メルルは目を覚ました。
長い長い眠りから。
すっかり忘れていた、眠る前の記憶が鮮明に思い出される。
「ここは、ダイさんの捜索の途中で立ち寄った小さな村の宿。そして、私はマァムさんと同じ部屋に泊まっていて……」
けれど、体感時間とは異なり、時間は一晩しか経っていないようだ。
念のために確認すると、夜に目が覚めたときにと、眠る前に用意しておいたコップの水の量が記憶のままだ。
「ポップさんは、一人で別室に……」
長いこと顔を見ていない愛しい人の顔を見たいという欲求に駆られるが、抜け駆けするわけには行かない。
きっと、もうすぐ……。
まだ日が昇ったばかりのようだ。時間は十分にある。
メルルは楽しみにその時を待つ。
予想通り、マァムも直ぐに目を覚ました。
彼女もゆっくりと躰を起こし、周りを確認する。
そして、メルルと目が合うと、マァムは感極まったように両手で顔を抑えて、声を殺して泣き出してしまう。
「おはようございます、マァムさん。そして、おかえりなさい」
メルルのとっては僅かな時間だったが、マァムにとっては長い長い別れだったはずだ。
そう思うと、メルルはじっとしておられず、上半身だけを起こしたまま泣き続けるマァムに歩み寄り、彼女の頭を優しく抱きしめる。
「メルル……。メルル……。ようやく、ようやく帰って…こられた……。貴女と同じ世界に……。ポップのいる世界に……。これは、夢じゃあないわよね? 私も、頑張ったの……。貴女が帰ってからも、一生懸命に……」
マァムは幼子のように泣きじゃくる。そんな彼女を、メルルは優しく抱きしめながら頭を撫でた。
「はい。ここは夢ではありませんよ。本当に、本当にお疲れさまでした」
メルルも、ついもらい泣きをしてしまう。
自分が知っているだけでも、マァムは懸命に、他の人の何倍も努力を重ねていた。
だからこそ、先に自分がこの世界に帰ってきてからも、ずっとずっと頑張ってきたであろうことが痛いほど分かった。
「マァムさん。ゆっくりと、自分の身体に意識を向けてみてください。貴女が努力をしてきた証が、宿っているはずです」
メルルにも力が宿っている。残っている。
占う力を行使するだけしかできず、ほとんど戦力にならない自分も、これで二人の力になれる。
「……ええ。ええ。分かる。分かるわ……。私のやってきたことは、無駄ではなかったのね……」
「はい。スターアニス様が仰られていたように、決して努力することを、より良い自分になろうとする歩みを止めてはいけませんが、今は、今だけは喜びましょう。マァムさんは、やり遂げたのですから」
「ありがとう、メルル……」
マァムの感謝の言葉を胸に、メルルも大粒の涙をポロポロとこぼす。
二人はしばらく泣き続けたが、やがてお互いの顔を見て微笑みあう。
そして、それから二人は、これからのことを長い時間話し合ったのだった。
△
甘い良い香りがした。
温かくて柔らかな感触も残っている。
それは、夢と呼ぶにはあまりにも鮮明な記憶だった。
もう少しだけあの幸せな記憶に、美女の胸に顔をうずめていた記憶に浸ろうとしたポップだったが、自分を呼ぶ声に目を覚まさざるを得なかった。
「……ップ。……ポップ……」
「……ポップさん……」
優しい声だった。
それに、頭を優しく撫でられているのが分かった。
幼い頃、母親にしてもらってから、長いこと忘れていた幸せな感触。
ポップは静かに瞳を開ける。
するとそこには、目を潤ませて微笑む、マァムとメルルの姿があった。
「……マァム。メルル……」
ポップは、自分がまだ夢を見ているのではと錯覚してしまう。
どうしてこんな朝早くから、二人が自分の部屋にいるのだろう?
ポップが抱いたのは当然の疑問。
けれど、自分に名前を呼ばれて、二人が涙を流しながら満面の笑みを浮かべる姿を見て、その美しさに、愛らしさに見惚れてしまい、そんな疑問はどこかに消えて言ってしまった。
「ごめんなさい。そろそろ朝食の時間だから、起こしに来たの」
マァムはそう言うと、目の端からこぼれた滴を静かに指で拭い、微笑む。
ドキッとした。
その仕草に、愛らしい声に、心を奪われてしまう。
「あっ、ああ。すまん。起こさせてしまって……」
ポップはこのままではおかしな気持ちを抱いて、マァムに怒られてしまうと思い、掛け布団を取って起き上がろうとする。
せっかく今日のマァムは機嫌が良さそうなのだ。怒らせないに越したことはない。
だが、そこでポップは自らの失敗に気づく。
それは、生理現象。
年若い思春期の男の子なら、誰もが経験する事柄。
あまりにも毎日起こるので失念していたそれが、今日も起こっていただけ。
ポップの下半身の男性器が勃起し、寝間着のズボンにテントを作り上げてしまっていたのだ。
そして、それをマァムとメルルにさらけ出してしまった。
まずいと思ったが、後の祭りだ。
次の瞬間には、マァムが怒り出し、鉄拳が頭に飛んで……。
ポップは目をつぶってその時が来るのを覚悟していたが、一向に鉄拳は飛んでこない。
恐る恐る目を開けると、マァムは頬を赤らめ、申し訳無さそうに顔を俯けていた。
「ごっ、ごめんなさい。その、男の子ですものね。朝は、その……」
マァムは小さな声でそう言っていたが、「しっ、下で待っているわ!」と言い残し、大慌てで部屋を出ていってしまった。
予想外の出来事にポップは戸惑ったが、マァムの恥じらった顔がことのほか愛らしかったことを思い出し、胸がドキドキしてしまう。
「ポップさん。私も、下で待っていますね……」
メルルも顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに微笑む。
彼女が微笑むのも意外だった。てっきり悲鳴を上げて逃げ出していくと思っていたのに。
「あっ、ああ……」
今更股間を隠すのもどうかと思い、ポップは適当に返事を返す。
しかし、下で待っていると言ったにも関わらず、何故かメルルはポップの元まで歩みよって、彼の耳元に口を近づける。そして、
「すごく、逞しいんですね……」
と呟いた。
全く思いもしなかった言葉に、ポップの方が恥ずかしくなってきて、顔が真っ赤になってしまう。
「ふふっ。それでは、なるべく早く来てくださいね、ポップさん」
メルルはいたずらっぽく微笑むと、今度こそ部屋を出ていく。
おとなしい少女の色っぽい笑みに、ポップはまたドキドキしてしまう。
「どっ、どうしたんだ、二人共……」
ポップは違和感を覚えながらも、胸をドキドキさせながら、寝間着を着替えるのだった。