カルダモンの言う『実験』とやらが終わり、なのはは与えられた部屋に連れ戻された。
なのはは動く力ももう残っていなかったが、カルダモンがなのはの頭を軽々と掴み上げて、部屋まで運んだのだ。
「まったく、この程度で音を上げるなんて、役に立たないモルモットね。服も下着も汚してしまうし」
排泄液で汚れた衣服を全て剥ぎ取られたなのはは全裸にされていた。
「三十分だけ準備の時間をあげます。体の汚れを落として、予備の服を着なさい」
カルダモンはその言葉とともに、なのはの躰を無造作に放り投げ、固い床に投げ捨てた。
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 痛い! 痛い!」
なのはは死んだような目をしていたが、放り投げられた際に臀部を、おしりを床にもろにぶつけてしまい、悲鳴を上げて涙をにじませる。
「ああ、ごめんなさい。貴女のおしりに薬を入れていたのを忘れていたわ。ふふふっ、慣れるまではずっと苦しいし、薬を打った部分に刺激を与えると気絶しそうになるくらい痛いから、今晩は恐らく眠れないわね」
カルダモンは酷薄な事を口にしながら、何故か嬉しそうに、優しく微笑む。
「もう一度言いますが、三十分後に夕食です。食堂に案内しに来ますから、準備をしておきなさい。その際はユーノ君に合わせてあげましょう。それから就寝時間までは二人でお話をして構いませんよ。脱出を計画するのもよし、ただお喋りをするのも自由です。ユーノ君が頑張ってくれましたからね」
カルダモンは嬉しそうにユーノの名を口にし、そのまま部屋を出ていった。
なのはは立ち上がってドアに近づこうとしたが、少し足を動かしただけで、薬液を入れられた方の左のおしりに激痛が走り、立ち上がるだけでも辛かった。
「なんで……。どうしてこんなひどいことをするの?」
なのはの瞳が涙に濡れる。
けれど、カルダモンの話では、これからユーノ君と会うことになるらしい。
早く躰を綺麗にして服を着替えないと……。
なのはは痛みに耐えながら懸命に躰を動かし、シャワー室に向かった。
だが、そこで彼女は更に苦しむことになる。
「うっ、しっ、染みる……」
温かなシャワーを浴びたなのはだったが、それが左のお尻にかかった瞬間、じんわりと広がる痛みに苦しめられた。
針を刺された部分が染みるのではない。薬液が広がった部分全体が染みるのだ。まるでその部分の皮がなくなってしまったのではないかと錯覚するような痛みだった。
涙を流しながらも何とか汚れを落とし、バスタオルで躰を拭く。けれど、柔らかなタオル生地でさえ、患部に触れると痛みを引き起こす。
なのははそれでも患部を拭き、服を身に着けた。
そして時間が来るまではベッドに右側面を下にして横になり、躰を休めたのだった。
△
「さぁ、ユーノ君。お食事ですよ」
カルダモンは上機嫌で部屋を訪ねてくると、そのまま食堂とやらにユーノを案内した。
「ここは……」
食堂とカルダモンが呼称したその部屋は、真っ白な何もない部屋だった。
椅子もテーブルもない。そこにある唯一の色は、見知った少女の姿だけ。
「なのは!」
ユーノは、壁に背中を預けて俯いている、その少女の名を口にする。
「ユーノ君!」
なのはもこちらに気づき、声を掛けてくる。
ユーノは急いでなのはに駆け寄った。
「なのは。よかった、無事だったんだ」
「うん。私は大丈夫だよ」
なのははそう言ってにっこり微笑んだ。
「はい、それでは、夕食です。腕によりをかけて作ったから、しっかり食べて、明日からの実験に向けて体力をつけてね」
カルダモンが、パチン!と指を鳴らすと、地面が突然割れて、そこからワンプレートに乗った食事が二人分せり上がってきた。
ライスに牛肉のステーキらしきもの。温野菜。魚にサラダにスープ。それに何種類もの果物が乗せられたそのワンプレート料理の数々は、非常に彩りも良く、美味しそうに見えた。
「私が居ては食べにくいでしょうから、後は二人でどうぞ。ユーノ君。就寝時間は今から三時間後よ。それまでは自由時間。そして、この部屋で何をしようが貴方の自由です」
カルダモンはよく分からないことを言って、一人で部屋を出ていった。
ユーノはその事を怪訝に思いながらも、床に置かれた食事となのはを交互に見て、「食べよう、なのは」と促す。
「大丈夫かな? 何かおかしな物が入っていたりしない?」
「分からない。でも、食べないと体が持たない。待っていて。とりあえず僕が食べてみるから」
ユーノはなのはにそう提案し、床に腰を下ろしてワンプレートの一つを膝の上において、フォークでステーキ肉の一切れを口に運んでみる。
特段おかしな味はしない。いや、それどころか、とても美味だった。
一通りの料理全てに口をつけて、大丈夫と判断したユーノは、なのはにその事を伝える。
「うん。それじゃあ、私も食べるね……」
なのははそう言って、床に腰を下ろす。ただその際に、何故か右のおしりをゆっくり床につけてから静かに左のそれを静かに置くという変わった座り方をして、僅かに顔をしかめた。
「なのは、何処か躰が痛いの? まさか、あの女になにかされて……」
「……大丈夫だよ。その、床が思ったよりも冷たかったから驚いただけ」
ユーノの問に、なのはは笑って答えた。
「うん。美味しい。これ、思ったよりもずっと美味しいね」
「ああ、そうだね。悔しいけれど美味しい」
なのはに笑顔で食事のことを振られ、ユーノも笑顔で返答する。
それから、しばらく食事を二人で楽しんでいたが、次第に、なのはの表情が苦しそうになり、脂汗をかき始めたことにユーノは気がついた。
「なのは、やっぱり躰の調子がおかしいんじゃあ?」
「ううん、大丈夫だよ。でも、その、床がやっぱり冷たいから立つね」
なのははまだ食事が残っているにも関わらず、プレートを床に置いて立ち上がり、辛そうに躰を壁に預ける。
「なのは!」
ユーノも立ち上がり、なのはの片手を手にとった。
「明らかに今の君は普通じゃあない。何かあの女にされたんだね?」
ユーノが真剣な表情で尋ねる。だが、何故かなのはは不思議そうな顔をした。
「ユーノ君……。私に治癒魔法を掛けたの?」
なのはの問いの意味がまるで分からない。ただ、それは治癒魔法を必要としていた状態であったことを吐露しているのと同じだ。
「やっぱり、躰を痛めているんだね? すぐに魔法を……」
「ううん。大丈夫。その、まだ少し痛いけれど、急に痛みが和らいで……」
やはり話が噛み合わない。
「なのは! 僕に隠し事をしないで! 一体何があったの?」
ユーノは仕方なく、少し強い語気でなのはに尋ねる。
「……その、何でもな……」
「なのは!」
ユーノの叫びに、なのははビクッと躰を縮こませてしまう。
「……ごめん。でも、きちんと話してよ。もう、あの時みたいな無茶はしないで欲しいんだ……」
脳裏に浮かんだ光景は、なのはが十一歳の時の記憶。
無理をしてきたつけが回って、任務中に大怪我をして瀕死の重傷を負ったあの時の……。
「えっ? なんだ? この記憶は?」
ユーノは自分の思い浮かべた光景に違和感を覚えた。
だって、自分もなのはもまだ……。それなのに、どうして鮮明にこんな……。
急に頭痛が襲ってきて、ユーノはなのはから手を離してその場に膝をつく。
おかしい。おかしい。おかしい。矛盾している。だって、僕となのはは出会ってジュエルシードの封印を終えて少ししか……。
……いや、その、もっと何かがなかっただろうか?
何かもっと大きな出来事が?
そして、僕は何も出来ずに、いつの間にかなのはと疎遠になってしまって……。そして、その頃になってようやく自分の気持ちに気がついて……。
「ユーノ君……」
頭痛に苦しむユーノだったが、なのはが辛そうな顔をしている事に気づく。
だから、彼はなのはの手を再び握った。そして、なんでもないと言って微笑む。
不思議なことに、なのはの手を握ると、ユーノの頭痛はあっという間になくなった。
ただ、何か大切なことを忘れてしまった気がした。
「あっ、まただ。ユーノ君が手を握ってくれたら、痛みが……」
なのはのその呟きを、ユーノは聞き逃さなかった。
「なのは。やっぱり躰に異常があったんだね。何があったのかを話して。僕が力になるから」
ユーノの言葉には強さと決意があった。
先程まで感じた違和感こそなくなったが、目の前の少女を助けたいという気持ちが増大したのだ。
「……はい」
そして、なのははユーノの真摯な表情に呆気にとられ、思わず目上の人にするような返事を返してきたのだった。