「はぁ~、さっぱりした」
小早川優斗はお風呂を出て、汗を拭き取って寝間着に着替える。
自分が準備しなくてもお風呂も沸かしておいてくれるし、着替えも置いてくれている。本当にいたれりつくせりだ。
「料理もケーキも絶品だったし……。って、そこは負けちゃあいられないよな」
幸せを堪能しすぎて、自分の修行を疎かにしてはいけないと、悠斗は自分を戒める。
あの薙切えりなと新戸緋沙子の二人とクリスマスを祝い、彼女達の絶品の料理とケーキに舌鼓を打ち、お風呂に入って休むことができる。これほど幸せな人間はいないだろうと悠斗は思う。
「来年は、二人にもっといいプレゼントを上げたいな」
悠斗は、一生懸命家事仕事などをしてくれるあの二人に、ブローチをクリスマスプレゼントとして贈ったのだ。
決して高いものではないが、店の女性店員に相談をして購入したもので、そのおかげか、二人も喜んでくれた。
「……って、あの二人がいつまでもここにいてくれるかどうかは分からないけれど……」
もう二週間が経過しようとしているが、未だに、えりなと緋沙子が自分の家にいるのが信じられない。そして、この幸せは、ある日ふと目を覚ますと無くなってしまうもののように思えてならない。
だって、この家を自分が出ていくまで、ずっと続くと思っていた両親との生活さえも、ある日突然失われてしまったのだから。
悠斗は憂鬱な気持ちを胸の奥に仕舞い込み、笑顔を作る。
先のことはわからない。けれど、今この時に限れば、自分ほど幸せな高校生はいないはずだ。これで暗い顔をしていたら罰が当たる。
「なんだか、体がいつもよりポカポカするな」
お風呂上がりということももちろん有るのだが、普段以上に体が温まった気がする。
考えられることと言えば、先程食べた料理だろう。
何でも緋沙子は薬膳料理のエキスパートらしい。気温の低下が著しい年末に体が冷えないようにと気を使ってくれたのだろう。
「あっ、悠斗様!」
悠斗が居間に行くと、その緋沙子が話しかけてきた。
「お待ちしておりました」
「あっ、長風呂をしてしまってごめん」
「いいえ。私もえりなも、夕食の準備が終わり次第シャワーを浴びさせて頂きましたので、お気遣いなく」
「あっ、そうなんだ。でも、僕より先にお風呂を使ってくれても……」
「いいえ。飽くまでもご主人さまが最初です。そう言ったことを疎かにしてしまうと、すべての事柄に緩みが出てきてしまいます。それは、決して良いことでは有りません」
「うっ、うん。緋沙子がそう言うのなら、それでも良いけれど」
悠斗は苦笑し、ソファーに座る。
「悠斗様、こちらをお飲みくださいませ」
「これは?」
緋沙子が、淡い茶色の飲み物を悠斗の前のテーブルに静かに置く。きちんとコースターに乗せて。
「特性の薬膳茶です。色はあまり良く有りませんが、飲みやすい味だと思います」
「へぇ~。冷まして飲むお茶なんだ。でも、この材料はどうしたの?」
「はい。この材料は、こちらの世界に戻ってくる際に餞別として頂いたものです。種も頂いておりますので、春に、お庭に植えさせて頂く許可を頂けましたら幸いです」
緋沙子の頼みに、悠斗は「もちろん、いいよ」と頷く。
正直、自分ひとりではこの家の管理さえままならず、庭の雑草を抜くのにも難儀していたので、緋沙子が管理してくれるならとてもありがたい。
「あっ、このお茶、美味しいね」
「ふふっ。お口にあったようで何よりです。よろしければ、お代わりもどうぞ」
緋沙子に勧められるまま、悠斗はお茶の二杯目も美味しく飲み干す。
「あれっ、ところでえりなは?」
トイレか何かにしては、随分と遅い。
「はい。えりなは準備をしています」
「準備?」
婉曲的な答えに、悠斗はオウム返しに尋ねる。
緋沙子はそれには答えずににっこり微笑むと、悠斗に、「これを」と言って、アイマスクを手渡してきた。
「ええと……。これは何かな?」
「ふふっ、サプライズプレゼントの演出です。私とえりなから、悠斗様へのクリスマスプレゼントをご用意させて頂きました。ですが、少々嵩張るものですので、居間ではなく別室にご用意しております。
悠斗様。どうかそのアイマスクを、私がいいと言うまで身につけていて下さい」
緋沙子は嬉しそうに説明してくる。
「そっ、そうなんだ。分かったよ。でも、僕にそんな気を使わなくてもいいよ。二人が来てくれて、僕はいろいろと助かっているし、その、毎日がすごく楽しいんだから。それだけで十分だよ」
悠斗のその言葉は心からのものだった。
「いいえ。まだまだです。もっと、私達はご奉仕したいのですから。それでは、失礼いたしますね」
「あっ、うん」
緋沙子にアイマスクを付けられ、悠斗は視界を遮られてしまう。
「さて、それでは参りましょう。えりなが部屋で準備してくれていますので」
えりなの姿が見えないのは、そのためだったのかと理解し、悠斗は柔らかくて小さな緋沙子の手のぬくもりを感じながら、それに引っ張られていく。
途中で、「何処に行くのか分かってしまっては、面白くありませんので」と言われ、何度かその場で回転させられたり、来た道を戻ったりさせられたので、悠斗は自分の家でありながら、何処に向かっているのか見当がつかなくなってしまった。
結局、五分ほど歩かされてから、悠斗は緋沙子とともに、目的の場所にたどり着いた。
それでも、湯上がりなことを気遣って、寒い廊下には必要最低限しかだされなかったので、特段それを不快には思わなかった。
それに、なんだかお風呂を上がったときよりも体がポカポカしている。体の表面ではなく、芯の部分から、熱が生み出されている気がするのだ。
「あっ……」
何処かの部屋に入ったようで、暖かい。それに甘い香りがする。
ただ、花の香りなどとは違う。熟した果物のような香りだ。
しかし、ケーキを食べた後にデザートがプレゼントということはないだろう。それならば、こんな大掛かりなことをせずともいいはずだ。
「まだ、目隠しを取ってはいけませんよ」
緋沙子が耳打ちをし、悠斗を椅子か何かに座らせて、静かに彼の側から離れる。
「悠斗様、もう少しだけ我慢してくださいね」
正面から、えりなの声が聞こえてくる。いったいここはどこなのだろう?
目が見えず、声だけしか聞こえないというのがこれほどドキドキするものだと思わなかった悠斗は、未知なる感覚に戸惑うしかない。
それから数分待たされた。
その間、悠斗が感じることができたのは、甘い香りと自分とえりなの呼吸、そして暖房の音だけだった。
それに、なんだか体がおかしい。心臓の鼓動が少し激しくなった気がする。それに、体の芯が熱い。それに伴って、悠斗の男の部分にも熱が集まり始めていく。
マズイと思い、悠斗は内ももを締める。
緋沙子が何処に行ったかは分からないが、いま目の前にはえりながいるはずなのだ。まさか勃起しているところを見せるわけにはいかない。
悠斗の呼吸が荒くなり始める。おかしい。苦しくはないけれど、体中が熱に侵されてしまったようだ。
だがそこで、不意に「お待たせしました」という緋沙子の声が聞こえ、悠斗のアイマスクが優しく外される。
「……えっ……ここって……」
まず、悠斗の視界に入ってきたのは、えりなだった。
ただ、先程まで身につけていた部屋着ではなく、彼女は遠月學園の制服を身に着けている。
いや、それはとりあえず置いておこうと悠斗は思う。
何故、彼女が自分の部屋に居るのかが問題だ。
鍵がないから、入ろうと思えばいくらでも入れるが、えりなと緋沙子の二人には、掃除も自分でするから、ここには入らないで欲しいとお願いしていたのに。
「ふふっ、驚かれましたか?」
緋沙子の声がする背後を振り向くと、彼女も遠月學園の制服姿に変わっていた。
「えっ、ええと……。どういうことなのかな?」
悠斗はこの状況が何なのか、理解に苦しむ。
「小早川くん。状況を説明して欲しいのは私の方です」
目隠しをしていた時の優しい声色ではなく、何処か冷たく硬い声で、えりなは不機嫌そうに言う。
しかも、今までの『悠斗様』ではなく、『小早川くん』と自分のことを呼んでくる。
「えっ、その、あの……」
悠斗には何がなんだか分からない。
困った悠斗は助けを求めるべく、緋沙子の方を見るが、彼女は悠斗の視線には気づかないようで、部屋の奥にいるえりなの横に歩み寄ると、体をくるりと反転させて、悠斗に厳しい視線を向けてくる。
「私も、えりな様と同じように、小早川殿にお尋ねしたいことがあります」
二人の突然のあまりの変化に、悠斗はただただ驚くことしかできない。
緋沙子がえりなのことを「様」付けで呼んでいる。
まるで、初めて出会ったあの時のように。
「緋沙子。私達が小早川くんとお付き合いして、もう二週間は経とうとしているわよね?」
「はい。えりな様」
えりなの言葉に、緋沙子は静かに頷く。
「小早川くん。この私と緋沙子の二人と同じ屋根の下で暮らしていて、もう二週間が経とうというのに、君は何をしているのかしら?」
「えっ? えっ? ごっ、ごめん。何を言いたいのかさっぱり分からないんだけれど……」
緋沙子はサプライズプレゼントだと言っていたのに、どうして自分は、遠月學園の制服を身にまとった二人に詰問されているのかまるで理解できない。
しかし、えりなは困惑する悠斗をしり目に話を続ける。
「小早川くんも年頃の男の子だからと、私も緋沙子も無理強いはせずに、一日千秋の想いでずっと待っていました。それなのに……」
「はい。私も、いつ褥に呼ばれても良いようにと準備を怠ったことは有りません。それに、えりな様とは違い、私はまだ口づけもして頂いてはおりません」
「緋沙子。誤解しないようにね。口づけは私からしたのです。悠斗様の方からして頂けたわけでは有りません」
「……そうなのですね」
えりなと緋沙子の表情が、どんどん不機嫌なものに変わる。
「いっ、いや、その、あの。僕らは高校一年なわけだし……。その、そういうことは……」
悠斗は二人の不満に流石に気がついたが、ここは倫理観を持って説得しようと試みる。
「そのような言い訳は通用しません! 私は小早川くんが、その……たっ、溜まっているかどうかが何故か分かってしまうんですから!」
えりなは頬を朱に染めながら、とんでもないことを口にする。
「小早川くんは、昨晩、間違いなく今までで一番欲求が、その、性的な刺激に飢えていました。私はついにこの時が来たのかと思い、寝室に呼ばれるのを、いいえ、欲望のままに居間ででも何処ででも求めてくださるのを心待ちにしていました!」
「もちろん、私もです。えりな様ほどでは有りませんが、私もなんとなくですが小早川殿が欲求不満になっていることは分かっていましたから」
えりなと緋沙子はそこまで言うと、しばらく黙り込み、拳を握ってそれをわなわなと震わせる。
「……いや、その。だって、僕なんかが君達とそんな関係になっていいはずが……」
悠斗はそう言って力なく顔を俯ける。
「こちらを向いて、私達の目を見て話しなさい!」
えりなに言われ、悠斗は顔を上げる。そして、驚いた。
えりなと緋沙子は怒っていた。目に、大粒の涙を溜めて。
「私も緋沙子も、誇りを持っています。小早川くんのものであるという誇りを。それなのに、私達には触れてくださらずに、何処の誰とも知らない女の裸で性処理を行ったのですよね、貴方は!」
「弁明は無意味です。ルーターの履歴から、すでにその動画や画像の特定は済んでいますので」
二人の追求に、悠斗は「その、はい……」と答えるしかなかった。
「この私を奴隷に選んでおきながら、そして緋沙子も奴隷にしてくださると言ってくれたのに、このような浮気をするとは言語道断です! というわけですので、小早川くん。覚悟はいいですね?」
「えっ、えっ?」
悠斗はえりなと緋沙子の迫力に、体が動かなかくなってしまう。
「サプライズプレゼントというのは、私とえりなの純血、処女です。受け取って下さいますよね?」
緋沙子に念を押され、悠斗はやはり、「はい」と頷くしかなかったのであった。