東方淫魔伝 作:スイセン
降り積もる雪の上で、甲高い音が鳴り響いた。
楼観剣を振るった妖夢の一撃、それを反射的に手に持つ日本刀で鞘のまま受け止めた。
ビリビリとした衝撃に手が痺れる。
妖夢は、止められるとは思っていなかったのか少し驚いように目を見開いた。
危なかった……。幽々子の魔力での肉体強化、妖夢の模倣による剣技。そのどちらが欠けていたら胴体から真っ二つに切断されていた未来が容易く想像できる。
「はぁっ!」
「ぐっ……!」
妖夢が力を込め、強引に薙ぎ払われた。
バックステップで距離を取りつつ、鞘から刀を引き抜く。
「……手加減してくれてもいいんだぞ?」
鞘を地面に投げ捨てつつ妖夢に尋ねると、少し考えるようにしてから手に持つ刀のうち、短い方、白楼剣を鞘にしまう。
「意外だな。本当に手加減してくれるのか?」
「……両手で振った方が重くなりますから」
「それは確かに」
楼観剣を両手で握り直した妖夢。
なるほど。殺傷能力高めただけか。
先程と一撃のせめぎ合いだけで、俺が重い一撃は耐えられないと読んだらしい。大正解だよ、ちくしょう。
ならば、俺は鍔迫り合いなんて流れにならないように立ち回るしかない。
妖夢とは逆に、刀を右手だけで持つ。竹刀よりも重いそれは肉体強化してなければまともに振れそうもない。
左手に意思を集中させ、魔力をかき集める。
手のひらの上に熱い楕円状の球体が生み出された。
「それは……」
訝しげに注視する妖夢。
何が起きてもすぐさまに対応出来るようにと、警戒していた。
まぁ、これが直接攻撃するわけじゃないんだけどな。
卵に見えるそれが小さくヒビが入っていき、真っ二つに割れる。そこから現れるのは、小さい紅い蝙蝠だ。それも1匹ではなく、10匹近く。
幽々子が手合わせで見せたような、自らの魔力で作られたモノを使役する能力。
前までは出来なかった芸当だ。幽々子のおかげなのか、魔力制御の調子が前に比べて格段に良い。
蝙蝠が俺の周りを守るように飛び回る。
「……蝙蝠は卵を生みませんよ」
その光景を見て、妖夢がやけに冷静なツッコミを入れた。
「……哺乳類だからな。気にするとこそこなのか」
「10匹……私の楼観剣は一振りで幽霊10匹分の殺傷力はありますよ?」
既に死んでいる幽霊を殺すとはそれいかに。
軽くツッコミたい気分になったが、妖夢が刀を構えたので気を引き締める。
10匹分の殺傷力とはいえ、俺の周囲にこれだけ蝙蝠が飛んでいるのだ。刀の間合いに入るのも大変だろう。
それとも斬撃を飛ばすなんてことでもしでくるのだろうか。
「私が剣術しか使えないと思っているのであれば、大間違いです」
動き出したのは妖夢、ではなくその半霊だった。半霊から大量の大玉が展開される。
「うっそだろっ!?」
物を持ったりしているのは見ていたが、こんな芸当が出来るなんて聞いてない。
けれど、これぐらい隙間の多い雑なばら撒きなら避けられる。
そう思った瞬間、大玉が全て切り裂かれた。
妖夢が刀を振るっていた。切り裂かれた大玉はバラバラになって、小さい魔弾となり襲い掛かる。
──避けられない!
慌てて、左手に魔力を溜め直し、こちらも魔弾を打ち込んで相殺させる。
蝙蝠たちもこっちに飛んできそうな魔弾を身を挺して護ってくれていた。魔力を込めていたため、魔弾と衝突することで小さな爆発を起こして蝙蝠が消える。
ただ、そうやって魔弾に気を取られたこと自体が間違いであったとすぐに気づく。
いつの間にか、妖夢が剣の間合いに滑り込んでいた。
「……蝙蝠は残り7匹ですか」
ほぼノーモーションで蝙蝠たちの間を縫うように突きが繰り出される。
身体の魔力を総動員して、無理矢理に刀を持つ右手を動かした。すくい上げるように剣を振るって、目の前に迫る楼観剣の剣先を跳ね上げる。
妖夢の体が浮き、スキが生まれる。そこを狙うように蝙蝠たちが妖夢に突っ込ませる。
俺自身も左手に魔力を集めて、妖夢に魔弾を至近距離で当てようとしたところで、脇腹に激痛が走る。
「ぐあっ……」
見ると、半霊が激突していた。
そんなのもありなのかよ……。
標的を変更して、半霊に向けて魔弾を打ち出す。しかし、それはすり抜けていってしまう。
「……ふぅ。これで、残り4匹」
そんなことをしている間に妖夢は体勢立て直して、蝙蝠を斬り払っていた。
──クソッ! 流石にこの間合いは不味い!
蝙蝠たちと共に後ろに飛び退き、距離を取る。しかし、それを許さず、妖夢が追撃するように飛び込んできた。
左下から振り上げられる剣をなんとか弾く。しかし、それの勢いを殺さずに回転した妖夢が渾身の蹴りを繰り出した。
「がぁっ……!」
躱すことも出来ずに直撃して、吹き飛ばされる。
追い討ちがくる……!
残った蝙蝠を無理矢理に動かし、四方八方から妖夢に纏わりつかせようとする。刹那、妖夢の周りが切り裂かれた。
全ての蝙蝠が真っ二つになってしまう。
「10匹……これで全部ですね」
わ、笑えねぇ……。
なんとか体勢立て直して、距離は取れたのに、とっておきの持ち駒が一瞬で全て消えてしまった。
ここからどうやって立て直す……。また蝙蝠を生み出すのを待ってくれるとは思えない。
冷たい瞳で俺を見据える妖夢。
……結局、刀一本かよ。
片手で持っていた刀を両手で正面に持つ。
小技で誤魔化そうとしたが、全て上手くいってない。一度、スキマに逃げ込んで準備をするか? ここまで距離があれば流石に先に逃げ込める。
短い逡巡。
ただ、それはあまりにも格上な者の相手には命取りだった。
妖夢が構えを取る。
先程までと違う、まるで力を溜めるような動作。
気づいた瞬間にはもう手遅れだと気づいた。あまりにも強い気迫に全てがスローモーションになったかのような世界の中で、妖夢だけが目にも止まらぬ速度で動き出す。
刀で防ぐことすら間に合わない。
「がはぁッ!」
残像すら残るほどの速度。
一瞬で脇腹を深く切り裂かれた。目の前に居たはずの妖夢は俺の背後に立っている。
斬られた部分が熱い。
不味すぎる……、傷が深すぎる……。
出血が止まらない。雪が真っ赤に染まっていく。
「あ、あ、あはは……、ここまでくると流石に笑えてくるな……」
実力差がありすぎる。
幽々子の魔力を使ったドーピングをしているにも関わらず、触れることすら叶いそうにないのだから。
最初からこの技を使えば終わりだったろうに、さては手加減してたな。
脇腹を抑えながら、妖夢に向き直る。
彼女はその刀についた血を払い、鞘に納めていた。
「……ここまでですね。今すぐ傷の手当を」
少し残念そうな様子で俺に駆け寄ろうとしてくる。
──ふざけんな。訳もわからずに戦わされて、こんな怪我を負わされて……それで勝手に終わるだと……?
何もわからない。彼女の目的も真意も。
堪えようのない怒りが胸の内で溢れ出してくる。ギリッと歯を強く噛み締め、日本刀を痛いくらい強く握る。
頭が割れそうなくらいに痛くて、彼女を強く睨みつけた。
「ライカさん……」
そんな俺の様子に気付いたのか、近づいてくる足を止めた妖夢。
このままこの怒りに身を任せて……。
『妖夢のこと、よろしくね』
不意に思い出される幽々子の言葉。
「──ッ」
日本刀の柄で思いっきり、自分の頭を殴った。頭が揺さぶられる感覚と共に血が流れ出す。
「何をして……!」
俺の奇行に驚いた様子の妖夢。それに答える余裕なんてない。
……やめろ。このまま冷静さを失えば、間違いなく俺はまたあの姿へと変身する。
またこの身体に戻れる確信もなく、変身すれば妖夢のことを傷つける未来しか見えない。
レミリアに殺されかけ、その回復で魔力が足りていなかった状態であれなのだ。この幽々子の魔力を得ている状態での変身なんて何がなんでも避けなければならない事態だった。
落ち着け……。妖夢がなんでこんなことを始めたのかなんて関係ない。幽々子に妖夢を頼まれたんだろうが……!
額から出る血で視界が少し赤く滲む。
左手に魔力を集める。
「プチホーリー」
小さく呟いて、高音の魔弾を生成した。
それを自らの脇腹の傷口に押し付ける。
「ぐぅっ……」
熱い痛い、叫び出しそうだった。
必死に耐えて、傷口を焼いて止血する。
「はぁはぁ……、悪い、待たせたな」
ふらつく脚で地面をしっかりと踏み締め、刀を真っ直ぐに構える。
「……まだ、続けるつもりですか。それ以上は本当に……」
「妖夢から始めたことだろ」
「ですが……」
戸惑う妖夢。
「いいから、早くしてくれ。そんなに保たない」
「……わかりました」
妖夢が再び楼観剣を引き抜く。そして、もう一本、白楼剣もその手に構えた。
「……最後にもう一度、斬らせてもらいます」
真剣な表情で俺を見据える。
先程、一本ですら捌き切れなかった妖夢の剣技。二本になった時点で俺にはどうすることも出来ないのは確実だった。
あまりにも無謀すぎる。
脇腹に大怪我を負って、既に体はボロボロなのだから。
けれど、不思議と魔力は湧き上がってくる。
背中が焼けるように熱い。けれど、逆に頭は透き通るように冷静だった。
身体の熱さを自らが持つ日本刀へ全て集める。
幽々子が名付け直した能力名、『ありとあらゆるものを喰らう程度の能力』。
人間の基本性能である、食べた物の栄養素の一部を吸収して、それを身体を動かすエネルギーに変えるというだけの能力。
しかし、それだけではない。なぜなら、ありとあらゆるものを喰らえるのだから。
ならば……。
「行きます……!」
妖夢が構えを取り、空気が一気に張り詰める。
刹那、妖夢が動き出す。目にも止まらぬ速さで彼女の間合いへと踏み込み、その刀を左下から斜めに斬り上げようとする。
止められない。止めようがない。防御も回避も間に合わない。
だから、俺はそのどちらも捨てた。
妖夢の剣が俺の身体に深く傷を作る可能性を無視して、手に持った日本刀を振り下ろした。
「なっ……!」
妖夢が剣の角度を変えて、俺の日本刀を防ごうとする。
それでも俺は強引に振り下ろした。
俺の魔力に耐えられなかったのか、それとも、俺の振り抜き方が悪いのか、妖夢の剣とぶつかった瞬間、刀はそこから折れた。
クルクルと刃が宙に舞う。
けれど、それすらも気にせずに俺は刀をそのまま振り下ろしきった。
刀は空を斬る。
しかし、違和感があった。なぜなら、確実に斬った感覚はあったのだから。
気づけば、妖夢は唖然とした様子で俺を見ていた。
「な、なんで……」
その手には楼観剣と白楼剣。俺の手には途中で折れた日本刀。
そして、立っているのは一切荒らされていない雪の上。
互いに動き回った跡も、真っ赤に染まる血の跡も何一つ残っていない。
まるで先程までの戦いが夢だったようで……、けれど、脇腹に残った深い傷が夢でなかったことを物語っていた。
「時間を斬った、のですか……」
「……違う。時間を喰ったんだよ」
刀が途中で折れたのが良くなかったのか、喰いきれなかったみたいで、俺にダメージという形で残ってしまっているが。
しかも、身体に相当な負荷がかかってたらしい。
腕の筋肉からは大量に出血し、視界が真っ赤に染まっている。
ふらりと冷たい雪の上に倒れ込んだ。
「ライカさん!」
妖夢の駆け寄る音が聞こえる。
魔力は底を尽き掛けていた。この状態なら暴走しても妖夢ならなんとかなるだろうと俺は簡単に意識を手放した。
主人公の能力・『ありとあらゆるものを喰らう程度の能力』
人間が持つ、食べた物を吸収する能力の進化系。概念も喰えたりするかもしれない。
女を食べるって意味で、セックスでも食べた扱いになる。
ただ吸収率は悪くて、良い時で30%ほど。
今回の時間を喰った原理はまた別にあります。
次回は主人公が死にかけたということで、特別編。
早苗、さとり、鈴仙、文の誰かメインであと数名出します。クリスマス回みたく長くならないよう気をつけます。