手足が悴む今日この頃。吾は何を思ったか、夕食後、妖怪の山に来ていた。昼でも手足の間隔が残らないくらい、冷えることがあるというに、夜なんてもう耳の肉を軽く抉り取るくらい、寒さより痛みが勝る。しかし、冬の夜空ってのはとても澄んでいて、星も月も良く見える。
「…何してるんですか。」
「おや。」
妖怪の山を歩いていると白狼天狗の犬走椛に出くわした。椛は吾を少し低めの声でジトーとした目でこちらを見ている。
「…夜空、見に来たんだよ。ほら、綺麗だろ?」
「…確かに綺麗ですけど…。こんな夜中に一人で歩いてたら、襲撃受けますよ?まだ、単独で歩けるほど、妖怪の山は安全じゃないんですから。」
右手の人差し指をピンっと立てて、諭すように吾に言う椛。ふむ、確かにな。守矢のお陰で観光資源化されているとはいえ、妖怪の山…の名に恥じぬほど多種多様な畜生、物の怪、妖怪どもがわんさかいる。いつ襲われても敵わんな。
「見つけたのが私だったから良かったものの、まだ根に持ってる上の天狗だっているんですから。」
「ふふ。肝に銘じておくよ。」
「笑い事じゃないッ!!…全くもぉ…。」
少し呆れたように頭を押さえる椛。なんというか、面倒見がいい子だというのは思った。いい母親になりそうだ。
「…これで、酒でもありゃ完璧なのになぁ…。」
「…お酒ですか?…じゃ、じゃあ、ここじゃ危ないですし…。ウチ…来ます?」
吾の顔を伺うように上目遣いで見る椛。
「いいのか?でも、確か、他の白狼天狗もいるだろ?こんな時間に行ってお邪魔じゃないか?」
「勝手に山に…しかも、こんな時間から来てる人が何言ってるんですか。別に構いませんよ。私の仲間たちは皆、愈咫郎さんに感謝してますから。」
「…じゃあ、お言葉に甘えるとするか。」
…思えば、白狼天狗の小舎に行くのは久しぶりだな。前は文を助けるために東奔西走していたわけだし…。それに安全じゃなかった。ん?前は鴉天狗の小舎だったのか?わからんな。
「じゃあ、ご案内します。こっちですよ。足元、お気をつけください。」
「ん?あぁ。」
前を進んでいく椛の後ろを親鴨と子鴨のようについていく。…というか、咲夜にも思うことなのだが、椛に関しては服の形状上、脇や胸の横部分が空いているため、より寒そうに見える。
「…なんですか?私の脇ばっかり見て…。」
ジトーとした目で此方に振り向き、吾を見る椛。
「いや、こんな時間にそんな格好で寒くないのか?と思って。」
「…ほんとですか?エッチなこと…考えてません?」
「なんでそうなる。」
…パチュリーも美鈴もそうだが、なんでそっち方面に持っていくのだろうか。吾の目線がそういう風にさせているのか?…よくわからん。
「うふふ。」
「ん?どうした?」
「やっ、愈咫郎さんがしょぼくれたような目で見るもんですから面白くって♪あははっ♪冗談ですよ。愈咫郎さんにそんなこと思ってませんから。…と、着きましたよ。白狼天狗小舎。お入りください。」
…ふむ。もうそんなに歩いたのか。一緒に話しながら歩いてると時間の流れが早い。楽しい時間ってのは一瞬だからな。…さて、白狼天狗小舎だが、少し大きめの木造建築といった具合だ。それでも大きさだけなら博麗神社本殿にも引けを取らない。…いや、こっちの方がちょっとおっきいか?
「ん?どうぞ、お入りください。」
「…あぁ。」
椛がこれ以上凍えてはいけない。吾は扉を開ける椛に甘えて、中へと入った。中は思ったよりも広く、玄関から前へ廊下が伸びていて、壁沿いにいくつか扉があるのがわかった。
「お邪魔する。」
「ええ、どうぞ。」
ブーツを脱ぎ、外套を脱いで、中へと入る。暖炉の火だろうか、室内がいい感じに暖かい。
「じゃあ、私の部屋に案内しますね。」
「あぁ。頼む。」
また、椛についていく。なんというか、生活感がすごい。
「小舎なんて言っても殆どは一人暮らしと変わりません。台所とか、寝室とか、全部一部屋にありますので。」
「なるほどな。」
…イメージ、寮に近いのか。かなり大きかったので広いとは思ったが、一部屋一部屋が大きいパターンなのだろう。
「それで、ここが私の部屋です。どうぞ?」
「あ…あぁ。…失礼する。」
吾が言うのもなんだが、男を簡単に自室にあげるのはいかがなものかと思うが…。室内は意外に広い。予想通り…だが。
「…。」
「どうしたんです?…あっ。もしかして、意外と女の子っぽいとか思ってますか?」
ジトーとした目で吾を睨む椛。…失礼ながら、そうは少しは思った。なんというか、畳以外は洋風で、ベッドの近くには大きなクマのぬいぐるみがあった。
「…確かにびっくりしたな。特に…アレとか。」
吾は一番に目に入った存在感があるクマのぬいぐるみを指差した。
「…いいじゃないですか。…好きなんだし。あぁ言うの。」
「確かにな。」
少し恥ずかしいのか、もじもじとした様子で目線を逸らし、口籠る椛。…確かに他人の趣味にケチをつけるわけには行かないな。
「そ、そんなことより。晩酌でしょ?…用意しますのでお待ちください。」
「あ、あぁ。」
…なんだか、そわそわする。足早に台所のあるであろう場所へと行った。…さて、他人の部屋で一人っきりにされたわけだが…。
大人しく流石に待っていよう。付き合ってすらいない、人の部屋を勝手に物色して、嫌われても具合が悪い。取り敢えず、後座に座って少し待っていようと思う。
「出来ましたよ?…愈咫郎さん?」
「…あぁ。」
…どこか虚しい気持ちになりながら、待っていると椛が手にお盆をもって、帰ってきた。
「はい。お酒と…適当におつまみ拵えました。どうぞ?」
「あ…あぁ。料理…できたんだな。」
「むっ。いちいち失礼ですよね?…白狼天狗は宴会などの準備をしますから。哨戒天狗ともなるとやることもそれほど多くなります。一番下っ端ですから。」
少しムッとなりながらそう教えてくれた。
机の上には出し巻き卵と筑前煮、ほうれん草のおかか和えが置かれていた。…少しだけ醤油のいい匂いと食欲をそそる出汁の匂いが脳に通る。
「さ、冷めないうちにどうぞ。」
「おや、椛も飲めるのかい?」
「ええ。…久しぶりに酔いたくなっちゃって。」
椛は手にお猪口を持って小さく口元を緩めて、笑った。吾は日本酒の入った瓶を椛のお猪口へと注ぎ、自分のものへと注ぎ飲む。…美味い。
「それ、天魔様もお好きで…。隊長就任以来にいただいたんです。でも、飲む機会がなくって…。そんなに美味しく飲んでくださるなら開けた甲斐があります。」
そう言って椛はふっと微笑むと少しお猪口の中の酒を飲んだ。…こうやって、酒を飲み合えるのは嬉しい限りだ。
「そうか。…そんなに貴重なものを頂いているのか。」
「愈咫郎さんは命の恩人ですから。貴方に感謝していない白狼天狗は居ませんよ。」
「そうか。…料理も頂くぞ。」
「ええ。」
…さて、困ったことにどれも美味そうに見える。そういえば、外で済ませてくると紅魔館の飯は断ったな。…そういう日は咲夜が少し拗ねるが…まぁ、甘味を持って帰ってやれば少し機嫌が治る。…取り敢えず、出し巻き卵を頂こう。…箸で割って少し摘み、それを口の中に運んだ。
「…どうですか?…お口に合えば良いんですけど…。」
「あぁ…!!美味いっ…!!」
…しみじみと言ってしまうほどなんというか、優しい味だ。少々、塩っぱいタイプの出し巻き卵だが、それほど塩味が強くない。かと言って、弱いわけでもなく、自己主張はしっかりとする感じのやつ。…家庭的な味で好きだ。
「そうですか…!!…よかったですっ!!」
「…ふふ。」
あんまりにも屈託のない笑顔をするもので笑ってしまった。父が娘に思う気持ちというか…経験したことないが。心が温かくなってしまった。急に笑うもので、椛が首を傾げている。
「どうしたんですか?」
「…いや、さっき、黒葉や白狼天狗たちの話をするときの顔と随分表情が変わるのでな。あんまりにも可愛らしいもので。」
「か、かわっ…!?…めっ…です。そんなこと、簡単に言っちゃ…。」
「ふふ。まぁ、酒に酔ったおっさんの戯言とでも思ってくれ。」
…まぁ、酔うなんてまだまだの話だが。可愛らしいと口にした吾に顔を真っ赤にして、焦りながら目線を逸らす椛。その姿にもなんとなく、ほんわかしてしまう。…取り敢えず、目に映った筑前煮に手をつけた。
「…うん。美味い。」
ほうれん草のおかか和えも普通に美味い。
少し恥ずかしいが、バクバクと食べてしまう。これは普通に晩酌としても最高だ。
「うふふ。」
「ん?どうした?」
「ここ、ついてますよ?」
椛が唇の左あたりを、指で掬い、それを口元に運んだ。優しい笑顔で。…だが、椛も椛だと思う。こりゃ、年甲斐もなく少し恥ずかしい。
「どうしたんですか?そんなに顔を赤くして…。もしかして、もう酔いました?」
「…いや、だって…お前…。」
「…あっ。」
笑いながら、聞く椛であったが、それに気づいた途端、顔を真っ赤にして押し黙った。…少々、気まずいが。割と良い時間が過ごせた。もうそろそろ、お暇することにしよう。
「じゃ、じゃあ、もう帰るよ。…ご馳走様。」
「…あっ…。かえ…る?…で、でも、外…大雪ですよ?」
「…は?」
椛がほらっと窓を指差す。
…本当だ。真っ暗闇でも見えるほどの大雪。…山の天気は変わりやすいとは言うが…これは。
「…どうしよう。笠はあるが…。」
「だ、ダメですよっ!!山の天気なめちゃッ!!」
「そ、そうか?」
椛が帰ろうとする吾の肩をガシッと掴み、そう言った。確かに…死にはしないが生き埋めで見つからないのは嫌だな…。雪解けまで正気を保てる気がしない。
「そ、そうだ。今日、泊まってください。この分なら、朝には止んでると思いますので。」
「…だ、だが…。」
「良いですからッ!!」
…そう言う椛の気迫に押されて、結局泊まることになってしまった。そうして、椛とのお泊まり会が幕を開けるのだった。
終わり方…w
というわけで、次も椛回です。では次回。ではでは〜。