酷い夢を見た。
おかしな格好をした女に、何度も何度も高い場所から硬い床に叩きつけられる悪夢だ。
そう、あんな事が現実の訳がない。あれは夢だ。
なぜなら、あんなにひどい目にあったのに、私はこうして生きているのだから。
「……の……。……あの……」
声がする。女の声だ。でも、夢に出てきたあのおかしな格好の女の声ではない。
どうして、緋沙子ではない人間が眠っている私に気安く声をかけてくるのだろう。
酷く重いまぶたを開くと、私の目の前には、赤い髪の少女が私を覗き込んでいた。
年は私と同じくらいだろう。でも、顔に覚えはない。
それなりに整った顔立ちだと思うが、いかんせん髪も肌も手入れがされてなさすぎる。それに、どうしてこの娘は、貧相な袋を頭から被っているのだろう?
「良かった、目が覚めて……」
赤い髪のその少女は、そう言って僅かに微笑む。
「なっ、なんで、私、裸なの! それに、この石づくりの不衛生な建物は何なの?」
そこで私は、ようやく自分が全裸で薄汚い床の上に寝かされていたことに気がついた。
まだ夢の続きを見ていると思いたかったが、床の冷たさも、カビの生えたような臭いも、ここが夢ではなく現実だと私に訴えかけてくる。
同性とは言え、流石に胸やあの部分を丸出しにしているのは恥ずかしすぎるので、私は慌てて硬い床の上に正座をし、胸を左手で隠す。
「ここは、牢獄です。それと、貴女が裸なのは、貴女には何も所有することが認められていないからだそうです。普段であれば、私と同じ服だけは支給されるのですが……」
「服? 貴女の身につけているそれが服ですって?」
「はい。この牢獄に収容された女の唯一の所有物です」
どう見てもズタ袋にしか見えないそれを、赤髪の少女は大事そうに撫でる。
「……ええと、よく話が見えてこないのだけれども、誰が私と貴女をこんなところに……。あっ、その前に、私は薙切えりなと申します。お名前を伺ってもよろしくて?」
私が名を名乗って尋ねると、しかし、赤髪の少女は悲しそうに微笑み、
「赤髪、と呼ばれています。私は、それ以外の名前を持っていません」
そんな意味の分からないことを言う。
「赤髪さん? 随分変わった名前ね」
「私のこの赤い髪から呼ばれている便宜的な呼称です。私は、名前を無くした大罪人らしいので……」
赤髪さんはそこまで言うと、首を横に振り、「今は、私のことよりも説明を聞いて下さい」と話を戻す。
今頃になって気がついた。彼女も正座をしている。日本語も話しているので、おそらくは日本人なのだろう。
「ここは、光の女神ルシリス様の管理する世界にある牢獄の一つです。そして、貴女は今日からここに収容されることになりました」
「えっ? 女神?」
「お会いしていませんか? ここに収容される人は、みんなルシリス様に『E-』という評価をつけられているはずですが……」
赤髪さんの突飛な話に、彼女の正気を疑いたくなってしまったけれど、私はその『E-』という言葉に聞き覚えがあった。
『新戸緋沙子さん。貴女はE-。そして当然、薙切えりなさんも、E-とします。もしもこれよりも下のランクがあるのであれば、薙切えりなさんはZ評価にしたいのですが、仕方がありません』
意識を失う前に、あのおかしな格好の女がそう言っていたことを思い出し、私は怒りを覚える。
あれは夢ではなかったのか。
だとしたら、女神だと名乗るあの女は、あのようなひどい仕打ちをしただけでは飽き足らず、この薙切えりなと緋沙子を最低のランクと評価したのだ。
それがどのようなランクであるのかはしらない。だが、この私と緋沙子を軽んじていることは間違いない。だからこそこんな場所に私を閉じ込めようとしているのだ。
「その、赤髪さん。この牢獄に、緋沙子は、薄紫色の髪の凛々しい女の子は収容されているか分からないかしら?」
見る目のない女神とやらに怒りを覚えるが、今はそんなことよりも緋沙子のことだ。
私は一縷の望みに縋るように、赤髪さんに尋ねる。
「はい。新戸緋沙子さんですよね? その方でしたら、貴女と同じ様に、この牢獄に今日から収容されています」
「そう。そうなの。緋沙子も無事なのね……」
あの光景が夢ではなかったのだとしたら、緋沙子は血まみれでボロボロになっていたのだ。ここがどこなのかは分からないが、それが分かっただけでも朗報だ。
「よかった……、本当に、良かった……」
思わずこみ上げてきてしまった涙を手で拭い、私は赤髪さんの手を取る。
年頃の女の子の手とは思えないほど、その手は傷だらけだった。
「ありがとう、赤髪さん。緋沙子のことを教えてくれてありがとう」
「……私は、看守さんに言われた仕事をこなしているだけです。私に、そのようなお礼は必要ありません」
「いいえ。貴女が教えてくれなければ、私はずっと緋沙子が無事かどうか不安でたまらなかったわ。だから、お礼を言わせて。ありがとう、本当に……」
私は心からお礼を言う。けれど、赤髪さんはまた酷く悲しい顔をする。
「……生きている事が必ずしも幸せなこととは言えませんよ。それと、大罪人の私が言えることではありませんが、どうして、そんなに他人のことを思う心があるのに、その緋沙子さんという方以外にそれを向けようとはなさらなかったんですか?
ほんの少し、ほんの少しだけ、それを他の人に、男性にも向けることができていたのなら、身の程をわきまえることができていれば、貴女もその緋沙子さんも、こんな牢獄に収容されることはなかったんですよ」
「どういうこと? 赤髪さん。貴女は何を……」
「いいえ。今更言っても意味のない話ですね。とりあえず、話を元に戻します」
赤髪さんはそう言うと、私にこの牢獄でのルールを細かく説明してくれました。
それは、あまりにも理不尽なルール。
けれど、私と緋沙子を誘拐した者の真意がつかめない以上、今はそれに従うしかないようです。
今は、情報を掴み、機会を伺わないと。
きっとおじい様も、すぐに動いて下さるはず。
……でも、覚えていなさい。
この私と緋沙子をはめた報いは受けてもらいます。
本当に女神が相手だとしても、必ず。