行方不明のダイの手がかりを探して、今日もポップ達は聞き込みと調査を続ける。
途中に立ち寄った集落で、熊や猪が増えすぎて困っているという話を聞き、これもなにかの縁だと思い、ポップとマァムは二人でそれらの間引きを手伝った。
森の中だということもあり、メラやギラ系の魔法を極力使わないように注意しながらの戦闘になったが、ポップの出番はほとんど無く、特に苦労することなく獣達の駆逐に成功する。
惚れ惚れした。
マァムの無駄のない動きに。
武術の指導をアバンから多少は受けていたとはいえ、ポップの本業は魔法である。
けれど、門外漢の彼にも分かるほど、マァムの動きは明らかに昨日までと変わっていた。
猪の突進を紙一重で躱すのと同時に一撃を加えて倒したときには、ポップには何をしたのか見えなかった。おそらく拳の一撃だろうと推測されたが、あまりにも速すぎて自信がない。
無駄がない動きで相手の攻撃を交わしたかと思うと、それと同時に倒している。
以前までのマァムならば、大きく躱した後に大ぶりの一撃で倒していたはずだ。それなのに……。
「ポップ。これくらいでいいんじゃあないかしら。あまり狩りすぎても良くないと思うわ」
本日五頭目の熊を汗一つかくことなく倒し、マァムは後方に控えていたポップに声をかけて歩み寄ってくる。
「あっ、ああ。そうだな。しかし、随分と調子がいいみたいだな。すげぇ動きだったぜ」
ポップの称賛の言葉に、マァムは「ありがとう」と礼を返してきたものの、物憂げな表情を浮かべている。
「どうかしたのかよ?」
「いえ。まだまだイメージと実際に齟齬があって……」
「なっ⁉ いっ、今の動きでも納得いかねぇのかよ」
マァムの向上心に、ポップは開いた口が塞がらない。
だが、物憂げなマァムに、ポップは微笑みかけ、
「大丈夫だぜ、マァム。この大魔道士の俺がいるんだからさ。お前は大船に乗ったつもりで、ゆっくり成長していけばいいじゃあねぇか」
そんな軽口を叩く。
マァムの口から、『何を調子のいいことを言っているのよ!』というツッコミが来ることを期待して。
無言でマァムが近づいてくる。
もしかすると言葉だけでなく、物理的なツッコミが来るのかもしれない。
まぁ、間違いなくて手加減はしてくれるだろうから大丈夫だろう。
……そうであってくれないと死んでしまう。
けれど、マァムが取った行動は、ポップの予想とは大きくかけ離れたものだった。
「なっ……」
驚きで、言葉が続かない。
マァムは何も言わず、ポップに抱きついてきたのだ。
温もりが心地良い。鼻孔に届く、肌からとも髪からともつかない甘い香りに陶酔してしまいそうになる。けれど、その躰が小刻みに震えていることを理解し、ポップは「マァム……」と彼女の名を呼んだ。
「ごめんなさい。本当に私は貴方に頼ってばかりで。それなのに、私は今まで……貴方に酷いことを……」
マァムの瞳からは涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
ポップは呆然とするしかない。
「でも、信じてもらえないかもしれないけれど、ようやく気がつくことができたの。自分の愚かさに。これからは心を入れ替えるわ。そして、貴方の役に立てるようになってみせる。だから……」
マァムはポップの肩に顎を当てていたが、そこから一旦少し離れ、彼の息のかかる距離まで再び顔を近づけてくる。
「だから、お願い。冗談でも、そんな事は言わないで……」
「あっ……。ああ。わっ、悪かったよ……」
謝罪をしながらも、マァムから目が離せない。
頬を朱に染め、潤んだ瞳を向けてくる彼女があまりにも綺麗だったから。
「……いろいろと至らないところはあると思います。ですが、どうか私を貴方の隣に立たせて下さい。貴方に相応しい女の子になれるように頑張り続けますから……。どうか、お願いします……」
マァムの懸命な言葉に、その表情に、息づかいに、心からの嘆願に、ポップは自分が告白されていることにようやく気がつく。
……震えている。あのマァムが。
もしも断られたらと、そんな事になったら生きていけないと言わんばかりのその姿が愛らしい。愛しくてたまらない。
こんな姿を見せらたら、もう止まられなかった。
無言で柔らかな頬に手をそえると、ポップはマァムの唇に自分のそれを重ね合わせる。
唇と唇のキス。そんな行為をするのは始めてだ。
けれど、ポップはひどく冷静に、マァムの弾力のある唇の感触を味わう。心臓はうるさいくらいに激しくなっているのにも関わらず、自分でも驚くほど思考はクリアだった。
こちらに負けまいとするかのように、マァムも唇を啄み続けてくる。
それが嬉しくてたまらない。
一方通行の思いではないのだということが伝わってきて、喜びがこみ上げてきてしまう。
長い長い口吻が続いたが、やがて、どちらとなく惜しむように唇を離す。
「……マァム……」
「……ありがとう、ポップ。……戻りましょう。メルルに話さないと……」
「ああ……」
お互いを見つめ合い、ポップとマァムはもう一度、軽く唇を合わせ、恥ずかしそうに笑いあう。
この日は、ポップにとっても、マァムにとっても、忘れられない一日になった。
……だが、まだ今日という日は、一日は終わっていない……。
△
午前中で切り上げる予定であったにもかかわらず、狩った獲物を村に運んだりするのに、ことのほか時間がかかってしまった。
ルーラを使い、朝にメルルを送っていった小さな村にたどり着く頃には、日はだいぶ傾いてしまっていた。
温泉が唯一にして最大の売りのこの村は、ダイの探索中に存在を知って立ち寄ることとなった村だ。
硫黄の匂いが鼻を突くが、今のポップにとっては些細なことだった。
彼の左腕に右腕を絡めて立つ、愛しい少女の甘い香りに彼は夢中だった。
腕に伝わる、マァムの豊満な乳房の、オッパイの柔らかくも弾力のある感触が心地良い。
つい顔がだらしなく崩れないようにするのが難しいほど、ポップは幸せを感じていた。
けれど、これからのメルルとの話し合いを思うと、そんな気持ちも急速に沈んでいく。
メルルはダイの捜索をともに行う大切な仲間だ。でも、それだけではない。
彼女はこんな自分のような男に、好意を抱いてくれているのだ。
自分がマァムの事が好きだと知っているにも関わらず、今でも……。
だが、ずるずると続けてしまった今の中途半端な関係に終止符を打たなければいけない。
マァムが告白してくれたのだ。
先の大魔王バーンとの戦いの最中だったため、答えを保留していたポップからの告白に、最高の答えを返してくれたのだから。
……最悪、ここでメルルとは分かれることになるかもしれない。いや、きっとそうなるだろう。
それが寂しくないと言えば嘘になる。けれど、きちんとけじめはつけないと行けない。
ポップがそう決意を固めようとしていると、
「ポップさん、マァムさん。お待ちしていました」
その当人が、メルルが、出迎えに現れてしまった。
きっと自分たちが来るのを今か今かと待っていて、ルーラの軌跡を確認して来てくれたのだろう。
「あっ……」
メルルは、腕を絡め合うポップとマァムを見て、にっこり微笑んだ。
きっと、心のうちでは、辛いはずなのに。
「お部屋はすでにご用意して頂いてあります。そろそろお食事の時間ですから、お風呂の前にそちらを」
メルルは笑顔で「ご案内しますね」と言って、踵を返してポップ達を今日の宿まで案内する。
ポップはメルルに声をかけようとしたが、マァムに腕を軽く引っ張られた。
「まずは、私から話すわ。いきなり貴方から言われるよりも、それがいいと思うの」
「あっ、ああ。すまねぇ、頼む……」
情けないとは思いながらも、正直その申し出は事はかなりデリケートな話だ。同性の方が話しやすい部分も確かにあるだろう。
ポップの頼みにマァムは頷くと、彼の腕から離れ、先を歩くメルルに歩調を合わせながら、何かを小声で話す。
その内容は聞き取れなかったが、メルルは小さく頷いた。
それを確認し、ポップは覚悟を決めるのだった。