※この作品はR-18です。

アマダレ   作:赤坂見附

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第2話 リプレイ

 

 

 

 数学は公式を丸暗記でなく、基礎から覚えてないとダメだ。

 

 おざなりにするとすぐにつまずく。

 

 最初が肝心だ。

 

 そうやっていつものように机に向かって復習をしていた詞だが、まったく集中できておらず勉強はカタチだけのものになっている。

 

 もし明日にでもテストが実施されたなら、前回以上の結果を出すのはたぶん難しい。

 

 自室の壁掛け時計を見る。

 

 ちょうど今日という時間が終わるところだった。

 

 ハァ……。

 

 何度目かのため息。

 

 脳はさっきからずっと微分積分などでなく、昨日から続くストーリーをリプレイしていた。

 

 どうやって家まで帰って来たのか、ぼんやりでイマイチよく思い出せない。

 

 ようやく落ち着いたのは盛大にお湯をあふれさせ、肩までバスタブに浸かってぶくぶくしたときである。

 

 もっともそれは漠然としたイメージの羅列でしかなかったモノを、ひとつひとつ鮮明なモノとして蘇らせいっそう肌を火照らせていた。

 

 今にも沸騰寸前だった熱が、さらに深奥へと篭っていく。

 

 半身浴というわけではないが、詞のバスタイムはけっこう長い。

 

 少しぬるめのお湯は妄想に浸るのにも最適の温度で、身体の緊張をゆっくり解しながら少女の心を蝕んでいった。

 

 無人のはずの放課後の空き教室。

 

 月明かり。

 

 捕らえられた憐れな獲物。

 

 二匹のサル。

 

 叩き込まれる腰。

 

 捻じ込まれるペニス。

 

 大人たちが望む清らかな学生を象徴するかのような制服の下に、誰しもが未成熟だがセックスの可能な身体を普段は秘している。

 

 そして他人のソレにふと気づいてしまったとき、欲望を抑えられるほどメンタルは熟していない。

 

 愛や恋ではなく暴力が解決する。

 

 人間だってアニマルを証明するような、原始的な本能の命じるままの激しい――交尾。

 

「信じらんない……」

 

 またカァーッと詞の体温が上昇した。

 

 年齢が四つ上の姉とは何かと、趣味が合わないことが多い。

 

 最近ハマッているという乳白色の入浴剤も、一番風呂なのに悪気のない善意で勝手に入れる。

 

 そしてその入浴剤がやはりあまり好きではない詞は、あくまで良かれとやっている姉にクレームを入れるのも頻繁だ。

 

 もっとも浮世離れしたところのある天然の姉は、妹の剣幕にオロオロするだけで、懲りてないというか理解してないので同じミスを毎回やる。

 

 今日もお湯には肌にまとわりつくような、どろっと粘りつくかのようなとろみがあった。

 

 湯上りの肌は若さを差し引いてもツルツルになるので、効果のほどは文句なしにバツグンなのだが好きじゃないものは好きじゃない。

 

 好きは好き。

 

 嫌いは嫌い。

 

 ストレートにそれを口にして伝えられるのは、姉への素直ではない甘えの表れではあるのだが、姉への反抗期が両親に対してよりロングスパンなのは置いとくとして、妹はこのお湯のぬるぬるする触感というか質感が苦手だった。

 

「ふぅーッ……」

 

 ついつい長湯してしまう。

 

 風呂は命の洗濯などと言ったりもするらしいが、湯に浸かりながら一日を振り返るのがルーティーンになりつつある。

 

 なりつつあった。

 

 今日は頭をどれだけ振ってみても頬をパシャパシャ叩いてみても、思い返されるのはクラスメイトの残酷で貪欲なセックスのことばかりだ。

 

 あのあと覗くだけ覗かれた挙句に詞に見捨てられ、レイプ現場に置き去りにされた薫はどうなったのだろう。

 

 あれで警戒レベルを上げられてひとまず終了となったのか、それとも危険を顧みず汚らしい欲望を吐き出す犯行は続けられたのか。

 

 傍観者でしかなく逃亡者でしかない詞には、囚われの身の女子生徒の未来はわかりようはずもない。

 

 だからこそ妄想はより浅ましくより深く、思春期の青い欲望のまま成長を続ける。

 

 フェラチオ。

 

 正常位までは見せてもらった。

 

 クンニリングス――というワードは知らないが、ブラジャーを捲くられて胸を揉まれ乳首を苛められたのまでは確認済みである。

 

 もう少しあったら違うのかもしれないし、薫のバストも大きくはないがもう少しあった。

 

 あんな風に優しさの欠片もなく柔らかなふくらみを握られたら、唾液を塗りたくられ歯型を刻み込まれたら、同級生と比べた場合コンプレックスを持つほどではないが、ややマウントを取られがちな、慎ましく控えめな詞の乳房であれば痛みしかないかもしれない。

 

 女のコの胸は、もっとこうやって……。

 

 すでに身体の準備は万端だった。

 

 恥ずかしいくらい。

 

 火照り真っ赤になっている頬の色に、艶っぽい朱色がさらにプラスされる。

 

 白く濁ったお湯に隠れている詞の右の手が、先端を硬く尖らせた左の乳房にそっと添えられた。

 

 心臓の鼓動が期待と興奮で早鐘を打っている。

 

 ゆるやかに上下している胸のふくらみを、慣れた手つきでゆっくり揉みしだき始めた。

 

 試行錯誤をくり返して導き出した絶妙の力加減で、乳腺の底で眠っている妖しい感覚を呼び覚ましていく。

 

 その間左手はいったいなにをしていたのかといえば、なにも手持ち無沙汰でサボッていたわけではなく、こちらも艶めかしい黒い恥毛を揺らめかせる股間に、とても慣れた動きでするりと滑り込んでいた。

 

 指先がほんの軽く触れただけであっさり、閉ざされていたヴァージンの秘裂は綻び、ぬるめのお湯が身体の内部に流入してくる。

 

「んふッ……」

 

 ひどく心地いい。

 

 あらかじめそうなるようセットされているみたいに、まだ穢れを知らない清らかな身体が淫らに反応し起動した。

 

 お湯よりもぬるぬるしている粘液が深いところから分泌されて、鉤型に折り曲げられ突き挿った中指にねっとり絡みつく。

 

 ぷるぷるしたゼリーみたいな感触に包まれながら、はしたなくも巧みに処女のスリットをこじ開けてグニグニ蠢かせた。

 

 日々の研鑽のおかげかすっかり、身体はセルフで開発されており、オナニーを意識しただけで濡れてしまう。

 

 優等生という仮面は重い。

 

 被るという選択をしたのを今でも後悔するほど、そのストレスたるや生半可なモノではなかった。

 

 心をどこかにエスケープさせないと、思春期という多感な時期もあり壊れてしまう。

 

 成人であればアルコールというチョイスもあったかもしれない。

 

 しかし未成年であり優等生という仮面を被る詞は、酒に溺れるというわけにもいかず、必然のように独り遊びに活路を求めることになった。

 

 遅くもなければ早くもないだろう。

 

 こっそりデビューしたのは小学校の五年生の頃。

 

 ソレはいつものように子供らしく子供っぽい反抗を姉にして、昨日まで姉と一緒に入っていたお風呂にひとりで入ったことで発見した。

 

 あの日からぬるめのお湯に浸かっての指戯を欠かしたことはなく、これによって絢辻詞という少女は偽りの今日をリセットする。

 

 解放する。

 

「あッ……ン……ハッ……はふッ……」

 

 浴室に抑えめではあるがそれでも響く嬌声を奏でながら、新たに分泌されたバルトリン腺液を白く濁るお湯に溶かした。

 

 左右きっちり役割分担した手で、瑞々しい肌の下で目覚めた性感を慈しむ。

 

 まさぐるように乳房を玩弄し、ツンと尖りしこった先端を摘まんだ。

 

「ふぁッ!?」

 

 予想はもちろん裏切らなければ期待はそれ以上の、鋭く甘美な刺激が脳天から爪先まで刹那で駆ける。

 

 バスタブの縁に後頭部をぶつけるようにしながら詞は仰け反るが、身体はまだまだ刺激が足りないとばかりピンクの粘膜を抉っていた。

 

 千切れるのではないかと心配になるくらい乳首をキツくつねり、処女膜を破ってしまうのではと心配になるほど憑かれたみたいにピストンする。

 

 けれどそうした匙加減も心得たもので問題ない。

 

 清らかな乙女の純潔を守ったまま、痴女のように淫らに身体をくねらせる。

 

 詞が孕む欲望の罪深さを物語るように、ネトつくお湯がジャブジャブ波打っていた。

 

「はぁはぁ……ン……ふぁ」

 

 処女の少女は牝の本性をさらした声で切なく囀る。

 

 棚町薫は友情に厚い。

 

 コミュ力が高いというか男女問わずでフレンドリーな関係を、過度なスキンシップやボディタッチで異性に勘違いさせつつ構築している。

 

 必然モメ事の類も多かった。

 

 ただ佐川や西谷とモメる原因となったのは、薫本人ではなく薫の数いる友人の中でも親友のポジションの、田中恵子の押しの弱い性格と男を見る目のなさによる。

 

 詞もその点を言えた義理ではないが、恋愛初心者であるのをいいことに弄ばれた。

 

 恵子とはクラスメイトという以上に親しいわけではないので、詳しい経緯までは知らないが発端はそういうことらしい。

 

 そして棚町薫の怒りの沸点は自分に対してより、親友に対しての侮辱により低いみたいだった。

 

 朝のSHRで盛大にブチギレさせている。

 

 悪ふざけというのは度を過ぎた行為を、罵倒されて不貞腐れた様子はあっても反省はない。

 

 以来クズガキふたりと薫は、恵子そっちのけで一触即発状態である。

 

 ……その行き着いた先が、空き教室でのアレということだ。

 

 したたる鮮やかな純血こそ確認できなかったが、あの痛がり方からして薫はヴァージンだっただろう。

 

 偏った断片的な知識と圧倒的な経験のなさからくる、固定概念から導き出された答えだが、あながち的外れな考察というわけでもないはずだ。

 

 なによりたいそうな言い方になるが、女の勘というやつがそう告げている。

 

 あのとき奪われたのだ。

 

 友情に厚い少女の初めては……。

 

 硬くしこり尖ったぴんぴんのいやらしい乳首を虐め、蠢く指先に媚びてくる濡れやすい粘膜を掻きまわす。

 

 仮面の奥で鬱屈していた詞の妄想のイマジネーションも、犯される薫と自分をシンクロさせながら加速していった。

 

 劣情で滾るペニスを二本同時に咥えさせられる。

 

 顔面にスペルマをぶちまけられる。

 

 口の中に吐き出されたザーメンをクチャクチャと音をさせて咀嚼させてから飲ませる。

 

 薄ら笑いを浮かべたサルに視姦されながらオナニーを強要させられる。

 

 四つん這いで前からも後ろからもケダモノのように犯される。

 

 etcetc.

 

 そうした淫らな行為の映像がのぼせた脳を蝕み、身体の奥底に棲む牝を昂ぶらせ歓喜させていた。

 

 家になんとなく居場所がない。

 

 というよりも待ち構えている鬱陶しい姉を避けるため、そして姉もそこまでヒマではないので、実際にはそれも小五で中二病を発症した早熟少女の思い込みではあるが、昔から詞は用がなくとも家に真っ直ぐ帰ることはまずない。

 

 近所にある神社の裏で時間をつぶすことが多かった。

 

 捨てられていたエロ本。

 

 雨ざらしになって汚れていたそのマンガ本が、芽生え目覚めた性を抽象的な概念から具体的なカタチにしてくれた。

 

 理不尽に犯される年端もいかない少女たち。

 

 自分と交わり重なる。

 

 その衝撃と刺激は鬱屈としたモノを、すでに孕んでいた少女に強烈に刻み込まれた。

 

「んンッ!?」

 

 あとひと押し。

 

 触れないようにしてきたオンナの最もデリケートで最もナイーブな部位、卑猥にぷっくり膨らんで包皮から芯を覗かせているクリトリス。

 

 肉色に艶めくルビーにちょんっと軽くタッチしただけで、電撃を浴びせられたみたいに鋭い悲鳴を上げてキモチよくなれるはずだ。

 

 避妊についてなどの親からの教育や、学校での授業とはまた別物である。

 

 性の知識というより下ネタにカテゴリーされるような分野は、友達との他愛のない会話を通して培っていくものである。

 

 残念ながらその手の人間関係は、これまで誰とも構築してない。

 

 絶頂――イクという感覚だと詞がわかったのは、高校に進学してからで、それも女子生徒ではなく、男子生徒の馬鹿話からの盗み聞きだった。

 

 これが役に立つ。

 

 幼さすらある拙い詞の妄想が、生臭いくらい生々しく補強されていく。

 

 あまりそれまでクラスメイトたちに、とくに興味も関心もなかったのだが、さり気なく何気なく聞き耳を立てるようになっていた。

 

「ン……あッ、あッ、ああッ……、くぅううンッ、ハッ、んンッ、あッ、ぅ、ああああッ!!」

 

 いつでもオンナになる、準備だけは万端な身体。

 

 日々の溜め込んだストレスと青い欲望で、風船みたいにパンパンに膨らんでいるクリトリスを詞は、中指の腹を宛がってパソコンのマウスをクリックするようにクリクリ刺激する。

 

 デリケートでナイーブなパーツへ快楽のパルスが打ち込むたびに、詞は白いお湯に浸かりながら火照った身体を妖しく痙攣させていた。

 

 けれどそんな状態でも指先はクリトリスを刺激し続け、もう一方の手はボリュームに欠けるが繊細で敏感な乳房を揉みしだく。

 

「ハぁッ、あッ、んふッ、あぁンッ!?」

 

 詞の喘ぎ声がいっそう切羽詰まった切ないモノになる。

 

 儚いほど淡い色をした可憐な乳首も、ピンクの卑猥なクリトリスも、痛いくらいに勃起しており、秘裂から滲む愛液もさらにねっとりしてきた。

 

 身体の最奥から淫らなうねりがこみ上げ、もっと気持ちよくなりたいという思考で頭がいっぱいになる。

 

 甘い悦楽に支配されている少女は、イキたいという本能に根差した感情の奴隷だった。

 

「ンッ……」

 

 慣れた手つきでツルリと包皮を剥いて、充血したクリトリスを完全に露わにする。

 

 終わりの訪れを悟ったのか、まだ穢れのない処女の少女の膣壁が収縮し、新たに湧き出した愛液を絞り出していた。

 

 肉芽の曲面に円を描くように撫でる。

 

 瞼の裏がチカチカした。

 

 魔法の言葉。

 

 快楽が何倍にも跳ね上がるワードを唱えながら、

 

「い……い……イクッ、い……イッちゃうゥ――――――――ッ!!」

 

 まばゆいショッキング・ピンクの閃光に貫かれて、オナニーの虜になっている少女の身体は弓なりに反った。

 

 ブリッジでもするみたいにお湯から股間がせり上がり、そのままの格好で小刻みに震えつつ、名前や年齢や性別といったあらゆるデータが消去されて、絢辻詞をまだ何者でもなかったあの頃に初期化していく。

 

 夢のような永遠でのみ見られる刹那の回帰。

 

 全身をガクガクさせすべてを真っ白な世界に染めながら、

 

「うぶッ!? うぼぼッ!?」

 

 突っ張らせ踏ん張っていた足を滑らせ、コントみたいにバスタブに沈み溺れそうになった。

 

 いつもよりネタがリアルで具体的だったからだろう。

 

 夢中になりすぎて、危うく風呂場で死にかけた。

 

 さすがにこんなことが原因で先立ってしまったら、両親にも姉にも申し訳が立たないし死んでも死に切れない。

 

 が。

 

 とにかく、

 

「――あふぁ!?」

 

 そうやってクラスメイトへの罪悪感どころか、命まで犠牲にしそうになった淫戯は、やや物足りない最近のマンネリを打開するのに充分だった。

 

 パジャマの上着はあられもなく肌蹴られて、足首にはズボンと履き替えたショーツが絡まっている。

 

 自分の部屋に戻りすっかり夜が更けても、ベッドのスプリングをギシギシ軋ませ、オナニージャンキーの少女は身体をくねらせ続けた。

 

 隣りの部屋の姉は飼い犬の散歩のため早寝早起きであり、眠ってしまえば朝までぐっすりでちょっとやそっとじゃ起きない。

 

 おかげで気兼ねなく、独り遊びに耽ることができる。

 

「ふわわわぁ~……」

 

 次の日の朝は眠くて仕方なかった。

 

 教室で優等生キャラを完全にエンドさせてしまう、無防備なあくびをすることはなかったが、油断してると口を大きく開けそうになっている。

 

 一限目の授業が古文というのも、ボディブローのように眠気を誘っていた。

 

 だがそれも棚町薫が学校を休んだというのを知ったことと、朝のSHRギリギリでふたりの男子生徒が登校してくるまでである。

 

 佐川と西谷。

 

 クラスメイトの様子をおそるおそる窺いながら、小心者丸出しのびくびくした足取りで教室に入ってきた。

 

 存在感バツグンの薫は居ればすぐにわかる。

 

 日常の変化はそれだけだった。

 

 ラブレターの一件は2年A組の人間なら周知の事実。

 

 もとから高くない株はだいぶ下がっているので、好意的なモノはほとんどなく軽蔑的なモノが混じっていたが、これといってふたりを非難し責めてくるような視線もない。

 

 あきらかに佐川にしても西谷にしても、安心したのかホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ほら席に着いて」

 

 チャイムが鳴るのと一緒に教室に入ってきた担任の高橋麻耶に、ポンッとお尻を叩かれ弾かれたみたいに慌ててふたりとも席に着く。

 

 教室には薫が休んだということ以外昨日までと、なにも変わってない日常があるかのように見えたかもしれない。

 

 なぜ昨日まで元気だった薫が、今日風邪で休んだのかを知らなければ……。

 

 ほんのついさっきまで露骨に緊張していたふたりの態度が、薫の席を見ながらニヤニヤして私語を交わし、SHRが終わる頃にはいつもの調子を取り戻して、一限目が終わると同時に揃って早退しているのを、とくに気にしたりしているようなクラスメイトはいなかった。

 

 ……詞の他には。

 

 個人情報の取り扱いが厳しい世の中なので、本人から教えてもらわないと家を知る方法はあまりない。

 

 まともな正規のルートなら。

 

 本人に内緒でGPSを仕込むだったり、技術を悪用すればいくらでも暴く方法はありそうである。

 

 たしか薫の家はシングルマザーで、母親は働いているはずだ。

 

 風邪ぐらいといってはあれだが風邪ぐらいで、たぶん仕事を休んで着きっきりの看病はしてくれないだろう。

 

 まして仮病だ。

 

 確信を持って言える。

 

 きっと薫はひとりになりたい。

 

 どうやっても一生残るだろう心と身体の傷を、たった独りで少しでも癒そうとしているだろう。

 

 そしてそんなところに予期せぬ悪夢のような追い打ちを喰らったらひとたまりもない。

 

「平気? 帰りにお見舞いに行こうか?」

 

 昼休みに百パーセントの善意で心配した恵子が、近くの席でお弁当を食べる詞にまったくの無警戒で電話をしていた。

 

 聞かれてしまってもべつに困らないだろうし、仮に聴こえてしまったとしても仕方のない距離である。

 

「え、来ちゃダメ? あ~、うん、そう、だね。うつるかもしれないもんね」

 

 玉子焼きが程よく甘い。

 

 いや、苦い。

 

 手は込んでいるが手を抜いてはいない姉の手作り弁当を、表情を変えることなく味わう詞の咀嚼の回数はいつもより確実に多かった。

 

「でもホントに大丈夫なの? なんだか声が随分苦しそうだけど? ……うん。わかった。じゃあゆっくり休んでね」

 

 薫の友情の厚さはどうやら本物だ。

 

 親友の恵子を巻き込まないように身体を張っている。

 

 人間の行いで最も尊いのは、自己犠牲ではなかっただろうか。

 

 なら最も卑怯なのは……。

 

 ふぅ~。

 

 漏れるため息。

 

 立派だが薫はまた弱みを見せたことになる。

 

 等価交換というワードが、J-POPのフレーズみたいに、若者に浸透したのはいつからだったか。

 

 ……女のコのイチバン大切なモノを奪われてしまっている薫が、なにも知らない親友の貞操の替わりに差し出したものはなんだろう?

 

 急激に食欲のなくなった詞は、半分も手をつけてないお弁当箱の蓋を閉じた。

 

「あ・や・つ・じ・さん」

 

 タイミングを見計らったように、後ろから肩をポンッと叩かれる。

 

 嫌な感じ。

 

 声だけでソレが伝わってくる。

 

 軽く触れられた肩からも、じっとりしたモノが蝕んできた。

 

 どうせロクなことにならないのはわかっているので、あまり振り返りたくないが無視するわけにもいかず振り返る。

 

 にこやかだが裏があるのが透けている笑顔。

 

 三者三様ではあるが三人が三人とも、底意地の悪そうなスマイルを浮かべている。

 

 髪をポニーテールにしたリーダー格の久瀬弥生を真ん中にして、如何にもしょうもないことを企んでいそうな雰囲気があった。

 

「なに?」

 

 けれどそういう負の感情を、おくびにも出さない完璧な笑みで応戦する。

 

 伊達に偽りのスマイル歴を重ねたわけではない。

 

 クオリティが三人とは段違いだった。

 

 もうネタバレというか化けの皮は剥がれかけているので、いったいそれにどれだけの意味があるのかどうかはべつにして。

 

「おもしろい動画があるんだけどさ」

 

「みてみて絢辻さん」

 

 吊り目がネコを連想させる阿波野悠子と、おっとりしているようでしたたかな渋澤美雪が、左右に分かれてぐるりと詞の席を取り囲んだ。

 

 言葉ではなく行動で、逃がさないという意思表示をする。

 

 ひと悶着あったばかりの四人。

 

 めずらしいというかキナ臭ささしかない取り合わせに、外部から好奇の視線が集まるが三人の身体で遮られていた。

 

 この優しくない小さな世界では、ナニが起こってもおいそれとわからない。

 

「偶然撮れたんだよねぇ~」

 

 昏い愉悦を帯びた声。

 

 相手が自分より弱いとみれば簡単にイキるくせして、ちょっと反撃されれば同じくらい簡単にヘタレる弥生が、自信たっぷりにスマホを差し出し動画を再生する。

 

「うッ!?」

 

 心臓が鷲掴みにされた。

 

 そんな比喩もけっして大袈裟ではない。

 

 教室の引き戸にできたわずかな隙間に顔を押しつけて、片目を瞑りピントを合わせてノゾキミに夢中になっている女子生徒。

 

 お尻を背後に突き出した情けないへっぴり腰。

 

 その手はもじもじしながら、内股になった太腿に挟まれていた。

 

 

 

 

 

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