朝食もロクではないことは予想していたが、実際のそれは、マァムの予想を更に下回ってきた。
マァム達の座る席のテーブルに置かれたのは、粗末な木のコップに入った水と、これまた粗末な小さな器に乗せられた二粒の何かだ。
一つは丸い形をした、薄い茶色の粒。もう一つは、四角い形をした薄緑の粒。
まるで病気の時に飲む薬のようだ。
「はい、皆さんに行き渡りましたね。それでは、頂きましょう! 食事時間は一分ですから、すぐに食べてしまって下さいね」
フェンネルのその合図に、みんなその二粒を手にとって、それを口に放り込むと、水で喉の奥に流し込む。
なにかおかしなものでも入っているのではと危惧したが、マァムも空腹だったので、やむを得ずにみんなに倣う。
食事時間は一分だと言っていたが、みんな十秒もかからずに食事を終える。
何の幸せも喜びもないその行為に、マァムは怒りを覚えたが、周りのみんなは生気のない目でぼんやりとして、何の感情も浮かべていない。
「はい。『ごちそうさまでした』を、みんなでしましょうね」
幼子に言い聞かせるようにフェンネルに言われ、みんなはそのとおりに口にする。
仕方なく、マァムもそれに倣った。
「はい。皆さんきちんとご挨拶が出来ましたので、昼食もきちんと用意しますよぉ」
笑顔で言われたその言葉に、マァムは恐怖を覚えた。
このフェンネルという少女は、自分達を虐待することに何の躊躇もないことが、その一言に集約されていたのを理解したから。
「さて、マァムさん以外の皆さんは、いつものように労働に勤しんで下さいね! 今日は街の家畜小屋の掃除と、ゴミと汚物の回収と処理ですよ。頑張って、人間である方々のために、ご奉仕しましょうね」
フェンネルの言葉に、みんな死んだような目で、「はい」と頷いて立ち上がると、順番を守って食堂から出ていく。
それは、とてつもなく恐ろしい光景だった。
いつか、自分もあんなふうになるのではという恐怖に、マァムは体を震わせる。
「さぁ、マァムさん。貴女はこっちですよ! 労働を休めるのは、今日だけなんですから、しっかりその幸せを噛み締めてくださいね」
フェンネルの言葉に、マァムは一層不安になる。
けれど、こんなところで弱気になっている場合ではないと思い、彼女はフェンネルの後についていくのだった。
△
マァムが連れてこられたのは、村の診療所を彷彿とさせるような部屋だった。
ベッドが置かれている他、様々な薬品が入ったガラス棚が目を引く。
生憎と奥はカーテンが閉められているので見えないが、それなりに広い部屋のようだ。
「皆さん、お待たせしました。久しぶりの『矯正調教プログラム』の説明ですが、頑張っていきましょう」
フェンネルは、彼女と同じ服装の仲間の元に歩み寄ると、仲間たちと同じ様に、テーブルの後ろに置かれた椅子に座って、肘をテーブルについて微笑む。
「マァムさん。貴女も座って下さい」
フェンネルはそう言うが、マァムの近くには椅子はない。
それが床に座れという意味であることを理解し、彼女は黙って床の上に正座する。
「さて、それでは説明を開始しましょう。ただ、質問は一切許しませんので、そのつもりでいてくださいね。クミンさん、説明をよろしくお願い致します」
フェンネルは、仲間の短い黒髪の少女に説明を任せる。
クミンと呼ばれたその少女は、四角いレンズのメガネの中央フレームを指でクイッと上げ、咳払いをした後に説明を開始した。
彼女の話はあまりにも荒唐無稽で、馬鹿馬鹿しい内容だった。
それでもマァムはその話を聞いて何とか理解しようと努め、理解しやすいように話をまとめる。
この世界は、女神ルシリスが作った、男性に従順ではない女を再教育及び調教するためのシステムだと言うのだ。
この施設が、ではない。この世界そのものがそうだというのだ。
そして、この世界はマァム達が居た世界とは異なる理で出来ており、今のこの躰も実際のものではないのらしい。
魂を抜き出し、この世界にそれを閉じ込めて肉体を与えた。
そんな無茶苦茶な話を、クミンは大真面目で語っていた。
「もっとも、躰は本物のそれと全く同じですので、違和感はないはずですし、身につけた技や経験を問題なく発揮できるはずです」
その解説を聞き、マァムはこっそり手を握ってみたが、自分の力は衰えていないであろうことは感じることが出来た。
そして、この世界では、女は五つの階級に分けられて、Aが最上位で、最低ランクはEなのだという。
「この施設にいる皆さんは、E-ですので、あらゆる権利が剥奪されています。まぁ当然ですよね。人間のカテゴリーに居ないのですから。
そして、住む場所も食事も教育も、その階級によって異なります。ちなみに、私達看守は、Aの階級の人間です」
その説明に、マァムは単純な身分差だと理解したが、そこでクミンは注釈を入れる。
「ただし、AからEのカテゴリーの中に優劣は存在しません。Aだから下のものに何をしてもいいというわけではありませんし、仮にEだとしても、Aの人に意見することは認められています。貴女から見れば、私達はさぞ傲慢な存在に見えるでしょうがね」
「まぁ、E-には関係のない話ですから、忘れてしまってもいいですよ」
クミンの説明に、フェンネルが口を挟んでくる。
「もう、フェンネル。そんな意地悪をしないの」
クミンはそんなフェンネルを窘めて、話を続ける。
「あまりE-からE以上に上がった例はありませんが、ゼロではありません。私達が全力で協力しますので、マァムさんも他の皆さんと同じ様に、自分の立場というものを理解し、今までの行いを心から反省して、人間になることを目標に頑張って下さい」
クミンはそう締めくくり、話を終わらせる。
その言葉に、マァムの我慢に我慢をしていた怒りが溢れ出しそうになった。
「はぁ~。仕方ないですね。特別に許可してあげますよ。文句があるんでしたら、口にして構いませんよ、マァムさん」
フェンネルは心底呆れた口調で、マァムの発言を認めた。
「ふざけないでよ!」
マァムの口から、怒声が飛んだ。
「何が人間になることを目標にしろよ! 私達は人間よ! 貴方達やあのルシリスとかいう女神に認められなくても!」
何が傲慢に見えるでしょうがだ。こんな非非人道的な行為が許されていいはずがない。
「……まぁ、どうしても人間のカテゴリーに入りたいのだというのであれば、入れてあげなくもないですよ。『人間のクズ』というカテゴリーになら、ですが」
フェンネルはそう言うと、はぁ~と大きなため息をついた。
「この!」
マァムの堪忍袋の緒は、そこで切れた。
怒りに任せて立ち上がるのと同時に、フェンネルに殴りかかる。
だが、次の瞬間、フェンネルの姿が視界から消えた。
「……なっ!」
どこに行ったのかと探すよりも先に、腹部に強烈な肘打ちをくらい、マァムは後方にふっとばされ、床の上に倒れる。
「ああっ、そんなに大きく股を広げてしまって。本当に恥知らずなんですね、貴女は」
倒れたマアムが、股間を丸出しの状態で倒れたことに、フェンネルはもう一度ため息をついた。
マァムは腹部の痛みを堪えて何とか立ち上がろうとするが、あまりの激痛に躰が動いてくれない。
いくつもの戦いをくぐり抜けてきた彼女にとっても、こんな深刻なダメージを負った経験は殆どない。
「マァムさん。ルシリス様からの資料を読ませていただいているので、貴女の事はよく分かっています。大魔王バーンとの戦いにおいても、碌な成果を上げられなかったそうですね。
特に敵に体を乗っ取られて味方を攻撃したなど、私達からしたら恥ずかしくて生きては居られない失態ですよ」
フェンネルの顔からは、笑顔が完全に消えていた。
「それなのに、戦いの功労者であるポップ様を無碍に扱い、苦しめていることにも気づかない。……本当に恥知らずですね」
明らかな侮蔑を顔に浮かべたフェンネルは、倒れたまま苦しむマァムの元に歩み寄ると、彼女の下腹部を踏み抜かん勢いで蹴りを入れた。何度も、何度も。
「貴女のこの子宮は飾りですか? どうしてポップ様に差し出そうとさえしないのです? あの方はずっとそれを望んでいたのに、そんなことも察せないのですか?」
「うっ、ああああああっ、いやぁぁぁぁっ!」
マァムは激痛に襲われ、あまりの痛みと下腹部を刺激された勢いで、彼女は失禁してしまう。
「ああ、股が随分緩いんですね。こんなプッシーでは、確かにポップ様に捧げる値しないかも知れませんね」
痛みに気絶する直前にマァムが聞いたのは、そんな冷たい侮蔑の言葉だった。