日差しは暖かく、空は青く澄み渡っている。
だが、薙切えりなの気分は最悪だった。
初めて収容施設から外に出ることが出来たものの、えりなはそこで自分に与えられた仕事の説明を受けて、屈辱に拳をきつく握りしめる。
起床後のシャワーと、朝食とは名ばかりの錠剤を水で流し込む行為が終わると、えりな達は四人一組に分けられて、今日の課外活動を行うこの場所に、何処かの酪農施設のような場所に連れてこられた。
その際も、魔法としか思えない不思議な力で、収容所の庭から文字通り一瞬でこの施設までやってきたので、この畑が何処にあるのかも、収容所から近いのか遠いのかさえ分からない。
それに、班分けの際に緋沙子と別々になってしまった事が、正直えりなには心細い。
「それでは、只今説明しましたとおり、今日は皆さんでこの広い家畜小屋、豚舎を綺麗に清掃していきますよ。それと、作業は声を掛け合わないと危険ですから、今から言葉を喋ってもいいですよ。但し、無駄話は駄目ですからね」
そう無駄に元気な声を上げるのは、自分達四人の囚人の引率のローリエだ。
ローリエは普段と同じ白を基調とした露出の少ない服を身に着けているが、服を与えられていないえりなだけでなく、他の三人の少女達も今は服と言う名のズタ袋を脱いでいる。
屈辱だ。
どうしてこれから悪臭漂う汚い場所を清掃させられるのに、自分達は衣類の一つも与えられないのだろう。安全面から考えても、こんな馬鹿げた事をする理由はないはずだ。
「そっ、その、ローリエさん。お連れの方々は、本当にその格好で作業をなさるんですか?」
二十代くらいの朴訥そうな女性――おそらく、ここの持ち主だろう彼女が、心配そうにローリエに話しかけてきた。
「ええ。大丈夫ですよ、ヨシュアさん。こうした社会貢献を全裸で行うことにより、どれだけ自分がとるに足らない存在であるのかを理解させる狙いがあるのです。もしも怪我をした場合は、私の方で何とでもしますので大丈夫です。無理を言って作業を手伝わせて頂ける事に感謝致します」
ローリエは、任せておいてくださいと得意げに胸を張る。
どうも昨日の一件以降、妙な自信を付けたようだ。
「さぁ、皆さん。頑張って掃除をして下さい。道具の使い方が分からないのであれば遠慮しなくていいので私に相談して下さいね。今日中に綺麗にしないといけないので、頑張るんですよ」
その言葉に、えりな以外の少女達はお礼を言って、ヨシュアから農作業用の巨大なフォークを借りて、慣れた様子で糞尿まみれの藁を集めて行く。
「……ありがとうございます」
屈辱だったが、えりなも仕方なく礼の言葉を口にし、道具を受け取って見様見真似で作業をするが、まったく勝手がつかめず、上手く藁を移動させることが出来ない。
「もう少し腰を入れないと駄目ですよ、薙切えりなさん。お料理に特化した学校に通われていたそうですが、こういった作業はしたことがないんですか?」
ローリエは別に嫌味ではなく、単純に疑問を口にしたようだが、えりなにはそれが侮蔑に聞こえた。
お前はこんな単純な事もできないのかと言われているような気がしたのだ。
「私が学んできたのは、調理に係る知識と技術です。こんな作業は私の仕事ではありませんでしたので」
えりなは不機嫌そうにローリエに言い返す。
「随分と偏った教育ですね。どの様に食材が作られたり管理されているのかを理解するのも重要な教育だと私は思うのですが……。まぁ、いいですね、その話は。道具を貸して下さい。私がお手本を見せますから」
ローリエはそう言うと、えりなから作業用のフォークを取ると、慣れた手付きで藁をすくい上げて一か所に集めていく。
「はい。こんな感じです。しっかり腰を入れて作業をしないと危ないので注意ですよ。それと、嫌々作業をするのではなく、得難い経験をさせてもらってると思って作業をした方がいいですね。その方が、真摯に作業を行えるでしょうから」
ローリエはそこまで言うと、「これは、他の皆さんにも言えることですからね」と他の少女達にも声をかける。
この場にいる人間の中で、一番小柄で、おそらく年若いであろうローリエが仕切っている様はなんとも滑稽だ。
「豚の飼育方法くらい知っています。もちろん、こうした古い管理方法も。ですが、こんな事は、私のような高貴な人間がすることではありません。
ましてや、このような原始的で不衛生な施設で管理されている豚など高が知れています。私が調理すべき贅と趣向をこらした高級品には、遠く及びませんし」
自分が腕力では、このローリエに勝てないことは知っている。だが、遠月学園のカリキュラムを馬鹿にされた上に、この薙切えりなを無知な人間であるかのように揶揄することは決して許されることではない。
だからえりなは、ローリエにはっきりとそう言った。
「ははっ、たしかにうちのやり方は、古いやり方かも知れませんね」
えりなのその発言を、この施設の持ち主であるヨシュアは苦笑交じりに流した。
だが……。
「……薙切えりなさん」
ローリエは低い声で、えりなの名前を呼んだ。
たったそれだけのことだが、今までの穏やかだった空気が一変する。
「ヨシュアさんに謝りなさい。誠心誠意、心から……。そうすれば、今の発言を私は聞かなかったことにしてあげます。……二度目はないですがね」
ローリエは怒りを顕にしていた。その小さな体が震えているのは、恐怖などではなく怒りによるものだということは、誰の目にも明らかだった。
「私に今の発言を取り消し、謝罪して欲しいのであれば、ローリエさん。貴女も私と私の通っている遠月学園を侮蔑した暴言を取り消しなさい。私は食の世界において、貴女が思っている以上の存在です。その私に対する侮辱は、食に関わる者全てへの侮辱に等しいと理解なさい」
ヨシュアも、えりなと一緒につれてこられた少女達も、ローリエの憤る様に躰を震わせているが、えりな自身はまったく揺るがない。
「……そうですか。貴女の考えは分かりました。では、邪魔ですので外で待っていなさい」
ローリエは不意に普段の口調に戻り、えりなに豚舎からの退室を命じる。
「そうですか。では、そのようにさせて頂きます」
えりなは微塵も尊大な態度を崩さずに、言われたとおりに豚舎を出ていこうとする。
「さて、それでは作業再開です。あっ、ヨシュアさん。謝罪は後ほどにさせて下さい。まずは、私達四人でここを綺麗に掃除しますので」
「えっ、えっ? ローリエさんが、自らですか? そんな、恐れ多い。私がやりますので、どうか……」
「いいえ。あのような無礼者を連れてきた責任を取らせて下さい。どうか、このとおりです」
「ああっ、そんな、お顔をあげて下さい、ローリエさん!」
ローリエとヨシュアの声が聞こえたが、えりなは我関せずで豚舎を後にしたのだった。