昨日の夜はそれなりに眠れたはずなのに、安心して眠れたからか、マァムが目をさますと、すでに日はだいぶ高くなっていた。
「お目覚めですか、マァムさん」
メルルの優しい笑顔と声に、マァムはほっと胸を撫で下ろす。
「昼食の用意をしてありますので、まずは手を洗ってきてください」
日が高いと思い、掛け時計を確認すると、すでに昼食の時間は過ぎていた。
「本当に、何から何までありがとう」
マァムはメルルにお礼をいい、洗面所で顔と手を洗い、テーブルに付く。
「はいどうぞ。まだ不慣れな料理ですので、口に合えばいいのですが……」
メルルがそう言って出してくれた料理は、鶏肉をトマトで煮込んだ料理だった。
「……うん。すごく美味しいわ。ありがとう、メルル」
添えられていた柔らかなパンと一緒にトマト煮を口にすると、一層美味しく感じる。
それに、コップに注がれているのはお茶のようだが、これも冷たくて癖がなく飲みやすい。
「よかったです。喜んでもらえて」
メルルは自分の分も用意し、マァムの向かいに座る。
彼女が自分が起きるまで昼食を食べていなかったことを知り、申し訳なく思う。
「メルル。食事が終わったら、いろいろ教えてもらいたいことがあるのだけれど……」
「はい。そうですね。何もわからないままでは不安ですよね。お話します。私の知っていることを全て」
マァムはその答えに安堵し、食事を再開する。
やがて食事が終わると、メルルは食後の温かなお茶を出してくれて、説明してくれた。
あの収容施設やこの街のことを。今まで、メルルはどうしていたのかを。
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なるべく簡潔にメルルは話してくれたが、話を聞き終わる頃には、日がかなり傾いていた。
けれど、おかげでマァムはこの世界のことがよく分かった。
ただ、間違いがないように、マァムは今までの話を声に出し、メルルに間違っていないかを確認していく。
「まず、この街や私が入れられていた収容施設は、あの女神ルシリスという神様が作ったのね」
「はい。ルシリス様は、様々な世界を見ることができる他、そこに暮らす人々を自分の神殿や管理する世界に自由に転移させることができるのだそうです」
メルルが、事の発端になった女神ルシリスを『様』付で呼ぶのは、今の彼女がその女神に仕える神官であるためだ。
「……あのときに先にこの世界に送られた貴女は、私よりも三ヶ月以上早くにこの世界にやってきて、神官見習いとして働かされていたのね」
「そうですね。最初は訳が分からずに、周りの皆さんに言われるがままの生活をしていました。その、私ばかりが不自由のない生活をしてしまい、マァムさんに申し訳ないのですが……」
メルルは心底申し訳無さそうな顔をするが、あの女神ルシリスが決めたことだ。彼女に罪はないとマァムは思う。
「そして、そもそもこの世界は、女神ルシリスが見るに余ると判断した女を、収容して教育し直すための世界だというのね」
「はい。収容されている女性は、Aを最上位に、Eまでランク分けされ、Eまでが市民。E-を雌豚と呼称されています。中には、そのE-にも値しないと判断される人もいるようで、そういった人は『名抜き』をされ、名前さえ奪われ、魂が浄化されたと判断されるまで、長い長い教育を受けるそうです。
メルルは顔を俯かせる。
E-の女や、『名抜き』をされてしまった女のことで心を痛めているのだろう。
マァムも、処理場と呼ばれる場所に送られたファリーナと、あの『赤髪さん』と呼ばれていた少女のことを思い出し、憂鬱な気持ちになる。
「……話を戻すわ。それで、この世界は女神ルシリスが作った世界だから、彼女の許可なしには元の世界には戻れない。戻るためには、この世界で暮らし、管理をしている『管理者』と呼ばれる人に認められてAランクにならないといけないわけね」
「そのとおりです。そして、この街の『管理者』は、この神殿の神殿長様であられる、スターアニス様ただお一人です」
マァムの言葉に、メルルは頷き、話を続ける。
「スターアニス様がAランクと判断される基準は、『その女性が、愛する男性を幸せにできる人間であるか?』ということです。明確な基準は不明ですが、かなり厳格に判断されるようです。
炊事や洗濯と言った家庭的な事柄をきちんとこなせるかどうかなどは序の口で、それ以外にも様々な知識を修めることが求められます」
そこまで話すと、メルルは何故か頬を赤らめる。
「メルル、どうしたの? 顔が赤いけれど……」
マァムがそのことを尋ねると、彼女は恥ずかしそうに顔を俯ける。
「そっ、その、どちらにしろマァムさんも学ばなければいけないことですので、お話しますが、その中には、男性と子供を作るための知識も含まれます……。実技も込みで……」
「えっ? それって……」
マァムはメルルの言葉の意味を理解し、同じように顔を赤らめる。
しばらく二人は押し黙ったが、こほんっ、とメルルが咳払いをし、話を続ける。
「何年経とうと、この世界では私達は年を取らないそうです。そして、この世界の時間は、私達の世界に比べるとかなり時間の経過が早いようです。ですから、少しは時間があると考えることができるのかもしれません。ですが、私は……」
「うん。私も同じだから分かるわ。早く、ポップのところに戻らないと。特に私は、いろいろと謝らなければいけないこともあるから……。そしてまた、ダイの捜索に戻りましょう」
「はい」
メルルは笑顔で頷く。しかし、直ぐにそれが曇ってしまう。
「ですが、マァムさんの今の立場は、Bランクである私の従者という形になってしまっていますので、ランクで言うと、Eに当たります。そして、EからDに、DからCまで上がるのは、CからBに上がるよりも難しいとの話です……。私などとは比べ物にならないほど、大変な道のりになってしまうはずです」
「それは問題ないわ。むしろ、私は自分という人間を、女を、鍛え直したいと思っているから。それに、あの地獄から助け出してくれた、貴女には感謝しかないわ」
マァムは申し訳無さそうなメルルに微笑むと、明日以降に、メルルの従者としてやらなければいけないことを確認した。
「従者とは言っても、大前提として、この神殿に務める人間は、自分のことは自分でするのが当たり前であり、自分よりランクが下の人間の手本である事が求められています。ですので、マァムさんは自分の修行を第一に考えてください。そして……」
メルルはもう一度、特に大事な事柄をマァムに説明してくれた。
「大丈夫だと信じていますが、神官になった人がE-の人を従者にできるのは一回だけです。もう、私はそれを使ってしまいましたので……」
「ええ。心配いらないわ。私は生まれ変わってみせるから。見ていて……」
マァムは優しい友人に、心から感謝をする。
自分の恋敵である女にここまで優しくできる女性は少ないはずだ。
もしも自分が逆の立場なら、きっとここまでできなかった。
おそらく、しようとさえしなかっただろう。
自らの心の醜ささえも、まるで分かっていなかった自分なら。
(Aランクと認められなければ、元の世界に戻れないのならば、やるわ。今までの自分と決別するためにも)
マァムは、そう心のなかで誓いを立てるのだった。