太夫を置いて、吾らは椛の言う通りに進む。幸い、そのあと、すぐに追ってきた大天狗もなんとか撒けたようだ。
「…咲夜。大丈夫か。」
ガタガタの山道。咲夜のいつもの靴では些か歩きにくい。ましてや、走るなど…。
「大丈夫よ。ほら。」
…よく見ればいつもの靴ではなく、踵の部分のとっかかりがない茶色の靴だった。…それでも山道には適しちゃいないが、まぁ、本人が大丈夫というなら大丈夫だろう。
「もしかして、怪我したら私も抱き上げてくれるの?」
「…流石に二人は無理だ。ちょっと我慢してくれ。」
「むぅ。まぁ良いわ。」
…本当は咲夜もしてやりたいのだが、椛を下ろし、一緒に行くと人質ではなく、同行者、或いは同罪に問われるため、今椛を離すわけには行かない…というのを咲夜はわかってくれているはずだ。
「貴方らしいというかなんというか…。自ら、悪役を演じるなんて…。もし、天魔もグルだったらどうするわけ?」
「…それはないだろう。天魔もグルならもう少し統率が取れているはずだ。」
…なんとなく、奴らには乱れを感じた。鴉天狗の一部は大天狗に従い、それ以下は大天狗が怖いから付き従っているだけだ。そして、白狼天狗も逆らえないから。つまり、大天狗の単独行動、或いは大天狗を中心とした者達の行動となる。
「…でも、何故?何故、貴方なの?幻想郷や妖怪の山をモノにしたいなら、天魔暗殺や霊夢の誘拐がやりやすいと思うけれど。」
「…それは…。」
「おそらく、文さんの記事です。愈咫郎さんを取材した、あの。」
…吾の言いたいことを腕の中の椛が言ってくれた。
「…あぁ。あれ。」
「博麗の巫女も、天魔様も戦うには骨が折れます。しかし、愈咫郎さんなら、集団で囲めば良いと思われたのでしょう。文さんの記事にも色々と情報が書いてありましたから。」
「ふうん。じゃあ、その大天狗は馬鹿ね。ユタの本当の強さを知らないわ。」
「…なんでお前が満足げなんだ。」
ふふんと鼻でも鳴らしてそうなほど誇らしげに笑う咲夜。…まぁ、こういうところも愛くるしいと思うのは惚れた男の弱みか。
「…そうでしたね。お二人はお付き合いなさってるんですよね。…確か、咲夜さんから告白なさったとか。」
「…え?…そ、そんなことまでユタ、言ったの?」
「ん?何か不味かったか?」
椛の言葉に少し顔を赤らめて吾を見る。
「全て包み隠さず言ったぞ?」
そう言うと咲夜の顔が見る見る赤くなる。
…二人の時はあんなに甘えん坊なのに、一人増えるだけで恥ずかしくなるんだな…。流石に夜のことは言っていないが。
「うぅ〜…。なんでそんなことまで言っちゃうのよぉ〜…!!」
「…わ、悪い。ただ、あの時のことを思い出すと嬉しくなってな。お喋りになってしまうらしい。」
顔を真っ赤にして、吾を睨む咲夜。吾が笑ってそんなことを言うと、虚をつかれたようにびっくりして、吾から顔を晒している。
「どうした?」
「ダメっ。見ちゃダメっ…!!多分、変な顔してるから、私…!!」
腕の中の椛と顔を見合わせ、共に首を傾げる。…と、こんなことをしている場合ではない。
「白狼天狗宿舎はもうすぐです。そこまで入り組んでいない…ただの民家的な面持ちなので、文さんを助けるのにそこまで時間を要しはしないかと。…しかし、一つ心配なのは…。」
「あの執念深い大天狗がどこまで来ているか…だよな。」
後ろから追いかけてくる分にはまだいい。最悪なのは、白狼天狗宿舎に先回りされている場合。吾一人ならなんとでもなるが、先に文が処分されるか、はたまた椛が寝返ったと気づかれるか。どちらにしても終わりだ。
「いずれにせよ、即決で行くぞ。モタモタしている時間はない。」
「しかし、当然、見回りはいると思いますが…。」
「あぁ。それなら…。」
冷静さを取り戻した咲夜と目を合わせる。すると吾にウインクしてくる咲夜。
「…えっと、何故、咲夜さんなんです?」
「咲夜の能力は知らないものからしたら、最強に近いからな。見回りなんて…すぐに終わる。」
…と、見えてきた。木造の大きな家の前に何人かの白狼天狗。ただ、素直に見る分、普通に過ごしているだけだとも思えるが…至る所に臨戦態勢の者もちらほら見える。吾らのことも知らされていることだろう。
「咲夜。」
「りょーかい。行ってくるわね。」
隠れている茂みから咲夜が歩いて出る。…と思うや否や、咲夜が帰ってきた。体幹にして、1秒にも満たない時間だが、咲夜からしたら2、30分ぐらい経っただろう?
「え?え?今、咲夜さん、歩いて行って…!?でも、今、帰ってきて…?え?」
…と初見の椛が驚いている。それを微笑んで見る咲夜。あれだ。肝試しとかで驚いてくれて嬉しいの感覚に近いだろう。
「行くぞ。」
既に声が消えた宿舎へと入る。
…辺りは酷いものだ。大体、締め上げられているか、ナイフが刺されているかの二択だ。これでも咲夜の力の一部だ。…眉目秀麗されどやることは恐ろしい…か。
「…ん?」
「文さんッ!!」
奥の寝室のようなところに手足が縛られ、猿轡のように布をかまされている新聞記者、射命丸文がもがきながら、吾らを見ていた。顔からは怯えや驚きが見て取れる。…吾はそれを刀で斬ってやる。
「…大丈夫か。文。」
「あややや。お手数おかけしました。まさか、大天狗様に捕まるとは…。」
歯で右手の爪をかみながら、悔しそうに声を上げる文。
「椛も。ありがとうございます。」
そう言いながら、既に離した椛の頭を文が撫でる。満足そうに声を上げる椛。…それを見ながらほっこりする吾ら。
「…それじゃあ行くぞ。文、天魔の所まで連れて行ってくれ。」
「わっかりましたーっ!!」
…元々、山に踏み入れた目的は天魔に会うことであって…大天狗や文救出など道草を食わされたものだ。さっさと会って、こんな山からは退散しよう。そろそろ咲夜と触れ合いたい…。癒されたいものだ。
「…。」
扉を開けて、外へ出る。…が、ある意味予想通りのことになった。目の前には忌まわしいほど見た大きな黒翼の男がとんでもない形相で吾らを見ている。
「…貴様ら、追いかけっこは此処までだッ!!せっかく捕らえた射命丸まで逃がしよって…!!此処にいる全員、ここでねじ伏せてやる…ッ!!山の大天狗を怒らせたこと、後悔しろッ!!」
唾でも飛んできそうなほどの勢いで怒っている。
「…咲夜、文、椛。此処は、吾に任せてくれ。」
「し、しかし、相手は腐っても山の大天狗様ですッ!!いくら、愈咫郎さんが強くても…!!」
椛がそう言う。吾はそんな椛を撫で、ふっと力を抜いて微笑んだ。椛はその顔に何かに気づいたようで、そこからは何も言わなかった。
「…貴様、何処までも舐め腐りやがって…ッ!!良いかッ!!あの男もお前も、我々天狗からしたら唯の人間ッ!!そんな者を殺すなど、赤子の手を捻るも同然なのだッ!!そんな奴が私にタイマンで勝つだと…?冗談もいい加減にしろッ!!刀も握れぬほどボロボロにしてやるッ!!覚悟しろッ!!」
「…ふっ、そうか。」
もう抜刀している相手に吾は剣先を向ける。大天狗は顔に青筋を立てて、面白くないかのようにそれを見ている。
「何を笑って…!!」
「なら、テメェは今からその唯の人間に負けることになるな。…覚悟しろよ…ッ!!大天狗…!!」
「…何処までも虫唾が走る…ッ!!生かしては返さんぞッ!!人間ッ!!」
そう言い、突きの形で向かってくる天狗。
それを弾き、天狗は後ろへと遠ざかる。
「…朱智愈咫郎。いざ、参る…。」
そう言って、次は吾から向かっていった。
次回は大天狗戦です。