公式からお出しされた甘雨のバースデーメールとの解釈のズレを補正するため、必要に迫られて書いた。エロなし。
弊ワットの時系列の関係で、季節は初秋に改変。甘雨の誕生日じゃなくなっちゃったけど、メールには季節感も誕生日云々も書いてなかったし許して。
『最近は仕事が忙しいせいか、日中、眠くなることが増えてきた気がします……。
月海亭の秘書達からは、気分転換に釣りを試してみてはどうかと勧められました。釣りは疲れを癒す効果がある、とのことだったのですが……私は、水辺に長い時間じっと座っていると、余計に眠くなってしまうのではと思ってしまいました。
すると、釣りに心得のある同僚から、友人を誘っての釣りはより楽しいものになると言われたのです。それなら待っている間は友人と歓談のひと時を楽しめるし、釣り上げる瞬間の緊張や喜びも分かち合える、と……そういう形での釣りなら、一度試したみたいとも思います。
軽食と釣り餌の用意はできました。もしお時間があるようでしたら、一緒に水辺での釣りのひと時を過ごしませんか?』
「釣り……?」
今日の依頼の報告に寄った、冒険者協会稲妻支部前。
キャサリンから「お届け物です」と渡された手紙に目を通して、俺とパイモンは揃って首を傾げた。
差出人は、かの璃月の名高き七星筆頭秘書こと甘雨。俺達と浅からぬ縁がある彼女がしたためた手紙の内容はこうだ。
忙しい仕事の気分転換にと、月海亭の同僚から釣りを勧められた。釣りは経験もなく一人では気乗りしなかったが、「ならば友人を誘ってみてはどうか」と言われて、そういう形ならば一度試してみたくなった。一緒にどうか。
つまるところ、余暇を楽しむための釣りのお誘いだ。
「ん~……? なんていうか、予想外の内容だなぁ」
「だよねぇ」
手紙を読んできょとんと呆けた表情になったパイモンと顔を見合わせる。
一見なんてことのない、遊びのお誘い。……だが、差出人を多少なりとも知る俺達にとっては、その内容はいささか不思議なものなのだった。
甘雨は仙獣・麒麟の血を引く半仙だ。
留雲借風真君に聞くところによると、麒麟は仁獣……とても心優しい仙獣の一族らしい。群れず、旅をせず、穏やかで寛大で優雅な仙獣。慈悲深い麒麟は、生きた虫を踏まず、生きた草を折らず、命を傷つけることなく歩くのだという。甘雨が菜食主義なのも、動物を食べないという麒麟の一族ゆえなのだとか。
そんな彼女が……釣り……?
たとえ釣った魚を食べずに逃がすにしても、余暇の戯れに、魚を針にかける遊びを……?
「う〜ん……?」
手紙の文面だけで湧き上がってくる違和感。本当に甘雨からの手紙なのかと疑ってしまうほどだが、見た感じ筆跡も印も本人のものっぽいから余計に謎は深まっていく。パイモンも怪訝そうに、腕組みして唸る始末だ。
「……まぁ、ここであれこれ考えてもわからないし、会って本人に聞いてみよっか」
「それもそうだな。 オイラ達の考えすぎかもしれないし」
手紙の末尾に「もしよければ」と記された日時は折良く明日だ。疑問の解消はその時でもいいだろう。
なんとなく落ち着かない気持ちを抱えたまま、俺達はひとまず今日の仕事を終えることにした。
「釣りの話してたら、なんだかオイラ、魚が食べたくなってきたぞ」
「じゃあ今日のおやつは……『漁師トースト』?」
「なんでだよぉ! 魚成分、『漁師』のとこだけじゃんか!」
「冗談だよ。 ちょうどいいからそこの志村屋で食べてく?」
「へへっ、そうこなくっちゃぁ! オイラ、うな茶漬け!」
「どうせ帰ってからも晩ご飯食べるんだから、程々にしときなよ?」
……パイモンのおやつついでに、稲妻で色々買っておこう。明日必要になるかもしれないし。
◇ ◇ ◇
翌日。
涼しげな川のせせらぎが、日々薄らいでいく夏の名残に心地よい。
「今年は涼しくなるのが早いですから」
「じゃあ今年の冬は去年より寒くなるのかなぁ……」
「ふふ、そうかもしれませんね」
秋晴れの青空よりも鮮やかな髪をふわりと風に揺らして、甘雨が柔らかに微笑む。
埠頭での海釣りでは目を引いてしまうとの理由で、璃月港から少し歩いて川釣りとなった。日当たりのいい川辺の岩場に甘雨の荷物を下ろし、塵歌壺から丸椅子や屋外用テーブルを出せば、ものの数分で快適なピクニック会場が出来あがってしまうのだから仙人の力はありがたいことこの上ない。ピンばあやに感謝だ。
「よし、と。 じゃあさっそく釣りだけど……」
「は、はい……っ」
釣りと聞いた甘雨の表情は、やっぱりどこかぎこちない。釣りをするのが初めてだから、緊張しているようにも見えなくもないけれど……。
ちらりとパイモンと視線を交わす。
「……ね、当ててみようか」
「え……」
「たぶんだけど……甘雨の持ってきた釣り竿、針がついてないんじゃないか?」
「っ……?!」
パイモンの言葉に、甘雨が驚きの表情を浮かべて息を呑んだ。
「ど、どうしてそれを……?」
「やっぱりな! へへっ、当たったぞ♪」
推理を見事的中させたパイモンが、空中でふわりと一回転して喜ぶ。
「甘雨の手紙を読んで、コイツと昨日話してたんだ。 なっ!」
「うん。 甘雨は優しいから、針で魚を傷つけるような真似はしないんじゃないかな、って。 食べるために獲るってわけでもないんだし」
手紙の文面を見るに、そもそも主題は釣りそのものではなく、同じ時間を過ごすことのようだった。一人で釣りをするのは乗り気ではなかったようだし、同じ時間を過ごすだけなら魚を傷つける必要はない。総じて、「甘雨はまともに釣りをする気がないんじゃないか」と俺達は読んだ。
優しい甘雨はきっと、針のない糸に餌だけをつけて垂らし、「やってみたけれど釣れなかった」とする気だったのだろう。
「……お二方にはお見通し、でしたか……」
「へへんっ! 友達のことだからな! そのくらいわかるぞ!」
渾身のドヤ顔でえへん!と胸を張るパイモンに、ばつが悪そうにしょんぼりと笑う甘雨。
「……ええ。 不必要に魚を傷つけてしまうのは、やっぱりどうしても気が咎めてしまって……人間のあいだでは娯楽のひとつなのだと、わかってはいるのですが」
「……うん」
甘雨自身ががあまり公表したがらないのもあるが、彼女の事情を知り、慮ることのできる人間は、実のところ璃月でもそう多くない。麒麟の血筋を示す彼女の頭の角も、市井の間では一族に伝わる髪飾りということになっているくらいだ。
甘雨に釣りを勧めたという同僚も、決して悪気があったわけではないのだろう。そしてだからこそ、優しい甘雨はそれを無下にもしたくなかったのだろう。
人間社会の中で、人間として扱われるたびに彼女の中で異彩を放つ麒麟の血。物事を見る視座も、価値観も、生きる時間の長さすら遥かに違う仙獣に流れる、人一倍寂しがりな人間の血。
以前、彼女は言っていた。人間でも、仙人でもない自分は、この璃月社会において孤独なのだと。募り続ける疎外感。もう何千年と璃月で暮らし、歴史を共にしているというのに、人間の話も心もわからないことばかりで……それでも、人間の社会に溶け込みたいのだと。
「……私からお誘いしておいて、ごめんなさい」
今回俺達を釣りに誘ってくれたのも、人間を少しでも知ろうとする甘雨なりの努力の形なのかもしれない。麒麟と人間、二つの間で揺れ動く彼女の心の折衝点が、この『針のない釣り竿』なんだ。
だから──
「なにも謝る必要はないよ、甘雨」
「へへん! だってオイラ達も、今日は釣り針持ってきてないからな!」
「え……」
甘雨の驚いた顔に、自然と頬が緩む。イタズラが成功した時みたいな嬉しさに心が踊る。
そう、俺達も端から釣り針は持ってきていないのだ。あてが外れて必要になったら、その時は洞天屋敷に取りに帰ればいいだけだし。
そしてかわりに、別の『釣り竿』を用意してある。
「きっとそうだと思ったから」
「オイラ達、用意してきたんだぞ!」
隣にふわふわと浮かぶドヤ顔パイモンと呼吸を合わせる。
「その名も……」
「『麒麟の釣り竿』だ!」
澄んだ空気に、パイモンと二人揃えた声が響く。
呆気にとられた甘雨の表情が、秋晴れに映えて不思議と華やかだった。
◇ ◇ ◇
「あの……これは……?」
「それが今日の『釣り竿』だよ」
簡易的に作った竈に、手早く熾した焚き火の前。甘雨に手渡したそれは、およそ竿と呼べる形はしていなかった。
短く伸びた二本の取っ手の先に、蝶番で繋がったふたつの
「初めて見る道具です……」
「長生きな甘雨でも、知らないことってあるんだな」
「『鎖国令』があるし、まだ輸出されてないんじゃない? 最近できたものだって、屋台の人言ってたし」
「……そうだっけ?」
「さては食べるのに夢中で話聞いてなかったな?」
甘雨が手にするそれは以前、屋台で見つけたパイモンが一目惚れして、それ以来やたらと欲しがっていた、あまりにも汎用性の乏しい調理器具。
──『鯛焼き器』なのだった。
泡立て器でよく潰してペーストにした豆腐に、米粉と砂糖と重曹と、ちょっぴりの塩。水を加えながらそれらをよく混ぜて、とろとろになったら生地の完成。
焚き火で熱した鯛焼き器に菜種油を塗り、金型に生地を流し入れる。内側になる部分が乾くくらいまで焼いたら、魚影に夕暮れの実のあんをたっぷりと乗せ、その上からまた生地を被せて金型を閉じる。
「あとはこれをひっくり返して、焦げないように注意しながら焼……釣れるまで待てば」
「へへっ、夕暮れの鯛焼きの完成だ!」
申し訳程度に釣りの体裁を保ちながら、実演がてらにまず一回。パチパチとはぜる焚き火の上に『竿』をかざして、じっくりと焼きあげていく。
緋櫻餅や三色団子など、稲妻のお菓子は材料が植物性のもの……つまり甘雨が安心して食べられるものがかなり多い。そうでなくともこの鯛焼きのように、少しのアレンジで卵も乳製品も使わずに作れるものだってある。
魚が食べられない甘雨でも鯛焼きなら、というのはパイモンの閃きだ。自称・テイワットいちの美食家の面目躍如。結果として昨日は試食でしこたま鯛焼きを食べれたし、前から欲しがっていた鯛焼き機もこうして手に入れたのだから、うまくやったものだと思う。
「ほら、甘雨も一緒に」
「中身の種類は選べるからな! 夕暮れの実あんに、小豆のあんこに、白あん、緋櫻あん……甘酸っぱいジャムもあるぞ!」
「それは……ふふ、迷ってしまいますね」
促されるままに、自分の鯛焼き器に生地を注ぐ甘雨。人々の喧騒から離れた河原の静けさの中に、じゅわりと香ばしい音が響いた。
「材料はいっぱい用意してあるから。 二十匹ぶんくらいはあると思う」
「そ、そんなにですか!? いえ、でも、そんなに食べたら、その……」
「大丈夫だぞ! 余ったぶんは、ぜ〜んぶオイラが食べてやるからなっ!」
「それか月海亭とかへのお土産にしてもいいかもね。 ほら、釣果をわけるっていうのも釣りっぽいし」
魚が針にかかるのを待つように、焚き火を前に三人、歓談しながら焼き上がりを待つ。釣果が確定している分、緊張感や期待感は実際の釣りには及ばないけれど、焼ける鯛焼きの甘い香りは、釣りより強く食欲を誘う。
「そろそろいいかな、っと」
「わぁ……!」
「パイモン、紙取ってきて」
「任せろぅ!」
火から下ろして金型を開くと、白っぽい生地にうっすらと焼き目がついた、可愛らしいサイズの鯛が二尾釣れた。
熱々のそれを紙で包み、ひとつを甘雨に手渡す。
「あちち……はい、甘雨の。 焼きたてだから美味しいよ」
「いいのですか?」
「甘雨が手紙に書いてたじゃない。 分かち合うのがいいんでしょ?」
「そうだぞ! やっぱりみんなで食べたほうが美味しいもんな!」
「……では、遠慮なく」
カリッと香ばしく焼けた魚体を手で割ると湯気が立ちのぼり、火の通った夕暮れの実あんの香りがふわりと広がる。もっちりとした米粉生地の弾力と、焼き魚よりも遥かに甘い香りにパイモンのお腹が小さく鳴った。
「火傷は気をつけてね。 ほら、パイモンも」
「へへっ、サンキュー!」
ふたつに割った鯛焼きの頭のほうをパイモンに渡して、吐息で冷ましながら三人で釣果を頬張る。鯛焼きはやっぱり、焼きたてが一番だ。熱で引き立つ香りと甘さに、甘雨が笑みをほころばせた。
「ん〜〜……っ! 幸せの味がします……!」
「ふふ、気に入ってくれた? 『麒麟の釣り竿』」
「ええ、ええ! こんな素敵な『釣り』があったなんて!」
「ならよかった」
いささか大げさな物言いに、パイモンと顔を見合わせて笑う。早くもおかわりをねだるパイモンに、次は何味にしようか、なんて三人で語らいながら、俺達は『釣り』の思い出と甘い幸せを分かち合った。
Tips 小ネタ
甘雨:鯛焼きの可愛い形状に絆され、最初のひとくちを齧るのにちょっと躊躇いがあった。余った分は持ち帰って、ヨォーヨへのお土産になったらしい。一番好みだったのは緋櫻あん。
旅人くん:前日試しに清心あんを作ってみたが、いざ味見してみたら砂糖でも打ち消しきれない苦みで味がわからず、自分が食えないものを甘雨に出すわけにもいかなかったため結局ボツにした。シンプルに夕暮れの実あん派。
パイモン:あればあるだけ食う。前日に試食で散々食べたろうに……。「うぅ……全部おいしいから一番なんて選べないぞ! つぶあんとこしあんでも選べないのに!」
モナ:カスタードクリーム派
エウルア:ジャム派(ググプラム、ブドウ)
バーバラ:ジャム派(ラズベリー)