Ⅱ(薙切えりなと新戸緋沙子)①
それは残酷な結末だった。
「不味い!」
その時の僕が作った最高の一品は、その一言とともに、皿ごと僕の頭から被せられた。
被せられた料理のあまりの熱さに、僕はその場でのたうち回る。
けれど、そんな傍若無人な行動をした女の子は、気にした様子もなく、忌々しげに僕を睨んでいた。
「先代がおじい様のご贔屓だったと聞いたので期待していたのですが、この程度の品を私の前に出すなんて」
「すっ、すみません。もう一度作り直して……」
「もう結構です。貴方のまずい料理で、私の舌をこれ以上汚したくありません」
その女の子は、話は終わりだと言わんばかりに席を立つ。
金色の長髪は美しく、勝ち気なツリ目だが、その紫の瞳は宝石のようで。整った顔立ち。自分と同じ成長期とは思えないほど、早熟な女性らしい体つきのその少女。
丹精込めて、喜んでもらおうと作った料理を最悪の形で駄目にされても、僕は彼女を、薙切えりなという少女を憎みきれなかった。
「お願いです。どうか、もう一度だけチャンスを」
「下がりなさい! えりな様の判断は絶対です」
赤紫色の髪を短く切りそろえた少女、新戸緋沙子が、追い縋ろうとする僕と薙切えりなの間に入ってくる。
「緋沙子。予定が詰まっているのでしょう? 次に行きましょう」
「はい。えりな様」
僕には一瞥もくれることもなく、薙切えりなは店を出ていこうとし、それに新戸緋沙子も続く。
けれど、薙切えりなは不意に立ち止まり、僕の方を向いた。
「そういえば、貴方。遠月学園への編入を希望しているのだったわね」
「えっ、はい……」
「そう。では忠告します。編入は諦めなさい。貴方程度の料理人を、遠月は必要としていないわ。二流の料理人はどこまで行っても二流なままよ」
薙切えりなは冷ややかな目で言い、今度は振り返りもせずに店を後にして行った。
そして、残ったのは、床にぶちまけられた料理と、ソースまみれになっている情けない自分一人だった。
こうして、僕の遠月学園への編入の夢も、両親から急遽受け継ぐことになったこの店を有名店にする希望も全てが絶たれた。
腹が立たないといえば嘘になるけれど、でも、仕方がない。僕の腕が未熟なのが悪いのだ。
近所のお得意様や常連のお客様に支えられているおかげで、父と母が亡くなってからも何とか生活も出来たし、普通の高校に通うことは出来ている。
これ以上を望んではバチが当たるだろう。
「二流の料理人は、二流らしくか……」
時折、この時のやり取りを思い出して悲しい気持ちになることはあるけれど、それでも一歩ずつ進んでいくしかない。
広い店と家での一人での生活も、そのうち慣れて、寂しくはなくなっていくだろう。
僕はそう思っていた。
けれど、僕の生活は、ある日を境に一変することになったんだ。
△
その女性は、外国の人だった。
水色の美しい髪と温和な表情が印象的で、こんな美人を見たのは、あの、薙切えりなや彼女の秘書の新戸緋沙子以来だ。
歳は二十代の前半くらいだろうか?
優しく清楚な雰囲気で、身につけている服装も露出が低めの白いシャツと膝丈までのスカートなのに、なんとも言えない大人の色気が透けて見える感じがして、僕は料理の皿を運ぶ度に、ドキドキしてしまった。
「あの、食後の珈琲をどうぞ。サービスですので」
他のお客様にも同じ様にしているのだが、そう声をかける時に、つい緊張から声が上ずってしまった。
けれど、その女性は「ありがとうございます」と穏やかに微笑み、珈琲を静かに口に運ぶ。
ただ飲んでいるだけなのに。彼女は上品ですごく美しい。
でも、なんというかそれがすごく色っぽく見えて、僕は恥ずかしくて目をそらし、厨房に戻ろうとした。
けれど、そこで声がかかる。
「シェフ。素晴らしい料理でした。まだ高校生でありながら、とても美味しい料理を食べさせて下さる料理店があると聞き、足を運ばせて頂いたのですが、想像以上でした。
料理の味はもちろん、運んで来て下さるタイミング、温度管理。そしてこの店の落ち着いた雰囲気。どれをとっても非の打ち所がありませんわ」
流暢な日本語で、水色の髪の女性は僕の料理を絶賛してくれた。
「私の名前はルシリスと申します。よろしければ、お名前をお教え頂けませんか?」
ルシリスと名乗った女性は立ち上がり、僕に深々と頭を下げる。
「あっ、いえ、そんな。その、どうかお顔をあげて下さい。僕は小早川。小早川悠斗です」
お客様に頭を下げさせておくわけにはいかず、僕は慌てて名前を名乗る。
「小早川悠斗様ですね」
ルシリスさんは顔を上げると嬉しそうに微笑む。
それはあまりにも綺麗な笑顔で、僕の心臓は早鐘のように脈動し続ける。
「とても素敵な時間をありがとうございました。そして、サービスをして頂いたことを、私は決して忘れません」
「あっ、いえ、その……」
僕は挙動不審な態度を取ってしまったけれど、ルシリスさんは穏やかに微笑んでくれた。
そして、ルシリスさんはお勘定を払ってくれて、もう一度深々と礼をして、僕のお店を後にして行った。
「……綺麗な人だったな……」
今日の予定はルシリスさんただ一人で、寂しく思っていたのだが、今日だけは他の予定が入っていなかったことに感謝する。しばらくは調理に集中できそうもない。
「また、来てくださるといいな……」
僕の料理を褒めて下さったけれど、そういったお世辞を真に受けるわけにはいかない。
いくら頑張っても、僕は二流止まりの料理人にしかなれないのだから。
ただ、美味しいだけの料理ではなく、ほっと安らぐ時間と空間を提供したい。
それが、今は亡き両親の料理に対するスタンスであり、僕の信念でもあるのだから。
「さてと、少しは勉強もしないと」
明日からはまた学校がある。テスト期間ももうすぐやってくるのだ。
僕はもう一度あの美しいルシリスさんの姿を思い出し、店を閉める準備を始めることにした。
△
気がつくと、僕は真っ白い建物の中に立ち尽くしていた。
大理石でできた、西洋建築の神殿のような建物の中に、僕は立っていたんだ。
「何処なんだろう、ここは? それに、なっ、なんで僕は裸なんだ!」
僕は一糸まとわぬ姿で、立ち尽くしていた。
筋肉質だった父とは違い華奢な自分の腕の細さにがっかりするよりも、股間を露出しているのが恥ずかしくて、僕は慌てて股間を手で隠す。
「本来ならば私の方から出向かねばならぬ所を、お越し頂き申し訳ございません」
美しい女性の声が聞こえた。そして、誰かが建物の奥から歩いてくる。けれど、僕はこの声は聞いたことがある。
「私の名前はルシリス。僭越ながら、光の女神と呼ばれております。ようこそ私の神殿にお越しくださいました。小早川悠斗様」
とても横長な金属の肩当て月のマントと、用途のわからない頭部の輪のようなアクセサリーを身に着けていたが、彼女は間違いなく今日、うちの店に予約を入れてくださり、食事を楽しんで頂いたお客様だった。
「あっ、貴女は、ルシリスさん……」
「はい。覚えていてくださったのですね。嬉しいですわ」
やはり目の前にいる女性は、ルシリスさんだ。でも、光の女神というのはなんだろう? それに、どうして僕は彼女の前で全裸に……。
羞恥心から頬が真っ赤になり、熱を持つ。
「殿方に恥をかかせてしまい、誠に申し訳ございません。ですが、どうかお隠しにならないで下さいませ」
「えっ、その、でも……」
「大丈夫です。貴方様のその部分は、とても大切なところであると同時に、無知で愚かな女に身の程を教えるための雄々しき部分なのですから」
ルシリスさんの声にはまるで魔法か何かがかかっているかのようで、僕はそれに魅入られたかのように、股間の男性器を顕にしてしまう。
「ふふっ。やはり素敵です」
「はっ、恥ずかしいから、あまり見ないで下さい……」
僕のペニスは、亀頭の部分が少ししか露出していない。仮性包茎の状態だ。これが、僕の悩みの一つでもある。
「そうですわね。悠斗様にだけ恥ずかしい思いをさせるわけにはいきませんね」
ルシリスさんはそう言うと、スリットが入り足を露出している腰布を片手で更に開き、自らの股間を、秘部を顕にする。
「お見苦しいかもしれませんが、これが私の女の部分です。その、まだ誰とも契りを交わしていないので、お見せするのは、悠斗様が初めてです」
ルシリスさんの説明を聞きながらも、僕はその話が頭に入ってこない。ただ目の前にある、手入れがされた美しい三角形の陰毛が彩る少し隆起した丘の部分に見惚れてしまっていた。
ムクムクと男性器が、ペニスが固くなっていく。そして、もっとルシリスさんのその部分を見たいと思ってしまう。
「私のような端女の躰に興奮して頂けて、光栄ですわ」
ルシリスさんのその言葉に、僕は我に返った。
ルシリスさんは顔を真っ赤にしながら、微笑んでくれている。
僕は今頃になって罰が悪くなり、ルシリスさんに背中を向ける。
「すっ、すみません。その、見てしまって……」
あんなにマジマジと女性の秘部を見てしまった。角度の問題で奥まで見えなかったが、ただその部分を見ただけでも僕には刺激的すぎた。
「ふふっ。どうして、謝る必要があるのですか、悠斗様?」
背中を向けた僕の躰を、ルシリスさんは背後から抱きしめてくる。そして……。
「あっ、るっ、ルシリスさん……」
細くて長い指が、僕のペニスを優しく掴む。そして、愛おしむように、優しくその指と手が上下に動いていく。
「そうですか。私はこのままでも十分魅力的で素敵だと思いますが、悠斗様はコンプレックスに思われているのですね。それでしたら……」
ルシリスさんの手が熱くなっていく。そして、少しずつその熱が僕のペニスに移っていくのを感じる。
「あっ、熱い! あそこが、燃えるように……。玉も……」
「大丈夫です。熱いのは少しの間だけです。この熱が治まる頃には、悠斗様のコンプレックスはなくなりますから」
「あっ、あああああああっ!」
僕は悲鳴を上げながら、射精をする。情けないとは思うけれど、熱さとは別に、ルシリスさんの指があまりにも気持ちよすぎて、我慢ができなかった。
「はぁ、はぁ……」
熱が治まったことと、射精後の脱力感で、僕は力が抜けてルシリスさんにもたれかかってしまう。
重いはずなのに、彼女は笑顔で僕の体を支えてくれた。
「お疲れさまでした、悠斗様」
優しい声。それに、温かな体温に、女性特有の甘い香りに包まれ、僕は幸せを感じてしまう。
「後は、この素晴らしい男性器に見合うだけの肉の器もご用意いたしますね。ご安心下さいませ。私の管理する世界には、何十、何百億という雌豚をご用意しております。きっと、お気に入りが見つかるはずですわ」
「雌……豚……?」
「はい。男性と同じ種族であるにも関わらず、自らの快楽を貪ることばかりを考える、自分勝手で愚かしいことこの上ない、恥知らずのことです。ですが、ご安心下さい。きちんと、私と配下の者が教育を施しておりますので」
僕は射精の疲れと甘い香りと体温が幸せで、眠くなり、意識を失いそうになってしまう。
「今日頂いた珈琲の一滴当たりで雌豚一人と考えると、ふふっ。沢山ご用意致しますね。大丈夫です。自らの餌代くらいは自分で稼がせるように仕込んでありますので」
「……はぁ、はぁ。ルシリスさん……」
ルシリスさんの言葉も、もう僕の耳には入らない。もう、限界だ。眠くて仕方がない。
「まぁ、ご無理をさせて申し訳ございません。ですが、最後にもう一度だけ悠斗様の記憶の一部を見させて下さいませ。選んで頂く前の選抜にかける雌豚をご用意する参考にさせて頂きますので」
ルシリスさんは何かを言い、僕の額に自らの額を当てた。
そこまでだった。
僕が意識を保っていられたのは。
でも、僕が最後に見たルシリスさんは、すごく怒っているように思えたのは何故だろう。
「……このようなゴミクズが生きているとは、許しがたいですね」
ルシリスさんはとても怖い顔をしていた。
けれど、僕は次に目を覚ましたときには、全てを忘れてしまうのだろう。
なんとなくだけれど、そんな気がしてならなかった。