この世界を救った大切な仲間、勇者ダイを探す旅を自分達は続けていたはずだ。
そう。ポップとメルルと一緒に、旅を続けていたはず……。
そして、久しぶりに野宿から開放されて、小さな村の宿屋で自分達は明日に備えて休んでいたはずだ。
それなのに何故、大理石でできた神殿のような場所にいるのだろうか?
まだぼんやりとしている意識の中で、マァムはこれが夢だと思った。
寝る前に解いたはずの長い桃色の髪が、今は起きているときのように頭の後ろで結われているし、寝間着に着替えたはずの服装が、肩当ての着いた普段着に変わっているのだから。
マァムは可愛らしくも美しい少女だった。
十六歳という若さもあるが、少し強気な感じこそ、その目に出ているものの、愛らしい顔立ちをしている。
そして、服の上からでもその胸部は大きく隆起し、臀部も引き締まりながらも、女性らしい丸みを帯びていた。
同年代の異性が見れば、その姿に心を奪われても何ら不思議はない。
それほどまでに、彼女は魅力的な外見をしている。
「マァムさん!」
気配を感じ取るのと同時に、マァムの耳に聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。
寝ぼけ眼だったマァムは、その緊迫した声で完全に覚醒し、声のした方を見る。
すると、予想通りの長い黒髪の少女が駆け寄ってくるのが見えた。
その黒髪の少女は、マァムより一歳若い、十五歳の占い師メルルだった。
腰まで伸びた長く美しい黒髪が特徴の、おとなしい雰囲気のこれまた愛らしい少女だ。
胸もマァムほどではないがそれなりにあり、おしりはきゅっと締まって小さいが丸みもある。
マァムとどちらが愛らしいかは個人の好みと言ったところで、決して劣っているわけではないが、少し改善してきたものの、引っ込み思案な性格のため、自分に自身を持てないでいる。
「メルル!」
マァムはメルルの名を呼び、彼女に自分からも駆け寄る。
「良かったです。マァムさんと合流できて!」
メルルはよほど走って来たのだろう。そう言うと、はぁはぁと息を切らす。
「メルル。私達は、宿の部屋で休んでいたはずよね?」
「はい。そのはずです。ですが、気がついたらこんな建物の中に……。ポップさんもこの建物の中にいるのではと思い、何度も占っているのですが、一向に見つからないのです」
息を切らすメルルの肩に手をやると、確かな温もりを感じられた。
これは夢ではない。
間違いなく現実だ。何者かによって、自分とメルルはこの建物の中に運ばれたのだとマァムは理解し、先程から行っていた気配察知を続ける。
けれど、その女性は、気配もなく目の前に瞬時に現れた。
まるで、マァムの師であるアバンが使う、リリルーラを使用したかのように。
美しい女性だった。
水色の長い髪の女性らしい美しいプロポーションの女性。
そして、細身の躰で身に纏うにはあまりにも大きなマントと、どのような力なのか、頭部のおでこくらいの高さに浮かんでいる大きな金属の輪が特徴的だった。
マァムは警戒し、いつでも応戦できる体制を取る。
彼女は武道家。元僧侶戦士であった経歴を持つ人間なのだ。
「ようこそ、メルルさん、マァムさん。私の神殿にお越し頂き、ありがとうございます」
珍妙な格好をした女性は、そう言って頭を下げた。
「私の名はルシリス。貴方達とは異なる世界の女神の端くれたる存在です」
更にそう続けた水色の髪の女性――ルシリスは、にこやかに微笑む。
「お越し頂きって、貴女が私達をここに運んだの?」
マァムは警戒を解かず、ルシリスに問う。
「まっ、招いたというのは、私達二人だけですか? その、ポップさんもここに……」
メルルも目の前の女性にただならぬモノを感じ、恐怖に震えながらも尋ねる。
「……メルルさん。貴女はまだ見込みがありますね」
ルシリスは正面にいるマァムから目を離し、メルルに穏やかな笑みを向ける。
「自分の置かれている状況よりも先に、殿方の、愛する男性の事を最優先に考える。なるほど、マァムさんに遠慮している事と、知識が足りないだけで、貴女には十分更生のチャンスがありますね」
ルシリスは訳の分からないことを言うと、一人で納得する。
「いいでしょう。メルルさん。貴女はCランクと判断します。その気持ちを忘れずに、しっかりと学んで自分を律し、愛しい殿方に奉仕をできるようになりなさい」
ルシリスがそういい終わると、メルルの躰が光りに包まれ、次の瞬間には消えて無くなってしまった。
「メルルを、メルルをどこにやったの!」
マァムは驚き、ルシリスを問い詰める。だが、ルシリスはメルルに向けていた穏やかな笑みを消してマァムを見る。
その顔には、明らかな怒りが感じられ、マァムは恐怖を覚えた。
「マァムさん。私は、貴女のあの方に対する言動や行いをこの目で見てきましたが、それでも最後のチャンスを与えるつもりでした。ですが、貴女には必要ありませんでしたね」
ルシリスはやはり訳のわからないことを言い、マァムを睨む。
「なっ、何なの? 貴女は何を言って……」
「私が何者かを問うよりも先に、優先することがあるでしょう! 自分の立場も分からずに、あの方に敬意を払わず手を上げ、罵倒する。それだけでも許しがたいのに、この愚行!
貴女はEランク、いえ、E-とします。自分がどれほど浅ましい人間なのか、理解してきなさい!」
ルシリスはその言葉を聞いた瞬間、マァムの躰もメルルのときと同様に光りに包まれ、彼女はそのまま意識を失うのだった。
△
寒い。
マァムが最初に感じたのは、自分が寝かされている床の冷たさだった。
「……ここは……」
マァムは何とか瞳を開くと、辺りを確認しようとしたが、それよりも先に、自分が置かれている状況を理解するほうが早かった。
「なんで、私、裸で……」
マァムは羞恥心から、頬を赤らめる。
普段は、多少の肌の露出であれば気にしない彼女だが、流石に一糸まとわぬ生まれたままの姿でいることには抵抗を覚えるのは年頃の少女としては当然だろう。
薄暗かったが、光窓から入ってくる月明かりのおかげで、何とか部屋の様子が分かる。
マァムは手で股間と胸の先端を隠しながらも、辺りを確認する。
すると、ここが牢獄の中だということが理解できた。
唯一ある、光窓にも格子がつけられていて、脱出できそうにない。
それ以外の部分は、ゴツゴツとした無骨な石に囲まれており、眼前には、金属でできた扉が閉まっている。
マァムは人の目がないことを確認すると、扉に近づき、そのノブを掴んで開こうとする。
だが、扉は全く開こうとはしない。
仕方なく、彼女は部屋の中を確認する。
人が二人ほど横になれるスペースしかない部屋には、ベッドもなく、ただ奥に蓋のついた壺が置かれているだけ。
何もすることがないため、その壺の蓋を開けてみると、酷い悪臭がした。
考えたくなかったが、この壺はトイレの代わりなのだろう。
「なんなの? なんで私はこんな場所……」
そこまで口にしたところで、マァムは思い出す。
ルシリスと名乗った女とのやり取りを。
「あの女が、私をここに閉じ込めたということ? でも、何にせよ、まずは脱出する方法を考えないと……」
いざとなれば、自分の力でこの扉を破壊することもできるだろうが、今はあまりにも情報が少なすぎる。下手に動くのは危険だ。
マァムがそう考えていると、誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえた。
チャンスだと思い、マァムは扉の蝶番の位置を確認し、扉が開いた時に邪魔にならない方向に身を隠す。
足音はこの部屋の前で止まった。
マァムは息を殺して、扉が開かれるのを待つ。
「止めてください。私を捕まえても、この牢獄からは脱出できませんよ。私も、あなたと同じ囚人ですから」
女の声が聞こえた。若い女の声。けれど、それはメルルのものでもなければ、あのルシリスという女の声でもない。
「この牢獄は、外からは丸見えなんです。貴女が壁の端に潜んでいるのも分かっています」
女の声は酷く疲れたような響きを含んでいた。
「それでも私を襲うのでしたら、どうぞ。ただ、貴女の立場がますます悪くなるだけですよ」
ガチャッと言う金属音がしたかと思うと、扉が開かれ、背中まで伸びた赤髪が特徴の、若い女の子がマァムの部屋に入ってきた。
マァムに気づいているというのは本当のようで、赤髪の少女は、扉を開けるとすぐにマァムに視線を向けた。位置が予め分かっていなければ、こんな事はできないはずだ。
「……貴女は、誰?」
赤髪の少女に尋ねると、彼女は自虐気味な笑みを浮かべた。
「さぁ? もう、名前も覚えていません……」
赤髪の少女はそれだけ言うと、手にしていた、小麦を入れて置く為に使う、ズダ袋のようなものと紐をマァムに差し出した。
「これが、貴女の服。貴女が唯一所有できるものです」
「服? これが?」
よく見ると、ズダ袋だと思ったそれには、頭と手を通すための穴が空いていた。これを頭から被り、この紐で腰のあたりを縛れということだろう。
目の前の赤髪の少女がそうしているように。
「破けても、代わりはありませんから、大事に着て下さい。それと、基本的にこの牢獄には女性しかいません。ですから、普段は身に着けず、部屋の外に出るときだけ着た方がいいですよ」
赤髪の少女はかなり整った顔立ちをしているのだが、その目には生気がない。
疲れ切ったその目は、輝きを失っている。
マァムは、名前を忘れてしまったという少女の差し出す袋と紐を受け取り、それを試しに身に着けてみた。
かなり質の悪い繊維で作られているのか、躰がチクチクする。無論、袖もない。
これを服と呼びたくはないが、何もないよりはマシだと思うことにした。
「それと、間違ってもここから逃げようとはしないでくださいね。もしもそんな事をすれば、私達全員の連帯責任となり、みんなに罰が与えられますから……。
看守さんの命令なので、今の私は罪にはなりませんが、命令なく部屋から一歩でも出たら、それだけで罪になります」
赤髪の少女はそこまで言うと、マァムに背を向けて部屋を出ていこうとする。
「待って! ここはどこなの? 私達は、どうしてこんなところに……」
マァムの問に、赤髪の少女は振り返り、力なく微笑んだ。
「身の程をわきまえなかったからです。私に言えるのは、それだけです」
赤髪の少女はそう言って今度こそ部屋を出て、もう一度扉に鍵をかけた。
「お休みなさい」
壁越しに聞こえたその声を最後に、足音はまた遠ざかっていく。
「……駄目。今はあまりにも情報が少なすぎる」
マァムは格子がはめ殺しになった光窓から外を見るが、大きな月と星々以外は何も見えない。
結局、今は何も出来ないと判断し、マァムは体力を温存するために、もう一度冷たい石畳の上で眠ることにしたのだった。