東方淫魔伝 作:スイセン
昇った朝日の眩しさに目を覚ました。
未だに再生しない左腕のせいで、悪戦苦闘しつつ服を着替える。
なんとかして服を着れたら、お守り代わりにアリスから貰った人形を懐に入れておき、部屋から出た。
外に出れば、冬が近づいた寒さが出迎えてくれる。
うぅ……、さっむ……。
まだ雪は降っていないがもう数日もすれば、雪が積もると幽々子が言ってたのを思い出した。
白くなる息を吐きながら、井戸に近づき、水を汲んで顔を洗う。
凍えそうな水の冷たさを感じつつ、顔を洗え終えれば、そのまま庭を探索した。
その途中で、庭で素振りをしていた少女を発見した。
「妖夢、おはよう。相変わらず早いな」
「あ、ライカさん。おはようございます」
声をかけると、その少女が素振りを止め、額に伝う汗を拭って、挨拶をする。
銀髪の髪をボブカットにした、幼さが残る顔立ち。しかし、その隣にいる大きい人魂が、彼女がただの人間でないことを示していた。
幽々子が住む広大な屋敷、白玉楼。その剣術指南役、兼、庭師である彼女、魂魄妖夢は脇に置いてあった竹刀を手に取る。
「どうしますか? 今日はライカさんも修行をしますか?」
早く起きれた時は日課となっている妖夢との剣術修行。
頷いて竹刀を受け取った。
「そうだな。少しだけ付き合ってもらえるか?」
「はい。構いませんよ」
少しだけ妖夢から離れて、竹刀を構える。片手のせいで少しバランスが悪いが仕方ない。
対して妖夢も脇に差した2本の刀のうち一本引き抜く。
楼観剣と白楼剣と呼ばれる2本の刀を妖夢は愛用していた。妖怪が鍛え上げた刀だとかで、一振りで幽霊10匹分の殺傷力を持つとか。
流石に修行では峰打ちで済ませてくれるが、普通にめっちゃ痛い。
「……始めるか」
小さく息を吐いて、瞳を閉じる。身体の中に巡る微量な魔力を腕や脚へと集めるイメージ。
目を開けて視界の中に妖夢をしっかりと捉える。
真剣な表情でこちらを見据える彼女に向けて駆け出した。
魔力で補強した身体によって、人間の運動神経では考えられない速度が生み出せる。
その勢いのまま、剣を振りかぶり、斬り下げた。しかし、妖夢はそれを難なく受け止めると、力任せに薙ぎ払われた。
「ぐっ……!」
「やぁッ!」
妖夢からの斬撃。
足を踏み込み、体重を乗せた一撃が何度も襲いかかってくる。
一撃、一撃がとてつもなく重い。
腕が痺れそうになるが、続いてやってくる斬撃を防ぐために無理矢理に腕を動かす。
「甘いッ!」
しかし、それでも限界はすぐにやってきて、妖夢に竹刀を弾き飛ばされた。体勢を崩し、地面に座り込むように倒れた俺に妖夢は、そのまま首元に剣を突きつける。
もう動けない。
敗北を認めるように手を挙げると、妖夢が剣を下ろしてくれた。
「まだまだ修行が足りませんね」
「修行が足りないのは認めるが、その勝ち誇ったドヤ顔はやめた方がいいぞ」
俺が指摘してやると、妖夢が少し顔を赤くして頬を掻く。
「アハハ……、剣を振るとつい、気分が乗ってしまって」
剣を仕舞うと、妖夢が手を差し出してくれた。
その手を取って立ち上がる。
「けれど、最初に比べればだいぶ良くなりましたね」
「そうか? ほぼ毎朝、妖夢にボコボコにされているようにしか思えないんだが」
「それはまだ実力差がありますから。それに、ライカさんは片腕ですし」
言って妖夢は俺の左腕があった場所に目を向けた。
妖夢はなぜ俺が片腕しかないのかを知らない。気にしてはいるようだが、幽々子に止められているのか理由を聞いてくることはなかった。
その後も何度か妖夢と手合わせを繰り返す。
もちろん一度も勝てない。それどころか、一撃与えることすら出来ずに時間が経ってしまった。
「そろそろ、朝餉にしましょうか。そろそろ幽々子様が起きてくることでしょうし」
「……あ? もうそんな時間か」
冬の寒さが気にならないほど汗を掻いたところで、妖夢に言われて、修行を終わりにする。
屋敷に戻る途中、はらりと目の前に雪が舞った。
「雪、ですね。積もるんでしょうか?」
「どうだろうな。ここって雪がそんなに積もるのか?」
「そこそこですね。冬場の鍛錬は足腰が鍛えられていいですよ」
他愛もない会話を妖夢とする。
なんて事のない朝の一コマ。あまりにも平和すぎて薄気味悪く感じる白玉楼の日々。
俺が冥界に来てから既に1ヶ月は経過していた。
その間に俺は多くのものを失い、なんの変哲もない平和を甘受していた。
「ねぇ、ライカ。そろそろ炬燵が欲しくなる季節よね」
朝ご飯を食べ終えた後、唐突に幽々子がそんなことを口にした。
「……ああ。そうだな。ただ俺は炬燵よりストーブ派なんだ」
妖夢に淹れてもらったお茶を飲みながら、警戒しつつ答える。
「取ってきて貰えないかしら?」
「俺はお前の従者でもなんでもないんだが……」
「タダで住めて、ご飯も食べているのだからそれぐらいいいじゃない」
「それは否定しねぇけど、どうやって炬燵なんて大きいものを俺に取ってこさせるつもりだよ」
片腕しかないと右手をヒラヒラと上げてアピールすると、幽々子はちょっと悩んで諦めたようにため息を吐いた。
「仕方ないわねぇ。妖夢に頼むとするわ」
「妖夢も大変だな……」
「そういいつつ、動く気は全くないのね」
「妖夢は一人で二人分の働きが出来る子だからな。俺の力なんて要らんだろ」
「あの子は二人で一人前よ。正しくは、半人と半霊だけど」
言って、幽々子は机の上のお茶請けからお煎餅を取る。小さく口を開けて齧った。
「よく食べるな。朝もおかわりしていただろ」
「折角の冬だもの。食を楽しまなきゃ」
「んなこと言って食いまくってたら、太るぞ」
モグモグと幸せそうに煎餅を頬張る幽々子を見てたら、俺も煎餅が欲しくなって手を伸ばそうとする。
その寸前で幽々子に煎餅が入った皿を取り上げられた。
「……何をする?」
「太るわよ?」
優雅に微笑む幽々子。
こいつ、さっきの俺の発言のやり返しのつもりか。
軽く睨み合って早めに降参を選択した。
「はいはい。悪かったよ。いいから、一枚寄越せ。妖夢に言い付けるぞ」
「……つまらないわねぇ」
仕方がなしにお皿を机に戻してくれたので、煎餅を一枚取る。香ばしい醤油の香りがして食欲がそそられる。
「妖夢みたいに、もう少し面白い反応をしてくれてもいいんじゃない?」
「そういう反応するから幽々子に揶揄われる、ってのを妖夢に教えてないだけ良心的だろ」
この白玉楼の主人、西行寺幽々子はこの1ヶ月間、過ごした中で性格が全く掴めなかった。
まるで舞い落ちる花弁のように、ふわりふわりとしている。
お陰で、なぜ俺が八雲紫によって冥界に落とされたのかという理由も不明なままだ。
一度、それとなく幽々子に尋ねたら上手い具合にはぐらかされてしまった。
……まぁ、理由なんて本当はどうでもいいけどな。
煎餅を齧りながら、お茶を啜り、のんびりとした時間を過ごす。
紅魔館にいた時には信じられないぐらいの平和な時間だ。
人間には少し退屈すぎるぐらいなので、この1ヶ月の間で暇な時には屋敷の探索やら、冥界を歩き回っていたりもしていた。
この冥界において、魂がふよふよと飛んでるぐらいで他には特に何もない。ルーミアのような危険な人喰い妖怪もいないようで、命の危険はほぼなかった。
浮いている人魂が突然凸撃してくることもあるが、妖夢曰く、子供の霊などは遊んで欲しくて近づいてきてくるそうだ。そのため、敵意などは特になく、犬とか猫にじゃれつかれている気分になるぐらいだった。
弾幕ごっこで遊んでいる人魂とかも偶に見かけるが参加はしない。
正確には参加できない。
弾幕ごっこのルールをちゃんと理解してないというのもあるが、魔力が底をつきかけていた。
スキマを開くことはおろか、羽を生やすこと、魔弾を生成することすら、今はもう出来なくなってしまっていた。
残存する僅かな魔力を体内で循環させて、運動神経を向上させるなんてのが今の俺が出来る限度だ。今は小さな切り傷も回復するのに普通の人間のように数日かかってしまう。
それが良いことなのか悪いことなのかと言えば、きっと良いことなのだろう。外の人間である俺が身にそぐわない力を持っていたから暴走したのだと考えるなら、こうやって力を失っていけば、暴走なんてせずに済むかもしれない。
「どうかしたら? ここの生活には慣れた?」
「……珍しいな。幽々子がこっちのことを気にかけるって。明日は雪が降るな」
「もう降っているわねぇ」
幽々子に何かを尋ねられることはあまりないだけに少し驚いた。
「生活に慣れたも何も、凄い快適だな。基本的に衣食住は保証されているわけだし、片腕の俺を気遣って人魂たちがサポートまでしてくれる。天国か、ここ?」
「だから冥界よ。初めに会ったときも言ったじゃない」
クスクスと笑う幽々子がまた一枚と煎餅を摘む。
「妖夢も最初は警戒していたみたいだけど、今は貴方とも打ち解けれたみたいでよかったわぁ」
「警戒するにも値しない存在と認識されるぐらいの人畜無害さを誇ってるからな」
俺もまた一枚と煎餅を摘んだ。
「人畜無害ねぇ……、自称、化け物なんでしょう?」
「やめろ。自称ってつけると中二病みたいだろ」
「ちゅうにびょう?」
中二病がわからなかったのか幽々子は首を傾げる。
「あー……、斬る斬るモードのお前の従者みたいなもんだ」
「妖夢ったら、いつの間にかそんな新しい形態を生み出していたのねぇ。今度、褒めてあげましょう」
冗談か本気かわからないような口ぶりで幽々子は話す。
普段は至極真面目な妖夢ではあるが、剣を持つと人がちょっと変わってしまう。
勝手に斬る斬るモードなんて呼んでいるが、本人に知られたら怒られるかもしれない、なんて話してから思った。
「幽々子、この煎餅あげるからそれ妖夢には言わないでくれ。怒られたくない」
ちょっとお願いすると、幽々子は顎に人差し指をつけて考えてから答える。
「今日の晩のおかずひと……3つね」
「人の足下見るな。一つだ」
「そう残念。ちなみに今日のおかずが何か知っていて?」
「お前ほど食い意地張ってないんでな。わざわざ確認なんてしてない」
「そう。残念だったわね」
ズズッとお茶を飲む幽々子。
……残念だったとは?
ちなみに、晩ご飯はトンカツだった。一つと言って、切られてないトンカツ一枚全部取られた。
軽く喧嘩しそうになった。妖夢がトンカツ三分の一だけくれた。年下にしか見えない女の子からトンカツ貰うとはなんとも情けなかった。
この食べ物の恨み……いつか晴らしてやる。
******
次の日。朝起きたら、白玉楼の立派な庭が全て白色に染め上げられていた。
……1日でこんなに積もるのか。雪かき大変そうだな。
寒さから逃げようと、昨日幽々子が妖夢やら人魂に取ってこさせた炬燵のある部屋に駆け込もうとしたら、ばったりと幽々子と出会った。
起きたてだからか、普段の着物とは違い、寝装束。
普段身に付けている帽子も着けておらず、こんな寒いのに薄めの白い生地の衣服だけだ。薄めの生地のせいで、いつもより幽々子の豊かな胸が強調されていた。
「あら、おはよう。随分と早いのね」
「……ああ。おはよう。そっちこそ今日は早いんだな」
「寒さで目が覚めたのよねぇ……、妖夢にあったかいお茶でも淹れて貰おうと思って」
ふわぁっと小さく欠伸をした彼女は、トテトテと俺に近づき、右腕に抱きつく。
意表を突かれた行動に驚いて、離れようとするが、抱きつく力が強くて離れられない。
「き、急に何をッ!?」
「貴方も炬燵のある部屋に向かおうとしているのでしょ? 目的地は同じだから」
何がだからなのか。
右腕に感じる微妙な暖かさに、押し付けられる豊かな膨らみ。花の香りのような良い匂いのする髪と、精神衛生上、大変よくない。
「いいから、離れろ! 歩きにくいだろ」
「嫌よ。寒いもの。それに、役得でしょう?」
そう言って、幽々子はクスリと笑う。その視線が俺の下腹部に向けられた。
この場面でもし少しでも勃たせたら、意識しているのが幽々子にバレてしまう。流石に恥ずかしすぎるので、右腕の感覚を意識しないようにして、心を落ち着かせる。
「……そうやって男子に軽々しく接するなよ。襲われるぞ」
「ふふっ、試しに襲ってみる?」
幽々子は胸元を隠す服を少しだけ肌蹴させた。雪のように透明感のある綺麗な肌が目に入る。
「ぐっ……、さ、寒いから結構だ!」
意味わからない断り文句を口にすると、幽々子は面白そうに笑う。
完全に揶揄われていた。
逃げ出すように歩き出すが、それに合わせて幽々子も歩を進める。
結局、部屋に着くまで幽々子に抱きつかれたままだった。
「……それで、何でまだ抱きついているんだよ。部屋についたし、炬燵の中だろ」
炬燵の一角に二人して入り、くっついている。正確にはくっつかれている。
「まだ寒いでしょ。妖夢にお茶を頼んでもいないし、炬燵に火もついてない」
「そりゃあ、俺に抱きついたままで、妖夢のことを呼びにも、炬燵に火をつけようともしに行ってないからな」
そこら辺の人魂でも捕まえて、頼めばいいものを……。
さては、この状況を楽しんでるな。
「それにしても、貴方はとっても温かいわねぇ」
「誰かさんのせいで、体温上がってるんだろ」
いい加減、わざとらしく胸を押しつけるのやめて貰えませんかねぇ……。
「良かったら、今日から私の部屋で寝ない?」
「……何を馬鹿言ってるんだ。どうせ、抱き枕にでもするつもりだろ。それともそれは夜のお誘いか?」
「ふふ、どちらだと思う?」
妖艶に微笑む幽々子の瞳からはその真意など探りようもなかった。
これ以上は藪蛇になる気しかならなかったので、それ以上は会話を進めい。
二人、無言で炬燵に入り、身体を寄せ合っている。
側から見れば、熱々の恋人や夫婦にも見えかねない光景だ。
「幽々子様、お部屋にお姿が見えませんでしたが、こちらに……」
唐突にガラリと襖が開いて、妖夢が俺らを発見した。
そのままピシリと石像のように固まり、一気に顔をトマトのように赤くする。
「お、お嬢様っ!? そんな薄着で何を……! ライカさんも……!」
あわあわと目を回しながら妖夢がなぜか刀を手に持った。
「おい、待て! 落ち着け! 誤解するな! 何もしてない!」
「妖夢ー、お茶を頂戴」
「お前はこの空気をなんとかする努力を少しはしろ!」
マイペースな幽々子にツッコミつつ、斬りかかってきそうな妖夢をなんとか宥めた。
危なかった……。けど、これもし紅魔館だったら、きっと実際に斬られてただろうな。
やはり、白玉楼は今日も平和である。
平和すぎる。血とか肉とか、トラウマとか、色々と足りない……!
次回か、次次回にはえっちシーン入れます。