小早川悠斗は、焦っていた。
こんなに焦ったのは、両親の事故死の法を聞いた時以来だ。
早く向かわなければ大変なことになる。
悠斗はドタドタと足音を立てることもいとわずに、全速力で居間に飛び込んだ。
だが、その居間で待っていたのは、笑顔の薙切えりなと新戸緋沙子だった。
「悠斗様。そんなに慌てなくても良ろしかったんですよ」
緋沙子は先程とは打って変わって、楽しそうな笑顔を浮かべている。
「ええ。緋沙子のいうとおりです。まだもうひと煮込み必要ですから」
えりなは、食卓の真ん中に置かれた土鍋の蓋をするところだった。
「今日はお鍋ですよ。そして、クリスマスということで、少し奮発しました。ですが、ご安心を。相場よりはずっと安い値段で仕入れていますので、悠斗様から管理を任せていただいている予算の範囲内でのやりくりで対応しております」
緋沙子はニッコリと微笑む。随分と機嫌が良さそうだ。
(あっ、あれ?)
修羅場を危惧していた悠斗は、驚くのと同時に肩透かしをくらってしまう。
まぁ、修羅場にならないのであれば、それに越したことはないのだが。
「さぁ、悠斗様。お席にお座り下さい」
「うっ、うん」
笑顔のえりなに促されて、席に座る。
えりなもニコニコしている。
これはいったいどうしたことだろう?
いや、もしかすると、えりなが怒れる緋沙子を宥めてくれたのかもしれない。
それで、緋沙子も冷静さを取り戻してくれたんだろうか?
悠斗はそんなことを考えながら、心のなかで安堵する。
「うわぁ~。すごくいい匂いだね」
少し心に余裕ができた悠斗は、鍋から立ち上る香りに笑みを浮かべる。
「ふふっ。緋沙子がこの日のために用意してくれた食材です。ぜひ心ゆくまでご賞味下さい」
えりなはそう言い、鍋の蓋を開けた。
すると、形よく切られた色とりどりの野菜と、大ぶりのなにかの肉が目に入ってきた。
「うわぁ~。本当にたまらない香りだ。緋沙子、これは何の肉なの?」
料理人の息子としていろいろな料理を食べたことがあるが、この素晴らしい香りは嗅いだ記憶がない。
「はい。これは、すっぽんです」
「すっ、すっぽん! すっぽん鍋なんだね。話では聞いたことがあるけれど、実際に食べたことはないから、楽しみだなぁ~」
悠斗は呑気に笑顔で感想を述べる。
「ふふっ。昨日は私と緋沙子の二人で悠斗様に無理をさせてしまいましたので、精がつくものをと思いまして」
「そうなんだ。ありがとう」
二人の気遣いに、悠斗は胸が暖かくなる。
「はい。今日は美味しいすっぽん鍋を召し上がって、ゆっくりお休み下さい」
えりなは笑顔で言う。
うん。笑顔だった。
優しい笑顔を一ミリも崩さずに、えりなはそのまま更に言葉を続ける。
「……と、私も緋沙子も考えていたのですが、悠斗様は他の雌豚を物色し、増やそうとしていると知り、考えを変えました」
「……えっ?」
悠斗は暖かい室内なのに、背筋が凍る感覚を味わう。
「私達も、初夜ということでかなり遠慮をしておりましたが、まさかその事が精力あふれる悠斗様に物足りなさを感じさせてしまっているとは。まったく、自分の不甲斐なさに怒りがこみ上げてきます」
えりなは怒気をまとい始める。でも、顔だけは笑顔のままだ。
悠斗には、それが怖くて仕方がない。
「さぁ、どうぞ悠斗様。すっぽん鍋ですよ。これで精力をしっかりつけてくださいね。今晩は、昨夜のような物足りなさを感じないように、私とえりながとことんお相手をさせて頂きますから」
緋沙子が鍋をお玉ですくい、すっぽん鍋を悠斗に取り分けてくれる。
「……あっ、あの、緋沙子……。えりな……。おっ、怒っているよね?」
悠斗は椅子から腰を上げて逃げ出したくなったが、緋沙子が悠斗の背中に回り、彼の肩に手をおいて、立ち上がれなくする。
「はい。自らの不甲斐なさに怒っております。御主人様を満足させられないなど、雌豚奴隷にとって、これほどの恥はございませんから。
精力絶倫な悠斗様には、私も一切の容赦なく、本気で全力ご奉仕をしなければと心を改めました」
「えっ、いや、チョット待って、えりな……」
昨日、えりなと緋沙子の二人と明け方近くまでセックスしただけでフラフラだったのに、あれよりもすごいことになったら……。
「さぁ、温かいうちにお召し上がり下さい」
えりなは悠斗の言葉が聞こえないようで、ただ鍋を食べるように促してくる。
悠斗は観念して人生はじめてのすっぽん鍋を口にした。
「あっ、ああ……」
まずスープを味見したのだが、それだけでも濃厚な旨味が口いっぱいに広がっていく。本当に、これは精力がつきそうだ。
だが……。
「悠斗様、どんどんお召し上がり下さい」
「ええ。緋沙子のいうとおりです。雑炊も美味しいですから、楽しみにしておいてくださいね。そして、食事が終わったら、私達が悠斗様を味あわせて頂きますので……」
えりなは冗談めかして言うが、その目が全く笑っていない事が分かり、悠斗は生命の危機を感じた。
「緋沙子。悠斗様のご予定は、初詣に行くまでは未定だったはずね?」
「はい。そして、お店も年末休みの予定ですし、食材の買い出しも終了しております」
緋沙子はえりなに答えると、悠斗の耳元に自らの小さな口を近づけて囁き始める。
「悠斗様。学業も大切ですが、私達の親睦を深めるスキンシップが今は欠かせない時期だと思うのです。ですので、今年が終わるまでは、私達三人の蜜月と致しましょう」
「ひっ、緋沙子……」
「ふふふっ。今夜は……いえ、しばらくは寝かせませんよ。そして、限界を迎えたらみんなで休み、起きたらまた愛を確かめ合いましょう」
緋沙子の色っぽい声に、悠斗の下半身は早速反応し始めてしまう。
「あらっ、もうすっぽんの効果が出たのでしょうか?」
緋沙子はそう言って、ズボンの上から悠斗の半勃起したペニスを優しく撫でる。
「奴隷を増やすことに反対は致しませんが、まずは私達のお相手を努めてくださいませ。……まぁ、緋沙子以外の女には、悠斗様の精液を一滴たりとも渡すつもりはありませんが」
悠斗と緋沙子のやり取りを微笑ましく見ていたえりなが、笑顔で断言する。
「さぁ、食事は大事ですから、しっかり召し上がって下さいませ」
「そうです。これからのために、栄養をつけて下さいませんと……」
緋沙子とえりなに勧められるまま、悠斗はすっぽん鍋を堪能した。
ただ、美味この上ない鍋を食べながら、悠斗は、食用にされるために肥育させられる家畜の気持ちはこんな感じなのだろうと思うのだった。
△
「大丈夫か、悠斗? 本当にうちに泊まりに来てくれてもいいんだぞ?」
心配してくれる友人の智也の誘いを丁重に断り、悠斗は初詣を終えて自宅に帰ることにした。
(ははっ。そりゃあ、こんなやつれた顔をしていたら、心配されるよな……)
悠斗は今朝、鏡を見た時の自分の顔を思い出し、嘆息する。
足腰はもちろん、頭もうまく働かないので、悠斗はめったに飲まない栄養ドリンクを飲み、気合で初詣にやって来て、智也と一緒に願掛けをし、出店を冷やかしてきたのだ。
智也が、「今年こそは彼女が欲しい! いや、男なら夢はでっかくハーレムだ!」と神様にお願いしようとしていたので、悠斗は彼女は一人で十分だと思うという持論をそれはそれは熱心に語って聴かせた。
(ああっ。昨晩は流石に加減してくれたからなんとか動けるけれど、精力ってエッチなことだけでなくて、生きていく上でも欠かせないものなんだなぁ……)
悠斗はフラフラの千鳥足になりそうな足に力を込め、なんとか家路に就く。
(どうして、僕はフラフラになっていくのに、あの二人はどんどん元気に、綺麗になっていくんだろう?)
そういえば、男の精を糧にする悪魔のサキュバスは有名だが、あの二人の正体は人間ではなくそれなんじゃあないかと、悠斗は思う。
(はぁ、疲れる……。でも、もう、寂しいとは思わないな……)
悠斗は少し前の自分を、誰もいない家に帰る自分を忘れそうになっていることに気がつく。
(……もう名前も姿も覚えていないけれど……。女神様。いろいろ大変ですけれど、貴女のおかげで、僕は幸せです)
悠斗は心のなかで、薙切えりなと新戸緋沙子を自分のものにしてくれた女神様に感謝をする。
(それと、あの本はもう開かないので、お返ししたいです。これ以上夜の相手が増えたら、間違いなく死んでしまいますから……)
悠斗は心のなかで、自分に幸運を捧げてくれた女神に一方的に話しかける。
当然、答えなど返ってくるはずが……。
『後悔は、なさいませんか?』
突然、悠斗の頭に、女性の声が響いてきた。
悠斗は慌てて返事を心のなかでする。
(はい。それと、僕は貴女に心から感謝をしています。本当に、ありがとうございました!)
短い言葉の中に、悠斗はありったけの感謝を込める。
『分かりました。私は、貴方様が幸せであられることをいつもお祈りしております』
女神は最後にそう言ってくれた。
そして……。
「あっ、あれ?」
優斗は、自分の体に急に力が戻ってくるのを感じた。
あれほど重かった足が、羽のように軽い。
間違いない。女神様が力をくれたのだろう。
(……ありがとうございます。貴女が巡り合わせてくださったあの二人を、僕は必ず幸せにしてみせます。そして、僕も幸せになりますから)
悠斗はそれまでが嘘のように、駆け足で家に向かう。
そこには、待ってくれている大切な二人がいるから。
「ただいま」
悠斗が家のドアを開けてそう言うと、床に正座した愛しい少女二人が、「おかえりなさいませ、御主人様」と出迎えてくれた。
悠斗は何も言わずに二人を両腕で抱きしめて、幸せを噛み締めたのだった。