東方淫魔伝 作:スイセン
深いまどろみからゆっくりと意識が浮上していき、目を覚ませば、見慣れた紅魔館の天井が……。
「……あれ?」
なんかちょっと天井が違う気がする。
覚醒し切らない頭で身体を起こそうとすると、右腕がやけに重たい。
また小悪魔が潜り込んだのかと思って、視線を向ければ、小悪魔の赤い髪とは似ても似つかない黄色い髪の少女が、裸で俺の腕に抱きついて安らかな寝顔を見せていた。
え、なんで……?
忘れているわけじゃない。眠りにつく前までこの少女、フランドール・スカーレットとご褒美という名目で身体を重ねていたのだ。
けれど、いつもだったら寝ている間に自分の部屋に運ばれてるものだから、この2人で同じベッドで寝ているという状況に困惑してしまった。
すぅすぅとあどけない顔立ちのフランが裸で俺に抱きついて寝息を立てていると、なぜかものすごく犯罪臭がするんだけども……。いや、俺も身体は子供だからセーフか。逆にアウトだろ。
それにしても、どうするべきだろうか。
動くにしても抱きつかれている以上難しいし、フランのことを起こして機嫌悪くなるなんてことは避けたい。
なんかこの状況が懐かしい気がする。そういえば、前にもアリスとこんなことがあったような。起きたらアリスとルーミアが腕に抱きついていて、動けないなんてことが。
「…………」
気の迷いか、寝ているフランの頭を左手で優しく撫でてみる。
「ん、んん……」
少しくすぐったそうにしながら、フランは心地良さそうな顔を浮かべる。
「やっべ、かわいい。襲いたい」
「……貴方には自制心というものが存在しないのかしら」
自制心? そんなもの、とっくの昔に置いてきた。じゃなかったらフランとのエッチなんてしない。
「……ところで、この状況を覗き見するって随分と悪趣味だな」
「藍から連絡があったから折角様子を見に来てあげたのに、随分な言い草ね」
久しぶりだが、忘れることのないこの胡散臭い綺麗な声色。
声の主に視線を向けると、空中にできたスキマから、上半身だけを覗かせた八雲紫が目を細めて俺とフランを眺めていた。
「久しぶり、なんて挨拶する仲でもないだろ」
「それもそうですわね。白玉楼は楽しかった?」
どこまで知ってていて、どこまでわざと尋ねているのかわからない問いかけ。
相変わらず、なにを考えているのかわからない。だから、言いたくないとばかりに口を真横に引き締めると、紫は手に持った扇子で口元を隠しながらクスクスと笑う。
「それにしても、だいぶ可愛い姿になったものね。趣味?」
「趣味で子供化なんてするわけないだろ」
「でも、甘やかされるの好きでしょ?」
「す、好きじゃねえよ!」
やっぱりこいつなんか知ってるだろ! 主に子供の時の俺が妖夢に甘えてたこととか。
「ふふ、本当に可愛いわね。食べたくなっちゃう」
ペロリと舌を出す紫。
「……その食べるは一体どっちの意味ですか?」
「どっちも、っていうのも良いものじゃない?」
「俺は遠慮しておく……」
苦虫を噛み潰したような顔で拒絶してやる。
「そんな顔をするものじゃないわ。折角の可愛い顔が台無し」
「可愛いって言われて喜ぶ歳じゃねぇよ」
「ふふ、そういう意地っ張りなところも可愛いわね」
「……わざと言ってるだろ」
「貴方はツンデレだから」
「誰がツンデレだ!」
なんでこいつツンデレなんて言葉知ってんだよ。
「ほら、恥ずかしがらずに紫お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
「嫌だ」
「ツンツンしないで」
「してねぇ!」
「幽々子と妖夢には呼んだのに?」
「……なんで知ってるのかは聞かないから、許してください」
土下座に移行しそうな勢いで頭を下げた。完全降伏である。
お前、それ絶対誰にも言うなよ! 恥ずかしくて軽く死んじゃうだろ!
「てか、なんで今さら出てきたんだよ。お前ってあれだろ。裏で暗躍とかするの大好きなタイプだろ」
所謂裏ボスというやつ。なんでもかんでも裏から操りたがる面倒くさい存在。出来れば関わりたくないランキング堂々の3位に位置してる。
「さっきも言ったでしょ。貴方の様子を確認しに」
「じゃあ、帰ったらどうだ?」
お出口あちらですよと、手を向けてやる。
「貴方、私のこと嫌いなの?」
「最初に会った時は敵意を向けられ、次はお前の式神に殺されかけて、挙句には白玉楼に置いてけぼりにしておいて、好かれる要素あったか?」
好きか嫌いかで言うなら、全然嫌いだよこいつ。
幻想郷で会った奴らの中でも上位に位置する厄介さを持ってることも踏まえて。
「酷いこと言うのね」
シクシクとわざとらしく泣き真似をする紫。
「酷いことしたのはお前だろ。泣きたいのはこっちだ」
「……もう仕方ないわね。今日のところは帰るわよ」
ジトっとした目を向ける俺の態度に、紫がため息を吐いた。
どうぞどうぞ。面倒なことになる前にお帰りください。
「でも、その前に……」
ズズッとスキマが近づいてきて、紫の腕が伸びて、手に持っていた扇子が俺の頬に触れた。
間近に美人としか言いようがない顔がきて、怪しく笑った。
え、ものすごく嫌な予感……。
「なにを……んっ!」
尋ねる俺の顔を両手で押さえ込んで、唇を重ねてきた。
んなっ!? 柔らかい感触がっ!
時間にして数秒。
逃げる暇も理解する暇すらも与えずにキスをしたという結果だけを残して、紫が笑う。
「味見させてもらったわよ」
ふふっ、と紫が扇子を開いた瞬間、バキッと扇子が砕け散った。
「……なに、人のものに手を出してるのかしら」
紫とは別の幼さを感じる声色。
けど、それは極寒と呼ぶに相応しいほどに冷たい。
そんな声が俺のすぐ隣から聞こえてくるものだから、一気に背筋に寒気が走る。
「それじゃあねぇ〜」
それに返事をすることなく、楽しそうな声で紫がスキマを閉じる。
出来れば一生隣を見たくない。
けど、そうもいかないので、ゆっくりと隣に視線を向けると、いつから起きてたのか、超不機嫌そうな顔を見せるフランがいた。
あいつ、最後の最後にくっそ面倒くさい展開だけ用意して帰りやがった!
声にならない絶叫を心の中でしつつ、取り繕うようにフランに笑顔を向ける。
「え、えっと、おはよう。フラン」
「…………」
返事はない。
「お、お腹空いたよな。ご飯でも」
必死に言葉を繋げる。俺は知っている。こういう時は黙ったら負けだ。2度と口が開けなくなる身体にされる。空気的にも物理的にも。
フランが消えたスキマがあった場所を睨んでいる以上、矛先はきっと俺にはないはずだ。
だから、とっとと話を逸らして。
「キス気持ちよかった?」
「ひ、ひぃっ!」
ぐりんとホラー人形のような動作で首を曲げたフランが、俺の瞳を覗き込んでくる。
瞳に光がない。なにこれ。ブラックホールか何か? 飲み込まれたら死んじゃうやつ?
フランがなんでこんなに不機嫌なのかなんて知る由もないが、回答間違ったら死にかけないということだけはわかっている。
「ゆ、紫が急に現れて」
「あれはそういう妖怪だもの。どこにでもいて、どこにもいない」
「便利な能力だよな!」
「そうね。それで、あいつとのキスは気持ちよかったの?」
全然話を逸らすことを許してくれませんでした。
「いや、気持ちいいとか感じる暇も……」
急なキスで数秒だけだったし。
なんか口元に柔らかいものが当たったな程度の感想しかない。
「抵抗してなかったみたいだけど?」
「抵抗する暇もなかったんだよ。見てたんだろ?」
ジトっとした視線を向けてくるフラン。
不機嫌そうではあるものの、先程の触れたら爆発しそうな感じでは無くなった。
「……まあ、いいわ。どうせすることは変わらないもの」
「え、何を」
相変わらず俺は置かれている状況を理解するのが遅かった。
フランが俺に抱きついて、ベッドの上に押し倒される。
「ふ、フラン……?」
怪しく笑うフランの瞳は獲物を見つけた肉食獣そのもので。
「気に入らないから全部上書きする」
「上書きって何を、んぐっ!」
身体を預けるように密着してきたフランが、そのまま唇を重ねてくる。
紫がしてきた一瞬の優しいキスではなく、貪るような濃いやつ。
「ちょ、ま、まっ」
「抵抗するな」
腕とか押さえつけられて、なされるがままに口を犯される。
いや、ちょっと、舌とかねじ込まないで! あっ、ちょ! 息できなっ!
# # #
「ひ、酷い目に遭った……」
あの後、数分にわたって、上書きという名の捕食をされて、やっとフランから解放された。
口だけじゃ物足りないのか、途中から首とか舐められ始めたし。
「……酷い目って、勃起させておいてよく言うわね」
少しだけ呆れたようにフランが言う。
「あんなことされたら男ならなっちゃうんだよ! もう少し優しさを持て!」
「優しくしてあげたじゃない。交換なんて方法を使わなかったんだから」
すごい嫌な言葉が聞こえた気がした。
交換ってつまりそういうことですか? 俺は国民的パンヒーローかよ。
文句を言われたことが不服なのか、ベッドに腰掛けたままプラプラを脚を振るフラン。
「……てか、服着ろよ。いつまで裸のつもりだよ」
「貴方が言う?」
そういえば俺も裸でした。
服はどこに置いたっけか……?
「うぇっ……」
置いてあった服を掴むと、べっとりと血が付いていた。
流石に着たくない。
そういえばこの部屋は名も知らない被害者によって血だらけなんだった。
「替えの服とかって……あるわけないよな」
「妖精メイドでも呼べばいいじゃない」
「この状態を見られるのは問題あるだろ」
互いに裸なんて完全に事後だ。実際そうだし。
もし見られてあの怖いお姉様にバレでもしたらどんな目に遭うのか考えたくもない。
仕方がなく、下着とズボンだけでもと着用する。
そんな俺を見て、フランはクスリと笑った。
「もう手遅れだと思うけど」
何が手遅れなのかと聞き返す前に、フランは扉の方に目を向けて、手を握りしめた。
「きゃっ!」
パリンという音の後に響く可愛らしい悲鳴。
「……え?」
脳の処理が追いつかない。いや、正しくは現実を受け入れたくない。
キィィッと鈍い音を立てて扉が開かれて、そこからクラシックなメイド服をきた妖精が顔を覗かせる。
その顔は申し訳なさそうというか、めちゃくちゃ気まずそうだった。俺もめちゃくちゃ気まずいよ。
唖然としてパクパクと口を開閉する俺にフランは愉快そうな表情を見せると、妖精メイドに近づいて腕を掴んだ。
「全く、覗き見をするなんて躾が必要よね?」
そのまま、まるで人形でも投げるかのように軽々と妖精メイドを投げる。俺に向かって。
「きゃあああああっ!」
妖精メイドのさっきとは違う恐怖の悲鳴が響く。
「ばっかッ!」
何やってんだ、あいつ!
慌てて受け止めようとしたが、今の体格が子供ということで下敷きになるように潰された。
「いっつ……」
自分より大きなものが降ってきて潰されるなんて経験は初めてだ。当たり前だが、めちゃくちゃ痛い。
頭も打ったせいで、視界がぼやけ、ふらつく脳で起きあがろうと、俺の上にのしかかる妖精メイドを退けようと手を伸ばした。
むにゅうと柔らかな感触が手のひらに伝わる。……腕とかに触れたにしてはあまりにも柔らかすぎない?
「きゃぁっ!」
再び悲鳴。今度は驚いて恥ずかしがるようなタイプのやつ。
ふらつく脳ですら現在の状況は理解できた。
伸ばした腕によって、妖精メイドの胸に思いっきり触っていた。
顔を真っ赤にした妖精メイドと見つめ合うこと少し。
「……悪い」
耐えきれずに謝ると、プルプルと震えた妖精メイドは、何かを叫びながら走って出て行った。
軽く聞こえた感じだと、変態とか言われてた気がする。
「これで、私と貴方のを見られたのは吹き飛んだわね」
満足そうに頷くフラン。
確かに吹き飛んだね。俺の社会的地位ごと。元々なかった気もするけど。
「ところで、どれくらいで紅魔館中に貴方の汚名が広がるか賭けましょうか」
「……1日で」
「1時間ね」
俺が子供化している望月ライカであるということも含めて、この話が広まるのに30分もかからなかったらしい。
そして、この日から妖精メイドが俺を見る目はさらに冷たくなった。
# # #
居心地が悪い……。
原因ははっきりしている。妖精メイドによってヒソヒソと囁かれる耳障りな内緒話と、注がれる視線だ。
「随分と人気者なのね」
隣を歩く咲夜がにっこりと微笑みながら言う。
「そりゃあ、あんな話がばら撒かれた上に……、こんな格好してたらな!」
絶叫に近い形で喚く。
ひらひらしてるスカート。可愛いリボン。間違いなくメイド服。それを、俺が着ている。正確には着せられている。
あの妖精メイドとのちょっとしたハプニングがあった後、服をどうしようかと思ったら、フランに何故かこれを渡された。
賭けに負けた罰ゲームとしてこれを替えの服が見つかるまで着ろとのことだった。
渋々といった感じで着たら、フランはお腹を抱えて大爆笑するわ、食事を持ってきた咲夜に見られるわで散々だ。
「似合ってるわよ?」
「全然嬉しくない! てか、なんでこんな状況で俺を連れ出そうとするんだよ!」
ずっと地下室に篭っていたかった。こんな見せ物にされるならフランに笑われてるだけの方がマシだ。
「貴方への来客だもの」
「替えの服とか無いのかよ」
「洗濯中ね。それに、今の状況はおもしろ……愉快だもの」
「言い直した意味ないだろそれ!」
くそっ、脚が変にスースーして落ち着かない。こんな状態で来客の対応ができるか!
「そもそも来客って誰だよ」
「あれ? 言ってなかった? アリスだけど」
「帰る!」
無理! 死んじゃう! 精神がもたない!
なんでアリスがここにいるのかなんてことはどうでもいい。この格好を見られるなんて事態は絶対に避けたい。
それに、今さらどんな顔をして会えばいいかわからない。
踵を返した瞬間、目の前に2体の人形があった。
「え……?」
思考が停止する。
その間に人形たちは武器を構えた。
「……なあ、アリスって怒ってた?」
「大丈夫じゃないかしら。あ、でも、別に怒ってないけど、逃がさないとは言ってたわね」
「それ絶対怒ってるやつだろ!」
逃す気が一切ないアリスの人形に押されるように無理矢理に歩かされていった先は大図書館だった。
相変わらずの少しのカビ臭さのある部屋だ。そこを進むと声が聞こえてくる。
「ね、言ったでしょ。逃げるって」
「さっすがアリスさん♡ ご主人様のことよくご存知で。……私の次に、ですけど」
アリスと小悪魔が楽しそうな声色でありながら、視線は互いに睨みつけ合いながら話してた。
なにこれ、怖いんだけど。
そんな2人を呆れたように見ているパチュリーの横には水晶玉。気づかなかったが、小さな使い魔とかを飛ばしてあれで監視でもしていたのかもしれない。
「連れてきましたわ」
「咲夜、ありがとう」
にっこりと微笑むアリス。
「…………。え、えっと、お姉ちゃんがお客さん?」
「うわっ、すっごい裏声」
「誤魔化す気満々ね」
そこの主従2人うるさい。気まずいんだよ。子供のフリさせろ。
俺の言葉にアリスはにっこりと笑みを浮かべると、スタスタと近づいてきてから、そっと俺の頬に両手で触れた。
「中身が戻ったって、聞いてるわよ?」
「……ナ、ナンノコトカナー。いた、痛い痛い痛いッ!」
誤魔化そうとした俺を、アリスは容赦なくほっぺを引っ張るようにしてつねる。
「悪い! 悪かったからつねるの辞めて!」
「……あと3分はこのままね」
「許して! いた、いたたたたたたたっ!」
それから本当にきっかり3分間、頬をつねられた俺は痛みで軽く泣きそうになりながら、アリスに尋ねた。
「それで、なんでアリスが……?」
「貴方と妖夢が白玉楼に戻ってきてないことは人形越しに知っていたもの。ところで、なんでメイド服?」
「……じゃあ、どうしてここって?」
「それは私が教えてあげましたー。出来る使い魔なので。ところで、なんでメイド服なんですか?」
「余計なことを……いえ、なんでもないです。人形構えるの辞めてください。俺が悪かったです」
「格好も相まってものすごく情けないわね……。ところで、なんでメイド服着てるの?」
つまり小悪魔のせいでこの状況になったということか。この使い魔、主人にとってマイナスになることしすぎじゃない?
「ちなみに、彼がメイド服を着ているのは趣味ですわ」
「ちがうわ! 無視してたのに勝手に答えんな!」
なに代わりに誤魔化してあげましたよみたいな顔してんだ! 余計に悪化してるだろ!
「ゴホン、俺の格好はどうでもいいとして、本題に入ろう」
「歳も相まって大きい人形みたいね」
「可愛いですねー。カチューシャとかも付けてみます?」
「はい、付けてみましたわ」
「あら、似合ってるじゃない」
いや、だから、本題に……。
「メイド服にも刺繍を入れて軽くアレンジをしてみましょう」
「おお、流石の手際ですね。人形がスカートにどんどん刺繍を入れていきます」
「それじゃあ私は髪の毛を弄りましょうか。そんなに長くないから軽く編み込むように」
あの、その……。
「……やっぱり、貴方って苦労しそうね」
憐れむようなパチュリーの視線を感じつつ、暫くの間、人形として弄くり回されるハメになった。
頭空っぽにして書きました。次回、エッチシーンあり