失恋がキッカケで妹のことが気になってしまった件 作:チャンドラ=グプタ
「翔也さんにお伝えしておきたいことがあります。実は…………私、玲奈と付き合うことになりました」
梓が衝撃的な事実を俺に告げてきた。玲奈のやつ、梓と付き合うことにしたのか。
玲奈が決めたなら仕方ない。頭ではそう理解しているはずなのに、心が本能的にその事実を拒もうとしていた。
「そ、そうか……」
「はい。それで翔也さんは玲奈との交際を認めてくれますか?」
それは勿論。そう言いたいのになぜか言葉が出ない。
どうしてだ。一体、どうすれば――
――大丈夫だ翔也。私に任せろ。
「フール?」
すると、突然梓はガクンと頭を下げた。も、もしかして、これは……
「ふぅ……思ったよりも簡単に憑依できるものだな」
「フール……お前、まさかフールなのか?」
「その通りだ。お前が困ってるみたいだからこの女に取り憑いてやった。最近、力が増してきているからな。それじゃ、早速自害してくる」
さらっとフールがとんでもないことを知った。コンビニに行ってくるくらいの軽いノリだ。
俺は運上橋方面に歩きだそうとするフールの手を掴んだ。
「おいおいおい。あいつ死ぬわ。いや、お前が憑依している梓が死ぬからやめろ」
「どうして止める? こいつはお前が大好きな妹を奪ったのだぞ。今のうち殺しておくのがいいと思うのだが……ああ、安心しろ。お前が警察に捕まることはないから」
そういう問題ではない。個人の恋愛同士のごたごたで死人が出てたまるか。某エロゲ原作アニメじゃないんだぞ。
「いいから止めてくれ! 俺は……玲奈との交際を認めようと思う」
「何だと。お前……本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だよ」
これは良い機会だ。俺はどうかしていた。実の妹に欲情するなんて。
これからは美咲さんと正式に付き合って、真っ当な恋愛感を身につけようと思った。
しかし、何故かフールは呆れたように溜息をつく。
「もういい。お前には心底失望した。少しでもお前のことに惹かれた私はどうかしていたみたいだ」
「ふ、フール……」
「私はな、お前のことが好きだったんだ。いや、妹のことを思っているお前が。だからこそ、お前のことを応援してやろうと思った。なのに……何なんだお前は!」
「お、お前だっておかしいだろ! 梓を殺そうとするなんて」
「人間と悪魔の価値観を一緒にするんじゃない。所詮、魂など長い年月のサイクルの一つにすぎん。死んでもまた新しく生まれ変わる」
「そ、そういう問題じゃないだろ……」
やはりフールは悪魔なのだと思い知らされた。命の考え方があまりにも軽すぎる。
玲奈の思い以前にみすみす梓を殺そうとするのはさすがに見過ごせない。
「翔也。私からの最後の忠告だ。自分の気持ちを押し殺すな。じゃないとお前は後悔することになる」
「ど、どうしてそう言い切れるんだよ?」
「それはな……お前は生まれた頃からずっとシスコンだからだ」
フールがそう言い残すと、ポケットから何かが割れる音が聞こえてきた。
ポケットに手を突っ込むと石が割れていることが分かった。
フールとの契約が切れてしまったということか。
「は……わ、私は一体何を……」
梓が辺りをキョロキョロと見渡した。フールが梓の憑依を解いたようである。
自分の気持ちを押し殺すなか……よし。
「梓さん。俺は例え玲奈の交際相手が女性でも気にしない。だから……玲奈のこと頼む」
俺は結局、フールの忠告を無視することにした。これも愛する実妹のことを思ってこそだ。
「翔也さん。ありがとうございます! 私、絶対に玲奈のこと幸せにしますから」
梓は満足そうに帰っていった。俺はただいまも言わずに家の中に入り、ベッドにダイブして、枕に顔を埋めた。
「はぁ〜…………」
足をバタつかせ、何とも言えないこの気持ちを晴らそうと試みた。しかしながら、一向に気分は良くならない。
あれだけ覚悟を決めたはずなのに心の奥底では大きなしこりのようなものが残っている。
本当は玲奈を誰かに渡すなんてしたくなかった。
ちくしょう。どうして俺と玲奈は血が繋がっているんだ。玲奈と赤の他人だったのなら俺は迷うことなく玲奈を選ぶのに。
もっとも玲奈が俺を選んでくれるかは分からないが、それでも俺は玲奈が欲しかった。
「俺も大人にならないとな」
次の日、学校に登校した俺は美咲さんに連絡し、放課後校門の前で集合するよう連絡した。
ちなみに今日はオカルト部が休みであり、部活以外で美咲さんと会うのは何気に初めてのことである。
「あ、しょ、翔太君」
「美咲さん。すみません。待ちましたか?」
「う、ううん。私も、今、来たところ」
昨日の積極的な美咲さんとは打って変わり、今日の美咲さんはいつも通りオドオドしていた。
「実は大事な話があります。今日は俺と一緒に帰ってくれませんか?」
「う、うん。分かった」
美咲さんと一緒に帰ることにした。まだ付き合ってないので手などは繋がず、普通に並んで歩く。
俺はこれから美咲さんに告白する。そして、真っ当な高校生活を歩き出すんだ。
「ちょっとここに寄ってもいいですか?」
「う、うん。いいよ」
俺が入ったのは盛岡駅前にある小さな喫茶店。ちなみにここは一昨日、莉子さんと梓と共に入った店である。
俺と美咲さんは二人用の席に座り、ホットコーヒーを二つ注文した。
「お、お洒落な、お店だね。よく来るの?」
「いや、一昨日初めて来ました」
「そ、そうなんだ……」
ホットコーヒーが二つ運ばれたきた。相変わらずここのコーヒーはとても良い匂いである。
匂いだけで良い豆を使っていることが俺にも何となく分かる。
コーヒーを一口飲み、意を決して告白しようと思った。
「あの……美咲さん。聞いて欲しいことがあります」
「う、うん……な、何かな?」
「俺と……その、付き合って……」
「ふむ、中々良い味だな」
俺は美咲さんの雰囲気と口調が変わったことにすぐさま気づいた。
まさか、フールが憑依しているのか?
「お前、フールなのか?」
「翔也。お前の察する通りだ。相変わらずこの女の身体は憑依しやすくて心地良い。昨日の女とは大違いだ。告白するつもりみたいだったか、残念だったな」
勝ち誇ったかのような笑みを零し、コーヒーを飲んだ。
こいつは本当に……一体、何がしたんだ。
「本当に上手いな、このコーヒー。お前の性液と良い勝負だ」
「お、お前なぁ……なんでそうまでして俺と玲奈をくっつけたいんだ? 何かご褒美でもあるのか?」
「ご褒美だと? ないない、そんなものは。ただ、私はな。兄妹というものは結ばれて然るべきだと考えている」
「はぁ?」
言っている意味がまるで分からなかった。どうして兄妹が結ばれて然るべきなんだ。普通はダメだろ……まぁ、玲奈のシャワーを覗き、下着でオナニーして、フールを利用して玲奈とエッチまでした俺が言うのも何だが。
「少し思い出話をしてやろう。私はこれまで上界からいくつか兄妹の恋愛を見てきた。例えばそうだな……兄がふと見つけた壁の穴から妹の着替えを覗き、性行為を重ね、やがて結ばれた。ふっふっふ、あれは実に良いものだったぞ」
「そ、そうか……」
ふと見つけた壁の穴ってなんだそりゃ? 誰が開けたんだ? 元からあったのか? とても気になったがそこはスルーすることにした。
「あと、こういうのもあったな。上京するにあたって一人暮らしを始めることになった男が大家の女性と結ばれたのにも関わらず、妹の誘惑に負けて性行為をしてしまい結果、妹が妊娠した。妊娠を知った時の兄の動揺は実に面白かったな」
「や、やばいじゃん。それ……」
続きがとても気になったが我慢した。俺も大概だが妹が妊娠ってやばいだろ、それ……
とんでもない兄がいたものである。
「あと、ヌードデッサンが趣味の兄が……」
「分かった分かった、もう良い。つまりはフール。お前はそんな頭のネジがぶっ飛んだ兄と妹の恋愛を見るのが好きってわけなんだな?」
「ま、そういうことだ。だが、私の道楽のためだけってわけでもない。気づいていないかもしれないが、お前と妹は相思相愛なんだ。だから、私がこうしてしゃしゃり出てる」
「そんなわけ……だって、玲奈は」
玲奈は梓を選んだ。例え交際相手が女性だろうと全く構わないと思っている。
それが玲奈の本当に好きな相手なら。
「梓を選んだか……馬鹿だな翔也は。妹もお前と同じだよ。兄妹というくだらない鎖に縛られすぎている。血が繋がっていようといまいと好きという気持ちに嘘をつく必要なんかない。違うか?」
ふと目を閉じ、玲奈に欲情してしまったあの日から今日までの出来事を思い浮かべた。
「お前、悪魔のくせに結構良いことを言うじゃないか」
ゆっくりと目を開く。
恥ずかしながらフールに諭され、自分の覚悟が決まった。
最初は失恋のショックで玲奈のことを性的対象として見てしまったと思い込んでいたのだがそれは違う。
そうだ、俺は――
「俺は玲奈のことが好きだ。莉子さんよりも、美咲さんよりも……フールよりも。きっと前からずっと」
「ふ、それでこそ立派なシスコンだ。翔也」
「う、うるせぇ! 美咲さんには悪いけど、ちゃんと付き合えないって伝えないとな」
「ああ、頑張れよ。もう、私がお前の前に現れることはないだろう」
「そ、そんな! 待ってくれよ、フール」
もうフールに会えないだなんてあまりにも寂しいと思った。
もしも、玲奈と結ばれようと結ばれまいと俺はこれからもフールと一緒にいたい。
「甘えるな。私は悪魔だぞ。またお前みたいな面白い人間を探さなければならない。契約はこれで本当に終了だ」
「フール……そうか。ありがとうな」
「ふん。せいぜい頑張れよ」
美咲さんは首を横に振り、辺りを見渡していた。空になったコーヒーカップを見て、目を丸くしている。
どうやらフールがいなくなってしまったようである。
ありがとうな、フール。もう覚悟はできた。