薙切えりなの話を聴き、小早川悠斗は頭を抱える。
信じられない話の連続だった。
薙切えりなと新戸緋沙子は、現在世界に二人ずついて、今目の前にいる彼女達がオリジナルである。
そんな事を言われて、即座に信じられる人間はまずいないだろう。
それに、夢だとばかり思っていた、あの薙切えりなが裸で労働に勤しんでいたのは現実で、自分が女神様とやらに彼女を、薙切えりなを求めたことで、こうしてはるばる訪ねてきた。
……何度頭を整理しようとしても、たちの悪い冗談にしか聞こえない。
「いきなりこのような話を信じるのは難しいと思います。ですが、その、私はもう行くところがございません。良心に漬け込むことになり心苦しいのですが、私を求めてくださった、貴方様の慈悲にお縋りするしかないのです」
薙切えりなはそう言うと、持ってきていた旅行カバンを静かに開け、そこから封筒を取り出し、それを静かに悠斗の前に差し出す。
「これは、女神◯◯◯◯様からお預かりしたものです」
「えっ?」
薙切えりなの声は美しくて聞きやすいが、女神の後の言葉がよく聞こえない。悠斗には妙な雑音にしか聞こえないのだ。だが、今はそれは重要なことではないと思い、悠斗はとりあえず、テーブルに置かれた厚めの封筒の中身をテーブルに出す。
「なっ、これは、すごい大金……」
封筒には、一万円札が百枚以上入っていた。そしてそれとは別に、なにか薄い手帳のようなものが入っている。
その手帳のようなものを確認すると、そこには『JAPAN PASSPORT』と記載されていて、薙切えりなの名前と顔写真などが記載されている。
「これは、私の新しいパスポートです。もちろん、戸籍も新たに用意されています。それと少額ですが、当面の生活費です。無論、私も働き、小早川様にご迷惑をおかけはしないつもりですので、どうかお側に置いて下さいませ」
薙切えりなは頭を下げ、悠斗にこの家で生活させてくれるように頼んでくる。
「そっ、その、なんというか、現実味が全然ないですけれど……。でも、薙切えりなさん。新戸緋沙子さん。貴女達が行くアテがないということは分かりました。とりあえず、今日はもう暗いですし、よければ今日はうちに泊まっていって下さい。それ以降のことは、明日、考えるということで……」
悠斗は悩んだが、二人の頼みをとりあえず叶えることにする。
それは、目の前の二人が嘘をついているようにはどうしても見えなかったから。
加えて、自分などを騙すメリットが彼女達にはまったくない。それに、どんな理由があるにせよ、あの薙切えりなが自分を頼ってくれているというのが、悠斗には嬉しかった。
「ありがとうございます、小早川様。お心遣いに感謝致します。それと、どうか私のことは、えりなとお呼び下さいませんか?」
「えっ! あっ、その、あの……」
悠斗は薙切えりなの申し出に、顔を赤らめ、返答に困る。
「わっ、分かりました。それじゃあ、えりなさんと呼ばせて頂きます。そして、よかったら僕のことは悠斗と呼んで貰えると……」
なんとか勇気を振り絞って、悠斗はえりなにそう返事をしたが、言ってしまってから、自分の事を名前で呼んでもらおうというのは図々しかっただろうかと不安になってしまう。
「分かりました。それでは悠斗様とお呼びさせて下さい。ですが、私は悠斗様の奴隷です。どうか、敬称はなしで、『えりな』とお呼び下さい。無論、丁寧な口調も必要ありませんので」
えりなはとんでもないことを当たり前のように口にし、満面の笑みを浮かべる。
「いや、流石にそれは……」
「いきなり奴隷の主人になってほしいと頼まれても、戸惑われるのはごもっともです。ですので、まずは呼び捨てにするところから始めて下さいませ」
戸惑う悠斗に、えりなは深々と頭を下げた。
それだけでもどうしたものかと困っていた悠斗だったが、そこで今まで黙っていた、新戸緋沙子が口を開いた。
「あっ、あの、悠斗様。私も、その、悠斗様の物にして頂けないでしょうか?」
「えっ?」
悠斗はいよいよ、頭の処理が追いつかなくなってきた。
「……分かっております。私のようなちんくしゃでは、えりなには遠く及ばないことは。ですが、その、私はえりなと一緒に居たいのです。何があろうと、側に」
「いっ、いや、その、新戸さんもえりなさんと一緒に、泊まって行って下さって結構ですので……」
悠斗は的はずれな回答を口にし、困ったように笑う。
「悠斗様。少し緋沙子の言葉を補足させて頂きますと、私、薙切えりなは悠斗様に選んで頂き、貴方様に仕えるという役目を頂きました。ですが、緋沙子はまだ誰に仕えるかが決まっていないのです。
無論、決定するのは悠斗様ですので、私が口を挟むべきではないのは重々承知しておりますが、緋沙子は優秀ですし、女である私から見ても魅力的だと思います。ですので、どうか私とともに奴隷にして頂けないでしょうか?」
もしもこんな事を年頃の女の子に言われたという男がいたら、自分はそいつの頭がおかしくなったと第一に考えると、悠斗は思う。
けれど、目の前にいる二人の少女の顔は真剣そのものだ。
心の何処かで、二人が笑いだし、これは悪質なイタズラだと言ってくれる事を祈るが、いつまで経ってもそんな事にはなりそうもない。
「悠斗様。私も、えりなに負けないほどに貴方様にお尽くしさせて頂きます。もちろん、最終的に、悠斗様かえりなのどちらかを選ばなければいけなくなった場合は、悠斗様を最優先に考えます。ですから……」
新戸緋沙子は、涙をぽろぽろこぼしながら、悠斗に懇願する。
「この身も心も捧げます。まだ実践経験がないのでご満足頂けるか分かりませんが、夜伽も誠心誠意ご奉仕させて頂きます。ですから、どうか私もお側にお仕えすることをお許しくださいませ」
新戸緋沙子はそう言うと、何度も「お願い致します」と繰り返す。
「あっ、あの、新戸さん……」
「緋沙子とお呼び下さいませ、悠斗様。無論、敬称も必要ありません」
えりなのダメ出しが入り、悠斗は仕方なく、「あの、緋沙子」と口にする。
その罪悪感たるや、冷や汗ものだった。
「その、分かったから。えりなさ……いや、えりなと一緒にここにいてくれていいから、顔を上げてくれないかな?」
半分やけくそで、悠斗は緋沙子に言う。
すると、緋沙子は「ありがとうございます、悠斗様!」と感激し、テーブルに体を乗り出して、悠斗に抱きついてくる。
柔らかな感触と温もり。そして鼻孔をくすぐる甘い香りに、悠斗は戸惑いながらもドキドキしてしまう。
「良かったわね、緋沙子」
えりなは嬉しそうに微笑んだが、何故か静かに席を立って悠斗の側にやってくると、そのまま彼に抱きついた。
「緋沙子を受け入れてくれてありがとうございます。これで、憂いはなくなりました。もう、私も緋沙子も悠斗様のものです。何なりと命じて下さいませ」
えりなは殊勝な事を言う。
けれど、悠斗は更にえりなの温もりと甘い匂いにも包まれたことに、ただただ戸惑うことしかできないのだった。