あと数日で、冬休み。
期末試験も終わった以上、もう何のイベントもないこの期間は、ただただ面倒な期間だった。
しかし、小早川悠斗は今、この時間がどれほどありがたいものなのかを痛感している。
「悠斗。どうしたんだ? なんだか疲れた顔をしていないか、お前?」
「あっ、うん。昨日はあまり眠れなかったんだ」
昼休みに、友人の智也に声を掛けられ、悠斗は苦笑する。
「なんだ? また新メニューの開発で夜ふかししたのか?」
「あっ、うん。そんなところ……」
悠斗がなんとか笑みを浮かべると、智也は「まぁ、もう少しで休みなんだから、程々にしておけよ」と心配してくれた。
その優しさが胸に痛い。
「まぁ、飯にしようぜ」
「うん。そうだね」
相変わらず、早くに弁当を平らげた智也は、購買部で買ってきたパンを、悠斗の机の上に並べる。
それがあまりにも普段どおりのやり取りだったので、悠斗はいつものように弁当箱を取り出してその蓋を開ける。そして、失敗にようやく気がつく。
「おおっ! なんだよ悠斗。そのおかずがいっぱいの豪華な弁当は! ああ、これが、昨日の新メニュー開発の成果かよ?」
「……あっ、その、うん……」
悠斗は頷くしかなかった。
「なぁ、悠斗ぉ~。俺たち親友だよな?」
「……そうだね。だから、パンと交換しなくても、分けてあげるから」
「おおっ! 流石は悠斗!」
嬉しそうな智也とは対象的に、悠斗は力なく笑い、鍋の蓋におかずを置いて智也に分けてやる。
「おっ、こんなにいいのかよ?」
おかずの半分ほどを分けてもらった智也は、口では申し訳無さそうに言うが、その目は嬉しそうなことこの上ない。
「あっ、うん。どうぞ」
悠斗は力なく答え、「いただきます」と口にして食事を始める。
「うおっ! なんだこれ! すっげぇ美味い! いや、もともと悠斗の作る料理は美味かったけれど、一日ですごい腕を上げたな! こんなうまいミートボール、食べたことがねぇよ!」
「あっ、はははっ。材料も調味料も同じなんだけれどね……。どうしてこんなに違うんだろう……」
悠斗も同じミートボールを口に運び、嘆息する。
「んっ? これほど美味いのに、まだ納得してないのかよ?」
「いや、そうではないんだけれどね。……いや、うん。美味しいよ。正直、へこむくらいに……」
「随分、変わった感想だな」
「ははっ、気にしないで……」
別のおかずを食べ進めるごとに喜ぶ智也とは対象的に、悠斗は食事が進むたびに顔を俯け、嘆息する。
「いやぁ、ごちそうさん。どれも食べ慣れているおかずのはずなのに、ものすごく美味かったぜ」
「ははっ……。こういった何気ない料理ほど、腕の差が顕著に出るものなんだよ……」
「おっ、流石は高校生にして、プロの料理人だな。言うことが違う!」
智也はそう褒めて冷やかしてくるが、悠斗はどんどん落ち込んでいく。
それでも、お弁当を残して帰ったらどうなるか不安で仕方がない悠斗は、憂鬱な気分ながらも、絶品の料理の数々を胃に収めた。
「悠斗、冬休みは予定有るのか?」
「うん。店があるし……」
「ああ、そうだよな。だけど、たまには休息も必要だろう? 男二人で行っても色気がねぇが、元旦は神社に初詣にいかないか?」
「それはいい! ぜひ行こう!」
悠斗は智也の提案に、一も二もなく飛びついた。
「おっ、おう。なんだか随分乗り気だな……」
「いや、家にいると、その……」
悠斗が言葉に詰まると、智也は少しだけ顔を歪ませる。だが、すぐに笑顔を浮かべ、バン! と悠斗の背中を叩く。
「そんなしょげた顔するなよ。寂しかったら、遠慮なくうちに遊びに来いよ。うちの母ちゃんに夕食くらい作ってもらうからさ」
「……うん。時間が取れたら遊びに行かせてもらうよ」
智也が、家族を今年失ったばかりの自分のことを心配して来れているのが分かり、悠斗の良心が痛む。
「初詣に行ったら、来年こそ彼女ができるように願おうぜ、悠斗」
「僕は、その……」
「駄目だぞ、そんなことじゃあ。いくら忙しくても、余裕は持たないとな。お前だって店を手伝ってくれる女の子がいたら良いなぁって思うだろう? その上、その娘が可愛くて恋人になってくれたら最高じゃあねぇか」
「あっ、ははははっ……」
悠斗は智也の気遣いに、ただただ苦笑し続けることしかできないのだった。
△
学校が終わり、悠斗は馴染みのスーパーに寄って買い物をする。
普段よりも明らかに多い食材を買い込み、それを手に家路に就く。
まだ両親が事故で死んで一年と経たないのに、こうして両手いっぱいの買い物袋を手にして歩くのが、ひどく懐かしく思えた。
両親が自分のために残してくれたお金と店。そして保険金などで、高校を卒業するまでは、金銭的には何の心配もいらない。近くに住んでいる父方の祖父母も、両親の代わりを務めてくれている。
両親を亡くした人間の中では、自分は恵まれている方だと悠斗は理解している。
けれど、寂しかった。
一人だけの広い家に帰るのは。そこで過ごすのは。頼れる存在がいきなりいなくなってしまった中、店を切り盛りするのは。
そんな事をぼんやり考えていたら、家にたどり着いた。
店の裏の玄関の鍵を開け、ドアを開ける。
昨日までは、何の反応もなく家に入るだけだったのだが、悠斗の視界に、美しい二人の少女の姿が入ってくる。
彼女達は玄関に正座をしており、さらに悠斗の帰宅に対して、指を付いて頭を下げ、「おかえりなさいませ、悠斗様」とあまりにも丁寧すぎる、古式な挨拶をしてきた。
「あっ、うん……。ただいま……」
面を喰らいながらも、『ただいま』という言葉を久しぶりに口にしたなと、悠斗は思う。
「お荷物をお預かりします」
新戸緋沙子が、そう言って悠斗の買ってきた食材やカバン等を受け取り、にっこりと微笑む。
(家に帰ったら、夢だったということは、やっぱりないんだな……)
悠斗は内心で嘆息し、靴を脱いで家に入る。
薙切えりながその靴を丁寧に並べ直し、「コートをお預かりします」と言って、悠斗の脱いだコートを大事そうに抱えた。
何が嬉しいのか分からないが、えりなも微笑んでいる。本当に幸せそうに。
「あっ、そうだ。お弁当、すごく美味しかったです……」
自分の料理人としてのプライドは粉々になったが、文句のつけようがなく美味しかったので、悠斗は素直な感想を口にする。
昨晩、父と母が使っていた部屋で二人に寝てもらうことにした際に、明日のお弁当を作らせて欲しいとえりなに懇願されたのでお願いしたのだが、やはり彼女は、あの薙切えりなに間違いないことがこれで証明されてしまった。
ということは、昨日の荒唐無稽な話は全て真実と考えたほうが良いのだろう。
悠斗は頭が痛くなってきたが、夢の中とはいえ、彼女を欲しいと言ったのは自分なのだから、責任は取らないといけないだろう。
「それは良かったです。明日は緋沙子が腕によりをかけて作ると張り切っていましたので、期待していてくださいね」
嬉しそうなえりなの満面の笑顔に、悠斗は見惚れてしまう。
あまりにも、その笑顔が可愛らしくて。眩しすぎて。
でも、同時に胸が痛くなる。こんなに美しい少女に自分などでは到底釣り合わない。
それは、容姿的なものだけではなく、料理人としてもだ。
「さぁ、悠斗様。居間の方へ。お茶を準備致します」
「あっ、うん」
動こうとしない事を心配したのだろう。えりなに促されて、悠斗は居間に足を進める。
そして、きっと二人の口には合わないだろうが、夕食は自分に作らせて欲しいと頼もうと、悠斗は考えるのであった。