※この作品はR-18です。

東方淫魔伝   作:スイセン

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[第43話]亡霊の姫君との契約

 妖夢の剣撃によって吹き飛ばされ、新雪積もる地面の上を転がった。

 

「くぅ……、痛いし、冷てぇ……!」

 

 やけに手加減なしの一撃だったな。

 

「立ってください。まだまだ行きますよ」

 

 少し不機嫌そうな声の妖夢。

 朝の幽々子との一件が尾を引いているのかもしれない。

 その原因を作った張本人といえば、縁側に腰掛け、お茶を啜りながら、俺と妖夢の鍛錬という名の私刑を眺めていた。

 

「そこのお嬢さんや、助けてくれてもいいんじゃないか?」

「雪を眺めながらのお酒もいいけど、お茶も心が落ち着くわね〜」

 

 完璧にスルーを決め込まれた。

 幽々子を睨みつけるように唸りつつ、竹刀を支えに立ち上がる。

 

「そもそも、妖夢はこの白玉楼の剣術指南役なんだろ。俺の稽古じゃなくて、幽々子相手にすればいいだろ」

 

 すると、妖夢は小さく苦笑いを浮かべた。

 

「お嬢様は滅多に剣を持ちませんから」

「まぁ、確かに、幽々子が剣を使うイメージはないが……」

「失礼ね〜」

 

 全くそんな風に思ってなさそうにのんびりと幽々子が答える。

 出会った当初のあの濃厚すぎる死のオーラが嘘であったんじゃないかとすら最近は思えてきた。

 しかし、この強い妖夢を従者にしているし……。

 俺の中で主人は従者よりも強いという相場が決まってる。例えば、レミリアとか、あとフラン。俺より圧倒的に強かったね。

 そうなると、やっぱり幽々子は強いのだろうか。

 華奢な見た目などはこの幻想郷において、実力に全く影響しないことを痛いほど理解させられている。だから、少し幽々子のその強さに興味があった。

 

「じゃあ、試しに手合わせしてみないか?」

「面倒だから嫌よ」

 

 やけに食い気味に返された。どんだけ嫌なんだ。

 

「そう言うなよ。ほら、偶には動くことも大事だろ」

「そうですよ。幽々子様、偶にはいかがですか?」

 

 妖夢も同意するように頷く。

 

「そうねぇ〜、もう少し暖かくなったら考えるわぁ」

「……冬が始まったばかりだぞ」

 

 暖かくなるのなんて何ヶ月後なんだよ。

 仕方がない。奥の手を使おう。

 

「わかった。なら、今日の夜のおかずを一つやる」

 

 秘技、食べ物で釣る。あからさま過ぎるのか、妖夢が苦笑いを浮かべていた。

 しかし、幽々子は少し考えてから首を捻る。

 

「……一つだけ?」

「……二つ」

 

 無言。

 

「……三つで、どうだ?」

 

 やっぱり無言。

 

「四つ……って、さてはお前、黙ってたらおかず無限に釣り上がるとか思ってんだろ!」

「あら、バレちゃった」

 

 クスクスと笑う幽々子は、仕方ないわねぇと扇子を手に縁側から立ち上がった。

 

「貴方のためにも少しだけ相手をしてあげるわ」

「……意外だな。なんだかんだ言って逃げられるかと思っていた」

「私もやる時はやるんです」

 

 それを自分で言うのはどうなんだ……。

 幽々子はゆっくりと歩いて、俺と少し距離をとって立ち止まる。

 

「私が勝ったら、言うこと聞いて貰えるのよね〜」

「おい、初耳だぞ」

 

 そんなこと言った覚えはない。

 

「いいじゃない。嫌がる私と無理矢理手合わせをするのだから、それぐらい」

「……無理難題じゃないならな」

「大丈夫よ。それじゃあ、交渉成立ね」

 

 広げた扇子で口元を隠しながら、幽々子の目が細めらる。

 一気に空気がヒリつく。圧倒的な強者なオーラ。

 けど、……この程度のオーラならフランやレミリアの方が怖かったな。

 竹刀を構える。

 

「……剣はいいのか?」

「貴方相手には必要ないわ。好きなように始めていいわよ〜」

 

 そう言って幽々子はパチンと扇子を閉じた。

 ……つっても、剣も持ってない相手に竹刀で襲いかかるのもなぁ。

 少しの抵抗感を覚えつつ、雪に足を取られないように気をつけながら駆け出す。

 幽々子との距離が一気に縮まる。竹刀を振るえば当たる距離。その肩に向けて、竹刀を振り下ろした。

 幽々子は動かない。じっと俺を見据えるだけだ。

 当たる、そう確信したのに、竹刀は空を切った。

 

「殺気が足りないわねぇ。もっと本気でかかってらっしゃいな」

 

 余裕な笑みを浮かべる幽々子。

 避けられたか……。

 ふぅと小さく息を吐いて、竹刀を構え直す。

 

「……そうだな。お前ら相手に手加減とか無用だったわ」

 

 身体に魔力を集中させる。

 肉体の強化。単純だが、剣術を扱う上では十分すぎる能力。

 

「次は本気でいくぞ」

 

 優雅に微笑む幽々子に向けて、竹刀を繰り出す。

 斬り下ろしからの、返す刃での斬り上げ、脚を踏み込み横へ斬り払う。

 しかし、どれも当たらない。寸前のところで幽々子の身体は竹刀を避ける。

 

「くそっ!」

「ふふ、ほらほら、こっちよ」

 

 こんな近距離で、一方的に攻撃し続けているというのに全く当たる気がしなかった。

 まるで桜の花弁を斬ろうとしているかのようだ。勢いをつければつけるほど、桜の花は華麗に舞い、剣を避ける。

 幽々子を肉薄しようと、脚を踏み込む、更に竹刀を振るう速度を上げた。

 

「ちょっとは早くなったわねぇ。でも、それじゃあ、軽いわね」

「なっ……!?」

 

 竹刀を受け止められた。それも、幽々子が持っている扇子で。

 押そうともびくともしない。

 

「軽いって言っても……、常人なら骨折するぐらいの威力はあるはずだぞ」

「外の常識で語るなんて、ライカもまだまだ修行が足りないわねぇ」

 

 言って、幽々子がトンと俺の肩を押した。

 軽い一撃。それなのに、それだけで体勢を崩した俺は雪の上に座り込む。

 

「さて、次は私の番よね。この凍える冬に眠る蝶たちが目を覚ますわ」

 

 扇子を広げ、それを掲げる。すると、幽々子の周りから、大量の蝶が飛び上がった。

 あり得ない光景。美しく、そして優雅に蝶の大群の中心にいる幽々子が、冷たい目でこちらを見据え、扇子をこちらへと向けた。

 彼女に操られたように蝶たちが俺を取り囲む。まるで丸い檻のように逃げ場なく埋め尽くすように。

 無理矢理の突破なんて出来ない。だって、その蝶たちの1匹1匹からフランから感じるよりも遥かに強い死の香りがするのだから。

 

「あっ……、ああっ……!」

 

 あまりの恐怖で声が漏れてしまった。

 触れれば死ぬ。そんなことが直感的に理解できた。

 動けない。それどころか、この蝶たちの檻が小さくなれば、俺は死ぬ。

 圧倒的な死への恐怖。

 

「はい。おしまい。私の勝ちね」

 

 パチンと扇子を閉じるのと同時に、まるで夢だったかのように蝶が消え去った。

 

「……少しやりすぎたかしら?」

 

 呆然と座り込む俺を幽々子が覗き込んだ。

 それで、やっと生きている実感が戻ってきた。それと同時に嫌な汗が一気に噴き出す。

 

「……あ、ああ。大丈夫だ」

 

 震える膝を無理矢理立たせようとするが、上手く力が入らずに再び倒れてしまった。

 

「ライカさん、大丈夫ですか!?」

「ああ。傷一つ負ってはいないんだが……」

 

 腰が抜けたというのだろうか。なんとも、情けない。

 ちょっと悲しくなりつつ、震えが収まるまで冷たい雪の上に腰を下ろしていることにした。

 

「それじゃあ、おかず4品とお願いをよろしくね〜」

 

 ニコニコと機嫌良さそうな幽々子が言う。

 

「おい、待て。おかずは3品だ。てか、お願いも聞かないとダメなのかよ」

「細かい男ねぇ……。モテないわよ?」

 

 さらりと酷いこと言われた。

 

「……お前にモテようとしてないからいい。んで、お願いってなんだよ?」

 

 不機嫌気味に返事してやると、幽々子が着物に雪が付くことも厭わずにかがみ込んで、俺と目を合わせる。

 

「私と付き合って貰えるかしら?」

「……はぁ?」

「なっ!? 幽々子様っ!?」

 

 言われた本人より従者の方が驚いているんだが……。

 面白そうな笑みを浮かべているあたり絶対わざとだな。

 これあれだろ。買い物に付き合ってみたいなそういう引っかけ問題だろ。本当にこんなことしてくる奴いるとは思わなかった。

 

「わかった。んで、何に付き合えばいいんだ?」

 

 慌てる反応をするのも馬鹿らしいので、雑に尋ね返すと幽々子はクスリと笑った。

 

「そうねぇ、じゃあ、まずは……」

 

 幽々子の手が俺の頬に触れたかと思うと、唇を奪われた。

 餅のように柔らかな感触が伝わってくる。

 

「……んんっ!?」

「ちゅ……、ふふ、顔、真っ赤ね」

 

 唇を離した幽々子も少し顔を赤くしつつ、微笑む。

 

「何を……、てか、付き合うって本当にそういう……」

 

 混乱する頭では幽々子の考えなんて到底理解出来そうになかった。

 

「だから、言ったでしょ。私と付き合ってって」

「あわっ、あわわわっ……」

 

 妖夢がオーバヒートしたかのように顔を真っ赤にして、目を手で覆っていた。

 

 拝啓、アリス。

 本日、俺は試合に負けた結果、彼女が出来ました。

 

 こんな手紙送ったら破り捨てられそう。俺なら破り捨てる。

 

 ********

 

 なぜか幽々子に告白されて、付き合うなんてことになったのだが、冷静に考えて、いや、冷静に考えなくてもおかしい。

 

「……んで、何が目的だ? 金か、名誉か?」

 

 部屋に移動して審議中である。

 炬燵を囲むように、幽々子、妖夢、俺と座る。

 

「どっちも持ってない男に言われてもねぇ……」

「失礼な。金はともかく、名誉ってことなら俺は外の世界の学校で一番イケメンな男子に選ばれた実績があるようなないような気がするんだぞ」

「何言ってるの……?」

 

 頭おかしい人を見る目で見られた。いや、まぁ、記憶ないから知らないんだけどさぁ。

 

「……ライカさんが何を言っているのか私にもわかりませんが、幽々子様、本気ですか? こんな男と」

「妖夢。さらっと俺のこと、こんな男って言うのやめようか。地味に傷ついて泣きそう」

 

 俺の言葉を無視して幽々子に真剣な眼差しを向ける妖夢を受け流すように、幽々子はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「ええ、本気よ。じゃなかったら口づけなんてしないわぁ」

「どうして、ライカさんなんか……」

「なんかってなんだ。なんかって」

 

 妖夢ってもしかして俺のこと嫌いなの? 

 妖夢の質問に対して、幽々子は数秒たっぷり悩んで首を傾げながら答えた。

 

「うーん? 顔が好み?」

「取ってつけたような理由だなおい。別に嫌な気持ちはしないけど」

 

 幽々子ほどの美人に顔が好みと言われて嫌な気持ちになる男なんてそうそういないだろう。

 

「顔、ですか……。うーん?」

「妖夢、お前の行動で今、絶賛傷ついている男がここにいることを忘れてはいけない」

 

 訝しげな視線を俺に向ける妖夢にちょっと悲しくなりながら、少し真面目に尋ねた。

 

「……結局、本気なのか?」

「ええ。もちろん」

 

 こくりと頷く幽々子。

 本気、か……。なら、俺はちゃんと答える必要があるのだろう。

 

「悪いが俺は……」

 

 告白の返事をしようとしたところで、幽々子の指が俺の口元に押しつけられる。

 幽々子を見れば、珍しく少し哀愁漂う表情をしていた。

 

「答えは聞くつもりはないわ」

「……んなこと言われてもな」

「そもそも、負けた貴方への命令だもの。拒否権なんてないわよ?」

「それは随分と横暴だな」

 

 苦笑しつつ、答えの続きは飲み込んだ。

 彼女が答えを求めないとしても本来なら言うべきなのだろう。けど、あの幽々子の寂しそうな表情のせいで、言葉が詰まって出てこなくなってしまったのだ。

 

「私はまだ納得してませんよ」

 

 ちょっと不満げな妖夢が口を割り込む。

 そんな妖夢を見て、幽々子は思いついたようにポンと手を打った。

 

「もしかして、妖夢も惚れた?」

「そ、そんなわけないじゃないですかっ!」

「そんなわけないのか」

「当たり前です!」

 

 怒ったように立ち上がった妖夢は部屋から出て行ってしまった。

 

「……いいのか? 妖夢を怒らせて」

「大丈夫よ。少しすれば落ち着くでしょう。それよりも、今日は赤飯にしましょうか」

 

 笑顔で手を打った幽々子。少し幼さを残す面影。

 彼女は亡霊だという。

 だとすれば、この若さで亡くなったということなのだろうか。

 彼女の生前も、亡霊として過ごした年月も俺は知らない。まだ出会ってからひと月しか経っていないのだから。

 だから、彼女も俺のことを知らない筈だ。顔が好みなんて言葉が本当だとは思えなかった。

 

「なぁ、幽々子」

「なぁに?」

 

 彼女の真意は知り得ない。

 俺には彼女が理解できない。

 それは怖いことで、取り返しのつかないことになると知っていたから。

 

「お前は俺に何を求めてる?」

 

 少し震える声で尋ねていた。

 じっと幽々子を見据えると、彼女は優しく微笑んで口を開く。

 

「……そうねぇ。手に入らなかった日常かしら」

 

 そう言った彼女の瞳の奥に、取り返しのつかない過去を偲ぶ想いが透けて見えていた。

 その瞳に映っていたのは果たして俺だったのだろうか。

 

 ********

 

 少しギクシャクした空気の中で晩飯を食べ終え、お風呂にも入り終えたので寝ようとしたところ、幽々子に呼び止められた。

 風呂上がりのせいで、寝装束で薄着な幽々子。

 蒸気した頬や、少し湿った髪など、いつにも増して感じる色っぽさに少しだけドキリとしながら答える。

 

「どうかしたのか?」

「貴方の寝床は今日からこっちよ」

 

 そう言って手を引かれた先は幽々子の部屋。

 一枚の布団に二つの枕が置いてあった。その光景に襖の前で呆然と立ち尽くす。

 

「……冗談だろ?」

「私が冗談を言うように見えるの?」

「めちゃくちゃ見える」

 

 逆に幽々子から冗談と揶揄いを取ったら何が残るのだろうか。

 美人、亡霊、白玉楼のお嬢様、大食い。めっちゃ残るな。これだから美人なお嬢様は。

 

「そもそも俺はお付き合いには健全さを求めてだな……」

 

 全然思ってないことを口にすると、幽々子はクスクスと笑った。

 

「ただ、一緒に寝るだけのつもりだったのだけど、何を想像したのかしら?」

「……一緒に寝るのも健全ではないだろ。妖夢が見たらまた騒ぎ出すぞ」

「ええ。だから、妖夢が来る前に早く」

 

 腕を引かれて無理矢理室内に入れられると、幽々子は襖を閉じた。

 寝装束姿の男女が部屋で2人。この光景で想像することなんてひとつしかないが、頭を振り払い、布団に潜り込んで、もう一つの枕に背を向けるように横になる。

 

「別に寝るのは構わないが、寝相悪いって文句言うなよ」

 

 幽々子を視界に入れないように目を閉じて、口早に伝えた。

 その俺の言葉に幽々子は答えない。

 ゆっくりと歩く足音が聞こえ、布団が少し持ち上げられて、もう1人、布団の中に入ってくる。そして、背中からぎゅっと抱きつかれた。

 

「……暑いんだが」

「私はちょうどいいわ」

 

 柔らかい膨らみを惜しげもなく当てがう幽々子の行動に、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。布越しに伝わる幽々子の体温。亡霊なのに肉体も体温を持つ彼女は、人間との違いなんて傍目一切わからない。

 くっそ、なんで、こんな……。

 幽々子のような美人に抱きつかれながら寝る。だというのに、胸に抱いているのは、幸せなんかじゃなかった。

 どうしようもなく怖い。この状況から逃げ出したかった。しかし、俺に抱きつく幽々子の手がそれを許さない。

 ……これは寝れそうにないな。

 薄目を開けて、真っ暗な室内を眺めていると、少しだけ心が落ち着く。

 結局、俺は朝まで一睡も出来ずに過ごした。




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