昨日と同じように、面白みも喜びもなにもない食事を終える。
そして、今日からはマァムも他の女達と同等に、仕事が与えあられることになっていた。
「さて、今日の仕事はですねぇ、なんと、都市部に行くことができるんですよ!」
フェンネルは楽しそうに言うが、他の女達――囚人達は、誰一人嬉しそうな顔をしない。
だが、マァムは表情にこそ出さないものの、その事を喜ばしく思っていた。
都市部であるというのならば、きっといろいろな施設があるはずだ。その情報を得られるのは非常にありがたい。
まだ、この施設内しか、マァムには情報がないのだから。
「まぁ、お仕事に行くんですから、嬉しくはないかも知れませんね。ですが、たまには人間の生活というものも見ておかないと、自分の立場を理解できないですからね。
そして、言うまでもないとは思いますが、しっかりと、人間様のお役に立たないと駄目ですよ」
フェンネルはそう言うと、「それでは、今日の班分けを発表しますよぉ! 呼ばれたら、きちんと返事をしてくださいね」と言い、口頭で囚人達の名前を呼ぶ。
ただ、マァムと同じ班になった、赤髪の少女の名前を、『赤髪さん』と呼んだことに違和感を覚えた。
その赤髪の少女は、ここにつれてこられた時にズダ袋と紐を渡してくれた娘だ。
たしかあの時も、名前を覚えていないと言っていたはずだが……。それにしても、こんな呼び方は酷い。
しかし、その赤髪の少女は、その呼称に何も感じないのか、「はい」と返事を返す。
「マァムさん」
「……はい」
名前を呼ばれ、マァムは返事をする。
「はい。以上の五人は神殿の掃除です。ここは一番、人間様と顔を合わせる可能性がありますので、注意ですよ」
班分けの結果、マァムは赤髪の少女の他三人と同じ班になり、神殿とやらの担当となった。
「それでは皆さん、きちんと働いて下さいね。引率の看守さんの言うことを聞いて、しっかり社会貢献してくるんですよぉ」
どうやらフェンネルは、この施設に残るようだ。
ただ、他の看守の実力が分からない以上、うかつな事はできない。
「神殿に割り当てられた連中は、私のところに集まってください」
淡い紫色のロングヘヤーの女性にそう言われ、マァムは彼女のいるテーブルに移動する。
「はい。初めての方もいるようですので、自己紹介を軽くしておきますね。私の名前はカモミールといいます。私はフェンネルほど優しくありませんから、ひどい目にあいたくなければ、絶対に逆らわないようにしてください」
カモミールと名乗ったその女性は、マァムより年上に思えた。おそらく、二十代の半ばくらいだろうと推測される。
背は高いが、スラリとしたスレンダーな体型。
メガネを掛けているのだが、非常にそれが似合っている知的なイメージの美女だ。
「この施設と同じように、外に出ても、私が許可をするまで言葉を発してはいけません。そして、重要なことですが、街についたら、人目につかないように行動しなさい。
もしも人間様が自分達の近くをお通りになる場合は、地面に頭をついて平伏し、その方がいなくなるまでそれを維持し続けるように」
カモミールはそこまで説明すると、「すぐに出発します。ついてきなさい」と言い、席を立って食堂から出ていこうとする。
「カモミールさん。かなり問題のある雌豚達ですが、どうかお願いしますね」
食堂の入り口に居たフェンネルが、カモミールに頭を下げる。
「ええ。任せておきなさい」
短くそう応えて頷く時の、カモミールの顔は優しかったが、すぐにまた厳しい表情に変わる。
(何が、雌豚よ……)
マァムは心の中でそう思いながらも、他の囚人達と同じように、フェンネルの横を通り過ぎる際に、軽く会釈をする。
フェンネルは何が楽しいのか、ニッコリと微笑むと、
「きちんと我慢してくださいよ。貴女は股が緩いんですから」
マァムにだけ聞こえる声で耳打ちをした。
その言葉に怒りを覚えながらも、マァムは無視して皆の後を追う。
こうして、初めてマァムは施設を出ることになった。
そして、この日は彼女の忘れられない一日となるのだ。
△
マァムが収容されている施設から一歩外に出ると、そこには綺麗に整地された土地が広がっていた。
人が通る道以外は畑になっているようで、野菜と思われる植物が等間隔で植えられている。
まさかこんなに大きな畑があるとは思わなかったマァムは驚く。
「何をぼぉっとしているんです! マァムさん、早く来なさい!」
叱責され、マァムは他の囚人達がそうしているように、カモミールの側まで駆け寄る。
「よし、それでは行きますよ」
そうカモミールが言うが早いか、彼女とその周りに居たマァム達の地面に、光の五芒星を現したサークルが現れる。
その形に、マァムはかつて大魔王バーンとの戦いで使用した魔法をふと思い出した。
そんな事を考えていると、一瞬、辺りが真っ白になった。だがすぐにそれが美しい街の景色に変わる。
マァムの生まれ故郷の村とは比較にならないほど、立派な街だ。
どうやらここは街の入口のようだが、そこから視線が及ぶ範囲を軽く眺めただけでも、そう感じてしまうほど、整備が行き届いている。
石畳が敷き詰められた道も、大理石で作られた家々も、その全てが美しさと荘厳さを併せ持つ素晴らしい出来だ。
街を行き交う人々は女の姿しか見えない。だが、その誰もが美しい色の服を身に纏っている。当たり前だが、ズダ袋を頭から被っているような者は自分達だけだ。
「マァムさん。何をキョロキョロと羨ましそうに見ているのですか? 向こうは人間様。貴女達のような雌豚と違うのは当たり前です」
カモミールはそう言うと、ついてきなさいと言い、道の端を歩く。
そして、目的の神殿とやらにつくまでの間、マァム達は一列に並び、目立たぬように日陰を歩き続けた。
そして、道を行き交う人とすれ違いそうになる度に、その場に平伏させられた。
それは、まだ年端もゆかぬ幼子が歩いてきた時もそうさせられた。
酷い屈辱だった。
列の殿のマァムは、よそ見をすることをカモミールに禁じられていたため、仕方なく前を歩く赤髪の少女の背中を追いかける。
だが、やはり何かがおかしい。
何故か、前を歩く赤髪の少女が身に纏うズダ袋から露出する臀部が、歩く度に形を変えて揺れることから目が離せないのだ。
マァムは、赤髪の少女の若々しい尻肉が、揺れるさまをずっと見ながら、目的地まで辿り着いた。
やがて、一際大きな建築物の入り口に、マァム達は辿り着いた。
そこには二人の若い女の門番が立っていたが、カモミールが挨拶をし、何かを告げると、笑顔で通してくれた。
「マァムさん以外は知っているでしょうが、ここが女神ルシリス様の神殿です。ですが、無論、貴女が神聖なこの神殿の中に入ることは許されません。話は通してありますので、外を回って、裏まで行きますよ」
巨大な神殿だった。
かつて見た大魔王バーンの居城に近いのではとさえ思える。
それから、マァム達は長い時間を掛けて神殿の外周を回り、目的の場所に辿り着いた。
「さて、ようやくたどり着きました。ですが、これからが本番です。休んでいる暇などありませんよ」
幸い、マァムはまだ体力が残っているが、他の囚人達は、もう息を切らしている。
その有様に、カモミールは小さく嘆息する。
「マァムさん。貴女はまだ体力が残っていそうですから、私に付いてきなさい。他の方は、私達が戻ってくるまでに呼吸を整えておくように」
カモミールはそう言うと、マァムに「行きますよ」と言って歩き出す。
仕方なく、マァムはそれを追った。
神殿の裏口と思われる場所に辿り着いたマァムは、カモミールに地面に伏しているように命じられ、そのとおりにする。
一方、そう命じたカモミールは、扉をノックして来訪を告げる。
すると程なくして、足跡だけなので正確な人数は分からないが、何人かの人間が近づいてきて、静かに扉を中から開けた。
「神官殿。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。収容施設から囚人を五名連れてまいりましたので、道具をお借りしたいのですが」
カモミールの言葉に、神殿の神官らしき人物は、「いいえ。こちらこそ、ご足労を頂きありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
その内容は、何の問題もなかった。
当たり前の社交辞令的な挨拶。
けれど、その声が問題だった。
マァムはその声に聞き覚えがあった。
聞き間違えるはずがない。つい数日前まで、一緒に旅をして聞き続けていた声なのだから。
マァムはカモミールの命を無視し、思わず顔を上げた。
すると、白を基調とした見慣れない衣こそ纏っているものの、そこに立っていたのは、自分の予想通りの人物だった。
長い黒髪のその少女は、行方がわからなかったメルルだったのだ。