前回、エウルアが騎士団隊舎に旅人をお持ち帰りして美味しくいただいたところからの派生。
──声が聞こえる。
「────♡ ────♡」
モンドの街が、すっかり寝静まった夜深く。
淡く月明かりが差し込む、
遠くに聞こえる風車の軋み。夜風に揺れる木々のさざめき。夜の
「────っ♡ ──ぁ──♡」
たん、たん、たんっ、って、手拍子でリズムを刻むような音。
ぎしっ、ぎしっ、って、木の板がきしむような音。
そして──甘く蕩けた、女の人の喘ぎ声。
「──く、イッ──♡ ────ゃ、ダメっ♡」
なんだか苦しそうで、切なそうで……けれどとっても幸せそうな。ふたりの愛を確かめあう、熱く激しい睦み合いの声。
アンバーがよく出入りしてるから知ってる。この壁の向こうは、エウルアさんの部屋。
騎士団のお仕事で何度か見かけたことはある。モンドのみんなから怖がられている、
そんなエウルアさんが、こんな……えっちで甘い声を出すなんて。こうして壁越しに聞いているだけなのに……否応なく煽られる想像と興奮に、私のお腹まで勝手にむずむず疼いてきてしまう。
「……っ♡ はっ……はっ……♡」
ぐち……っ♡くちゅ……♡
ああ……エウルアさん、ごめんなさい。バルバトス様、どうかお許しください。
盗み聞きなんて、いけないこと。ましてや他人の秘め事に聞き耳を立てて自涜に
心の中で何度も何度も謝罪を口にしながら、けれど体はどうしようもなく熱くなって。壁の向こうから漏れ聞こえる艷音に混ざるように、ベッドの上の暗がりで、私の指先も水音をたてる。
だってきっと、相手は──
「……っ……♡ ふーッ……♡ ふぅぅッ……♡」
耳を澄ませても、男の人の声はよく聞こえない。けれど、この前アンバーが言っていたからわかる。エウルアさんの相手は、きっと彼。
モンドの『栄誉騎士』。金髪の旅人。
私が密かに想いを寄せて……そして、「恋人ができた」と噂で聞いて、片想いのままひっそりと失恋したはずの相手。
その彼が今、隣の部屋でエウルアさんと……。
…………〜〜〜〜っ!
くちくちくちぐちゅ……っ♡♡
激しさを増していく隣室からの嬌声にあてられて、体の中が熱で満ちていく。スパイシードリンクを飲んだあとより、ステージで一曲踊り終えたあとよりも体が熱くなって、ドロドロに溶けてしまった心が指先に絡みついた。
あの凛としたエウルアさんが、こんな声、出しちゃうなんて……えっちって、そんなにすごいのかな。それとも、すごいのは彼?私も……私も彼に同じことをされたら……あんな声、出させられちゃうのかな。
脳裏に浮かんだ彼の姿に、声に、思い出に。タイツの下に潜り込んだ指先の動きは、自然と激しくなっていって。
『バーバラ』
「ぅ……っっ♡ ごめっ、なさ……イッ……♡♡」
妄想の中で彼に名前を呼ばれた瞬間、噛みしめた唇から声が漏れて、指先がぎゅっとクリトリスを押し込む刺激とともに意識が白く弾けた。
ぞわぞわぁっと背筋をのぼってくる絶頂の甘い痺れに腰が跳ねて、頭の中がふわふわした感覚でいっぱいになる。体の震えにシーツが擦れて、ベッドが軋んだ音をたてた。
「っ~~~~♡♡ っは……♡ はっ…… ♡ はぁぁ~…………うぅ」
絶頂に縮こまった体から力が抜けて、ぼんやりとした余韻に身を任せながら荒く息をつく。
にじんだ汗が、火照った肌から熱を奪っていく。ドキドキしていた心臓が落ち着いて、乱れた呼吸が戻っていくにつれ……靄のかかったような頭の中に浮かび上がってくるのは、罪悪感と、そして後悔。
……また、やっちゃったなぁ。
切り傷みたいにじくじくと胸が痛む。目の奥がつんとして、閉じたまぶたのあいだからじわりと涙がにじんだ。
モンド城が……お姉ちゃんが龍災と外交の板挟みに喘ぐ中、季節の変わり目を告げる風のように、どこからかふらりと現れた旅人。
優しくて、どこか不思議な感じもして、時々ちょっと危なっかしいところもあるけど、頼りになって。
「アイドル」をやってるって言った時も、あの
たぶん、その頃からだったと思う。彼を異性として意識するようになったのは。
冒険に誘ってくれるのが、頼りにしてくれるのが嬉しかった。いろんな所に連れて行ってくれて、知らなかった景色を見せてくれるのが楽しかった。
ずっと彼のそばにいるパイモンも、いつも幸せそうにしてて……私もあんなふうに一緒にいれたら、きっと幸せなんだろうな、なんて思ったりもして。
それに何より……お姉ちゃんが好きな恋愛小説みたいな、詩人さんが歌にするみたいな、そういう恋の訪れが私にもあったんだ、って。そのことがただ、嬉しかった。
これからきっと、なにげない日常の中でちょっとずつ仲良くなっていって。また一緒に冒険とか、たまにはピクニックとかもしたりして。彼はモンドにばかりいるわけじゃないけれど……会えない時間で、逆に想いを募らせたりなんかしちゃって。
いっぱいお話しして、笑いあって、手を繋いで……そのうちにお互い、想いを伝えあって、キスをして。時間をかけてゆっくりと、歩み寄るように少しずつ距離を縮めてあっていく。そんな、キラキラしたラブソングみたいな恋ができるんだ、って。
そう、思っていた。
でも現実は、そんなゆっくりした歩みを待ってはくれなかった。
お姉ちゃんもリサさんもアンバーも、全然そんな素振りなんてなかったから……油断、してたんだと思う。恋のライバルは私の知らないところで、私よりもずっと機敏に彼の心を射止めていて。気付いた時にはもう、彼の隣は私じゃない誰かのもの。
──私だって、好きだったのに。
『──、──♡ この──っ、お──♡♡』
「…………うぅ………」
隣室からの嬌声はいまだ止まない。
彼の腕の中に抱かれているのは私じゃない。突きつけられる現実が、鋭利な刃となって胸を刺す。
悲しくて、寂しくて、悔しくて、情けなくて。耳を塞いでしまいたくなるけれど……だけど同時に、想像せずにはいられなかった。
もし私が、もっと積極的にアプローチしていたら。
もし私が、先に想いを告げていたら。
私のこともあんなふうに、愛してくれたかな。
痛いくらいにぎゅって抱きしめられて、荒い吐息で唇を奪われて、欲望のままベッドに押し倒されて、それから、それから──
あり得たかもしれない「もしもの未来」を想像して。本当の自分を、恥ずかしいもの全部を、暴かれてしまうのを期待して。都合のいい妄想に導かれた指先が、また自然と秘処へ伸びていく。
「ふ、ぅ……♡ ……、き……っ、すき……ぃ♡」
痺れるような性感に唇が緩んで、誤魔化しきれない想いが溢れ出す。
好きだった、なんてくだらない嘘。
だって今でも好きだもん。
失恋を自覚してからニヶ月が経った今でも募りっぱなしのこの想いは、もう自分ではどうすることもできなくて。やり場のない想いを胸の内に抱えたまま、気付けばこうして自分を慰める日々。
だけど──
「──ゃあっ♡ ──イッ──からぁ♡♡ ───♡」
「ぅぅ……♡ ん……っ♡」
私の心を映したみたいにぐしゃぐしゃになったシーツの上で、背徳の快楽にひとり耽りながら、思う。
だけど──そんな日々は、もう終わりにしなくっちゃ。
エウルアさんは、彼の恋人になった。
「旅人ってば、同時に二人と付き合うなんて! うわきものめ〜! エウルアを泣かせたら、ただじゃおかないんだから!」なんて、アンバーは言っていたけれど……でも今の私にとっては、それはかすかな希望の光。
「彼の恋人」の座が、ひとつじゃないのなら。私にもまだ──チャンスがあるのなら。
胸の奥を焦がすばかりのこの想いを、せめて彼に伝えたい。そう思わずにはいられなかった。たとえ「もう他に恋人がいるから」って、恋破れるのだとしても。
きっとお姉ちゃんは心配させちゃう。お父さんも、リサさんも、たぶんあんまりいい顔はしないと思う。
お母さんは……どうだろう。応援してくれるかな?
──ちゃんと決着をつけなくちゃ。この、失恋にすらなれなかった、私の片想いに。
快楽の中で混ざりあった願いと欲望が、頭の奥で囁く「もしも」を、「もしかしたら」へと塗り変えていく。
隣室から響く声に背中を押されて、果たせなかった恋の残響はやがて、心のなかで決意へと変わっていった。
◇ ◇ ◇
「──それでこうして相談に来た、と。 ……いえ、なにもそこまで赤裸々に告白しなくてもよかったとは思いますが」
「別に驚くようなことでもありませんよ。 その『運命』は、随分前に占いましたから。 願いを受けて満ちる黄金の
「それで…… 欲しいのは『予言』ですか? それとも『助言』? なにかを求めて、ここに来たのでしょう?」
「──おぉ」
「──ふふ、いい答えです」