東方淫魔伝 作:スイセン
昼間なのに、雪のせいで日差しは見えず、紅魔館の周りに至っては赤い霧も相まって、昼なのか夜なのかわからないぐらいだ。
買い物を終えて、空を飛んで紅魔館に戻る間、咲夜とはたわいもない会話をしていた。
咲夜は常に踏み込まず、そして踏み込ませない。
結局、彼女のあの表情の理由は紐解けないままだ。
それにしても荷物重いな。買いすぎだろ。
流石に男の子として女性に荷物を持たせるわけには行かないので、全部持っているがかなり後悔してる。魔力使って筋力補正してもなお重い。
明日は筋肉痛確定だなと思いつつ飛んでたら、やっと紅魔館の門が見えてきた。
「おかえりなさい。咲夜さん、ライカさん」
「ただいま。美鈴。かわりはなかった?」
「はい。最近は侵入者もなしで平和です!」
美鈴はこんな雪が降る中で当たり前のように門番をしていた。
寒くないのだろうか。咲夜だってマフラーしているというのに。マフラーだけなのもおかしいけど。そのスカートから見える脚とか寒くないのかよ。
「あ、でも、お嬢様がたまに外に出てきて、咲夜さんが帰ってくるのを待ってましたよ」
「そう。少しゆっくりし過ぎたかしら。ありがとう。それじゃあ行くわね」
ひらひらと手を振って咲夜は紅魔館の門をくぐる。
「なぁ、レミリアとなにか用事あるのか?」
「ええ。この後、博麗神社に行くのよ」
「はー、神社に……、妖怪なのに?」
神社と妖怪ってめっちゃ相性悪そうだけどそんなことないのだろうか。
「もう少しで年末でしょ。年末にパーティをやるから霊夢も来ないかって誘いたいのよ」
「もう少しで年末なんだ……」
寝てたり記憶喪失な期間が多すぎて、今の時期がどれくらいか全然把握してきれてなかったが、どうやら12月の終盤だったらしい。
そして、その霊夢とは誰だ。聞き覚えがあるような無いような。
「そのためにこんな早起きしていたのよ」
「ああ、そっか。吸血鬼だもんな」
この時間帯は普段寝ている時間帯なのだろう。
「寝不足で不機嫌じゃないといいけど」
「大丈夫だろ。どうせ被害受けるとしたら俺だ」
悲しいが、的にされるなら間違いなく俺なので、咲夜は何も気にする必要はない。
「それは、貴方が守ってくれるってこと?」
クスリと笑って尋ねてくる。
「守って欲しいのは俺なんですけどね……」
間違いなく弾幕勝負や戦闘技術は咲夜の方が上だ。俺は初心者に毛が生えた程度の動きしか出来ていないだろう。
「タダ働きは嫌です」
にっこり笑顔できっぱりと俺の言葉を拒否された。
「……この紅魔館ってタダ働きじゃないのかよ」
給料なんて支払われたことないぞ。それとも、貰えるほど働いてないと言うつもりか。
「衣食住の保証と紅茶がうちの給料よ」
「それって世間だとブラックって言うんだぞ」
そして、衣食住の前に命の保証をして欲しい。
「私を雇いたいならせめて、それぐらいはないと」
「めちゃくちゃ格安だとは思うけどなそれ。……まぁ、俺はどれも持ってないんだけど」
咲夜という高スペックメイドを衣食住程度で雇えるのだとすれば、めちゃくちゃお得だ。
レミリアも上手い拾い物をしたな……。
「別にそれだけじゃなくてもいいわよ?」
「なら金か? それならまずは俺に給料を」
「いえ、そうじゃなくて、働きに見合った報酬をくれるなら十分という話よ」
衣食住でも金でもなく、咲夜が満足する報酬を提示できればいいということか。んなもん分かるわけない。
「例えば?」
「そうね。例えば、貴方自身とか」
「肉体労働かよ……」
なにやらされるかわからんから嫌なんだけど。
一回助けたらその代わりに10時間労働とか課さないだろうな。
「そういう意味じゃないんだけど」
ポツリと呟いた咲夜が、直後なにかに気づいたように、俺の前に出た。
「どうする? 契約する?」
「いや、急に言われ「頷いて」あ、はい……」
「はい。契約成立ね」
すごい圧力の笑顔についつい頷いてしまうと同時に、紅魔館から人影が飛び出してきた。
それは一直線にこちらに向かってくる。
「見つけたッ!」
高速で飛びかかってきたその人物と咲夜が交差する。
金属同士がぶつかり合う音が響いた。
「やっとお目覚めかと思ったら、随分とご機嫌そうね。そんなにうちのベッドの寝心地は良かった?」
咲夜がナイフで受け止めたのは、長い刀だった。
そして、それを持っているのは俺がよく知る人物で。
「とりあえず斬る!」
「なっ、よ、妖夢ッ!?」
なんで妖夢が急に攻撃してきたんだとか、目覚めたんだとか色々と言いたいことがあったが、それよりも早く妖夢の剣が走る。
その剣筋を咲夜のナイフが受け流して軌道を変えさせた。
「もう、折角ダーリンとのデートの最中だったのに」
「……色々とツッコミたいんだけど、今は我慢する」
いつまで引きずるんだそのネタ。
下らないジョークを言える程度の余裕を持ちながら咲夜は妖夢の剣を受ける。
おかげでとんでも状況に混乱してた俺の脳も一気に冷静さを取り戻せた。
「うーん。ちょっと厳しいかも。ねぇ、貴方ってナイフ使えたかしら?」
妖夢の剣とナイフを何度も交えながら咲夜が尋ねてくる。
厳しいと言いながら、会話出来てるせいでそんな感じが全然しないんだが。
「止まってる蝿に当たらない程度だって前に言わなかったか?」
「そう。なら、もっと大きい刀なら余裕ね」
妖夢の剣を受け止めながら、咲夜がポイと手に持っていたナイフをこちらに投げ寄越した。
そして、体位を変えて俺が前に突き出される。
え、ちょっ、待っ……!
「無茶苦茶だ! うぉっ!」
荷物を地面に捨て、ナイフを受け取ると同時に妖夢の剣がこちらに向かってくるので、反射的にナイフを構えて受け止める。
腕に重い衝撃がナイフを通じて感じた。
「流石に片手だとキツイのよね」
「てか、妖夢はなんでこんなことになってんだよ!」
「いつもの辻斬り衝動でしょ」
「うあっ! い、いつものって!?」
そんなの聞いたことない。
話しながらも妖夢の剣を捌くことは忘れない。咲夜と一緒に妖夢の攻撃を防御し続ける。きっと咲夜1人なら反撃に出れるのかもしれないが、俺が居る上に片手が塞がっているというハンデがあるので、それも厳しいのだろう。
ただ、妖夢の斬撃は前に戦った時ほどなぜか研ぎ澄まされてはいなかった。だから、俺でも防げている。
逆に妖夢が本気になったら俺の方は一瞬で瓦解するわけで。
「とっろと斬れてくらさい! ヒック!」
「理不尽だな! てか、咲夜、これ!」
必死に受け止めながらも気づいた。
呂律が回っていない上に、顔が赤い妖夢。これはもしや……。
「ええ。酔ってるわね」
「斬り上戸なんて聞いたことねぇよ!」
なんて悪い癖なんだ笑えないぞ!
咲夜の反応を見る限りよくあることなのか。なら酒飲ませらたらダメだろ!
「んー! えいっ! やあっ!」
可愛い掛け声と共に思いっきり刀が振るわれるのはあまりにもミスマッチすぎる。
「そもそも、なんで酒なんて……」
誰か寝ている妖夢に酒を飲ませたとでも……あっ、心当たりあるわ。
ずっと寝ている妖夢に景気付けとか言って酒飲ませそうなダメな主人が紅魔館に来ているんだった。
「咲夜、これどうにかならないのか!?」
「おりゃあー!」
「あっ……!」
咲夜とのやり取りに気を取られた俺のナイフを妖夢の剣が弾いた。そして、返す刀でそのまま無防備となった俺のことを……。
「はい。どうにかしたわよ」
「……えっ?」
「きゃあああっ!」
そのまま俺に斬りかかろうとした妖夢は盛大に転んで、雪に顔から倒れ込んだ。
見たら、足元に固い雪が積まされていた。さっきまでは確実になかったのに、まるで突然現れたかのようにそれは出来ていた。
「これで、酔いも少しは覚めるでしょ」
「……悪い。助かった」
「ええ。報酬、期待してるわね」
途中から俺も参加したし、その報酬安くなりません? ならないよね。知ってた。
酔いが回っていた上に、顔から転んだ妖夢は気絶したようで、ぴくりとも動かない。
大丈夫か。生きてるんだろうな。いや、半分は死んでるか。
「思わぬ足止めを喰らっちゃったわね。早く行きましょう」
「妖夢は?」
「放っておいたら目を覚ますわよ?」
「冬だとそのまま完全に死ぬだろ。せめて館の中に連れて行かないと」
妖夢のことを起き上がらせようとするが片手なので上手くいかない。腰に手を回してとかしたらセクハラにならないよな。あ、柔らかい感触が……。
「……寝ている女の子に手を出すのは犯罪じゃないかしら?」
咲夜からとても冷たい視線が飛んできている気がするので、慌てて手を離した。
寝ていない女の子でも手を出したら殺すと言わんばかりの目をしてるのは気のせいだろうか。
「でも、どうしたら」
「はぁ……、仕方ないわね。妖精メイドを呼びましょうか」
「いいえ、その必要は無いわ〜」
紅魔館の方から今回の元凶と思われる声が聞こえた。
「うちの従者が迷惑をかけたようで悪いわね〜」
「その原因は幽々子にありそうなんだが……」
「証拠はあるの? 証拠は」
「その台詞が証拠だろ!」
そんなコテコテの台詞言うやつなんて今どきいないぞ。
「このままずっと現世にこの子を置いておくのもあれだし、連れて帰るわね〜」
俺の反論を無視して、幽々子が扇を掲げると、大量の蝶々が妖夢の身体に付いて、浮かび上がらせた。
うわ、気持ちわるっ……! 神秘的とも言えるのかもしれないけど、無理無理!
「てか、連れて帰るって俺は」
置いてかれるってことだろうか。まあ、元々は紅魔館で生活していたからそこまで困りはしないが、白玉楼の方が安全なのでそっちにいたいという思いもある。
「貴方は今はここから離れられないでしょ? 飽きたら帰ってきていいわよ〜。その時まで誤魔化しておくから〜」
なにを誰に誤魔化すのか。それを告げないのは幽々子なりの優しさなのか、それとも適当を言っているだけなのか俺には分からない。
「それじゃあお世話になったわね〜。次にこっちに来る時はちゃんと未練を捨ててくるのよ〜」
「おい、それだと俺、成仏するやつだろ!」
愉しげに笑って幽々子は浮かび上がる。
本当に帰るつもりらしい。なら、何か言うべきことは……。
「妖夢のこと頼む」
今の俺ではどうしようもないことを幽々子に託すしかない。
俺の言葉に、幽々子は微笑む。
「ふふ、大好きな人に言われたら仕方ないわねぇ〜♪」
「……恥ずかしいこと言うなよ」
そんなに嬉しそうな表情されたら、こっちの顔が赤くなる。
「それじゃあねぇ〜」
雪の中に消えていく2人の背中を見送っていると、隣から耳をつねられた。
「アリスと小悪魔だけかと思っていたけど、あの2人にも手を出してたの?」
「それは勘違いだ」
酷い誤解だ。だって妖夢には手を出してない。それに、フランにも手を出している。
バレたら確実に酷い目に遭うので黙っておく。特にフランの方。
「本当に?」
「それより、レミリアを待たせているんだろ」
ジトっとした湿度高めの視線を受け流しつつ、話を逸らそうと愛想笑いを浮かべると、咲夜からは更に疑惑の視線が強くなった。
「……仕方ないですね。拷問は後で」
尋問をすっ飛ばして拷問になるってどういうことなんだ。
なにを考えてるのかわからない咲夜の横顔を見て、機嫌を伺いながら咄嗟に落とした荷物を拾う。
雪がクッションになってくれたお陰で中身にはさほど影響は無さそうだ。ちょっと卵が割れちゃってるけど俺は悪くない。報告さえしなければ妖精メイドのせいになるはずだ。報連相なんて知らない。
重い荷物を持ってキッチンまで行き、あとは妖精メイドに任せたところで、次は休むことなくレミリアの部屋に向かう。
部屋の前で咲夜が数回ノックをしてから扉を開けると、ベッドの上で寝転がっていたレミリアが起き上がった。
「遅い。……って、あれ?」
俺のことを見て、一瞬疑問顔をしてから、そういえばこいつが今はいるんだったとポンと手を打った。
確実に忘られたな。あまりにも早すぎる。
「まだ離れられないのね。パチェとアリスも色々調べてはいるみたいだけど、魔女はどうしても遅いからなぁ」
「遅くなって申し訳ありません。それでお出掛けの件ですが」
「あー……、いいわ。私1人で行くから」
レミリアの言葉に咲夜は驚いたように目を丸くする。
「咲夜のこと待ってたんじゃないのか?」
「待ってたんだけど、余計なものがいるからねぇ」
「……そいつは悪かったな」
すいませんね。余計なものが咲夜から離れられなくて。俺がいると1人で行きたいくらいに、その霊夢とやらと俺を合わせたくないのか。それとも俺と出掛けたくないのか。多分後者だろう。レミリアに嫌われてるだろうし。
「それでは日傘を用意してきます」
「ん。お願い。あと、なにか適当に霊夢が喜びそうなもの詰めといて」
「かしこまりました。それでは失礼します」
「あ、待って」
踵を返して退室しようとする咲夜に合わせて、俺も部屋を出ようとすると、レミリアに呼び止められた。
「はい? どうかしました?」
「咲夜じゃなくて、あんた」
「あ? 俺?」
指差された後に手招きされる。
レミリアに手招きされるとか碌でもないことしか起きない気がするが、呼ばれた以上無視なんて出来ないわけで、恐る恐ると近づく。
「うーん……、やっぱり。おかしいわね」
「な、なにが……?」
「ねぇ、私に触れなさい。許可するわ」
「はあ?」
「ほら、早く」
なにがどうなってるのかわからない。隣の咲夜も首を傾げるばかりだ。
ただ触れと急かすレミリアが顔を突き出してくるので、仕方なくその頬に手を触れ──『暫くの間、私の吸血タンクにでもなって貰おうか』
は? なにを言って……。
『私、枕変わると寝れないの』
違う。なんだこれ。知らない。俺はこんなの知らない。
『それに暫く彼は私と離れないと誓ったのよ』
ダメだ。これはダメだ。見たらダメだ。知ったらダメだ。
『パチェの薬は間に合わなかったのね』
やめろ。今すぐにレミリアから手を離せ。俺が俺で居られなくなる。
『……そう。それは残念ね』
視界の中の世界がひび割れた。
全てのものがそこに存在しているのかすらどうかあやふやで、自分が立っている足元すらも気を抜いたら落ちてしまいそうで。
「あっ──、あああああああああっ!」
立っていることすらままならずに、膝をついて、叫ぶ。
「お、お嬢様、一体何を……!」
「そう……、そういうことだったの」
俺を見下ろしたレミリアは、少しだけ悲しそうに呟いた。
「貴方……、私に仕えていたのね」
特別編を除いて、64話も霊夢が出てこないとか嘘でしょ?