固い感触を頬と躰に受けて、高町なのはは違和感に気づき目を開ける。
「……ここは、どこ?」
最初は夢だと思ったが、この冷たい床の感触は決して夢ではないと思う。
なのはは注意深く周りを確認し、立ち上がる。
(ヴィヴィオを寝かしつけて、そのままフェイトちゃんと三人で同じベッドで眠って……。って、どうして私、裸なの?)
コレまでの記憶を頼りに、現状を考える。
腰まで伸びた赤茶色の長い髪を纏めたいと思ったが、一糸まとわぬ状態であるなのはには、それは叶わぬことだった。
全裸にされていることに羞恥を感じないわけではないが、そんなことよりも今重要なのは、ヴィヴィオとフェイトちゃんの事だと思い、なのはは辺りを確認する。
女性らしい大きく形の良い胸も、きゅっと締まった小ぶりなおしりも、秘所さえも顕にしながら辺りを確認するなのは。
白い大理石でできた床と柱、天井。神聖でこの世のものとは思えない厳かな雰囲気の建物だが、足の裏に伝わる冷たさが伝わってくることで、これが現実であることが理解できる。
レイジングハートさえあれば大抵のことはどうにかなるのだが……。流石に取り上げられてしまっているようだ。
(でも、いったい誰の仕業なの?)
いくら睡眠中だったとはいっても、自分やフェイトちゃん、そしてレイジングハートとバルディッシュが近くにいてくれたのに、誰も侵入者に気づかないというのはおかしいとなのはは考える。
いくら周りを見ても何もない。
この建物はまだまだ続いているようだ。ただ、現在地さえ分からない状況で闇雲に動くのは危険だ。
だが、気持ちが焦る。
フェイトちゃんは自分の身は自分で守れると信じているが、ヴィヴィオはそれができない。だから、一秒でも早く見つけださなくてはいけない。
「えっ?」
不意に、誰かが走ってくる音が聞こえた。ちょうどなのはの背後からだ。
かなり距離があったが、その人物は全速力でこちらに向かってくる。
長い金色の髪をなびかせながら、全裸で、大きな乳房が上下に揺れて痛いことさえ厭わずに走ってくるのは、なのはの親友のフェイトだった。
「フェイトちゃん!」
「なのは! ヴィヴィオは? ヴィヴィオは一緒なの?」
息を切らせながらも、フェイトはなのはの元まで駆け寄ると、ヴィヴィオの無事を確認してくる。
「ごめんなさい。私もヴィヴィオがどこにいるか分からないの。気がついたのも、ついさっきで……」
「……そう。誰の仕業か知らないけれど、ヴィヴィオに何かあったら、私は許さない……」
なのはは殺気立つフェイトに落ち着くようにいい、情報を交換する。
フェイトはなのはよりも早くに覚醒すると、ヴィヴィオとなのはを探さねばと思い、闇雲に歩き回ったそうだ。そして、ようやくなのはを見つけて駆け寄ってきたらしい。
「フェイトちゃん。バルディッシュは?」
「ごめんなさい。何処にも見つからなかった」
状況的には最悪だった。
「……誰の仕業だと思う?」
「私となのは達に気づかれずに、こんなことをできる心当たりはないけれど……」
二人で立ちながら話をしていたなのはとフェイトだったが、そこで不意に声がかけられた。
「探しものは、これですか?」
突然掛けられた女性の声に、なのはとフェイトはそちらを向く。
なのはたちの前に、音もなく突然現れたその女性は、二十代前半くらいの、なのは達とそう大差のない年上の女性のように見えた。
美しい水色の髪に、白を基調としたローブ。左手に大きな杖を持ち、額の部分に丸い金属の輪が浮かんでいる奇怪な格好をした、けれど美しい女性だ。
そして、そんな彼女の開かれた右手の手のひらには、赤く丸い宝石――レイジングハートと、金色のバッチ上の物体――バルディッシュが見えた。
「……ヴィヴィオは! ヴィヴィオは何処にいるの!」
なのはが何かを言う前に、フェイトが水色の髪の女性に尋ねる。
「その問いに答える前に、自己紹介をさせてください。私の名はルシリス。光の女神と呼ばれている存在です」
「……光の…女神?」
なのははおかしなことを言う、ルシリスと名乗った女性を見つめ、戦闘態勢を取る。
魔法には格段に劣るが、白兵戦もできないわけではない。頼みのレイジングハートを相手に握られてしまっている以上、まずはそれを取り返すことが先決だ。
「貴女の名前なんてどうでもいい! ヴィヴィオは……ヴィヴィオは何処? 正直に答えなさい!」
フェイトは普段では考えられない怒りの形相でルシリスに尋ねる。
「なるほど。フェイトさん。貴女が大切にしているのは分かりました。資料のとおり、貴女は他人に、特に子どもに優しくできる人間なのですね」
ルシリスはそう言うと、穏やかに微笑んだ。
「ごまかすな! ヴィヴィオを……」
「フェイトちゃん!」
なのははフェイトの言葉を遮り、静かにルシリスを凝視する。
「ルシリスさん、でしたね。貴女が私達をここに運んだんですか?」
なのはは静かに、落ち着いた声で尋ねる。
「はい。私が貴女達をこの場所に招き入れました」
ルシリスは静かに答える。
「ヴィヴィオは? 私達の隣で眠っていた、金色の髪の幼い子どもも、この場所に?」
「いいえ。私がこの場に召喚したのは、貴女、高町なのはさんとフェイト・T・ハラオウンさんのお二方だけです」
「そうですか……。それでは、どうして私達二人をこの場所に呼んだかを話して頂けますか?」
なのはは努めて冷静な声でルシリスと会話をする。
「……なるほど。高町なのはさん。貴女も資料のとおりの人物ですね。自分の感情を制御し、冷静に事に当たれる人物です。そういった部分は素直に評価できますね」
ルシリスは穏やかに微笑む。だが、その微笑みはすぐに消えた。
「ですが、どうしてそんな貴女達が、あの方を粗末に扱うのでしょうか? いいえ。違いますね。粗末に扱っている自覚すらなく、どうでもいいと思ってしまっているのでしょうね」
ルシリスは静かな怒りをなのはとフェイトに向けてくる。
「……ルシリスさん。貴女が何を仰っているのか分かりませんが、私達は……」
「分からない? ええ、そうでしょうとも。分からないですよね。手を差し伸べておいて、その手を振り払うという事が、どれほど残酷なことかなど!」
なのははそこで理解した。今、自分はルシリスという女の触れてはいけない部分に触れてしまったことに。
「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」
なのはとフェイトは何の合図もなしに、同時に自分の相棒のデバイス(魔導師が魔法使用の補助として用いる機械)に声をかける。
瞬間、ルシリスの手にあったはずのそれらは、なのは達に向かって飛んでくると、彼女達の手のひらに治まった。
そして、なのはとフェイトはそれを起動し、ジャケットと武器を身に纏う。
なのはは白を基調としたジャケットと杖を。フェイトは黒を基調としたジャケットと杖だ。
「なるほど。それが貴女達の武器であり防具ですか。素晴らしいの一言です」
自らが鹵獲した物が奪い返されても、ルシリスは微塵も動じた様子はない。
「ですが、使い手が悪いですね。一人は感情を抑えられない未熟者。そして、もう一人はコンディション調整もできていません」
ルシリスはそう言うと、静かに手のひらをなのはとフェイトに向けた。
「そっ、そんな!」
今まで押し込められていた力が湧き上がってくるのを感じ、なのはとフェイトは驚く。
「能力限定を解除した……」
フェイトも驚きの声を上げる。
なのはとフェイトの力は規格外すぎるため、『能力限定』というリミッターが課せられている。だが、目の前のルシリスと名乗る女は、それを当たり前のように解除した。
本来であれば、二人の上司である八神はやての許可がなければ解除できないように厳重に封印されているはずなのに。
「これで、貴女達の枷は取り払いました」
「……私達を相手に、戦うつもりなのですか?」
なのはの問に、ルシリスは「ええ」と頷く。
「ですが、無理にとは言いません。断るのであれば、お二人の大事なヴィヴィオさんに危害を加えさせて頂くだけです。試しに、手の指を何本か引きちぎって、この場に持ってきてみせましょうか?」
「……貴様!」
「駄目、フェイトちゃん!」
なのはが止めるよりも先に、フェイトが床を蹴ってルシリスに向かっていった。
フェイトの杖は瞬く間に二振りの剣に変化し、それに合わせて髪型もジャケットも変化する。
それはソニックフォームという、フェイトのデバイスの最速の状態。防御を捨てて攻撃力と速度に特化したもの。
その雷光のような速度で繰り出される攻撃は、不意を打ったはずで、回避も防御も不可能。
……しかし、その圧倒的な速度が仇となった
「がっ、ああああっ!」
フェイトの二振りの電撃を纏った剣がルシリスの腕を切り裂こうとした瞬間、彼女の両腕が見えないなにかに激突し、弾き返されて、最も前方に出ていた彼女の両拳が砕けたのだ。
あまりの激痛にフェイトの口から悲鳴が漏れる。
「正面から来ると分かっていれば、予め対応策は用意できます。本当に惜しいですね。貴女のような激情家ではない方がその武器を使えば、私を倒すこともできたでしょうに」
ルシリスはそういうのと同時に、素早くフェイトに手のひらを向けて、そこから光を放つ。
瞬間、フェイトの躰は吹き飛ばされ、建物の壁に激突して意識を失った。
「フェイトちゃん!」
なのははフェイトを心配しながらも、すぐさま自分も攻撃にでる。
「これは!」
ルシリスの躰を、突然現れたピンクの紐状の物体が拘束する。『フープバインド』という拘束魔法だ。
そして、なのははすぐさま自らの最大の威力を持つ攻撃の準備に入る。
膨大な魔法力がなのはに集まっていく。
「なるほど。これが貴女の攻撃手段ですか。大変素晴らしい。それを受ければ私もただではすみませんね」
ルシリスは他人事のように、まもなく自分に向けて発射されそうな規格外の魔法を絶賛する。
「スターライト……」
なのはが必殺の攻撃を繰り出そうとした時だった。
「ですが、惜しい。そんな躰でなければ、貴女は私に勝てていたというのに……」
ルシリスは、なのはに視線を向けて、短く何かを呟いた。その刹那、なのはの躰に異変が起きる。
「なっ……。ぐっ……」
なのはは躰の内側から起こる激しい痛みに顔をしかめる。腕と足に力が入らない。体中の骨が軋み、悲鳴を上げているようだ。
それでも、気合でなのは魔法を完成させ、それを打ち出す。
「……ブレイカー!」
なのはの放った必殺の一撃は、しかし目標であったルシリスから大きくハズレ、斜め上に向かって放出されると、天井を貫き、空に消えていった。
「くっ……」
なのはは杖を支えになんとか立ち続けようとしたが、全身に力が入らず、力なく顔から床に倒れ込む。
それでもルシリスを睨みつけて、立ち上がろうとするなのは。
しかし、ルシリスはなのはの力が弱ったことで、拘束を砕いてしまう。
「この勝負は私の勝ちです。ですが、貴女がベストコンディションであれば、勝敗は逆になっていたはずです。貴女の素晴らしい才能と努力に感服致しました」
「……いったい…何を……したの?」
なのははルシリスが自分に何をしたのか分からなかった。
「貴女の躰の傷を悪化させる魔法を使っただけです。貴女は幼い頃から無理をし過ぎなのですよ……」
なのははルシリスが何故か悲しそうな顔をしている理由がわからない。
自分達に闘いをけしかけてきて、どうしてこんな悲しい顔をするのだろう?
「真っ直ぐすぎる性格と天賦の才の悪影響もあって、貴女は甘え下手なのですね。だから、自分が女であることを忘れ、無茶をする。その結果がこれです。もしも、私が本当に貴女の大切な存在を害する敵だったらどうするのですか?」
ルシリスは子供を叱る母親のような口調で、なのはを諭すように言う。
「貴女も、そしてフェイトさんも、人格的には問題は見られません。少々無知な部分があるだけです。それに、生半可な調教では貴女の心は決して折れないでしょう。ですから、今回は私の力を総動員して、貴女の世界に干渉します。もちろん、貴女自身にも」
「……何を……言って……」
なのはには、ルシリスが何を言っているのか分からない。
「高町なのはさん。覚えておきなさい。貴女は女なのです。殿方に心からご奉仕し、それに喜びを見つけるべき存在なのです。そして、貴女を愛してくれる殿方は……」
「…………」
ルシリスが何かを言っているようだったが、なのはの意識が持ったのはそこまでだった。
なのはは気を失ってしまう。先に気絶したフェイトと同じ様に。
そして、次に目覚めたとき、なのはとフェイトは……。