かつては、自分もあっち側だったと小早川悠斗は思う。
可愛らしい女の子と腕組みをして、歩く幸せそうな男を、羨ましく、妬ましく感じていたのだから。
だから、自分もいつかはそんな彼女ができればいいと思っていた。
だが……。
「どう、緋沙子?」
「ええ。このスペックなら問題ないはず。それに不足部分は、別個に買い揃えるので大丈夫でしょう」
大型電気店にやって来た悠斗は、薙切えりなと新戸緋沙子の会話を『挟まれた』状態で聞く。
「悠斗さん。ご安心下さい。予算内できちんと買い揃えいたしますから」
「あっ、うん。おまかせするよ」
得意げに微笑む緋沙子に、悠斗は疲れた笑みを浮かべる。
悠斗は今、電化店を歩いている。
クリスマスも近い土曜日のためか、人が多い中を、右腕にえりなを、左手に緋沙子に抱きつかれた状態で。
(視線が痛い……。痛すぎる……)
帽子や眼鏡に加え、髪型を変えてはいるものの、それだけでは彼女達の整った容姿を隠すことはできない。
だから、悠斗は現在、美少女二人を両腕に侍らせている嫌な奴に成り下がっているのだ。
行き交う女性陣からは、汚らわしい女ったらしを見るような目で見られ、男性陣からは羨望や憎悪を向けられる。
男性陣の気持はよく分かる。
悠斗もついこの間まで、女の子と仲のいい男の子の姿に、ここまであからさまではないものの、心のうちでは少なからずそう思っていたからだ。
自分が未だにあちら側の立場なら、同じような気持ちを抱いていただろう。
まして、この二人が、あの薙切えりなと新戸緋沙子だと分かったのならば、殴ってやりたいと思っていたはずだ。
(本当に、これで二人の正体がばれないのだろうか?)
悠斗はこんなことなら、祖父にお願いをして、車を出してもらえばよかったと後悔した。
事の起こりは、昨日の夕方に遡る。
「悠斗様、どうかこちらにお目通しを」
学校から帰宅した悠斗を、いつものように二人が出迎えてくれたのだが、居間で一息ついていると、緋沙子が巻物を、ソファーに座っていた悠斗に差し出してきたのだ。
「ええと、これは……巻物? はっ、初めて実物を見たけれど、これを開けて読めば良いのかな?」
「はい。お願い致します」
真剣な眼差しの緋沙子に促され、悠斗は紐で封されていた巻物を開く。
嘆願書、と冒頭に書かれたそれには、達筆な毛筆で、パソコンとその付属品の購入をお願いしたい旨の事が記載されていた。
「あっ、あの、パソコンを買いたいということでいいんだよね?」
「はい。ですが、私用のものではありません。悠斗様に先日許可を頂き、こちらのお店の収支台帳等を確認させて頂きましたが、少々管理に問題が有るのではと愚慮いたしました。
年が明けましたら間もなく確定申告の時期でもありますので、どうかご購入をご検討頂けませんでしょうか? この願いを叶えて頂けましたら、このお店の収支、税金等の雑務は私が完璧に管理をしてみせますので」
緋沙子は悠斗の前で片膝を付き、深々と彼に頭を下げる。
「その、うちは今まで税理士の人にそのあたりのことはお願いしていたんだけれど……」
「はい。その事は確認しております。ですが、すべての業務をおまかせしているようですので、かなりの出費になっておりますので、この支出を減らしたほうが良いと考えます。
一年単位で考えますと若干のマイナスですが、今後のための投資とお考え頂けましたら幸いです。もちろん、収支やご予約等の情報も一括で管理いたしますので、その費用対効果はかなりのものになります」
緋沙子の報告に、悠斗は「そっ、そうなんだ」としか答えようがない。
「あらっ、でも緋沙子。パソコンなら、悠斗様のお部屋にもあったんじゃあないの?」
お茶を運んできてくれたえりなが、話に入り込んでくる。
「うっ……」
その言葉に、悠斗はおもわず声を漏らした。
「えっ、えりな。あのパソコンは悠斗様の私物。プライベートなものです。その、年頃の男性の……」
「どういうこと? パソコンに、男性用と女性用が有るの?」
パソコンには詳しくないのか、えりなは不思議そうに首をかしげる。
「……というわけですので、悠斗様。何かの間違いが起こる前に、新しいパソコンを導入下さることを切に嘆願致します」
「そっ、そうだね。パソコンは必要だね!」
緋沙子の気遣いに感謝をし、悠斗はパソコンを購入することを決めた。
「あっ、それ以外にも、必要なものってあるよね? 正直、僕じゃあ女の子に何が必要なのか分からないから、今週の土曜日に買い出しにでも行こうか? その日は予約が入っていないから」
「ですが、私達には持ち合わせが……」
「えっ? あの大金は?」
「あのお金は、悠斗様のものです。私達が自由にして良いお金では有りません」
緋沙子の答えに、悠斗は苦笑する。
「ああ、そういうことだったんだ。だから、こんな嘆願書なんて書いたわけだ。でも、僕はあのお金は返したはずだよね。自由に使ってって」
「はい。そのお金でしたら、私が預かっています」
お茶をテーブルに並べて、えりなが言い、言葉を続ける。
「ですが、緋沙子の言うとおり、あのお金は悠斗様のものです。こうしてお世話になっているだけでも、お金は掛かってしまっているのですから……」
「そんな事は気にしないでいいよ。僕が高校を卒業するまでの蓄えは十分に有るし、そこに君たち二人が加わったぐらいなら、よほど散財しない限りは問題ないはずだから。
その、君達には、質素な暮らしになってしまうかもしれないけれど……」
「悠斗様。お心遣いは大変嬉しく思いますが、お金の管理はしっかりするべきかと。私とえりなにお恵み下さるとしても、いきなりあのお金全てを渡すのはどんぶり勘定が過ぎます」
「あっ、そうなのかな?」
「ええ。悠斗様は年若くとも、このお店の主です。それ相応の金銭管理はして頂きませんと」
「……はい。ごめんなさい」
緋沙子に注意され、悠斗は申し訳無さそうに頬を掻く。
ふとそこで悠斗は黙ったままのえりなの方に視線を移す。すると、彼女は微笑んでいた。とても嬉しそうに。
「緋沙子。それ以上は無礼です。久しぶりにお仕えする主を得たことで嬉しいのは分かりますが、慎みなさい」
「あっ! そっ、その、悠斗様。大変失礼いたしました」
緋沙子は大慌てで、悠斗に平伏する。
「いや、その。僕に至らない点があったら教えて欲しい。僕も、人任せにしていることが良いことだとは思っていないから」
「はっ、はい。恐縮です」
それから三人で話し合って、さっそく土曜日に買い物に行こうということになったが、ここで問題に気づく。
「その、二人には変装をしてもらわないといけないよね?」
この二人は、あの薙切えりなと新戸緋沙子だ。その事がしれたら大変なことになるのは、火を見るより明らかだ。
「その点はご安心下さい。私と緋沙子には認識阻害の魔法が掛けられていますので、悠斗様以外の人間には、薙切えりなと新戸緋沙子に少し似た人間程度にしか認識されません」
えりなが得意げに言う。
「えっ? それって、本当なの?」
「はい。私達と同じ人間を作ってしまったので、そのお詫びだと、特別な処置を受けています。視覚的な認識はもちろん、私どもの名前を口にされても、別の名前として他の方々は認識しますし、名前を書いても別の名前であると認識されます。その上、機械まで騙せるということですので、ご安心下さいませ」
緋沙子も笑顔で言うが、悠斗にはとても信じられない。
「以前お見せした、あのパスポートもその効果の一つです。あれは偽造したものではなく、今、遠月學園に通っている、『薙切えりな』と『新戸緋沙子』とは別人のものと認識されているのですから」
「そっ、そうなんだ。なんでも有りなんだね……」
もう、驚くことにも疲れて、悠斗はそういうものだと飲み込むことにした。
「それでは、他に懸念点はございませんね? それでは、土曜日は、私と緋沙子が、悠斗様と初めてのデートに出かける日になるのですね」
幸せそうに微笑みながら言うえりなに、悠斗は持ち上げようとしてわずかに浮かせたティーカップを落としてしまう。
幸い、綺麗にティーカップは着地し、お茶が溢れることはなかったが、いまはそれが重要なことではない。
「そっ、そうですね。恥ずかしながら、私も初めてですので、少々緊張します」
「ええ。私も。でも、楽しみね、緋沙子」
二人の少女が盛り上がる中、悠斗は頭を抱える。
しかし、当日になれば二人も落ち着くだろうと、悠斗は楽観的に思ったのだが、それは甘い考えすぎた。
結局、当日は電車で買い物に出かけたのだが、えりなと緋沙子は、恥ずかしそうにしながらも、当たり前のように悠斗の腕に自分の腕を絡ませてきたのだ。
そして、それはずっと続き、こうして目的の店に来てからも続いているのである。
(どうか、知り合いに出会いませんように)
悠斗はただひたすらにそう願いながらも、楽しそうなえりなと緋沙子の顔を見て、彼女達の温もりを腕に感じて、気疲れはしながらも、楽しい一日を過ごしたのであった。