触っちゃって」
俺の行動を怪訝に思ったのかフランが首を傾げて尋ねてきた。
「いや、なんでもない」
「嘘ね。ライカはもう少し嘘を上手くなった方がいいわよ」
疑うような視線でこちらを見てくる。
俺ってそんなに嘘下手なのだろうか? そんなことはないと思うんだが。
どちらかというと、この紅魔館の住人が鋭すぎる。
「ほんとなんでもない」
「それは聞いた私が判断することよ。いいから話しなさい」
有無を言わさぬ口調でフランがこっちに近寄ってきた手に魔力を溜め出した。
「暴力反対!」
「躾よ。躾。話さないって言うならそれもいいかもね」
楽しそうに笑うフラン。
人を傷つけて楽しむとか、性格ひん曲がってるじゃねぇのか。
「ほんとに大したことじゃない。変な夢を見ただけだ」
「変な夢?」
「お前やお姉様と戦って殺される夢を見た」
実際には殺される寸前までの夢ではあったが。
話していてなんて下らない夢なんだと思う。そもそも俺が本気になったこの2人と一瞬でも渡り合えるわけがない。
しかし、それを聞いたフランは馬鹿にした様子もなく、笑みを深めた。
「へぇ、それは面白い未来ね」
「なんだ? 予知夢だとでも言うつもりか?」
「まさか。それは実際にあった、または起きることよ」
断言するフランの言葉に違和感を覚える。
なぜ、そんなことを言えるのだろうか。
「……どういうことだ?」
「貴方自身ですら理解してきれていないその能力のことよ。卑猥な程度の能力、だったかしら」
能力名を口にしたフランはクスクスと笑った。
「本当にそんな能力だと思ってるの?」
「いいや。そもそも、名前なんて飾りだからな。何も本質を捉えてなくても問題はない。まぁ、ちとダサいのが困り物だから、そろそろ名前変えようかと思うけど」
「名前は飾りねぇ……。まぁ、それもいいかもね」
フランが顔を近づけて、覗き込んでくる。
吸い込まれそうな赤い瞳。
「それじゃあ、ライカと飾られた貴方の中には、一体何が潜んでいるのかしら」
「知らないのか。男には全員、狼っていう獣が潜んでいるんだぞ」
あ、こいつ鼻で笑いやがった。今度は間違いなく馬鹿にされた。
「まぁ、貴方の中に何が潜んでいようが関係ないわ。私が破壊するだけだもの。あいつみたいにね」
「あいつってのが、どいつかは知らんけど、お前の相手をさせられるなんて相当ついてないんだな」
「もし、ライカもそうなったら、今度は私が血の池地獄で待ってるわね」
「デートの約束か。考えておくよ」
見つめ合いながらなんとも笑えない冗談を交わし合うと、フランは俺の肩を押した。
ベッドの上に押し倒される。
「ところで……、いつまでその血を見せつけられるのかしら? そろそろ我慢できないんだけど」
フランの視線が俺の胸板へと移動し、舌舐めずりをした。
「そろそろ我慢できないって押し倒してから言うか」
「それもそうね。貴方は押し倒したらすぐに手を出す獣だもの」
「失礼だな。相手ぐらいは選ぶ。ちなみにお前は押し倒しもしない」
「押し倒せるぐらいの実力をつけてから言いなさい」
ペシっと叩かれた。めちゃくちゃ痛い。力加減下手か。
俺に跨ったフランが舌を出して、胸板へと顔を近づける。
「噛むなよ」
「ちゅ……、ちゅる、れろ、れろ……、ちゅう」
注意なんて気にした様子もなく、フランは舌を這わせて血を舐めとった。
抱きしめたくなるような小さな少女。だというのに、その内には俺の殺せるだけの力と獰猛さを持っている。
今だって、光景自体は人によっては幸福に感じそうなものだが、実際はライオンに乗られて、舐められているようなものだ。
嬉しさとかそんな感情よりも、肝が冷える。
ぺろぺろと俺を血を舐めていたフランが不意に身体を起こした。
「んっ……、誰か来たみたい」
血で汚した口元を拭って、フランが目を細める。
「よくわかるな。ここに向かってるのか?」
俺の問いに答えず、フランの口元が凶悪な笑みを浮かべた。
「これは……、魔理沙ね」