東方淫魔伝 作:スイセン
真夏日の昼間、照りつける太陽の熱さで、額から汗が流れる。
「あちぃ……、なんでこんな日に外に出るんだよ」
「そう言って、いつも紅魔館に引きこもっているじゃない。そのままだとパチュリー様みたいになるわよ」
俺のぼやきを咎めた咲夜は、こんな暑さだというのに、汗ひとつかかず、いつも通りのメイド服を身に纏っていていた。
メイドだと暑さに耐性でも出来るのだろうか。それとも、服に耐熱性能でもあるのか。なにそれ欲しい。
「そんなこと言ったってよ……。そもそも、なんで人里になんかに来たんだ?」
「なんでって、お嬢様の話をちゃんと聞いてなかったの?」
呆れた顔をした咲夜は、なぜ俺たちが人里なんかに来ているのかの説明を始める。
「最近、人里で失踪事件で発生しているのよ。最初は食糧。次は家畜。そして、人間。その調査に来たの」
あー、そんなことを言ってた気がしなくもない。だから、人里の雰囲気がピリついてるのか。
「けど、それがどうしたんだよ。レミリアが気にするようなことでもないだろ」
人里で失踪事件があったとして俺と咲夜をわざわざ人里への調査に派遣するとはどういう了見だ。
「それも話してたでしょ。本当に何も聞いてないのね」
「聞いてなかったわけじゃない。ちょっと朝早かったせいで眠かっただけだ」
最近夜型のせいで、ちょっと眠かったのと、レミリアの言葉は話半分でいいという普段の経験から8割聞いてなかった。半分も聞いてない件について。
「んで、なんでレミリアはその事件に興味を持ったんだよ」
「それは失踪した人間が遺体で発見されたからよ。そして、その遺体から、」
「大量の血が抜かれていたんですよ。まるで、吸血鬼に襲われたようにね」
咲夜の言葉を遮って、新たな声が割り込んできた。
視線を咲夜から声のした前方に向け直すと、まるで記者みたいな格好をした奴が立っていた。
別名、ゴシップ天狗。射命丸文だ。
「うげ……」
「随分な反応ですね」
嫌なのが顔に思いっきり出てしまったようだ。
文は不満そうな顔をした。
「そちらのメイドはともかく、引き篭もりの貴方が出てくるなんて珍しい。獲物の下見ですか?」
随分と棘のある言い方だ。それに獲物ってなんのだよ。
「残念ながら今は狩りやすそうな人間はいないわね」
「……ああ。そういうことか。吸血鬼の仕業なら疑われるのは紅魔館ってことか」
今発生している失踪事件とやらの犯人の最有力候補は俺たちというわけだ。
「だとしても、放っておいても問題なくないか。そういうの」
犯人扱いされても困ることなんてないだろ。最悪、紅白巫女がカチコミを入れにくるくらいだ。うーん、あの娘には会いたくないなぁ……。
しかし、実際問題、人里で暮らしているわけじゃない俺たちにはそこまで影響はないはずだ。
逆に恐れが紅魔館に向く分、レミリアからしたらお得なまである。
そんな俺の考えを読んだように、咲夜が答える。
「お嬢様曰く、手口が雑。スマートじゃない。蛮族みたい。こんな事件の犯人扱いをされるなんて嫌。だそうよ」
「……貴族ってのは面倒だな」
なんだそのプライド。人間襲うなら変わらないだろ。
「てか、手口が雑ってなんだよ」
「それは私が」
文がポケットから手帳を取り出してパラパラと捲る。
「失踪したのは3人。全員若い女性です。そのうち2人は既に遺体として発見されています。どちらも血を抜かれた状態でした」
「それだけ聞くと、連れ去って殺して捨てたみたいだけど、なんか違うのか?」
「ええ。そのうちの1人が、血を抜かれている以外にも特徴がありまして、身体中がボロボロなんですよ。全身が切り刻まれていました。加えて、犯されたような跡もありました」
「……最悪だな」
つまるところ、若い女性を拐い、痛めつけて犯して、殺して、血を抜いて捨てた。
被害者が怨霊となってもおかしくないくらいの所業だ。
「てか、よくそんな遺体の状態について詳しく知ってるな。誰から聞いたんだ?」
「本人からですよ」
「あ? なに、降霊とかそういうのか?」
そんなこと出来るならそのまま犯人を聞けばいいじゃん。
「いえいえ。そうではなく、私が第一発見者なんですよ。なにせ、妖怪の山に放置されていたものですから」
そういうことか。人里から妖怪の山まではある程度距離がある。
そこにわざわざ捨てたのか。それとも、そこで拐ったのか。
「……てか、犯された後があるなら、犯人は男だろ。レミリアが疑われる理由がない」
「ええ。レミリアさんはそうですね。しかし、紅魔館にはいるじゃないですか。他にも血を吸いそうな男が」
そんな奴が紅魔館にいたか? てか、紅魔館にいる男なんて俺くらいしか……。
「……え? つまり一番怪しいの俺?」
紅魔館にいる時点で吸血鬼の仲間なわけで、血を吸ってもおかしくないと他者から思われているわけだ。
そして、俺にはアリバイが一切ない。だって、紅魔館に引き篭もっているのだから。
もしかして、人里がピリついていたの、失踪事件の最有力容疑者である俺がいたから……?
「はい。そういうことです。というわけで、とりあえず一度、妖怪の山までご同行を」
ポンとまるで容疑者を捕まえた警察のような仕草で肩を手を置かれた。
にこやかな笑顔。逆に怖い。そして、逃がさないという気概を感じる。
「いや、待て待て! 俺はやってない! 証拠をだせ! 証拠を!」
「犯人はみんなそういうんですよ。いいから、大人しく話を」
唐突に文の頬の横にナイフが突きつけられた。
「どうかしましたか? 咲夜さん」
「その男はこちらの所有物よ。勝手に持っていかれるのは困ります」
時を止めて文の後ろに回り込んだ咲夜が冷たい視線を送る。
「人里で揉め事は起こしたくないんですが」
「なら、その手を離しなさい」
「……今回の事件。人里の人間が被害に遭いました。この男を匿ったとしても得にはたりませんよ?」
「それは、彼が犯人だったらの話でしょ? 真犯人を見つけるために私たちはここにいるのよ。お嬢様の命でね」
文は大きくため息を吐いて、手を離した。
「仕方ないですね。けど、監視はさせてもらいます」
どうやら許されたようだ。疑いは一切晴れていないようだけど。
しかし、それでも優しい判断だ。霊夢とか紫だったら俺はとっくに消し炭にされていたことだろう。
「けど、真犯人を見つけると言ってもどうするおつもりで? 今更、事件現場や被害者宅に行ったところで何も残っていませんよ」
「ふふ、知らないの? 犯人は現場に戻ってくるものなのよ」
ドヤ顔で胸を張る咲夜だが、それはほぼノープランと同義なのでは……。
ともあれ、現状を知るということも大切だ。
俺たちは被害にあった3人のうち、未だに遺体も見つかっていないという女性が暮らしていた家の前に来た。
どうやら何かの店だったらしい。営業休止の張り紙がされていた。
「ここで暮らしていた16歳の少女が14日前から行方不明になっています。いなくなったのは深夜。最初の発見者は同じ部屋で寝ていた弟です。夜中に目が覚めて隣を見たら姉がいなくなっていたと……。その後、両親と家の中、里中を探したようですが、発見できなかったそうです」
「14日前……? 随分と前だな」
「ええ。一番最初にいなくなったのは彼女ですから」
つまり、最初の少女が最後まで行方不明になっていると。
14日も前となると生存は絶望的なのかもしれない。
「ここのご家族の方は?」
「今もいなくなった娘を探しているそうです。そろそろ危ないところにも侵入しそうなため、天狗の何人かが見張ってますよ」
「……そうか。そりゃそうだよな」
生存が絶望的とはいえ、家族として諦めがつくわけがない。
しかし、居なくなったのは深夜……? 1人で里から出たとは考えにくい。
けれど、寝ている時にその少女だけを拐うなんて可能なのか。
「……難易度の高い誘拐だな」
「ご冗談を。人間に気づかれずに拐う程度であれば、容疑者は無限にいますよ」
「ここなら、そうかもな」
普通の人間にとっては難易度が高い。
しかし、妖怪やそれに類する力を持っていれば話は別だ。
例えば時を止めて誘拐したり(本人曰く不可能らしいが)、あり得ない速度で連れ去ったり、またはスキマを操作したり……。
方法はいくらでもある。そして、スキマなら悲しいことに俺も使えてしまう。
「ここの少女が初めての行方不明者だったよな。他の2人は?」
尋ねた俺にジトリとした視線を向けられた。
「私の情報も安くないんですよ? そんな簡単に聞いてくれてますけど」
「……いやほら、現代っ子だから、すぐに聞いちゃうんだよ」
「まぁ、いいです。その代わり、何か発見があれば私はそれを記事にしますから」
言って文は、パラパラと手帳を捲って、残りの2人の素性を話してくれた。
「もう1人は22歳の女性で、先程お話しした犯された形跡があった方です。行方不明になったのは6日前ですね。こちらも同じく夜に姿を消したそうです」
「こっちも寝ている時か?」
「いいえ。この方は婚約者の男性と夜道を歩いている最中に忽然と姿をくらませたと」
「それはまた……」
今度は婚約者の前でか。しかし、なぜ犯人はそんなリスクを負うんだ……?
若い女性を狙うにしても、もっと狙いやすい獲物はいそうなものだが。
「遺体を発見したのは4日前の朝ですね。場所は先程も言ったように妖怪の山のふもと。遺体の状態はかなり酷かったですよ。腕や脚の一部は欠損していましたし……、まるで野犬に襲われた後のようでした」
わざわざ人里で拐って、妖怪の山まで移動したってことか。
殺したのは騒がれないようにするためだろうか。しかし、そんなに遺体を痛めつける理由はわからない。
妖怪の山ということは何かしらの妖怪が現場を見てるかもしれないが、恐らく天狗も既に調べていることだろう。
「そして、最後の1人ですが、行方不明になったのは2日前ですね。この方の遺体は昨日、魔法の森で魔理沙さんによって発見されました。遺体の状況としては血を抜かれていましたが、身体の損傷はほとんどなかったようです」
「その人はどんな状況で行方不明なったんだ?」
「寺子屋の帰りです」
「寺子屋? 教師ってことか」
「いいえ。生徒ですよ。10にも満たない少女です」
「……そんな子まで犠牲になってたのか」
この幻想郷という場所では仕方のないことではあるのだが、どうにも慣れない。
もしその現場に出くわせば、必死にその子を守ろうとしてしまうだろう。例え、相手があのレミリアであっても。そして無駄死にする。なんて優しさのない残酷な世界だろうか。
「帰りが遅いのを心配した親によって行方不明が発覚しました。一緒に帰っていた子の情報によると、一緒にお姉さんと遊んでその後別れたそうです」
「そのお姉さんというのは?」
「それがはっきりとしてなくて、行方不明になった子曰く、仲の良いお姉さんという紹介だったそうで……」
「仲の良いお姉さんか……」
話を聞く限り、鍵を握っていそうなのはその仲の良い姉とかいう女性だ。
しかし、文ですらわからないとなると、簡単には見つからない。
それに女性となると、遺体が犯されていたというのにも合致しない。
「14日前、6日前、2日前……、どんどんペースが早くなっているな」
「はい。このペースなら今夜あたりにもまた行方不明者が出ますね」
「不味いじゃん」
「霊夢さんも、魔理沙さんも次の犠牲者は出さないようにと躍起になっているみたいです。もちろん、他の方々も」
他の方々というと恐らく守矢、命蓮寺や、神霊廟あたりだろうか。加えて、寺子屋の子が被害あったとなると、慧音、それに華扇あたりも警戒に当たるのだろう。
俺が思っていたよりもこの事件は大事になっているらしい。
「お待たせ」
事態の重さを実感していたところで、現場見聞とか言って勝手に店の中に入っていった咲夜が戻ってきた。
「何かわかったのか?」
「ええ。それはもちろん」
咲夜は満足げに頷く。
「ここには、なにもないということがわかりましたわ」
……それは何もわからなかったのと同義では。
「まぁ、そうですよね。既に現場は色んな人間から妖怪に至るまで、様々な人妖によって調査されてますから」
元より新しい発見があるとは期待してなかった文は、別に残念がるわけでもなく言った。
俺はというと少しばかり期待していたので肩透かしを喰らった気分だ。こういうのって新たな発見をするのが探偵ものの相場じゃないの……?
「次はどうするんだ? 妖怪の山の方でも見に行くのか?」
「それは辞めておいた方が良いですよ。今行けば確実に取り押さえられます。私は構いませんけど」
「よし。辞めよう。てか、家に引き篭もってた方がいいな」
下手に動けば目をつけられて拘束される恐れがある。
「それも、もう手遅れだと思いますよ」
俺の案に文は素っ気なく告げる。
手遅れって、なにが?
「事件は1週間以内にはまた起きると皆さん考えています」
「ペース的に考えればそうだな」
「しかし、この1週間、里で事件なんて並の妖怪には起こせません」
「確かに凄い警戒してるもんな。里の人たちだけでなく、霊夢とか魔理沙とかも。けど、いいことだろ。新たな犠牲者が出ないんだから」
「……はぁ、飲み込みが悪いのか、頭が悪いのか」
おい、こら、喧嘩売ってんのか。
チラリと文が咲夜を見た。その視線に気がついたのか、コホンと咳払いして咲夜が続ける。
「もし貴方がこの1週間引きこもってたとします。けれど、こんな状況では事件は起きませんわ。となると、考えられるのは……、貴方が引きこもってるから事件が起きなかった」
そこまで言われればどれだけ鈍感でも理解できた。
犯人が出歩いてないから事件は起きていなかった。そして俺は引きこもっていた。つまり、逆説的に俺が犯人であると。
「いや、そんな無茶な……」
冷や汗が背筋に垂れる。
このまま放置していたら俺が犯人……? 事件が起きてなくても?
疑わしきは罰せずなんて原則をあの紅白巫女が守ってくれるとは到底思えない。
「つまり、俺は誰にも拘束されることなく、事件を解決するしかないってことか……?」
「はい。おっしゃるとおりです」
「もしかして、文が俺を捕まえないのも」
「ええ。公平のほうがいいじゃありませんか。それに、犯人だと思われていた人物が真犯人を見つけるなんて、とても面白い話題でしょ?」
なんて打算的な考え。見逃してくれていたのは、俺への優しさかと思ったがどうやら気のせいだったようだ。
その調子に乗ったような笑みにイラッとした。
いきなりだが、俺は穏健な方ではある。それはもう、フランの我儘に引き攣った笑みで答える程度には穏健だ。穏健すぎて仏とか言われてるレベル。
しかし、イラッとしたらすぐにやり返す方でもある。それで何度レミリアとフランに殺されかけたことか。しかし、学ばないのが人間。過ちを繰り返してこその人間らしさである。
つまるところ、俺は手を背中に持っていき、文の視界から隠れたところで能力を発動させた。
「きゃあっ!?」
甲高い悲鳴が響く。
文がばっと後ろを振り向くがそこには誰もいない。
それはそうだろう。スキマを繋げて、文の背中を触ったのだから。
ツーっとなぞるように。中々にいい反応だ。
ニヤニヤと笑みを浮かべた俺をキッと睨みつける。
「なにをするんですか!」
「なんの話だ?」
「ぐっ、この……!」
証拠なんてない状況で裁けるなら裁いてみるといい。
霊夢なら問答無用だが、文であれば話は別である。
もし制裁を加えるというのなら、文々。新聞は証拠もなく不当な行動に出る記者が書いたものだと里中に吹聴してやる。
俺の考えてることが読めているのだろう。
文はギリッと歯噛みをして、諦めるに違いない。
「……甘いですよ」
「うぁっ!?」
ニヤリと笑った天狗は、目にも止まらぬ速さで俺を家の壁に押し付けた。
「いっつ……、なにすんだ!」
「2週間前の夕方。レミリアさんの部屋。なにか覚えはありませんか?」
「は? 何を言っ……いや、待て」
2週間前の夕方にレミリアの部屋……? え? いや、まさか、そんなバカな。だって、あれは誰にも見られてないはずだ。証拠隠滅も完璧なはず……!
「お嬢様の部屋がどうかしたの?」
恐らく俺はものすごく青い顔をしてるんだろう。咲夜が困惑したように俺の顔を覗き込む。
「なんで……」
「貴方はネタになるからね」
「き、記者が脅迫なんてしていいのかよ……!」
窓も少ないあの屋敷でどうやってそれを知ったのかはさして重要ではない。
上擦った声で抵抗する俺に、文は俺の手を取ると優しく握った。
「天狗には……いえ、私には逆らわない方がいいわよ?」
にっこりと微笑んでいるだけだというのに、圧が凄い。ちびりそう。
「……負けだ。俺が悪かった」
「はい。お利口ですね」
よしよしと頭を撫でられる。
「今回の事件、もしいいネタをくれたらご褒美くらいはあげますよ」
完全に格下として扱われてるが、文句はない。なんなら、今なら回ってワンとか言えちゃう。
そんな状況で、むすっと頬を膨らませているのが1人。
「2人だけの隠し事?」
「いや、そういうのじゃない。気にするな」
てか、気にしないでください。引き攣った笑みで咲夜には応対するしかない。
咲夜に知られれば必然的にレミリアにも知られるだろう。そしたら、多分首が4回ほど飛ぶ。
俺の態度に咲夜は目を細めて、訝しむような表情を見せる。
「と、ともかく、次の場所に調査に行こう」
「どちらに向かわれるんですか?」
「死人には口がなくて事情聴取が出来ないなら、魂に聞くべきだろ。ちょうど当てが2人ほどいるんだ」
人は土に還る。そして、魂は輪廻する。
そこに関わる2人、亡霊姫とサボり魔な死神。
2人なら何かを知っている可能性が高い。
「無駄ですよ」
しかし、俺の案は文によって即座に却下された。
「なんでだよ」
「それはもちろん。既に聞いてあるからです。小町さん曰く、殺された被害者の魂は存在しなくなったと」
俺程度が考えつく案は既に試された後だったらしい。じゃあ、こっちも情報0かよ……。やけに手際というか証拠隠滅が上手い犯人だ。
「魂が存在しなくなったですか……」
ふむと咲夜は考えこむ。
「何かわかったのか?」
「いえ、大したことじゃありませんわ。それよりも、一度紅魔館に戻りましょう」
「は? 調査は?」
「探偵は集めた証拠を精査する時間も必要なんですよ」
小さく微笑む咲夜。
集めた証拠って、今はまだ何もわかってないということしか集まってないと思うんだが。
文は咲夜を観察するようにじっと見つめる。
「さて、そちらの記者さんはどうするの?」
「そうですね。このまま密着取材を続けたいところなんですが、紅魔館に戻るのであれば新しいネタはないでしょうし……」
文はパラパラと持っていた手帳を捲った。
「事件は夜中の10時から12時までの間に発生している場合が多いようですよ」
急になんの話だ?
しかし、咲夜は満足そうに頷いた。
「あら、そうなの。ありがとう」
「いえいえ、では私はこれで。面白いネタ、期待してますよ」
俺と咲夜に背を向けて去った文。
「それじゃあ、私たちも行きましょうか」
「あ、ああ……?」
俺だけついていけてない気がする。
なにこいつらテレパシーで会話でもしてんの。
「そういえば、レミリアお嬢様の部屋の件、後で聞かせてね」
「……黙秘権を」
「ご飯抜きにしますよ」
「本当に許してください」
どうやら誤魔化したと思ってたものは誤魔化せてなかったらしい。
☆ ♪ ☆
カビ臭いという訳ではないが、薄暗くどことなく不気味な地下室。
そこで過ごしている引き篭もりがちな可愛らしいお嬢様が、ベッドに腰掛けて、脚をプラプラとさせながら、俺の昼間にあったことを聞いていた。
「まぁ、こんな感じだったな」
フランドール・スカーレット。レミリアの妹にして紅魔館の破壊担当。
気を抜けば大怪我を負いかねないので、こいつといる時は常に神経を集中させておく必要があるから疲れる。
「ふーん。そんな面白い事件が起きてたのね」
「今の聞いて、なんかわかったか?」
ちょいとばかりイカれてると思われる彼女だが、聡明さで言うならば、俺が知っている面子でもトップクラスだ。
どうしようもないくらいに狂ってる時があるので、完全に相殺されるけど。
「んー、貴方がここに閉じ込められてる理由とかかしら?」
ニヤニヤと笑うフラン。
なぜ俺が紅魔館の地下室にいるかと言うと、今日あたりに事件が起きるから監禁するというものだった。
提案したのは咲夜で、レミリアが了承。俺の意見も聞かずに、この部屋に閉じ込められてしまった。
扉には外から鍵をかけられて、パチュリーによって魔法が貼られているのか、スキマさえ使えない。
事件が起きるなら俺も外に出て、犯人を探した方がいいんじゃないのか。
あの2人が何を考えてるか俺にはわからない。
時刻はもうすぐ22時。文が言っていた時間が起きそうな時間帯だ。
「今頃、外では犯人を探してるのか」
俺が容疑者で1番関係ありそうなのに、ここに閉じ込められているのはなんとも言えない疎外感だ。
「ここに犯人はいるのに無駄な労力ね」
「……俺は犯人じゃないって」
「犯人はみんなそう言うものなんでしょ」
ぴょんとベッドから飛び降りると、外から鍵をかけられた扉の前に立つ。
「貴方が望むならここから出してあげましょうか?」
「そんなこと出来るのか?」
「ええ。鍵を壊すだけだもの。けど、それなりの誠意は欲しいわね」
「誠意っていうのを一応聞こうか」
「ふふ、この前のお姉様の部屋では気持ちよかったわね」
苦々しい顔をした俺を見て、フランは愉快そうに笑った。
「片付けるの大変だったんだぞ」
「貴方が張り切るから」
「興奮して思いっきりイッたのは誰だと思ってるんだ」
文に脅迫された内容。
それは至って単純で、レミリアと咲夜が居ない時に、フランとレミリアの部屋でセックスをしたというもの。
その際に、姉の部屋で行為に及んでいるということに興奮したのかフランが思いっきり潮を噴いてイッてしまい、部屋の一部がべちゃべちゃになった。
終わった後に必死に後処理はしたが、まさか文に見られていたとは……。
「ともかく、あれは2度とやらない。バレたら殺される」
「えー、つまらないー。けど、バレたらねぇ……」
笑みを深めたフラン。
俺の経験上、こういう顔をフランがした時は嫌なことしか起きない。
「この部屋、実は魔法で盗聴がされてて」
「うわあああああ! 今の冗談! 全部嘘!」
死ぬ! 殺される! レミリアのベッドにもかかってたし、バレたらとりあえず首切られた上でナイフで刺される!
折角、ご飯抜きになっても黙秘を貫き通したというのに、何やってくれるんだこのロリ吸血鬼!
「冗談よ。必死になりすぎて可愛い」
どうやら揶揄われただけのようだ。うぅ、心臓に悪い……。
「対価は血でいいわ。貴方の暫く飲んでないし」
「血をあげるのかよ……」
「あら、不満なの?」
「いや、なんていうか、血を吸われると色々と抜けていく気がして」
俺の言葉にクスリと笑ったフランは手招きをする。
首を差し出せという合図だ。
果たして血を渡して俺がここから出ていく必要はあるのだろうか。朝になればレミリアと咲夜によって全てが解決されてるかもしれないというのに。
けど、なんだこのモヤモヤは。何かが引っかかっている気がする。
少し悩んで俺は服を肌蹴させて、首を差し出した。
「ほら、飲めよ」
わからないが、本能がこれは俺が解決するべきだと言っている気がした。
「いただきまーす。んっ」
ちくりと痛みが走ると同時に、体内から何かが抜けていく。
吸われているのは血のはずなのに、それ以上の大切なものが消失していってる気がした。
「んはぁっ……、少し脂っぽいわよ」
「太ったって言いたいのかよ」
「引き篭ってるから」
「お前にだけは言われたくない」
口元を赤くしたフランは楽しそうな表情で、きゅっと手を握る。
パキンと音がして、ゆっくりと扉が開き出した。
外へと続く扉が開かれる。
「吸血鬼って血を吸うことで眷属を増やすの」
「……それがどうかしたのか?」
「私もお姉さまも貴方の血を何度も吸って……、とってもえっちじゃない?」
「俺にはわからない感覚だよそれ」
どうやら俺から抜け落ちていた大事な部分というのは人間性というものだったらしい。今度から直接飲ませるのはなるべく控えよう。
「お土産話期待しているわね」
「そんな長話にはしねぇよ。この事件は今日で終わりだ」
根拠もなくそんなこと言って地下室から出た。
スキマを使って、霧の湖の前まで移動する。
さて、ここまで移動すればパチュリーにも美鈴にも邪魔はされまい。
辺りを見渡せば、月光が赤い霧の間から差し込んでくる。
あー、自傷するにはなんて幻想的な風景なんだろうなー。
現実逃避がてらに、ぼーっと眺めてから、一息吸い込んで、爪で首を掻っ切た。
ボタボタと血が落ちて、血溜まりが一瞬で出来上がる。
「さて、咲夜とレミリアはどこだ?」
血の混じった赤い霧が、夜の闇に薄く広がっていく。
「……見つけた」
場所は人里の近くか。
どうやらまだ犯人とやらは出てきてないらしい。
近くに文もいるな。それに紅白巫女も……、うぇ……地下室に戻ろうかな。
顔を顰めつつスキマを開く。
出て行ったらノーモーションで攻撃されないよな。まさかな。……とりあえず防御全開にしておこう。