もう、声は枯れ果てた。
けれど、涙は際限もなくこぼれ落ちる。
普通、痛みも長く続くとそれが少しは鈍化してくるものだが、少しずつ躰を侵食していく痛みは、時間経過とともに新しい痛みを巻き起こし、マァムを苦しめ続ける。
気絶する事ができればどれだけ楽だろう。
何度もそう思った。けれど、この痛みはそれを許してくれない。
気を失いそうになると、刺すような激しい痛みが股間の敏感な肉芽を襲い、強制的に覚醒させられてしまうのだ。
「あらあら。もう叫ばないんですか? せっかく地下室まで連れてきてあげたんですから、叫びたいだけ叫んでもいいんですよぉ」
薄暗い石の床に悶え転がるマァムに対して、椅子に座ってそれを見ているフェンネルは、つまらなそうに言う。
それは、虫を殺して遊ぶ子供のような、無邪気な残酷さを感じる物言い。
けれど、それとは対象的に、フェンネルの目はまるで笑っていない。
「まったく、カモミールさんにも困ったものです。これでは、尋問をいつまで経っても始められないじゃあないですかぁ」
フェンネルは嘆息し、蝋燭の僅かな明かりで報告書に目を通す。
「いやぁ、仲良く談笑をしていた同性三人を強姦ですか。流石にここまでやるとは思いませんでしたよ。過去にも人工のおちんちんをつけた方は何人もいましたけれど、多くの人は懸命にそこから来る衝動に抗い、自制心で欲求を抑えていたんですがねぇ」
フェンネルはそう言うと、以前とは比較にならないほど大きくなっている、マァムの股間の肉芽を、おちんちんを見る。
「本当に、だらしないおちんちんですよね。それ、カモミールさんの毒で腫れ上がっていることが大きな原因ですが、それだけじゃあないですよね?」
フェンネルは尋ねるように言うが、悶え苦しむマァムから、答えが返ってくることはない。
「私、いいましたよね? 自慰をするのは禁止だって。そして、それを破ったら大変なことになりますって……」
報告書から目を離し、フェンネルは重い溜息をつく。
「自慰をする度に、そのおちんちんは貴女の体に馴染んでいって、嗜好が男性寄りになり、女性に対して強い性的欲求を持つようになるんですよ。それに加えて、そこから吐き出される媚薬も、どんどん強力になってしまうんです。……って、聞こえていませんね、これは」
やれやれといった感じで首を左右にふると、フェンネルは立ち上がって右手を彼女に向けて何かを唱える。
すると、苦悶の表情が消え、マァムはのたうつのを止めて、懸命に躰に酸素を取り込もうと荒い呼吸を繰り返す。
顔は涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになっていて、その目からは光が消えそうだ。
「まったく、手のかかる人ですねぇ、マァムさんは。説明をもう一度繰り返さないといけないじゃあありませんか」
フェンネルは懸命に呼吸を整えるマァムに、もう一度人工ペニスの説明を聞かせる。
「……なんで、なんでこんな酷いことをするの……。貴女が私の躰をおかしくしたせいで、私は……」
マァムは涙を再びこぼし、嗚咽を漏らす。
「ですから、自慰さえしなければ、そのおちんちんは害のあるものではなかったんですよ。それなのに、自分が気持ちよくなるために自慰を繰り返した。
その結果、貴女は劣情を抑えきれなくなり、他の囚人三人を自分の意志で強姦しただけでしょう? 貴女の理性が欲望に負けた結果です。自業自得でしょうが」
「あんなの、私の意思じゃあないわ! 全部、全部貴女のせいでしょうが!」
「約束したじゃあないですか。自慰はしないって。それを破っておきながら、よくそんなことが言えますねぇ」
フェンネルは心底呆れた顔をする。
「男性は、女性に対して、マァムさんが抱いたような劣情を抱くものなのですよ。でも、懸命に理性でそれを抑えている。マァムさんのような色狂いと違ってね」
「だから、それは貴女…が……」
マァムの声は、途中で途切れた。それは、フェンネルが静かに椅子から立ち、露出の殆どない神官服の上着を脱ぎだしたためだった。
フェンネルは神官服の下に薄手のシャツを身に着けているだけで、更にそれは胸元が顕になるほどの大胆なカットが入っている。
マァムの視線が、自分の胸元を注視していることを理解し、フェンネルはにっこり微笑む。
すると、マァムは無言でヨロヨロと立ち上がり、フェンネルに近づいてくる。
マァムの手が、無遠慮に胸元に伸びてくる。
それを確認した瞬間、フェンネルはマァムの股間を蹴り上げた。
「ぐっ…あっ……」
マァムは硬い床に膝を付き、股間を押さえながら苦しむ。
「何をしようとしているのですかねぇ? まさか、私に対しても手を出そうとしたんですかぁ?」
フェンネルはそう言いながら、上着をしっかりと着直す。
「ねぇ、どうして、私に手を出そうとしたんですか? 今すぐ答えてくださいよぉ。この、スケベ!」
フェンネルはそう言って、クスクスと笑う。
「だっ、だって……。貴女が服を……」
「はぁ? なんですかそれ? 私は暑いから上着を脱ごうとしただけですよぉ。それだけで、マァムさんの頭では、襲いかかってもいいことになるんですかぁ~?」
フェンネルはとことん人を馬鹿にした声で、マァムを挑発する。
「おかしいですねぇ? マァムさんは、以前から露出の高い服装を好んでいましたよね? 特にポップ様と出会った時は胸元を大きく開いた格好で……。ですが、あれって、誰でも襲ってくれて良いという意味ではなかったですよね?
偶然マァムさんの胸を突っつく形になったポップ様の顔を容赦なく叩いて、スケベだと罵っていましたし」
「そっ、それは……。あの格好の方が動きやすい……から……」
フェンネルの言葉に、マァムは言い訳をする。
「いい加減にしなさい。この恥知らず。娼婦にも劣るクズですね、貴女は」
フェンネルの口調が変わった。
その顔には、明らかな怒りが現れている。
「娼婦が露出の高い格好をするのは、それで男性の気を引くため。そして、その男性から代価を頂くことで、その体を提供するという契約を行います。ギブアンドテイクの関係ですね。
ですが貴女は、ただ男性の欲情を煽るだけ煽っておいて、それを求めようとすると、男性を罵倒し、傷つけるだけ……。期待をさせるだけさせておいて、それを求めたら突き放す。どうです? いま、私が貴女にやった行いがまさしくそれですが、どんな気持ちがしますか?」
フェンネルの問に、マァムは何も答えられない。
「男性は、今、貴女が抱いている劣情を女性に抱きます。ですが、それは子孫を残すための本能です。仕方がないことです。それでも、自制心をもってその衝動を抑えて社会生活を営んでいます。……貴女のような、理性のタガのない恥知らずとは違ってね」
フェンネルはまた嘆息して、話を続ける。
「まぁ、貴女が無知で、相手の立場になって物事を考えようとしない女だということも、あれこれ言い訳をして反省もしないクズだというのも分かりました。
そんな貴女のような女が、『慈愛』の心を持っているなど、笑えない冗談ですね」
そこまで言うと、フェンネルは右手をかざし、パチンと指を鳴らした。
その次の瞬間、マァムは再び苦悶の表情を浮かべてのたうち回り始める。
「ああ、別にカモミールさんの毒を完全に浄化したわけではありません。少し遮っていただけです。ですから、しっかり苦しんで反省してくださいね。
カモミールさんは口ではキツイ事を言っていますけれど、私達の中で一番優しい人なんですよ。それなのに、あの人を怒らせるなんて、マァムさんは露出狂なだけではなくて、マゾヒストでもあるんですかね?」
フェンネルは笑ってそう言うが、目は相変わらず笑っていない。
「マァムさん。いい加減にしてくださいよね。こんなことがこれからも続くようなら、『名抜き』をしますよ。……って、聞こえていないですね」
フェンネルはやれやれと首を横に振り、地下室にマァム一人を残してこの場を離れることにするのだった。