※この作品はR-18です。

光の女神ルシリスの調教録   作:ルシリス様の下僕

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Ⅱ(薙切えりなと新戸緋沙子)⑩

 生き地獄だった。

 内蔵を痛めつけられ、血反吐を吐きながら痛みに苦しみ続けるのは。

 

 新戸緋沙子はそれでも、自らの主人である薙切えりなを心配し、どうにか彼女だけでも救って欲しいとローリエ達に懇願したかった。

 そのためなら、この生命を差し出すことも厭わないほど、緋沙子の忠誠心は何一つ汚れのないものだった。だが、無意味だった。

 

 ローリエとフェンネルは楽しそうに談笑しているし、ジンジャーと呼ばれていた老婆は、椅子に座ってなにかの紙の束を見ながら、二人の会話を微笑ましげに見守っている。

 誰も、苦悶の声を上げて苦しむ自分達のことを見ていない。

 人間が、足元を這う虫の動向に興味がないのと同じ様に。

 

 自分達のことを雌豚などという蔑称で呼ぶことに憤慨していた緋沙子だったが、それは飽くまでも便宜上の呼称に過ぎず、その実は目障りな羽虫以下の存在にしか彼女達の目には映っていないことを理解する。

 

「……えびぃ…ばっ…がはっ……」

 懸命に訴えようとしても、口にしようとしても、痛みとこみ上げてくる血反吐に言葉にならない。

 

「ぐっ、うっ、ああっ、ごふっ……。がっああっ……」

 緋沙子の目の前で、えりなは血反吐を吐いて苦しんでいる。

 

 あの美しく気高いえりな様が、こんな醜態を晒す羽目に……。

 

「……えびぃ…ばっ…さ……ばぉ……がはっ! ああっ……うぷっああっ……」

 痛みや苦しさよりも、怒りで涙がこみ上げてくる。

 どうして自分はこんな不埒な者共からえりな様を守ることが出来ないのだろう? それどころか、憎いフェンネル達に交渉を持ちかけて、えりな様をお救いすることさえ出来ない。

 

「まったく、仕方有りませんね。これ以上床を汚されては掃除が大変になりますので、治してあげましょうか」

 力尽きた緋沙子が、言葉を喋ろうとするのさえ不可能になった頃に、ようやくフェンネルはそう言うと、彼女達に向かって右の掌を向けた。

 

 その瞬間、今までが嘘のように、すぅーと痛みが消えていった。喉に込み上がり続けていた血反吐も、無くなっていく。

 

「えっ、えりな様! えりな様!」

 緋沙子は自分の体が動く様になると、すぐにえりなに駆け寄る。幸い、彼女も回復したようで、汗と血まみれの顔で、「緋沙子……」と呼んでくれた。

 

「よかった、えりな様……」

 倒れたままのえりなの顔を裸の胸で抱きしめながら、緋沙子は安堵の息をつく。

 

「薙切えりなさん! 新戸緋沙子さん!」

 ローリエに名前を呼ばれ、緋沙子はえりなを抱きしめたまま、彼女の方を向く。

 

「……今日は初日ですから、これくらいにしておきます。ですが、明日からはもっと厳しく行きますからね。看守である私達に逆らってはいけないのはもちろん、ただ漫然と言うことを聞くのではなく、その命令の真意を理解することに務めて下さい」

 ローリエはそこまで言うと、「フェンネル先輩。掃除は私がしておきますので、彼女達をシャワー室にお願いできますか?」と伺いを立てる。

 

「いいえ、掃除は私がやっておきますよ。私がやったことですからね。ローリエさん。彼女達は貴女の初めての担当です。しっかり、面倒を見てあげて下さい」

「はい。ありがとうございます」

 ローリエは嬉しそうに微笑み、フェンネルに頭を下げる。

 

 当人達には微笑ましいやり取りなのだろうが、緋沙子達にとっては、自分達に危害を加える人間が代わるだけの違いしかない。

 

「それでは、シャワー室にもう一度向かいますよ。私に付いてきて下さい!」

 ローリエは気合を入れた声で、緋沙子達に立って付いてくるよう促す。

 

「えりな様……」

「……ええ。分かっています」

 緋沙子が、今は言うことに従いましょうという意味で瞳を見つめると、聡明なえりなは、すぐに意図を察してくれた。

 

 そして、緋沙子達は食堂を後にしようとしたのだが、そこで、机の上に放置されていた紙の束を見ながら呟いた、ジンジャーの何気ない一言が耳に入ってきた。

 

「なるほど。この雌豚達が通っていた、遠月学園というのは、どうしようもないところなんだね」

 という言葉が。

 

「こらっ、ローリエ。資料を忘れてどうするんだい」

「あっ、すみません、お婆……いえ、ジンジャーさん!」

 ジンジャーはローリエが持ってきて、机に置きっぱなしだった紙の束を彼女に手渡す。

 

「えりな様……」

「……大丈夫です」

 遠月を馬鹿にされたことに怒りを覚えているえりなは、しかし緋沙子にそう応えてくれた。

 

 これ以上、えりなが傷つくところは見たくなかった緋沙子は、ほっと胸をなでおろす。

 

 自分達の誇りである遠月を侮辱したジンジャーの言葉は許せないが、今はえりな様の安全が第一だ。

 そう自分に言い聞かせ、緋沙子達はローリエの後に続くのだった。

 

 

 

△

 

 

 

 何の楽しみもない夕食も終わり、緋沙子は自分の割り当てられた独房に戻った。

 

 少し時間ができると、彼女は今日の出来事を整理し、今後のことを考える。

 だが、断片的な今まで知りえた情報を纏めていく度に、状況は絶望的だと理解してしまう。

 

「あのローリエの言ったことが全て真実だとしたら。この建物は、日本どころか私達が暮らしていた世界とは異なるところにあるということだ……」

 ローリエは、貴女達の世界とは違うところにあると言っていた。

 下手なSF小説でもあるまいしと一笑に付すのは簡単だが、あの自らを女神と名乗ったルシリスとの記憶も鮮明に残っているし、ローリエ達看守の人間離れした力は、自分達の常識では説明できない。

 

「んっ、そう言えばあの時、ローリエは……」

 ローリエは、この世界は女神ルシリスが創造したものだと言っていた。そして、『貴女達は……』と何かを口にしようとしたところでフェンネルに止められた。

 

 何か自分達に知られては不都合な情報があるのだろう。

 もしかすると、ここから逃げて日本に戻る方法があるのかもしれない。

 

「えりな様は料理会の至宝だ。そのお仕事が一日滞るだけで、料理会の進歩が遅れてしまう。それに、えりな様のおじい様達も、今頃心配なさっておいでのはずだ」

 

 現状、緋沙子に打てる手はない。

 あまりにも、この施設や場所についての情報がなさすぎる。

 

「そう言えば、本当に、空腹をまるで感じない。それに、喉も渇かない」

 食事一つを思い出しても、おかしい。まともではない。

 

「何故、えりな様がこのような目に合わねばいけないのだ……」

 考える事に疲れ、緋沙子は少しだけ弱音を吐く。

 

 美しく、気高く、孤高であらせられる、えりな様。

 彼女に向けられるのは、尊敬と称賛の眼差しであるべきだ。断じて、このような罪人としての扱いを受けていいお方ではない。

 

「……えりな様は、どうしていらっしゃるだろう?」

 

 寒さに震えてはおられないだろうか? 

 心細く、寂しい思いをされているのではないだろうか?

 怒りに震えて、眠れないのではないだろうか?

 

 何も出来なくても、せめて一緒に居てあげたい。 

 だが、それさえも今の自分には不可能なのだ。

 

「……駄目だ。悪い方に悪い方に考えてしまう。明日からは強制労働が始まるらしい。今日は、早く休もう」

 それが逃避だと言うことは分かっていたが、緋沙子もいろいろなことが立て続けに起こりすぎて疲れ切っていたのだ。

 

 目を閉じるとすぐに、緋沙子は眠りに落ちた。

 そして、長い長い一日が、ようやく終わったのだった。 

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