私のせいで、ファリーナが処理場とやらに送られて、二週間が経過した。
ファリーナはティナとクイナにフォローを入れてくれたようだが、彼女達の口からだろう。あっという間に、ファリーナが処分場に送られたのは、私のせいだという話が囚人の皆に広がった。
毎日の屋外での労務は、その都度、班分けが異なるため、あっという間に話が広まったのだ。
そしてそれは、私が女の体に欲情してレイプを行った話も皆に知れ渡ったということ。
朝と労務が終わった後のシャワーの際には、看守がいるから声には出されないものの、明らかに汚いものを、忌むべき存在を見る目で見られていることが分かる。
私は、シャワーの際には基本的に床と前の人の足首辺りを見るようにし、労務の際も基本的に一人で仕事をこなし、休憩時間も一人で過ごすようにした。
そうやって自分の欲望を懸命に制御していたが、そんなことを今更やったところで、他の皆の視線が変わるはずがない。
そして何より、ファリーナが帰って来るわけではないのだ。
「うん。マァムさん。随分と殊勝な態度になりましたね」
手がかからなくなったのが嬉しいのだろう。フェンネルがそんな言葉を私に投げかけた。
だが、どうでもよかった。
もう、何もかもがどうでもよかった。
私は、疲れ切っていた。
愚かな自分を攻め続けることに。そして、私が結果的に殺してしまったファリーナに謝罪し続けることに。
朝はいい。シャワーに始まり、食事や労務を行っているときは余計なことを考えずにすむのだから。
でも、夜が怖い。
何もすることがないと、私は罪悪感で押しつぶされそうになる。
ファリーナに対する罪悪感はもちろん、ポップやかつての仲間たち。そして、私が必要以上に傷つけた人々に対する罪悪感で。
そして、今晩も暗い自室で、私は同じことを繰り返す。
ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
心から謝罪を続ける。
何故、私のような最低な女が生きているのだろう?
そう、最低だ。
今まで、自らが最低だということに気づかなかったほど、愚かすぎる女だ。
舌を噛み切ろうと思った。
けれど、出来なかった。
やろうとすると、舌が逃げるのだ。
この世界では、自殺をすることは出来ないようだ。
いや、もしかしたら違うのかも知れない。
浅ましい私は、心のどこかで自分が死ぬことだけは避けたいと思って、無意識に死ぬことを回避しているのかも知れない。
今頃になって、フェンネルがどうして自分に腹を立てていたのかが……。
あの、女神ルシリスという女性が激怒していたのかが理解できた。
今の私も、少し前の自分を思い出すと反吐が出そうになるから。
無知であることに無知である。
それは、こんなにも周りの人間を不幸にするのだと、ようやく理解できた。
そして、私は自分を責め続ける。
今日も、昨日までと同じ様に。
けれど……。
「……ポップ……」
私は無意識のうちに、その名前を口に出した。
すると、ポップの、彼の笑顔を思い出してしまい、私は涙をボロボロと零す。
「どうして、私なんかを貴方は好きになってくれたの? こんな最低の女なんかを……」
自分にはもう何も残っていない。そう思った。
けれど、こんな自分を好きになってくれた人がいた。告白してくれた人がいた。
それだけは、そのことだけは、私の誇りだ。
思春期の男の子が、ただ手近の女の子に対して興味を抱いただけなのでは疑う気持ちもある。
けれど、それはあまりにもポップに失礼だ。
そう考え、私は首を横に振る。
あの人の告白を、私は決して忘れない。
心が砕けていた私の胸に、温かな何かが宿る。
「ごめんなさい、ポップ。貴方に縋り付くばかりの私を許して……。もしも、もう一度、貴方の元に戻れたら、私は……貴方に尽くします……。全てを捧げます。
だから、どうか今だけは、貴方の優しさにもう一度だけ甘えさせて下さい……」
傲慢なお願いだ。
こんな最低の女の全てなど捧げられても、ポップは迷惑に思いさえすれ、嬉しくはないだろう。
けれど、自分に残されたものは、この心と躰と魂しかないのだ。
私は、どうしてこの程度のものを捧げるのに、勿体をつけていたの?
こんなものを貰ってくれる可能性があるのは、ポップしかいないのに……。
そして、あの人はそれを求めてくれていたのに……。
私はその事を後悔する。
けれど、ポップの事を考えていると、気持ちが楽になる。
楽になってはいけないのだろうが、それでも私はポップのことだけを考えたかった。
……夜は更けていく。
そして、この二週間はあまり眠れなかったが、この日だけは私も安眠することが出来たのだった。
△
誰かが廊下を歩く音が聞こえてきて、マァムは目を覚ました。
この音は、ブーツで石の廊下を歩く音。よって、囚人の誰かではない。看守だ。
音はどんどん近づいてくる。
そして、マァムの部屋の前まで音の主はやって来た。
「あら、もう起きていたんですね。それとも、起こしてしまいましたか?」
声を聞いて、相手がフェンネルだということを理解し、マァムは黙って躰を起こし、体の下に敷いていたズダ袋を頭から被る。
「うんうん。マァムさんも、ようやく自分の立場を分かってくれたようで、何よりですよ」
そんな言葉とともに、フェンネルは鍵を使ってマァムの部屋の扉を開けた。
「おはようございます、マァムさん」
「……おはようございます……」
マァムが返事をすると、フェンネルは嬉しそうに頷く。
「さぁ、私についてきて下さい。貴女の躰を元に戻しますから」
「……えっ?」
「さぁ、行きますよ。部屋を出たら私語禁止ですからね」
マァムは何が何だか分からないが、フェンネルの後に付いていくことにする。
少し歩いて、マァムが連れてこられたのは、忌まわしい手術を施された部屋だった。
マァムの顔が強ばる。けれど、フェンネルはそんな彼女に微笑みかける。
「大丈夫ですよ。今回は手術ではないですから。それに、すぐに終わります」
フェンネルはそう言うと、マァムにズダ袋を脱ぐように命じてくる。
マァムは黙ってそれに従った。
一糸まとわぬ状態になったマァムに頷き、フェンネルは右手を軽く握ったかと思うと、それを開いてみせる。すると、彼女の掌の上に、優しく光る玉が現れた。
「痛くないですから、安心して下さい」
フェンネルは立っているマァムの額に、その玉を近づけた。
するとそれがマァムの躰に吸い込まれて消える。
「あっ……」
躰に温かな温もりが広がっていく。まるで、体中の悪い部分が浄化されて行くようだ。
いや、それは錯覚ではない。股間の、大陰唇に常にあった小さな異物感や肉芽の違和感も消えていったのだから。
「はい。これでもう元の体に戻りましたよ。マァムさんの躰の中に入っていったのは、ルシリス様が用意して下さった新しい躰です。古い躰をそれに書き換えた形です」
「……」
マァムには、フェンネルの行ったことが分からない。
「ははっ。何がなんだか分からないと言った顔ですね。説明してあげたいのですが、同じ話を二度聞くのも時間の無駄ですので、このまま看守長様の部屋に行きますよ。
ああ、それと、今まで着ていた服は、ここに置いて下さい。そして、この服を身に着けて下さいね」
フェンネルは、机の上の籠に置かれていた、絹製と思われるローブをマァムに手渡してきた。
何が何だか分からないが、マァムはとりあえず言われたとおりにローブを身に纏う。
滑らかな布地の感触などあまりにも久しぶりすぎて、違和感を覚える。
「うんうん。マァムさんはスタイルがいいですから、その服を身につけると映えますね」
フェンネルは上機嫌で頷き、「さぁ、行きますよ」と歩き始めた。
マァムはそれについて行かざるを得ない。
そして、フェンネルに案内されてやって来たのは、初めて来る部屋の前だった。
「いいですか、マァムさん。このドアを開けたら、何も言わずに私の後についてきて下さい。きっと貴女は驚くと思います。ですが、決して喋るように言われるまでは口を開いては駄目ですよ。せっかくのチャンスを無駄にしないでくださいね。分かったのなら、頷いて下さい」
未だに分からないことだらけだったが、マァムは頷いた。
それを確認したフェンネルは、にっこり微笑むと、静かに目の前のドアをノックし、
「看守長! 看守フェンネル。マァムさんをお連れ致しました」
そう大きな声で告げた。
「お入りなさい」
威厳のある女性の声が聞こえた。
すると、「行きますよ」と小声でマァムに呼びかけ、フェンネルはドアを開けて部屋に入っていく。当然、マァムもそれに倣う。
「マァムさん、私の隣に立って下さい」
フェンネルはそう言うと、二十代半ばくらいに見える女性が座る椅子と机の前まで足を進め、その前に緊張した面持ちで立つ。マァムも言われたとおりにする。
「マァムさん。こうして貴女と直接お話するのは初めてですね。私は、この施設の看守長を任されているマジョラムと言います。貴女達に、『矯正調教プログラム』を課していた人間です」
銀色の長い髪が特徴的なそのマジョラムと名乗った女性は、言葉こそ穏やかだが、すさまじい威圧感を身に纏っていた。
フェンネルが喋らないようにと言っていたが、この人物の前では、喋りたくても口を開けそうにない。
「さて、貴女がこの施設に収容されてから二週間程が経過いたしました。本来であれば最低でも半年は『矯正調教プログラム』を課し、それからこの施設から釈放となるのですが、今回は例外的に、今日、この時を持って、貴女を当施設から釈放します」
マジョラムの言葉を聞き、マァムは自分の耳を疑った。
「但し、貴女の罪が雪がれた訳ではありません。ただ、貴女を引き取り、自らの手で指導を行いたいという奇特な神官様からお声がかかっただけです。
ですから、神官様の教えをきちんと守って、今後も精進をし、真人間になれるように務めなさい」
マジョラムはそこまで言うと、「神官様が外でお待ちです」と言ってマァム達に背中を向けた。
「失礼致します」
フェンネルは姿勢を正して敬礼をすると、マァムの腕に自らの腕を絡ませ、部屋を後にした。
部屋を出て、フェンネルはマァムを引き連れて施設の入口に向かう。
それは分かった。分かっていた。
だが、マァムはあまりにも突然の出来事に、頭がついて行かない。
けれど、一つだけ分かることがある。
それは、自分はきっと仲間に助けられたのだということ。
フェンネルに腕を拘束されながら、マァムは逸る気持ちを抑えて歩き続ける。すると、入り口の外には、真っ白な服をまとった黒髪の少女が。メルルが笑顔で立っていた。
マァムは、もう、彼女に合わせる顔もないと思っていた。
けれど、その笑顔を目にしたら、涙が止まらなくなってしまった。
「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。迎えに来ましたよ、マァムさん」
メルルがそう言ってくれたことで、安堵してしまった。泣き崩れて、動けなくなってしまいそうだった。
だが、腕を拘束していたフェンネルが、「もう。泣くのは、ここを出てからにして下さい」と笑顔で言って、マァムに肩を貸してくれた。
なにか理由があるのだろう。メルルは施設に入れないようで、マァムがそこから出てくるのを、待ち遠しそうに待っている。
ゆっくりとした足取りであったために、遅くなってしまったが、マァムはついに施設の入口から外に出た。
その瞬間、彼女はメルルに抱きしめられる。
「辛かったですよね。でも、もう大丈夫ですよ」
メルルの優しい言葉が心にしみて。その温もりが心地よくて。
マァムは幼子のように声を上げて泣き出した。
そんなマァムとメルルの姿を見て、フェンネルは穏やかに微笑む。
「メルル神官。確かにマァムさんをお渡しいたしましたよ」
「はい。ありがとうございます」
メルルも瞳に涙を浮かべながら、フェンネルに礼を言う。
フェンネルは泣きじゃくるマァムに、
「いいですか、マァムさん。もう二度とここに戻ってくるような事をしては駄目ですよ」
そう優しく言い残し、メルルの礼を背中に受けながら、静かに施設の中に戻って行ったのだった。