昼休みに入ると早々に、小早川悠斗は持参したお弁当を早々に平らげた。
昨日の夕食の残り物と朝に作った卵焼きが入ったそれは、もちろん不味くはなかったが、特段感動もなければ何の感慨も湧かない無難な出来の料理に過ぎなかった。
(……駄目だな。やっぱり父さんや母さんの料理には遠く及ばない)
一年前に旅行中の事故で亡くなった二人との差を思い知らされて、悠斗は小さく嘆息した。
「ああっ、ひでえな、悠斗。もう弁当全部食べちまったのかよ?」
購買部のパン三個を戦利品として獲得してきた友人の智也が、恨みがましそうな視線を悠斗に向けてくる。
「ああ、ごめん。でも、僕のおかずをあてにされても困るんだけれど?」
「そう言うなよ。うちの弁当はいつも代わり映えしないからさ、やっぱり悠斗が作る料理が食べたくなるんだよ」
「その割には、三時間目には、隠れて美味しそうにお弁当を食べていたじゃあないか」
悠斗が智也の行動を指摘すると、彼は「いやぁ、腹が減って仕方がなくてさ」と言って笑う。
調子がいいことを、と思いながらも、悠斗は智也には深く感謝している。
両親が亡くなってからも、彼だけはずっと態度を変えずに友人として接してくれたのだから。
「ほら、コロッケパン食うだろう?」
大事な戦利品を、智也が差し出してきた。
「えっ、いいの?」
悠斗が驚きの声を上げると、彼はニンマリ微笑む。
「明日のおかず、二品予約な」
「はいはい。そういうことだよね」
悠斗は嘆息し、「了解」と言って、コロッケパンを受け取る。
それから机を挟んで二人で黙って食事をしていたのだが、智也が口を開く。
「なぁ、悠斗。遠月學園への編入は、もういいのかよ?」
「……うん。僕にはどうも荷が重いみたいだから、諦めることにしたよ」
「ああっ、この間、薙切えりなに散々なことを言われたって言っていたもんな。悠斗の料理は旨いのに、何が気に入らなかったんだろうな」
智也は心底不思議そうな顔をしながら、コーヒー牛乳をストローで飲む。
「いや、僕の腕が未熟なだけだよ。父さん達の料理は評価していたみたいだからね」
悠斗はそう言って苦笑する。
「厳しいんだなぁ、料理人の世界って」
神妙な顔をしていた智也は、しかしそこで不意にニンマリと笑う。
「だけどさ、悠斗。実際に見た薙切えりなはやっぱり可愛かったか? あっ、それと、秘書の子もすごく可愛いって話だったよな」
「……うん。綺麗だったよ。薙切えりなさんも、秘書の新戸緋沙子さんも」
悠斗は素直な感想を口にする。
「まじかよ! いいなぁ。俺もひと目見てみたかったなぁ。遠月以外でも有名だもんなぁ、薙切えりな達の美しさはさ。ああっ、あんな二人が恋人になってくれるのなら、俺、早死してもいいんだけどなぁ」
「二人が恋人って、それは図々しすぎないかい?」
「何を破棄のないことを言っているんだよ! 男ならハーレムの一つくらい夢見なくてどうする!」
「うん。お願いだから声をもう少し小さくして。クラスの女子の視線が痛いから」
悠斗は重い溜息をついて懇願する。
(薙切えりな、か……)
手間暇を掛けて、真心を込めて作った料理を頭から被せられたというのに、あの金色の髪と顔を思い出すと、怒りよりも、もう一度だけでもあの少女の顔を見たいと思ってしまう。
この気持ちが何なのかは分からないが、きっとそのうち消えるだろうと思い、悠斗は残っていた一口分のコロッケパンを口に運ぶことにするのだった。
△
気がつくと優斗は、またあの真っ白い大理石でできた建物の中に全裸で立って居た。
「この建物は、あの時に夢で見た……」
悠斗はそこで、この夢を見るのが二度目であることを思い出す。
覚醒している時は、すっかりと忘れてしまっていた出来事だったにも関わらず。
「ようこそおいでくださいました。小早川悠斗様」
「あっ、ルシリスさん……」
水色の髪の美女が、優しい微笑みを浮かべて建物の奥から現れたかと思うと、それが当たり前のように悠斗の前で跪く。
「大変遅くなり申し訳ございません。二千人規模の移動となると、準備に時間がかかってしまいました」
「えっ?」
悠斗は手と太ももで自らの股間を隠しながら、訳のわからない事を言うルシリスに間の抜けた声を発してしまう。
「ふふっ。お忘れですか? コーヒーをごちそうになったお礼に、悠斗様に相応しい雌豚を、貴方様の世界に送り出す準備ができたのです。戸籍等も全てご用意いたしましたので、悠斗様には何一つご迷惑をおかけいたしません。どうかご安心下さい」
ルシリスは笑顔で言うが、悠斗はいきなりそんなことを言われても、何が何だか理解できない。
「どのような職種でもそつなくこなす、対応力のある雌豚をご用意致しますので、普段は悠斗様がお料理に使用する材料を生産する仕事に就かせたり、法律的な分野でもサポートできる仕事に就かせたりしようと考えております。
もちろん、それらの収益の殆どは貴方様のものにするように言いつけておきますので」
にっこりと微笑むルシリスに、悠斗はそら寒いものを感じる。
「あら、申し訳ございません。そうですね。そのような差配は後に行えばよいですね。まずは、どの豚にするのかをお選び頂かないと。まったく、気の利かない端女で申し訳ございません」
ルシリスはそう言って、両膝をついて正座をすると、深々と頭を下げる。
「あっ、あの、ルシリスさん? 僕には、何のことだかさっぱり……。そっ、それに、土下座なんてしないで下さい」
悠斗が土下座をやめるように懇願すると、ルシリスは伏したまま、「ご配慮痛み入ります」と言い、正座したまま顔を上げる。
「悠斗様。どうか、私の管理する世界の一つにご足労頂けませんでしょうか? もちろん、私がご案内いたしますので」
「あっ、その、よく分かりませんけれど、ルシリスさんに付いていけば、立ち上がってくださるんですか?」
ルシリスが「はい」と答えたので、悠斗はルシリスに同行することを約束するしかなかった。
「ありがとうございます。それでは、さっそく参りましょう」
ルシリスはゆっくりと、けれど優雅に立ち上がり、「お手を失礼致します」と言って、悠斗の手を握ってくる。
細く長いしなやかな指と小さな手の感触。そして、温かな温もりがとても心地よかった。
そして、そんな手の感触に驚いているうちに周りの景色が一変し、悠斗は別の世界に連れて行かれることとなったのだった。