「黙れ」
低い、良く通る太い声だった。
怒気や苛立ちは含まれていない。
焦りや恐怖といった心の乱れも感じられない、落ち着いた静かな一言。
そのたった一言で、発令所内の空気が一変した。
「葛城一尉」
「・・・はっ?!はい!?」
浮足立ち騒がしかった発令所内が一瞬で静寂に包まれてしまい、あまりの変わり様に目を白黒させ呆けてしまったミサトはその呼びかけに、黙れと言い放ったゲンドウの声に遅れて反応してしまう。
「再計算した盾の使用可能時間は何秒だ」
尋ねられた質問にミサトは隣に立つ二課の職員へ視線を向け、同じように呆けていた職員は慌てて手持ちの報告資料を捲りミサトへ手渡す。
既に下を向いている職員はほとんどいなかった。
「三十二・・・と出ていますが加粒子砲の威力がまた上がるとも考えれます。三倍に跳ね上がると想定して出た結果は十七秒」
「それ以上は」
「五秒と持ちません。盾として運用する位ならば目眩ましの遮蔽物として使用した方がまだ実用性があります」
資料にざっと目を通し、作戦課として運用する場合を考慮してミサトは答える。
「ふむ。目眩ましか・・・視覚があるかも疑わしい使徒相手にどう使う?」
冬月のもっともな疑問にミサトは敢えて、というよりは使徒に生物的な視覚があることに賭け、猫だましそのものな作戦を口にする。
それはエヴァの射出口もしくは兵装ビルに盾を取り付け加粒子砲発射時、出来るだけ使徒付近にてそれを展開、視界が遮られた数秒間の内にライフルを構えたエヴァをそのまま横へスライド移動させるというもの。
「こちらが撃つまでに掛かる誤差修正等の計算に必要な時間はどうする。一時は逃れようとも、これでは元の木阿弥だぞ」
「移動した状態で撃つための計算を先に行います」
「作戦開始時点での射撃は捨て、移動した位置でのみの一撃に賭けるわけか・・・」
「マギはどういってる」
ゲンドウの言葉にミサトの作戦を聞きそのままマギに入力していたマヤが答える。
「反対二、条件付き賛成が一。成功率は〇・三二・・・マギは撤退を推奨しています」
「射撃の全自動化はできるか」
ゲンドウの思わぬ質問にミサトが引き継ぐ。
「不可能ではありませんが、それは盾を零号機が支えることになるだけで成功率に変わりはありません。いえ、むしろこのエヴァ抜きのオペレーションと考えると低下の恐れも・・・」
「零号機を囮に使う」
「・・・は?」
「ライフルを全自動化。盾の隣に零号機を配置。盾が壊れ次第、囮として射出し使徒本体へ突撃した場合はどうだ」
その言葉に、またもや静寂が発令所内を支配する。
司令席を除いた、もしくは副司令でさえもが耳を疑い、一点のみを見詰める。
誰かの唾を呑む音だけが聞こえた。
「どうだと聞いている」
「は、い」
直接見下ろされ命令を受けたマヤは手元を震わせながらパネルへ身体を向け入力していく。
「反対一、条件付き賛成が二。成功率は〇・三八・・・零号機は使徒の A.T.フィールドに阻まれ突撃失敗。先ずライフルが破壊され次に零号機も・・・」
「では盾の左右にエヴァ二体を配置。盾が破壊され次第、ライフルから遠い順に射出」
耳から入る情報に抗うことも出来ず、マヤの手は動き続けた。
「じょ、条件付き賛成が三。成功率は一・七五・・・エヴァ一体は加粒子砲を受け大破。もう一体は・・・」
続きを聞くまでもなかった。
上がっていた職員達の顔が一人、また一人と下を向いていく。
「もう一体はどうなる。答えろ」
「その・・・」
「もう一体はどの位置でもライフルの射線と必ず重なるため、確実にエヴァ本体と共にパイロットも喪失」
言い淀むマヤの肩に手を置き引き継いだのはミサトだった。
「囮に使うだけならばパイロットの搭乗は・・・」
「起動すらしていないエヴァに使徒が見向きするとでも」
ミサト自身その提案がなんの意味もなさないことだと理解していた為、それ以上の進言も出来ず、新たな作戦が司令の口から告げられる。
「ライフルと反対の位置に初号機を。初号機が使徒に撃たれ次第、零号機を突撃。ライフルの照準が定まり次第、零号機もろとも掃射」
人類存続のための非情な決断が今、無情にも下された。