「……君。……ユー……。ユーノ君……」
ユーノ・スクライアは自分を呼ぶ声と自分の体を揺らす動きで目を覚ます。
それは、久しぶりに近くで聞いた生の声。決して忘れることのない女の子の声。
そして、目を開けると、そこには凛々しくも美しい女性の顔が……。
「……えっ?」
ユーノは予想とは異なる眼前の光景に、驚く。
「良かった。ユーノ君が目を覚ましてくれて……」
そう言って、愛らしい安堵の表情を浮かべるのは、間違いなく自分の知っている人物。
今頃になって、自分が彼女をどう思っているのかを理解した女性。
でも、違う。
そんな訳がない。
ユーノはそう思う。
何故なら、自分に語りかけてくれた女性は幼子の姿だったのだ。
学校指定の真っ白な服装にツーテールの髪型。まるで、初めて出会ったあの幼い時のように。
「なのは? なのはだよね?」
そう思わず尋ねたところで、ユーノは自身の変化にも気がつく。
認識しているものとは明らかに異なる小さな体。自分も何故かあのときに、十歳にも満たなかった頃の姿に変わってしまったようだ。それに、服装もあのときの格好だ。
いや、でも、だんだん記憶が曖昧になっていく……。
そして、すぐにこう考えるようになるのだ。
あれっ? 僕は何をおかしいと思っていたんだっけ? と。
「どうしたの、ユーノ君? 私のこと、忘れてしまったの?」
「……いや、その、忘れてなんていないよ、なのは」
心配そうな少女に、ユーノはそう言って微笑みかける。
「よかった。私もさっき目を覚ましたんだけれど、なんだか少し頭が重たかったんだ。今は、大丈夫だけれどね」
なのははそう言って微笑む。
「……ここは何処だか分かるかい、なのは?」
「ううん。気がついたらユーノ君の隣で眠っていて。その、ここに来るまでに何をしていたのかも覚えていないの……」
なのはは不安そうに言う。
ユーノはとりあえず石でできた床から腰を上げて、辺りを見渡す。
石造りの部屋だということはすぐに分かった。大理石でできているのだろう。白く綺麗に研磨された石で囲まれているこの部屋は、豪華な部屋だと言えるだろう。だが、正面のこの部屋の入り口は鉄製のようで、白い部屋にひどく不釣り合いだ。
それに、明かり窓がないのにも関わらず、部屋全体が優しく穏やかな光を纏っているようで明るい。
考古学を齧っているユーノだが、こんな不思議な石は知らない。
「……鍵がかかっている……。なのは、解錠の魔法は試してみた?」
「えっ、ええと……。レイジングハートが何処にもなくて……」
なのはの答えに、ユーノは自分達が誘拐されたのだと確信する。
しかし、腑に落ちないことばかりだ。
「ごめん、なのは。おかしなことを聞くけれど、君は今何歳だったっけ?」
「えっ? 八歳だよ。小学三年生。ユーノ君と同じ……」
なのはは笑顔で答えてくれたが、ユーノと同様に不思議そうな顔をする。
「やっぱり、なのはもおかしな気がしないかい?」
「うん。よく分からないけれど、おかしいと思う」
どうして自分はなのはと一緒にいるのだろう? 確か、もう『ジュエルシード』も回収して、『闇の書』も……。
それなのに、どうして自分達は出会った頃の姿と年齢なのだろうか?
「くっ!」
頭が痛くなる。
違和感があるのに、そう思う度にその記憶が消えていってしまうような気がする。
それはなのはも同じようで、頭を抑えている。
「……よく分からないけれど、ここにいてはいけない気がする」
ユーノは鉄の扉の取っ手部分に手をかざし、魔法を使用して解錠を試みる。
幸い、すぐに扉は開いた。
だが……。
「お見事。状況判断から行動に出るまでが早いわね。それに、そちらのお嬢ちゃんとは違い、デバイスとかいうものがなくても、魔法を使用できるみたいね」
扉を開けた先には、また真っ白い部屋があり、そこには十代後半くらいの紫髪の少女が白い机を挟んで椅子に座っていた。
少女は穏やかな笑みを浮かべていたが、ユーノはなのはに手で後ろに下がっているように合図をする。
「あらあら? 結構この顔には自信があったんだけれども、やっぱりいきなりこんな状況に置かれたら、警戒するわよね」
少女はそこまで言うと、笑みを口元に浮かべる。
それは先程までの穏やかな笑顔を浮かべていた人間とは思えないほどの酷薄で冷徹な笑みだった。
「ふふっ。自己紹介をするわね。私の名前はカルダモン。この実験施設の主で、あなた達を改造するために引き取らせてもらった者よ」
カルダモンと名乗った女は、何が面白いのかクスクスと嗤う。
「改造だって?」
魔法を使える者を攫って、非人道的な実験を行う犯罪者の話をユーノも聞いたことがある。どうやら、自分となのははそんな犯罪者に捕まってしまったようだ。
「そう、か・い・ぞ・う。どんな実験や危険なお薬を使ってもいいと言われているから、私すごく楽しみで仕方がないのよ」
カルダモンはそういいながら、クネクネと身悶えする。
ユーノはその姿に恐怖を覚え、すぐさまバインドの魔法を使用する。
瞬く間に魔法の鎖がカルダモンの全身を拘束し、彼女の動きを止める。
彼は攻撃の魔法は使えないという欠点を持つが、それを補ってあまりあるほどそれ以外の魔法は優秀なのだ。
「なのは、今のうちに奥の扉に向かって走って!」
「うん!」
ユーノの指示を受けて、なのはは走り出す。
そして、扉の取っ手に手をかけて開こうとしたが、そこにも鍵がかかっているようで開けられないようだ。
「なのは、そこから動かないで!」
ユーノは視線をカルダモンから離さずに、横歩きでなのはの元に向かう。
「うんうん。いい拘束魔法ね。それに、相手から目を離さないのも良い判断よ」
カルダモンは嬉しそうに微笑み、バインドの魔法を一瞬で破壊する。
「いやぁ、ユーノ君。貴方は優秀ね。私を少しでも拘束することができるなんて、誇ってもいいわ。そこの、やくたたずの女の子とは大違いね!」
言葉が終わるのと同時に、カルダモンは魔法を発動させて、空間に魔法陣を描く。そして、そこから細くて鋭いエネルギーがなのは目掛けて繰り出される。
「くっ!」
距離があるため、なのはにシールドを張るのが間に合わないと判断したユーノは、自身にそれを張り、なのはに当たらないように、エネルギーと彼女の間に割り込んだ。
シールドの魔法は、なんとかカルダモンの魔法を減衰させたが、完全には威力を殺すことはできず、ユーノは左肩を撃ち抜かれて締まった。
鮮血が舞う。
ユーノのマントと服はもちろん、肩の肉と骨を貫通し、そのエネルギーはなのはの頭のギリギリ上を通り、壁にぶつかった瞬間消えた。
「ユーノ君!」
なのはが駆け寄ってくるのが見えて、ユーノは悲鳴を上げそうになるのを懸命にこらえて、肩を反対の腕で抑えながら立ち上がった。
「あらら。貴方を傷つけるつもりはなかったのに。……でも、防御の魔法もかなりのものね。うん。気に入ったわ。貴方は素晴らしい研究対象になりそうだから、特別待遇にしてあげる」
年端も行かぬ少女に攻撃し、その結果幼い少年に傷を負わせたというのに、カルダモンは満面の笑みを浮かべる。
「でも、そっちの女の子はいらないかなぁ~」
そう言って魔法陣を空中に再び出現させたカルダモン。
ユーノはなのはの前に立ち、彼女を体を張って守ろうとする。
「ユーノ君、逃げて!」
「なのはをおいていけるわけないよ!」
なのはの懇願に応えず、ユーノはカルダモンを睨みつける。
「……まぁ、仕方ないわね。特別待遇にするって言ったばかりだし……。ここでその女の子を、なのはちゃんを殺したら、貴方も協力してくれなくなるのは目に見えているもの」
カルダモンはそう言うと、にっこり微笑んだ。
「ねぇ、ユーノ君。交換条件を飲んでもらえないかな?」
「……どういうことだ?」
カルダモンを睨んだまま、ユーノは尋ねる。
「そのなのはちゃんも特別に実験素材として生かしておいてあげるから、私の魔法の研究に付き合ってほしいのよ。大丈夫、約束は守るわ。なんなら、毎晩、なのはちゃんに会わせてあげるから」
カルダモンは「我ながら名案ね」と続ける。
「もしも断ったら、僕もなのはも殺すということか?」
ユーノの問に、カルダモンは「そんな、まさか」と首を振る。
「そんな優しいことで済ませたりしないわよ。間違いなく、死んだほうがましだったって状態にしてあげる」
カルダモンは笑みを強める。
「……ユーノ君……」
なのはが心配そうにユーノの上着を掴む。
それをきっかけに、彼はなのはの身を最優先に考え、眼前の女の提案を受け入れるしかなかったのだった。