なにかが隣でもぞもぞ動く気配で目が覚める。
「あっ」
目を開けて右隣を見ると、ベッドに入り込んできていたモナと目が合った。後ろめたさで思わず びくっ!と体が跳ねる。
「……っ」
とっさに口を開け、ごめん、と謝罪の言葉を言いかけて、止まる。
違う。すべきことは謝罪じゃない。
「ちょっと待ってくださいね。 なかなかいい位置が…んしょ、と、これでよし」
こんな状況にも関わらず、のんきに腕枕の位置取りを確かめるモナに気を削がれて思わず笑いそうになる。
今回のことは、開き直ってしまえば全部モナの水占の盤の上で転がされていたに過ぎない。だが、それでもこの選択は俺の意思で、選択だ。
俺は、俺の意思でエウルアを抱いた。俺の我儘でエウルアを幸せにすると決めた。モナを
「エウルアの幸福を追求する権利」の代価に、モナから「俺を独占する権利」を取りあげた。これは俺の罪だ。
ならば堂々と背負おう。謝罪ではなく、誠意をもって罪に向き合おう。
俺が新たに愛すると、幸せにすると誓った
「…モナ」
「なんですか?」
「愛してる」
「…はい。 私もです」
「ずっと一緒にいたい。 妹を探し出した、その先もずっと」
「ふふっ、どこにもいきませんよ」
「…でも、俺はエウルアも幸せにしたい。 いつか幸せになれるといいね、なんて他人事じゃ、もういられない。 モンドの誰もやらないなら、俺がやる」
「…ええ、あなたならそう言うと思いました」
「そう言うと思った、って…いいの? 自分で言うのもなんだけど、だいぶ酷いこと言ってると思うんだけど…」
「いいんです。 全て覚悟の上ですから」
普通なら浮気者の
「もとより、あなたが私だけのものにはならないことは知っていました。『運命の間接観測』、覚えていますね?」
モナと結ばれた最初の夜に、彼女が言っていたことを思い出す。
「…この世界の人間じゃない俺の見通しづらい運命を、テイワットの人間を中継して読み解く?」
「正確には『あなたと運命が交わったテイワットの人間』です。 これはつまり、『あなたと運命が交わっていれば、誰でも中継にすることができる』ということです」
言われて初めてそこに思い至ってはっとする。「その顔だと気付いていませんでしたね?」と呆れ顔になる
「これは運命同士の交点を使う技法ですから、当然サンプルは多ければ多いほど得られる結果も多くなります」
「え、でも…そもそも俺と『運命が交わる人』ってどうやって判別するの?」
「そこはそれ、地道な作業こそが研究の奥義ですからね。 モンドで目に入る人を手当たり次第に調べました」
「て、手あたり次第…?」
「ええ、ローラー作戦というやつです」
俺の驚きの声にちょっと得意げになるモナ。
「実際にやってみてわかりました。 ディルック・ラグヴィンド、ガイア・アルベリヒ、ジン・グンヒルド、リサ・ミンツ…アンソニーやアナ、ティマイオスにグローリー…程度に個人差こそあれ、あなたと運命を交える人は非常に多く、そして彼女、エウルアはその中でも特に『深く交わる』ほうだった。 私と同じように」
「…運命が交わるって、そんなにいるの?」
「友情、対立、恩人、人生の転換点など人によって形は様々ですけれどね。 まぁ、旅の先々で風魔龍だの復活した上古魔神だの
モナはそう言って苦笑する。
「エウルア・ローレンス。 彼女の『命ノ星座』は『波沫座』、象徴するものは『不屈』です。 行く手に立ち塞がる壁には何度でも挑みかかり、最終的には壁を削り取って砂にしてしまうことでしょう。 たえず寄せては返し、長い時をかけて地形すら変えてしまう波のように」
「…まさに『波花騎士』ってわけか」
「これは同時に、『非常に諦めが悪い』ことも意味します。 …つまりはまぁ、昨晩の時点であなたが仮にエウルアの想いを断っていたとしても、彼女は諦めなかっただろう、ということです」
「……」
「『運命』は、多少の誤差こそあれ、最終的には収束します。 だからあなたは、
諭すように、モナはぴっと指を立てる。
「大切なのは、運命と向き合い背負う覚悟と、自身の決断に対する誇りです」
「モナ…」
「運命と向き合って出した答えに、胸を張りなさい。『誰かを幸せにしたい』という願いには、決して恥じたり、負い目を感じたりするべきではないのですから」
師匠の細い指が、つんと鼻先をつつく。
この偉大な占星術師の、まるで達観の極みにいるような言葉からは、それでもどこか超然とした底なしの愛情が感じられて。
「……なんというか」
「?」
「モナには一生敵わない気がするなぁ…」
「ふふん、あなたの師匠ですからね♡」
満足げな表情で腕に頭を預ける恋人の、器の広さと愛の深さに圧倒される。
ここまで言われれば俺にもわかる。運命を知ったうえで教えてくれなかったのは、俺に覚悟を促すためだったんだろう。「自分で決める」のと「誰かに言われたうえでやる」のとでは大きな隔たりがあるということだ。
もしもモナからあらかじめ『運命』を予言されたうえでエウルアの告白を受けていたら、今ほど覚悟を決められていたかと言われると確かに少し疑問だ。なし崩しで告白を受け入れていたかもしれない。
「…でも嫉妬とかってなかったの? 俺はモナに新しい弟子ができるかもってだけでそこそこ妬いたんだけど…」
「運命が見えているかどうかの違いでしょうね、思ったよりも平静でいられました。 別に今だって、あなたを完全に独占できてるってわけでもありませんからね。 パイモンいますし…」
「あー…」
「それに、
「…なんか、まったく妬かれないとそれはそれで…」
「なんなんですか、もう…」
言っててわかる、あまりにめんどくさい
「では今日一日、あなたは私の枕ということで。 それで許してあげますよ」
腕枕の位置をずらし、布団の下で体を密着させ、足を絡ませてモナは満足そうに目を閉じた。
囁くような優しい声が、やがて寝息に変わっていく。
「…随分愛されてるのね」
モナが眠りに落ちるのを見計らっていたのか、しばらくして反対側からエウルアの声がする。
「起きてたんだ?」
「隣であれだけ体が跳ねれば起きるわよ」
「…ってことは全部聞いてたんだ?」
「ふん、私も隣にいるのにモナとばっかり仲良くして…普段ならしっかり恨みとして覚えておくところだけれど…」
「…?」
「今回は見逃してあげるわ。 モナが全部飲み込んでくれたから今があるんだし」
モナを起こさないように小声で話すエウルアは、恨み言のわりに口調は嬉しそうでほっとする。
…そう。きっとうまくやっていける。モナが言うならそうなんだろう。
だから俺は、胸を張って進む。二人ともを幸せにする道へと。
「あ…」
…でもその前に、やることがあるんだった。
「エウルア、ごめん」
「…なによ」
「パイモンの朝ごはん、作ってあげて…」
「……」
モナとエウルアとは違い、もう一人の小さな家族は美味しいご飯さえあれば幸せなマスコットなのだが、それでものけ者にするわけにはいかない。
そして今の俺はモナの枕だ。ベッドから動けない。
必然、エウルアに頼むしかないのだ。
「…ふ、くくっ…なんとも締まらないわねぇ…」
エウルアは一瞬なんとも言えない顔になったあと、困り笑いのように眉根を寄せてくつくつと笑った。
「面目ない…」
「ふふ、いいわ、わかった。 こういう格好悪いところも見せるのが家族って、言ってたものね?」
「いやほんと面目ない…」
「とびっきりのを作って、小さいのと二人占めにしてやるんだから。 枕はご飯なんて食べないものね?」
「うぅ…」
「あははっ、冗談よ。 あとで持ってきてあげるわ」
堪えきれなくなったエウルアの笑い声が響き、眠ったモナがその声に身じろぎする。
モナが描いた星天が輝きを落とし、こうして塵歌壺に今日も賑やかな朝がきたのだった。