「・・・怖いの」
殺風景な病室だった。
ベッドとキャビネット。
それに水差し。
ぐるりと部屋を見渡しても、あるのはタオルや替えの病院着等を入れる小さな収納棚が隅に一つだけ。
ベッドどころか大きな窓にあって然るべき
「前は・・・いいえ。今も無へ帰ることはどこかで望んではいるの。でも・・・・・・怖くはなかった」
白いだけで、清潔なだけで、何もない場所。
ベッドの中には呼吸器を付けた少年が、ベッドの手摺に取り付けられたベンチレーターの機械音に合わせ浅く静かに胸を上下させている。
「けれど今は・・・」
先程まで医療用カプセルの中に居た少年、シンジへぽつりぽつりと話し掛けるのは車椅子に乗った少女。
「・・・今は皆がいる」
見舞客用の椅子すら置いていない病室内で少女は、レイは数時間前に精神鑑定の一環でシンジに絵を描かせるというリツコにくっ付いてミサトと共に訪れた際には感じなかった、静かな寂寥さを覚えていた。
きっと、一人で来なければ気付きもしなかった、今の彼女にとってはとても遠い感覚。
懐かしいとも思いたくない、かつてのレイが居た病室と変わらない風景。
何もない部屋。
他者の存在を匂わせるものは何一つなく、一人だけの空間。
以前のレイはそれが当たり前だと考えていた。
たった一人だけが自分を見てくれているのだと、そう勘違いしていた。
エヴァに乗ることでしか得られない、一方的な他者との繋がりを絆と呼んでいた。
「リツコさん達だけじゃない・・・」
見舞いに来てくれた、名前も顔も知らなかったネルフ職員達。
通路を車椅子で行けば、声をかけ、目的地まで押してくれることも。
早く歩けるようにと気遣う人もいれば、再びエヴァに乗って戦うことに難色を示す人も。
「ここにいる皆が・・・だから」
切っ掛けは確かにエヴァだった。
同情が先だったかもしれない。
一人で戦わせる少女に負い目が無かったとは言えない。
それでも。
「助けて」
肘を突きベッドの縁に身を乗り上げさせ、レイは力の入らない右手でシンジの肩に恐る恐る触れ懇願する。
「起きて、私と一緒に戦って」
置くだけだった右手は次第にシンジの動かない身体を揺すり、細い指は肩に爪を立てる。
「私は相打ちで死んでも構わない」
『私が死んでも代りはいるもの』
「でも、次も私と同じかは判らないから。だから・・・だからっ!」
『いえ、知らないの。たぶん、私は三人目だと思うから』
シンジを揺らす動きは徐々に激しくなり、呼吸器が外れ、病室に警告音が響く。
「・・・・・・みんなのためにたたかって」
生きているだけで何もしない少年に己の願望をぶつける、見返りすら与えれず何の力も無い少女はベッドの縁で体を丸め、ただただ震える事しか出来なかった。
震えるその細く小さな背中に、ミサトは声をかけることも触れることも、ましてや抱きしめることすらも出来ず、ただ立ち尽くすしかなかった。
「・・・レ、イ」
ふらふらと、一歩踏み出したリツコの腕を引き止めたミサトは首を振る。
開け放たれたままの病室のドア。
倒れた車椅子。
何の繋がりも無い寝たきりのシンジにみっともなく縋ることも厭わない、皆の為に戦ってほしいという死を覚悟したレイの懇願。
その全てが、葛城ミサトという女性に戦う理由を押し付けてくる。
「誰も、死なさせやしないわ」
彼女の中の復讐の二文字は未だ確かに。
「リツコ。作戦変更よ」
それでもそれと同等の、それ以上の何かも確かに生まれつつあった。