カーン! カーン! カーン!
耳をつんざく鐘の音で、マァムは目を覚ました。
なかなか寝付けなく、ようやく眠りに入れたと思った矢先の出来事だった。
「起床! 起床時間ですよ」
元気のいい女の声が響き渡る。
寝不足の頭には、非常に耳障りだ。
しかし、情報を得るチャンスだ。
マァムは敷物にしていた服もどきを頭から被り、腰の部分を紐で縛る。
下着がないのがものすごく心細い。
上半身、特に豊かな乳房が動くたびに揺れて擦れてチクチクする。それに、丈がそれほどないため、女のいちばん大切な部分が見えてしまいそうで恥ずかしい。
周りは女ばかりだと言うが、それでも他人にその部分を晒すのは恥ずかしいことこの上ない。
「もしも、こんなところをポップに見られたら……」
あのエッチな男のことだ。きっとだらしない顔をしてまじまじと見てくるに違いない。
けれど、だらしないポップのスケベな顔を思い出したら、少しだけ勇気が湧いてきた。
「よし、まずは情報収集。どこかに飛ばされたメルルのことも調べないといけないし、やることがいっぱいだわ」
折れそうな心を叱咤して、マァムは自分の部屋の扉が開くのを待った。
やがて、またガチャッという金属音が聞こえたかと思うと、マァムの部屋の扉が開かれた。
「あら、おはようございます。きちんと服を身に着けているのは偉いですね。赤髪ちゃんがきちんと教えてくれたのですね。
マァムさん。昨晩は良く眠れましたか? 今日から本格的な矯正調教プログラムが始まりますので、一緒に頑張りましょうね」
挨拶と一方的な説明を口にするのは、緑色の髪を肩の辺りで短く切りそろえた、マァムと同じくらいの年頃の少女だった。
彼女はマァムのようなズタ袋を身につけることなく、露出の少ない真っ白な神官服を連想させる衣類を身に着けている。
「貴女は、い……」
「はい、ギルティ! 私か他の看守さんがいいと言うまで、貴女達のような雌豚は喋ってはいけませんよ! まぁ、今回だけは最初なので大目に見ますが、これ以降は懲罰の対象にしますよ」
緑髪の少女は、笑顔で辛辣なことを言う。
(何よ、雌豚って……。人を馬鹿にするにも程があるわよ)
マァムは心の中でそう思ったが、今は言うとおりにするしかないと判断し、黙っていることにした。
「それでは、マァムさん。私語を一切せずに、まっすぐ私に付いてきて下さい。シャワー室に案内しますから。そして綺麗になったら、他の雌豚さん達に貴女を紹介しますね。朝食はそれからですよ」
緑髪の少女は楽しそうにそう言うと、鼻歌交じりに歩き出す。
マァムは黙ってそれに続く。
廊下に出て気づいたのは、この建物が想像していたよりも随分と大きいこと。
遅れないようについていきながらも扉の数を数えていると、五十部屋以上あるようだった。
長く一本道な通路が続いたが、「ここを右です」と言われ、二つに別れた道を右に進む。
床がしっかり磨かれているため、ここまでは裸足でも大丈夫なのが分かった。
(ただ、靴は手に入れないと)
前を行く緑髪の少女は白い靴を履いている。
ここを脱出する際には、なんとしても必要になりそうだ。
やがて大きな部屋の前にたどり着いた。
そこにたどり着くと、緑髪の少女がドアを開けてくれた。
その部屋はかなりの大きさがあったが、いたるところにマァムと同じようなズタ袋を身に纏った女達がいて、ごった返している。
「はい、ここがシャワー室ですよ。病気にならないように、しっかり自分で綺麗にして下さいね。一人の持ち時間は、三分間だけなので、素早く綺麗にしてくださいね。もしも汚いままでしたら、朝ごはんは無しですよ」
(たったの三分? それで綺麗にしろって言うの?)
マァムには、この緑髪の少女が言うことが信じられなかった。
ゆっくりとシャワーを浴びさせてもらえるとは考えていなかったが、三分はあまりにも短い。
「ほらっ、早く他の雌豚さん達の後ろに並んで下さい。マァムさんが遅れると、それだけ時間が遅くなって、最悪朝食が抜きになってしまいますよ」
マァムは文句を言いたいのを堪えて、一番人数が少ない列に並ぶ。
シャワーは十箇所以上あるようだが、人数が人数なので、なかなか順番が回ってこない。
仕方なく、マァムは他の女達の姿を観察する。
確認すると、みんな若い女――少女だった。その上、数名、十歳に満たないのではと思える小さな子の姿もあった。
(あんな年端のいかない子どもまで……)
マァムはその子達を不憫に思うのと同時に、義憤を感じる。
そんな事を思っていると、ようやく自分の番が回ってきた。
衣類を入れる籠の他に、タオルがシャワーの前の方に綺麗にいくつも重ねられて置いてあり、上から順番に使うようだ。
マァムは急いで体と髪を洗おうと、ズタ袋を脱いでシャワー室に入り、コックをひねる。
「っ!」
思わず声が漏れそうになり、マァムは懸命にそれを飲み込む。
温かなシャワーを期待していたのだが、固定されたシャワー口から出てきたのは、冷水だった。
コック部分を確認しても、お湯が出るような仕組みになっていない。ただ、目の前にデカデカと置かれている砂時計の砂がどんどん落ちていくのが分かった。
(これがタイムリミット? 冷水で三分以内に綺麗にするなんて、無理に決まっているわ!)
マァムは心のなかで文句を言いながらも、大慌てで髪と躰を洗う。
お湯が使えないのだから、当然石鹸やシャンプーなど望めるわけもなく、マァムは冷水だけで体を洗い、砂時計の砂が落ちきる前にシャワー室を出て、タオルで髪と体を拭く。
タオルもゴワゴワしていて、決して質の良いものではないようだが、今は体温を奪おうとする水滴が拭けるのであれば贅沢はいっていられない。
「ふふっ。さっぱりしましたか? ですが、そんなにおっぱいが大きいと、拭くのも大変ですね」
マァムが豊満な乳房の下の部分を拭いていると、全く邪気のない笑顔で、緑髪の少女が近づいてきた。
マァムは不承不承に頷くと、急いでズタ袋を身に着直す。
「うんうん。きちんと私の言ったことを守っていますね」
緑髪の少女は嬉しそうに言い、
「さぁ、また私についてきて下さい。朝食前に皆さんにマァムさんを紹介しますから。そして、朝食後に、今日は初日ですので『矯正調教プログラム』の説明をしちゃいますよ」
そう言ってまた、鼻歌交じりに歩き始める。
仕方なく、マァムは彼女を追いかけるのだった。
△
次にマァムが案内された部屋は、食堂だった。
これまた大きな部屋だったが、五十人以上の人間がそれぞれ所定の席に座るとかなり手狭になってしまう。
「はいはい。私に、フェンネル看守に注目ですよぉ」
緑髪の少女に促されて、マァムは食堂の一番奥に他の看守数名が立っているところに一人立たされる。
そこで初めて、この緑髪の少女の名前を知ることが出来た。
「はい。皆さん静かにしていてくれて、私は嬉しいですよ。それでは朝食前に、皆さんの新しい仲間を紹介します。
この胸の大きな女性は、マァムさんです。この方も皆さんと同じ様に、自分の立場をわきまえず、偉大なるルシリス様のお怒りに触れて、E-の判定を貰った困ったちゃんです」
マァムはフェンネルの紹介に、腸が煮えくり返る思いだった。
何のことかまるで分からない事を一方的に言われ、さらに衣類を奪われてこんな訳のわからないところに幽閉されたのだ。それなのに、まるで自分が悪いように言われては、怒りを覚えるのも無理のないことだろう。
何とか怒りを顔に出さないように努めながら、マァムはフェンネルの紹介を黙って聴くことにする。
「さて、日が浅いとは言え、このマァムさんも皆さんと同じ立場ですから、もしも彼女が問題を起こせば、皆さんの連帯責任になりますので、いろいろ丁寧に教えてあげてくださいね。
同じ雌豚同士、仲良くして、一日でも早く皆様の『矯正調教プログラム』が終わることを、私達看守一同、心より願っております」
フェンネルはそう話を締めると、「それでは、朝食にしましょう」と一方的に話を切った。
そのため、マァムには何も新しい情報は入ってこなかった。
だが、波風を立てない方がいいと思い、他の少女達に頭を軽く下げた。
「あらあら、なんですか? マァムさんてば、挨拶ができるなんてすごいですね」
フェンネルが心底驚いた顔をしたかと思うと、パチパチと手を叩く。
それが明らかな挑発に思えて、マァムはカチンときて、思わずフェンネルを睨みつけてしまった。
「もう、そんな怖い顔をしないで下さい。私は本当に感心しているんですよ? まぁ、それ以上に、腹立たしくもありますがね」
常に笑顔だったフェンネルの顔から、表情が消えた。
ただそれだけなのに、マァムは全身から冷や汗が吹き出す。
「ですが、その事はおいおい躾けることにしましょう! さぁ、今日の食事当番の人達は、皆さんに食事をお配りして下さい!」
その一瞬が嘘のように、フェンネルはまた笑顔に戻ってみんなに声をかける。
そして、この施設での初めての食事を、マァムは経験することになったのだった。