赤く染まった海。
その浜辺。
少年は赤い少女に跨りその胸の上で嗚咽を漏らす。
一体どれ程の時間、少女の上で涙を流していたのだろうか。
少女の胸から流れ落ちた涙が、涎が脇腹を通り川となり砂浜に乾くことのない染みを作っていた。
この世には少年と少女の二人。
泣き続ける少年を慰める者は居らず、涙に濡れ続ける少女を引き起こす者も居らず。
だから少女は自分で起き上がる。
少年を突き飛ばし。
今度は少女が少年に跨る。
少女の手には何所で拾ったのか、穂先が二股に分かれた赤い色の細長い槍を握り締めていた。
少女は理解していた。
この世に人間は自分と少年の二人だけだと。
誰も、少年さえも、少女を止める者は誰も居ないのだと。
少年は理解していた。
少女が手に持つ槍で自分を貫こうとしていることを。
誰も、少年さえも、少女を止めてくれる者は誰も居ないことを。
「あんたが全部、私のものにならないなら、私、何もいらない」
少年は何所かで聞いた少女の言葉を思い出す。
誰も、何もかも失った世界。
残すのは少年と少女。
少女は少年の全てを手に入れるため両手に構えた槍を大きく振り上げる。
この世はもう少年以外には何もないから。
掲げられた槍が形を変える。
二股の穂先は少女の内心を表すかのように捻じれ、捩れ、姿を変える。
一つになり短くなった穂先が少年の胸に吸い込まれていく。
少年は抵抗しない。
両手は無気力に広げられ砂浜の上に。
ずぶずぶと、何の抵抗もなく槍は沈んでいく。
涙はもう止まっていた。
代わりに血が溢れ、零れ出す。
少年の口から。
そして少女の口から。
「?」
自分の顔にかかる血に、少年はようやく自分を刺し貫いた少女へと目を向ける。
少女は笑っていた。
口から血を溢し、笑っていた。
少女の胸には槍の穂先が。
変形した槍に柄はなかった。
短い穂先をずぶずぶと少女は自分の胸へ沈みこませる。
「何もいらない」
今度ははっきりと、少女の口から聞こえた。
「あんた以外、何もいらない」
大きく見開かれた右目が近づく。
少女の両手が少年の頬に触れ、口が近づく。
あと少し、あと少しと少女は少年に近づく為、更に穂先を沈みこませる。
だが届かない。
徐々に徐々に力尽きてゆく少女は少年へ口づけることができなかった。
あと少し。
ほんの少し。
それでも届かない。
「・・・何で」
少女が吐いた血で汚れた少年の顔が、少女の流す涙で洗われていく。
「何でよ」
全てを懸け。
全てを捨て。
それでも埋まらなかった少年とのその距離に少女は涙する。
「何でよ!!」
少年の頬を掴んでいた両手にもう力は入らなかった。
流れる血が再び少年の顔を汚していく。
「なん・・・で・・・」
かすんでゆく視界に少女は力なく瞼を閉じる。
閉じて、永遠に開くことはなくなる。
筈だった。
「歯、磨いてるよね?」
「え? ・・・んっ」
引き寄せられ、唇が触れ合う。
距離はゼロになり体が触れ合う。
再び大きく見開かれる少女の右目。
少女は見る。
自分を見つめる少年の瞳を。
少女は感じた。
重力でもない、自重でもない。
自分を引き寄せた腕の力を。
少年の抱擁を。
「・・・鼻息がこそばゆいから、息、しないで」
「うん」
それは何時かの焼き直し。
最悪で終わった日のやり直し。
最悪で、最高なやり直し。
最初に力尽きたのは少年の方だった。
少女の背に回されていた右腕が砂浜の上に落ちる。
力なく、それでも少女は確りとその右手に自分の左手を組ませる。
「・・・本当に息、止めなくたっていいじゃない、バカシンジ」
少女にとって四度目となる口付けを贈る。
もう、少年は少女を抱き締めてはくれなかった。
それでも少女は繰り返す。
何度も何度も。
息絶えるまで口付けを繰り返す。
( ・・・もう一度 )
何度も何度も。
( もう一度 )
何度も願う。
何度も。
何度でも。
少女は願った。
息絶えた少年と少女が光に包まれる。
この世で二人きりの男と女。
壊れた世界で再び出会った男女。
最初に出会った二人。
神の元を、満たされた世界を離れ。
一つになることを拒んだ二人。
一人であることを選んだ二人。
世界で最初の二人。
始まりで終わりの男女。
男は最後の最期に世界を。
他人を。
女を選んだ。
女は最後の最期に他人を。
男を。
男の居る世界を求めた。
壊れる前の世界では四度目。
新たな、二人だけの世界では一度目となるそれは少女の願いを