何も分かってないくせに、私のそばに来ないで!
あんた私のこと分かってるつもり!
分かるはずないわ!
じゃあなにもしないで
あんた私を傷付けるだけだもの
あんた誰でもいいんでしょ
ホントに他人を好きになったことないのよ!!
・・・哀れね
「自分だって本当は僕と同じくせに」
少年、碇シンジは目を覚ます。
忘れようとしても思い出してしまう辛かった現実から逃げる為、夢の中に飛び込む。
( ・・・アスカがいない )
その事実に、安堵とも落胆ともつかない心地になり、シンジは寝転んだままアスカを探すように周囲を見渡す。
手元には握り締められ折れたクレヨンが、ベタベタとした不快な感触と臭いを漂わせている。
ベッドの上で広げられた、皺の寄った画用紙には赤黒く塗りつぶされた人のような何かが事切れていた。
(・・・何、してたんだっけ?)
夢の連続性を全く疑わないシンジは先程まで見ていた現実へと戻る直前のやり取りを思い出そうとする。
( 確か、ミサトさんとリツコさんと・・・あと誰かがやってきて・・・絵を描くように言われて・・・ )
そこでようやくシンジはアスカ以外の存在へ意識を向ける。
病室内には騒がしい声が響いていた。
「だから!何度も言うけど生活能力が全く無いうえアルコール依存症のあなたには無理よ!」
「そういうあんただって無理でしょ!どーせ家でもダース単位でタバコ吹かしてるくせに!」
「禁煙ぐらい何時でも出来るわよ!!」
「私だって禁酒ぐらい訳ないわよ!!」
二人をよく知る男が聞いたら間違いなくどちらも無理だから諦めろと諭すような不毛過ぎる激論をベッドの横で交わしていた。
その二人の間には車椅子にちょこんと腰かけた、耳に大きなヘッドホンを付け、抱きかかえた大きなテディベアにもたれウトウトと船を漕ぐ青い少女が。
「レイは繊細なのよ!?ズボラなあなたが面倒見きれる筈ないでしょ!!」
「そういうあんたはラボに籠り切りでほとんど家に帰らないじゃない!!」
「ズボラが移る可能性よりはましよ!!」
「実害のある受動喫煙よりはましよ!!」
二人のやり取りにシンジは呆れる。
綾波の無関心であるが故に生活能力がない、意外とズボラな一面を二人が正しく認識していないという事実に。
( ・・・四人目、か )
シンジは二人が何故、綾波をどちらが引き取るかで揉めているのかはさっぱり理解できなかったが、目の前の少女が自分のよく知る綾波レイではないことは理解できた。
( ・・・やっぱり、綾波はもうどこにも居ないんだ )
シンジは例え夢の中でも、もう綾波には会えないのだろうという確信があった。
現に、シンジの目の前で車椅子に座っている少女は外見こそ綾波であるものの、彼が感じた母を思わせるような、自分の全てを受け入れてくれるような包容力を感じ取ることができなかったのだ。
( リリスと・・・アダムが・・・・・・何だっけ? )
全てが溶けたあの赤い海の中で綾波と色々な話をしていたはずのシンジだったがその全てを完全に理解していた訳ではなかった。
それよりも今は、リツコの手によって体が崩れていく綾波達の姿の方がより鮮明に思い出させられてしまう。
綾波の胸。
綾波の太もも。
綾波のふくらはぎ。
「・・・ぅッ」
綾波達の笑顔。
綾波達のこぼれる目玉。
漂う綾波達の腸と肋骨と・・・。
泣き崩れるリツコを慰めようともせず唖然と見下ろすミサトの後ろ姿。
( ・・・ああ )
目の前の綾波に似た少女から感じられるのは幼さやあどけなさ。
無防備な状態を晒すことで表される大人達への信頼。
恐らく他者からの贈り物であろう、馴染みの無い物への執着。
その全てが。
( なんて・・・ )
「・・・うぇ」
「ちょっ?!シンジ君!!」
「落ち着きなさいミサト!戻してるだけよ。気道確保しておくからスタッフ呼んできてちょうだい」
「わかった!レイはそこでじっとしてて!」
ミサトの声に驚き肩を跳ねさせ、シンジの身体を気道確保のために動かすリツコを不安気に、テディベアを強く抱きしめて様子を窺う少女の姿は確かに、彼が知る二人の綾波レイとはかけ離れたものだった。
「あっ」
「警報?・・・まさかっ!?」
気を失うように、辛く苦しくともアスカが居る現実へ逃げ出そうとするシンジへ、再び目を背けたくなるような現実が襲い掛かろうとしていた。