東方淫魔伝 作:スイセン
この部屋のルールもとい、どういう成り立ちのものかの説明を終えた俺は、部屋の隅に移動して正座していた。
特段何か言われたわけではないのだが、なぜか凄い責められている気がして、反省してますとポーズを取ってしまう。
出来ることならこのまま畳のシワとなって消えてしまいたい。
なんでアリスと咲夜にあんな恥ずかしい話をしなきゃならないんだ。
そんな俺を気にした様子もなく、アリスと咲夜は『〇〇〇しないと出られない部屋!』と書かれた紙を見つめあって考えているようだ。
「彼の話が正しいのなら、丸の中に入る言葉を達成すれば出られるんだから、この丸に入る言葉が何かってことを考えるのが1番よね」
チラリとアリスがこちらを見る。その瞳には困惑と疑いの混じった色があった。
信じたいけど信じにくいというのが伝わってくる。
あんな素っ頓狂な話を聞いて信じようとしてくれるあたり、頑張ってる方だ。俺だったら、こいつ馬鹿だわって思う。
「そうですね……。3文字の言葉。やっぱり、セック」
「待ちなさい! それ4文字だから!」
「いえ、英語にすればちゃんと3文字ですよ」
「そうだけど、そういうのは一旦あと!」
「じゃあ、子作りとかエッチとかかしら」
「だから! あんたは、彼の話に引っ張られすぎだから!」
顔を赤くしたアリスが咲夜の発言をかき消すように叫ぶ。
咲夜は不思議そうに目を瞬かせる。
「アリスはなんでそんなに恥ずかしがってるの? 慣れてるんでしょ」
「な、慣れッ……! ど、どういう意味!」
「言葉のままだけど」
平然としている咲夜に対してアリスは、口をあんぐりと開けてパクパクとさせてから、頭を抱えた。
「うぅ……、私の都会派なイメージが」
「……都会派なら遊び慣れてても問題ないんじゃ「なにか言った?」いいえ、何も」
ボソリと呟いた言葉に思いっきり睨まれた。人形がいたら叩かれていたに違いない。
「ともかく、エッチなのはダメ! それは最終手段!」
「どうして? このまま考えていても答えなんてわからないでしょう」
「この答えを考えるのはついでで良いのよ。脱出方法は他にもあるから」
アリスは閉まっている扉に触れる。
俺が開けようとしてもビクともしなかったものだ。
「私たちはこの部屋に結界で閉じ込められているわ。なら、結界の解析が終われば出られるはず」
「それはどれくらいかかりそう?」
アリスは集中するように瞳を閉じる。
「妖怪だけならともかく人間も閉じ込める結界だもの。恐らく複雑な組み合わせで作られているでしょうから……そうね。1週間もあれば」
1週間。何もない部屋に閉じ込められるにはあまりにも長い時間だ。
しかし、それで出られるというなら耐えるというのもありなのかもしれない。
台所には冷蔵庫もあるし、恐らく食糧も入ってるんだろう。
やっぱり無駄に設備良いな……。
少し型が古いとはいえ、冷蔵庫もあるなんて、住む上では完璧だ。
恐らく、耐えるという選択をしても、問題はない。
けれど、そんなアリスの提案に咲夜は渋い顔を返した。
「それだと、少し困るわね。お嬢様にお休みをいただいてないから。それに、仕事も溜まってしまいます」
「それはこんな状況なら仕方ないんじゃないのか?」
これはいわば交通事故のようなものであって、咲夜に過失があるわけではない。
「私がいない間の紅魔館を考えると……、妖精達にも指示なんて出してませんし、帰った時には廃墟になってるんじゃ」
「いや、そんな、1週間やそこらでそんな」
「それに、勝手にいなくなったとなれば、その怒りの矛先は誰に向くのかしらね」
すっと横目で視線を向けられる。
何故だろう。俺の首が切り落とされる未来が見えた。
引き攣った笑みを浮かべるしかない。
「だから、最善手を打った方がいいのよ」
「けど、最善手って」
続きをわざわざ口に出すことはしなかったが、意図は伝わっただろう。
今この場における最善手は、この部屋の成り立ちから考えてエッチなことをすることになってしまうのだ。
「ねぇ、アリス、なんでそんなに行為を嫌がってるの?」
「なんでって……、そんなの当たり前でしょ」
視線を外し、言葉を濁したアリス。
何かを隠しているというのが嫌でもわかる。
しかし、そこに追求はせずに、咲夜はこちらに向き直った。
「まぁ、いいわ。アリスが嫌なら私が代わりにするだけだから」
「「えっ!?」」
俺とアリスの驚きの声が重なった。
私が代わりにするって、それはつまりそういうことですか!?
「ちょ、ちょっと、待ちなさい! そんなのダメ!」
慌てたようにアリスが咲夜の肩を掴む。
「ダメって、どうして?」
「ど、どうしてって……えっと」
ガッチリと咲夜を捕まえたアリスが困ったように視線を彷徨わせる。
「だって、彼は、その、私の……」
アリスが小さく、「こ」と呟く。中々に次の言葉が言い出さないようだ。
じっと咲夜がアリスを見つめるように、俺も耳を澄ませ、アリスが次になんと言うのかを聞き逃さないようにする。
「こ、こい……」
顔を赤くしているのはアリスというのに、俺の心臓も張り裂けそうなほど鼓動が高まっていた。
今この場に録音できるものがないことが悔やまれる。出来れば永久保存したい。
「こい、こいび……んんっ! そ、そもそも、好きな人以外とエッチするなんてあり得ないでしょ!」
落胆による盛大なため息が出そうになった。
残念ながら、アリスの口から夢のような言葉は発せられなかったようだ。
しかし、実際俺とアリスの関係なんてものは言葉に表すにはとても難しい。
俺とアリスの関係を表す言葉といえば、例えばヒモとか、穀潰しとか、居候とかだろう。最低だなこの男。
「好きな人以外とね……。アリス、それってつまり、裏を返せばアリスは彼のこと好きって言ってない?」
咲夜が少し悪戯っぽい顔で尋ねると、アリスの顔が一気に真っ赤に染まった。
「なっ、そ、そういう意味じゃなくて、一般論で!」
慌てたように誤魔化すアリスに、クスクスと咲夜は笑う。
「それじゃあ嫌いなの?」
「嫌い……じゃないけど」
アリスはボソリと消え入りそうな声で答えた。
なんだろう。心がポワポワするというか、顔が熱い。一人だったら完全に悶えてた。
なんで聞いているだけの俺がこんなに恥ずかしいのだろうか。
「と、ともかく、咲夜が代わりにするなんて絶対にダメ!」
「なら、アリスがする分には良いのよね」
「そ、それも……」
言い淀むアリスに、咲夜がクスリと笑って耳打ちした。
「その気がないなら貰っちゃうわよ」
なんて言ったのかこちらには聞こえなかったが、咲夜の言葉に驚愕したようにアリスの目が開かれる。
「ほら、どうするの?」
少しの沈黙。
その後に、アリスは大きくため息を吐いて、咲夜を睨んだ。
「わかったわよ。紫にも、あんたにも、手のひらの上で踊らされている気がして気に入らないけど」
「アリスが嫌ならダンスの相手は交代しましょうか?」
「……いい。私が相手するわ」
アリスが急に態度を変えた理由はわからない。
しかし、話は纏まったようだ。ところで、俺の意見は聞かないんですか。
別に構いませんけど。特に意見も案もないので。ちょっと寂しいだけです。
「けど、どうしようかしら……」
「なにか、困り事?」
「えっと、目隠しになるものと、縛るものってあるかしら」
「少し探してみるわね」
なぜかわからないが、不穏な言葉が飛び出している。
やっぱり意見あるかもしれない。
「あの、アリス? その道具は何に使うつもりで」
「もちろん貴方を縛るためだけど?」
そっかー。俺を縛るためかぁー。なんで?
「……えっと、アリスさん、これから何を始めるつもりなんでしょうか」
「そ、そんなこと、私の口から言わせないで」
頬を赤らめてそっぽを向くアリス。
金髪の美少女が恥じらうかのような顔を見せるというだけで、なぜ男というのはこんなにも心が乱されてしまうのだろうか。
そして、それと同時に確信していた。これは止めないと碌なことにならないと。
甘い蜜のような動きも、声も、全てが男を嵌める魔女の罠にしか見えない。
アリスにそんな気はないのかも知れないが、恐らく魔女としての本能が、そうさせている。
秘密ごとに人間を堕とすときの魔女の手口。
このまま待つのが正解なわけがない。しかし、俺には択が少ない。
この場で開示できるカードなんて限られてしまっている。
その中でこの状況をひっくり返せる1枚は……。
「……よし。風呂に入ろう!」
「はい?」
「急にどうしたの?」
立ち上がった俺に二人は怪訝な顔を返す。
「まぁ、聞け。今日は朝から色々あった。服は着替えたりしたけど、まだ風呂に入ってない。何をするにしてもさっぱりしてからの方がいいだろ」
「言いたいことはわかるけど……、いま?」
「今だ。ダメだっていうなら、今からアリスの匂い嗅ぎまくる」
「は、はぁ!? 何言って」
困惑するアリスに近づいて、その手首を取った。
この距離は俺の間合いだ。一瞬で近づいて、アリスに抱きついた上で匂いを嗅げる。
「……本気?」
「俺が冗談を言ったことあったか?」
「よく言ってると思うけど……」
「つまり、アリスの匂いを好きなだけ嗅いでいいと」
「そんなこと言ってないから!」
一歩近づいた俺に、後ずさったアリス。
「まるで変質者ね」
傍観に徹していた咲夜がボソリと呟く。
ちょっと気付いてたけど、気にしないようにしてたんだから言わないでくれ。
「なんでお風呂入れなかったら私の匂いを嗅ぐのよ!」
「日本人はお風呂でリラックスするだろ。それと同じくらいアリスの匂いにはリラックス効果があるからな。お風呂入れない代わりだ!」
「意味わからない!」
叫んだアリスが俺を睨みつけるので、こちらも真っ直ぐに見つめ返してやる。
悪いがこっちも引けないんだ。何もかも有耶無耶にするためには、とんでもない爆弾を落とすしか方法がない。それがこんな変態的な方法なのは悲しいが。
「ッ……、べ、別に好きにすればいいでしょ!」
「ほぉ……」
なるほど。アリスはそっちを選んだか。
「なら、遠慮なく……」
アリスの肩に手を添えて、首元に鼻を近づける。
甘い花のような香りがした。
「ん……」
くすぐったいのか、アリスが少し身を捩る。
まぁ、首元を嗅がれたぐらいだったら、この程度だろう。
しかし、本番はここからだ。
アリスの手首を掴んで右腕を上げさせた。所謂、手を上げるポーズだ。
「え……?」
何をされたのか一瞬理解出来なかったのだろう。
アリスが困惑の表情を浮かべたが、すぐに俺の次の行動に思い至ったらしい。
「う、嘘、そこも嗅ぐの……?」
そこ、つまり脇。
今日、アリスは俺の既に一度セックスを行なっている。その中で汗はかいているだろう。
長袖を着ているから服越しとはいえ、そんな状態の自分の脇の匂いを嗅がれるのは、誰が相手でも抵抗感がある。
驚愕、唖然、嫌悪、全てを混ぜたような声色で尋ねてきたので、俺は至って冷静さを出して答える。
「嗅いでいいって言ったのはアリスだろ」
「で、でも……」
手首と肩は抑えられている。この状況では逃げ出せないだろう。
「脇だけじゃない。アリスの身体中の匂いを嗅ぎまくる」
俺の言葉に、アリスの顔が真っ青になる。
匂いを嗅がれる。しかも、汗をかいた後の身体の。
女性として、そんなのは絶対に避けたい事態のはずだ。
アリスは震えると堪忍したように項垂れた。
「……わかったわよ。お風呂入っていいから、やめて」
完全勝利だ。
アリスならこの仕打ちは耐えられないと読んでいた。
読んでいたのだが……、
「ね、ねぇ、なんでそんなにジッと見てくるの?」
少し怯えた様子で尋ねてくる。
「いや、お風呂に入るとしても、匂いを嗅いでもいいんじゃないかと思ってきた」
「だ、ダメに決まってるでしょ!」
「ほら、アリスは汗かいても、いい匂いだし、一瞬だけだから」
「こ、この、変態ッ……! もし嗅いだら、本気で嫌いになるからね!」
ドン引きした様子のアリス。
変態とは酷い言われようだ。しかし、本気で嫌いになると言われたら引き下がるしかない。
渋々と手を離すと、アリスが一歩引いた。同時に好感度が下がる音が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「ほら、とっとと入ってきたらいいでしょ」
「アリスは入らないのか?」
少しの間を空けてからボソリと答えられる。
「……私も入る。けど、貴方とは別に入るわ」
「なんで!?」
「そんなに驚愕するところじゃないから」
お風呂という択を取ればアリスと混浴できるとか考えていたわけではない。そんなことはない。本当にない。ないったらない。……ないと思いたい!
しかし、わざわざ分けて入る必要はあるのだろうか。前一緒に入ったというのに。もしかして好感度の差だろうか。時間経ってるのに好感度下がってるってマジですか。
「だって、一緒に入ったら絶対に襲ってくるでしょ」
まるで俺の心の中を読んだかのように付け足したアリス。
いや、まぁ、こんな美少女の裸体が目の前にあって襲わなかったら逆に失礼と言いますか……。
襲わない自信がないので反論の余地もない。
「わかった。1人で入ってくる……」
「露骨に落ち込まないの!」
頭でも痛むのかアリスは額を抑え、咲夜は苦笑いを浮かべている。
「お風呂の方は準備しておいたから、すぐにでも入れますよ」
「え、いつの間に」
「メイドですから」
パチンと可愛らしくウィンクをした咲夜。これは有能なメイドだ。恐らく雇ったらなにもしないダメ人間になる。そんな未来を予感させてくる。
折角準備してくれたのなれば、とっとと入ったほうがいいだろう。
アリスと入浴という夢は残念ながら叶わなかったが、こんなことがあった以上、さっきの縄とか目隠しとか縛り上げる話は忘れたに違いない。
「あ、それと、アリス、目隠しと縄に使えそうなものあったわよ」
残念ながら忘れてなかったらしい。流石は有能なメイド。その有能さが恨めしい。悲惨な未来を予感させてくれる。
お風呂場から出てこない方がいいんじゃないかと思いつつ、逃げるように扉の先の脱衣所と浴場に向かう。そこにはカゴとタオルが用意されていた。
このタオルでも目を塞ぐのには使えそうだ。
「目隠しと縄がマニアックなプレイに使われる程度ならいいんだけどな……」
その程度で果たして終わるのだろうか。
服を脱ぎ捨てて、タオルを持ち、浴場へと脚を踏み入れる。
ヒノキと思われる木のお風呂にはたっぷりとお湯が張られていて、湯気が出ていた。
浴場を見れば、桶や、椅子、石鹸まである。
本当に設備良いな。
桶でお湯をすくい、身体にかける。
「ふぅ……」
疲れた息が漏れてしまった。
この暖かさ、身体から悪いものが抜けていきそうな感覚がある。
早くお湯に浸かりたいが、この後アリスも入ると行っていたし、体を洗わずに入るなんてマナー違反はしない。
椅子に座って、石鹸を手に取る。
手にしているタオルに石鹸を塗り、ゆっくりと泡立てていく。
石鹸が泡立つのと同時に微かに花のような華やかな香りが鼻腔をくすぐる。
よく見れば、石鹸は薄ピンク色をしていた。どうやら普通の石鹸ではないようだ。本当になんでこんなに質が良いんだ。紫のこだわりだろうか。
やっぱりこの状況はよく分からない。
何を目的にこんなことを彼女はしているのだろうか。
この浴場だけを見たら旅館に来たかのようだ。監禁される部屋だとすればだいぶ豪華で、そんなことをわざわざする理由は俺には思いつかない。
なぜ八雲紫はこのような部屋を用意したのだろうか。これではまるで暫くここで生活をすることを想定しているような……。
「考え事? 身体が冷えるわよ」
背中からそんな声が聞こえて、一瞬で思考が打ち消された。
振り返ろうとした俺の目に両手が添えられる。
「さて、誰でしょうか」
「……咲夜だろ。二人しかいないし、流石に声でわかる」
「正解です」
視界が開かれて、振り向けば、咲夜がメイド服姿で立っていた。
「風呂場に服着て入ってくるなよ」
「あら、裸の方が良かった?」
「それはもちろ「へぇ、そういうこと言うのね」んそんなことはないです。はい」
咲夜の後ろからアリスが冷たい声で顔を覗かせたので、慌てて軌道修正をかけたが遅かった。彼女は少し不機嫌そうな表情になる。
「私より咲夜の方がいいんだ」
「いや、そんなこと言ってな……い……」
咲夜の後ろから出てきたアリスは身体にバスタオルを一枚だけ巻いた姿だった。その姿に言い訳も忘れて見惚れてしまう。
先程まで一緒に入ることを拒んでいたというのに、唐突にタオル一枚で乱入してきたというのはどういうわけだ。
「えっと、なんで2人ともお風呂場に」
「忘れかけてたけど、貴方の周りの時間止めておかないとダメなのよね」
「あ、ああ……、そういえばそうだったな」
俺からしたら何も変化ないせいで何も感じていなかったが、どうやらこの部屋に連れてこられてからも咲夜は俺の周りだけ時間を止めるという芸当を行っていたらしい。
「それで貴方の姿が見えなくなると、周りの時間を止めるのが難しくなるから、お邪魔しました」
「咲夜が来た理由はわかったけど、なら、アリスはなんで」
その話を聞く限り、咲夜はともかくアリスまで入ってきた理由はわからない。
「……別になんだっていいでしょ」
恥ずかしそうに頬を赤く染め、素っ気なく答えたアリスは、近づいてきて手を差し出した。
「……金出せ的な?」
「そんなわけないでしょ。タオルと石鹸。身体、洗ってあげるから」
先程、状況がよく分からないなんて考えていたが、現在の状況は更によく分からない。なんでそうなった。さっき不機嫌そうな顔してたのに、どういう風の吹き回しだ。
紫だけじゃない。アリスも、咲夜も、女性という生き物の考えはどうやら俺には到底測ることが出来ないものらしい。