なのはの横の空間にピンク色の玉がいくつも浮かび上がったかと思うと、そこからレーザーを彷彿とさせるエネルギーがユーノに向かって発射される。その数三十。
様々な発射角度から迫るそれを回避するのは難しい。
けれど、ユーノはそれを魔法で作った壁で全身を覆うことで完璧に防いでみせた。
「流石だね、ユーノ君。防御については完璧だね」
なのはは素直に感心する。
ユーノには、攻撃系の魔法を使えないという欠点はあるが、その防御魔法は群を抜いている。並の魔法ではなのはの魔法を防ぎ切ることなどできないはずなのに、ユーノは事もなげにやってみせた。
「……いつからだろうね。君がそんなふうに上から目線な口調になったのは」
ユーノの一言で、なのはの顔から感心が消える。
「昔の君は、自分に自信を持てないでいた。けれど、魔法を知って少しずつ変わっていったんだ。自分では変わっていないと思っていてもね」
「そんなこ……」
ユーノの言葉を否定しようとしたその時だった。なのはの視界からユーノの姿が突然消えたのは。
(透明化の魔法? いや、違……)
「遅い!」
ユーノの言葉が聞こえた瞬間、なのはは顔に、鼻の部分を中心に強い衝撃を受け、後ろにふっ飛ばされて岩に体を激しく打ち付ける。
「くっ……」
なのははすぐに魔法を使ってそこから立ち上がって宙に浮かぶ。
鼻が痛い。そして、そこから生暖かい液体が流れている。
(まずい。このままじゃあ、体力が……)
なのははレイジングハートに頼んで、顔の怪我を治療してもらう。そして、次の攻撃方法を考えているときだった。再びユーノの姿がなのはの視界から消えたのは。
(なんてスピード……)
なのはは接近戦は不利と考え、距離を取るために更に上空高く飛び上がる。けれど、そこにはそれよりも早くにその場所に跳んでいたユーノの姿があった。
「なっ!」
「単調だね、君の動きは!」
ユーノは両手を握った状態で、両腕でハンマーのようになのはの顔にそれを叩き込む。
なのはは激しい痛みを感じる間もなく、一瞬気を失ってしまう。そして、そのまま硬い岩盤に体を叩きつけられた。岩盤はなのはが衝突した部分からヒビが入っていく。
「ぐっ、ああああっ……」
あまりにも激しい痛みに、なのはは目を覚ます。けれど、そこには無表情で自分を見下ろすユーノの姿があった。
「なのは、君の負けだ」
ユーノはそう言うと、なのはに背中を向けて歩き出す。
その先には、彼の無事を安堵するフェイトとカルダモンが居る。
「……嘘……。私が、ユーノ君に負けた……手も足も出なくて、完全に……」
なのはは事実を自ら口にし、しかしそれを否定する。
「まだ、まだ終わっていない!」
なのはは全身の痛みを堪えて、立ち上がる。
「終わりだよ、もう。君じゃあ、僕に勝てない」
ユーノは静かに振り返る。そして、彼は悲しい顔をした。
それは、憐憫の表情だった。無知であるがゆえに現状を理解できない者に対する哀れみだった。
「ふざけないで! 私がユーノ君に負けるはずがない!」
なのははそう叫び、ユーノを鎖状の魔力が拘束する。
「チェーンバインドか……。忘れたの? これを君に教えたのは僕だよ」
ユーノは悲しげに言う。
しかし、その声はなのはには届かない。
「ああああああああっ! スターライト……」
なのはに膨大な魔力が集まっていく。この大地など消し飛ばしかねないほどに。
「ブレイカー!」
なのはの杖から、放たれた巨大な魔力は、ユーノめがけて迫っていく。
「……さようなら、なのは……」
しかし、ユーノは悲しげにそう呟くと、チェーンバインドをたやすく解除し、迫りくる砲撃のような魔力の塊に右手をかざした。
瞬間、そこには魔法陣が展開し、なのはのスターライトブレイカーのエネルギーを吸い込む。そして、宙に浮かんでいるなのはの真横にユーノが使ったものと同じ魔法陣が現れたかと思うと、そこからスターライトブレイカーのエネルギーが魔法を放った直後で無防備ななのはに直撃した。
なのはは悲鳴を上げる暇もなく、自らの巨大な魔力をその体に受けて地面に落下して行くのだった。
◇
「なのは……」
なのはが目を覚ますと、そこにはユーノの顔があった。彼は泣きそうになりながら、懸命にそれに耐えているようだった。
「……ユーノ君? あれっ、私……」
なのははぼんやりとする記憶を思い出そうとする。
「大丈夫だよ。もう、痛みは感じないだろう?」
「……うん。なんだか温かい。ぽっかぽっかする」
そう言って微笑むなのはは、しかし、体を動かそうとして、そこで全てを思い出してしまう。
「ああっ、そうか。私、このまま死んじゃうんだ……」
なのはの体は形こそとりとめていたものの、もうピクリとも動かなかった。
「なのは!」
フェイトの声も聞こえる。なんとか瞳を動かし、その姿を見て、「フェイトちゃん」と名前を呼ぶ。
「ねぇ、どうして? どうしてユーノ君を攻撃したりしたの?」
さらに聞こえてきた声に、なのはは驚く。それは、間違いなく自分の声だった。
「……そっか。この子は、きっと私の……」
なのはは全てを悟る。
「レイジングハート……。これから、あなたの主はこっちの私。私はあなたにも酷いことばかりさせてしまったけれど、少しでも私に情があるのなら、こっちの私に力を貸してあげて……」
なのははそう言って、杖から赤い宝石型に戻ったレイジングハートにお願いをする。
「答えてよ! 貴女は成長した私なんでしょう? なのにどうして……」
泣きじゃくりながら尋ねる幼い頃の自分に、なのはは微笑み、
「ねぇ、高町なのは。貴女は、ユーノ君のことが好き?」
「うん。好きだよ。だから、分からないの。どうして、私がユーノ君に攻撃するなんて……」
幼い自分に答えてあげられる程の時間はないことを悟り、なのはは一言だけ言葉を残す。
「どうか、その気持ちを忘れないで……。沢山の人に感謝されることだけが良いことじゃあないから……」
なのはは最後の力を使ってもう一度ユーノの顔を見る。
彼は堪えきれなくなって涙をこぼしていた。
「ごめんなさい、ユーノ君。私は、道を間違えてしまったみたい……」
「違う。違うよ。僕が、君を巻き込んだから。魔法なんてものに関わらせてしまったから」
「ううん、それは違うよ。私は魔法に出会えて嬉しかった……」
もっと言葉を交わしたいが、なのはの命はもう残されていない。
「ユーノ君、その私のことをお願い。私みたいにはならないように……」
それが、なのはの最後の言葉だった。
「ああ。分かったよ、なのは……」
ユーノの言葉を聴き、なのははそれっきり動かなくなった。
◇
「ユーノ様」
部屋にやってきたカルダモンに、ユーノは静かに座っていたベッドから立ち上がり、彼女に歩み寄る。
「すみません、お待たせしてしまって」
ずっと結論を待ってくれていたカルダモンに、ユーノは謝罪する。
「いいえ。心中お察しするに余りあります。……それで、結論は出ましたか?」
「はい。カルダモンさんたちの当初の案のように、時間を巻き戻して下さい」
ユーノはそう告げた。
「よろしいのですか? このまま元の世界に戻れば、余計な苦労はせずとも、少なくともフェイトさんは貴方に忠実な……」
「そのことは、フェイトとも話しました。もちろん、今のなのはとも。そして、三人で結論を出しました」
ユーノはきっぱりとそう告げる。
「僕らは過去をやり直します」
「ですが、時間を巻き戻してしまいますと、記憶を持ち越せるかはわかりません」
「それでも、僕と同じ時間を生きたなのはと約束もしました。もう、なのはをあんな風にはしません」
ユーノの言葉に、彼の後ろに居るフェイトと幼い姿のなのはも頷く。
「分かりました。私共も精一杯サポートさせて頂きます。どうか、今度こそ貴方様にルシリス様の加護があらんことを……」
そして、この会話を最後に、ユーノ達の記憶からカルダモンに関する記憶と、この施設での記憶がほとんど消え去ってしまうことになる。
……そして、時間を巻き戻した世界で、ユーノはもう一度、なのはとフェイトと出会うことになるのだった。