「ライフルと反対の位置に初号機を。初号機が使徒に撃たれ次第、零号機を突撃。ライフルの照準が定まり次第、零号機もろとも掃射」
司令の言葉に、発令所内は再び沈黙に包まれる筈だった。
「・・・・・・ぅあっ、ぁあっ・・・」
それは声にもならない訴え。
予期せぬ理不尽に耐えようとする潰れた悲鳴。
椅子の上で俯き震え、握りしめた白衣の裾を静かに濡らす嗚咽。
「・・・リツコ」
力なく落とされ揺れる細い肩にミサトは手を置くも、それがなんの慰めにもならないことは明らかで。
今や発令所内を包む空気に不安や恐怖はなかった。
真っ当な生物ともいえぬ子供。
恐らくは母の死に関わる少女。
自分が愛する男に一番近い女。
興味深く、疎ましく、そして妬ましい存在。
終わりが訪れるその瞬間まで、きっとこの密接でいて希薄な関係性は変わることのないものだと、そう信じて疑わなかった。
おそらくは青い少女ですら。
『なんで・・・ですか』
『・・・え?』
たかが見舞いの花束で。
そう思ってしまうのも確かで。
『あたたかい』
たかが見舞いの花束すら母は。
たかが花束ですら彼は。
そう考えてしまったのも確かで。
『・・・・・・リツコ、さん?』
『・・・・・・別に、構わないわよ』
人の形をした人ならざる存在だとしても。
何ら変わらないものを持っているのだと。
そうだと知ってしまったのなら。
『向日葵と・・・デルフィニウム』
今までの扱いがなかったことにはならない。
『・・・よく、解りません。でも』
これからの扱いが真面であるかも判らない。
『でも、ありがとうございます。リツコさん』
たった十日にも満たない間の、限られた時間の中で更に短い見舞い中の僅かな会話。
互いに特別親しくもなければ、深く理解し合っている訳でもない。
それでも。
「うれしい、です」
与えられる側ではなく、奪う側でもなく。
誰かに何かを与える。
そんな立場と年齢の大人になっていたことに気が付いてしまえば。
こんなにも真っ白で、こんなにも裏表の無い澄んだ言葉を受け取る資格があるのだろうかと。
それに見合う大人であれただろうかと。
『これからよ~。これから』
あんただけじゃなくて、見舞いに来た職員全員が感じている。
そう言って見舞いのケーキを掲げる彼女もまた。
『戦いも、十四歳の彼女の人生も、私達も』
だから。
「その資格とやらに見合う大人になっていきましょ」
「この場に戦う意思の無い者は不要だ。連れ出せ」
リツコは俯いたまま、ミサトに腕を引かれふらふらと行く。
ここ数日で歩き慣れてしまった通路を。
見舞い以外の目的で。
見慣れてしまった室内に、見慣れた雑貨。
座り慣れた椅子。
一挿しのデルフィニウム。
少女の姿はなかった。
二人の近いようで遠い関係が好きだったり。