東方淫魔伝 作:スイセン
「なんでそうややこしい事態を何度も何度も持ち込んでこれるのかしら」
呆れた目つきを向けてくる大図書館の主、パチュリーは大きくため息を吐いた。
「仕方ないだろ。俺のせいじゃない」
「半々ってところね」
なにが半々なのだろうか。
半分は俺として残り半分なんだよ。俺のせいじゃないとは口にしたものの、俺のせいであることは明白なんですが。
小悪魔をソファに寝かせた後に、現在の状況を説明したらこの反応だ。
まぁ、その反応になるのもわからなくもない。というよりパチュリーの方が正しい。
この数日で事態が二転三転してるのだから。対応する側からしたら厄介すぎる。
「それじゃあ、今も咲夜が能力を発動させてるってこと?」
一緒に大図書館で俺の問題について調べてくれていたらしいアリスが尋ねると、咲夜は頷いた。
「はい。解除してみましょうか?」
「やめて。本が古くなるでしょ」
ぎゅっと手に持っていた本を守るようにパチュリーが俺から少しだけ離れる。バイ菌扱いされてるみたいだ。
「昼前までは咲夜と離れられないことが問題だったけど、今は周りを朽させちゃうのが問題か……。ねぇ、パチュリー、これって本当に彼の能力のせいなの?」
「なにが言いたいの?」
「子供化していたこともそうだけど、能力に一貫性が無さすぎるのよ。なんでもありじゃない」
アリスの言う通りだ。
子供化して、相手の能力使えて、超回復できて、周りの時間を進められて、磁石のようにくっついてと、色んな能力が混在してしまっている。
ただほとんどデバフなので全くありがたくない。
「ええ。確かになんでもありのように見える。けど、それはアリスも同じでしょ?」
「私?」
「アリスは人形を操るけど、様々な魔法も使える。魔法という大きな括りの中で能力を使っている。ライカも同じなのよ。何かの大きな括りの中で能力を使っている」
大きな括りねぇ……。
まるであるなしゲームのようだ。共通項を見つけ出すというような。
けれど、自分がなにを出来るかもわからないのでなんともピンとこない。
「『卑猥な程度の能力』なんてふざけた名前を最初に付けてみたけど、本質は恐らく全くの別」
それは間違いない。だから、幽々子に『ありとあらゆるものを喰らう程度の能力』なんて名前を付け直されたんだった。
本質的にはそちらが近いだろうと。
けれど、それも本質に近いというだけだ。本質そのものではない。
ありとあらゆるものを喰らうのであれば、現在の物を朽ちさせてしまうような状況と一致しないし、子供化するのもおかしい。
片方は未来に進め、もう片方は過去へと戻している。そもそも時間って喰らえるものなのだろうか。
「ところで……、やっぱりこの能力名、ふざけてると思ってたのかよ!」
「当たり前でしょ。私だったら絶対嫌だもの」
「その絶対に嫌なものを人につけるなよ!」
本当に幽々子に付け直して貰ってよかった。
『卑猥な程度の能力』なんて言うのはだいぶ気まずい。
「はいはい。くだらない話はいいから」
「くだらないって俺にとっては死活問題なんだが」
「例えば?」
「例えば……」
えっと、その……。
「ほら、自己紹介する時に恥ずかしい」
「自己紹介で能力名なんて言わないわよ」
確かに。
「でもほら、もし知られたら女の子と仲良くなりにくいだろ」
卑猥な程度の能力なんてふざけた能力もっている奴いたら俺でも警戒する。
「ふーん、女の子と仲良くなりたいんだ」
「いや、そのそれは言葉の綾というか、らふぁら、にんひょうでひょひょひっふぁらないで」
ギリギリとアリスの人形が俺の頬を引っ張ってくる。痛い。
「そもそも能力名なんて自己申告制なんだから勝手に変えればいいのに」
「ふぇ? ひょうなのふぁ?」
「……そっか。そういえば、貴方にはここの知識は全然教えてなかったわね」
納得したように頷いたアリス。ついでに満足したのか人形が頬を引っ張るのを辞めてくれた。
「人里で能力とか妖怪とかを纏めている一族がいるのよ。その当主に言えば、大抵その能力名で記録されるわ」
「記録されるとどうなるんだ?」
「特になにがあるというわけでもないけど……」
どこまで説明するべきかとアリスは顎に手を添えて悩むような素振りを見せる。
「記録は人間にとっても妖怪にとっても有用なの。人間にとっては妖怪の対策をするには妖怪について知らなければならないから能力についてわかるのは得となる。逆に、妖怪にとっては能力を人間に知らしめることでそれが恐れとなり、妖怪の力となる」
あー、なるほど、オーケーオーケー。とりあえず日本語喋って貰える?
「全然わかってなさそうな顔ね」
「いや、わかる。つまりあれだろ。ネームドモンスターは強いって話だろ」
「確かに名前には意味があるけど……、今回の話とは少し違うんじゃない?」
どうやら少し違ったらしい。適当に言ったのに少し違わないとか、流石は異世界のお約束。どこでも通じる常識だ。
「それじゃあ有名なほど強いみたいな感じか?」
「当たらずも遠からずってところですわね。ただ、一概にそうとも言い切れないのが面倒なのよねぇ」
これも少し違うらしい。しかし、なんだろう。急に声が胡散臭く……って、
「紫ッ!?」
「……なにしにきたのかしら。賢者様」
嫌そうな顔をしたパチュリーが、スキマから現れた妖怪、八雲紫に対して問いかける。
中華風の服を身に纏った彼女は、スキマから出ると、スキマに腰掛けた。
「幻想郷のことについて学ぼうなんていい心がけですわ」
「咲夜。ネズミよ。退治して」
「少しばかり大きいようですが」
「嫌ねぇ。動かないと脳まで鈍るのかしら」
クスクスと笑う紫に、パチュリーは面倒くさそうな瞳を向けた。
アリスの人形が俺と紫の間に割って入るように立ち塞がる。
「私が出てきたということはどういうことか、分かるでしょう?」
「どういうことか全然わからないんですけど……」
一体全体、どういうことなんでしょうか。
神出鬼没を体現している彼女だ。出てきた時点で何かしらの意図がある。
しかし、紫の行動は意図があるとしてもその意図を読ませないことに定評がある。もっとわかりやすくした方がいい。今の若者、文章読まないし、複雑なの嫌いだから。
「貴方は黙ってて」
「……はい」
警戒するように紫を見つめるアリスに嗜められて、口を噤む。
怪しい笑みを浮かべる紫が、アリスへと手を伸ばした。
「随分と愛されてるみたいですわね。貴女が歪みの原因かしら」
「あら、歩兵に興味でも湧いたのかしら」
「私の友人のためにも、彼の調整をタダでしてもいいけれど……、少し気になることもあるのよね」
「やっぱり彼があそこに居たのはあんたのせいか」
噛み合ってなさそうな会話を交わしながら、アリスは人形を構える。
「けど、ここじゃあねぇ。他にもちょっかいをかけてる者もいるみたいですし」
「またどこかに隠すつもり?」
「それもいいわね。例えば……」
「させない!」
アリスの人形が紫に突撃した。
「貴女ごと神隠しなんてどうかしら?」
「えっ、きゃあッ!」
「アリスッ!?」
紫がニヤリと深い笑みを浮かべたと同時に、アリスがスキマに飲み込まれた。
驚いた俺の目の前にも、スキマが開く。
「えっ、うああああっ!?」
そして、そこに突き落とすように背中を押される。
だらしなく体勢を崩してスキマに落ちた。そのまま落下してお尻から着地する。
「つぅ……、無茶な誘拐しやがって」
一瞬にして景色が紅魔館の図書館から、和風な部屋へと変わっていた。
白玉楼に連れて行かれた時と同じ。スキマを使って転移。
前回と今回で違うとすれば、一緒に連れてこられた人物がいること。
「いたた……、本当に碌な目に遭わないわね」
和風な部屋に不釣り合いな人形のような少女、アリス・マーガトロイドは、同じくお尻を打ったのか、痛そうな顔で、眉を顰めていた。
そして、もう一人。
「なんで、私も連れてこられたのかしら?」
同じく和室には不釣り合いなメイド、十六夜咲夜が、不思議そうな顔で立っていた。
「こんな部屋に連れ込んでどういうつもり?」
虚空に向かってアリスが尋ねるが、答えはない。
むすりと不満そうな顔になった彼女は腕を振り上げて、硬直した。
それから、恥ずかしそうに腕を下ろす。
「人形取られてる……」
そのまま崩れ落ちるんじゃないかと思うくらいに顔を赤くしたアリスは、負け惜しみのようにキッと虚空を睨みつける。
なんだその動作可愛い。流石はアリス。まるで人形のような愛らしさ。
口に出さなかったはずなのだが、なぜか俺もついでとばかりに睨まれたので慌てて視線をもう1人の少女に移す。
「私のナイフも無くなっているわね。ちゃんと返してくれるといいんだけど」
スカートの裾をたくし上げて、太ももについてるナイフホルダーを見て咲夜が呟いた。
どうやらアリス、咲夜共に戦力になりそうなものは没収されたようだ。
わざわざそんなことをしたのだから、この部屋に閉じ込めておきたいのか。
そのまま立っていても仕方ないので、今いる部屋がどんなものかをしっかりと把握しようと動き始めることにした。
スキマで連れてこられたのは16畳ほどの和風な部屋だ。
窓はなく、あるのは扉3つに、襖、台所のみ。上から吊るさられた照明の灯りだと、少し部屋の中が薄暗い。
探索するならやっぱり扉からだろう。
「この扉の先が出口なんて甘いことあると思うか?」
「開けてみれば?」
近づいて一つ目の扉を開けた。
そこにあったのはトレイだった。部屋は和風だがちゃんと使いやすい洋風仕様。
しかも、暖房便座という機能付き。
「……無駄に設備良いな」
もう一つの扉を開ける。
そこにはヒノキ風呂があった。正確にはヒノキ風呂みたいな木のお風呂があった。
旅館とかによくあるやつだ。
「気持ちよさそうですね」
「こんな状況じゃなければね」
最後に残った扉を開け……開かなかった。
鍵がかかっているのかうんともすんとも言わない。
脱出ゲームであれば鍵を手に入れて最後に開けるタイプの扉。つまり、この先が出口の可能性が高い。
強引に開けようとしても無理そうだ。しかし、魔弾ならどうだろうか。扉ごと破壊すればもしかして……。
ちょっと手に魔力を貯めてみる。
「結界が張られていたら魔弾を撃つなんて、ホコリを舞わせるだけで、無駄だから辞めておいた方がいいわよ」
俺の行動を先読みしたようにアリスが告げる。
べ、別に、強引に突破しようなんて思ってねーし!
そもそも、アリスだってさっき人形使って突撃しようとしてたじゃないか。
そんなこと言えば、アリスが不機嫌になるのは目に見えてるので黙っておくが。
扉には特に何もなかったので、残された襖に手をかける。
「最後はここか」
襖を開けた先にあったのは、布団や枕などの寝具一式だけ。しかも1組。
「これだけかよ!」
「随分と良い布団ですね。寝心地がきっと良いですよ」
ひょこっと俺の隣から襖の中を見た咲夜が嬉しそうに言う。
この状況で随分と余裕というか呑気な感想だ。
「それと、封筒もあるみたいね」
言われてよく見たら、確かに枕の上に、一枚の封筒が乗っていた。
中に何か紙がはいっているようだ。
「どうせ碌なものじゃないと思うけど……」
訝しむアリスが横にきて、封筒の中身を確認しようとする。
脱出ゲームであれば、ここに指令なんてものが書いてあったりして、謎を解いて脱出するものなんだが、果たして今回はどうなのだろうか。
封筒の中に入っていた折り畳まれた紙を取り出して、広げてみる。
『〇〇〇しないと出られない部屋!』
可愛らしく、あまりにも胡散臭い文字でそんなことが書かれていた。
……あー、そっちかぁ。ちょっと古くない? 今どき使われにくい設定だよこれ。
「なにこれ……?」
「丸に何かの文字が入るってことよね」
アリスと咲夜はこれを見てもピンと来てないのか首を傾げている。
「ねぇ、貴方は何か」
「知らない。俺は何も知らない」
「……どうやら、何か知ってそうですね」
「素直に吐いた方が楽よ?」
にっこりと笑う2人に肩を掴まれた。
知らないと言ったのに一切信じてもらえなかったらしい。
逃げ場などもちろんない。
美少女2人が詰め寄ってきてるのに、なんでこんなにも冷や汗が止まらないのでしょうか。
結果、俺は渋々とこういう部屋についての知識を2人に披露することになった。
終始、微妙な顔をしていた2人だがその心境は俺には推しはかることすら出来ない。
後日、アリスから、「あの状況じゃなきゃ、頭がついにおかしくなったのかと思ったわ」と小さく笑いながら告げられた。
ついにってなんだついにって。