「…ん、あぁ?」
…何度目の知らない天井だ?
木の匂いが鼻に通り、広がる。紅魔館とは違って、懐かしさを覚える。嗚呼、これはだいぶと昔の記憶だ。
「…ッ…。」
頭にズキズキと広がる痛み。手を当てると布のようなものが巻かれていた。…確か、ぶん殴られたんだったか。撃ち落とされたかのような痛み、衝撃。あの一撃でそれが一気に爆発した感覚。なんなんだ。一体。
怪力という言葉は安すぎる。あれが…正真正銘の鬼の実力。
…しかし、此処はどこだ?
地面で寝ていたと思うが、気づけば唐草模様の布団がかけられ、畳の上に敷かれた布団に眠っていた。周りは至って普通の古民家。箪笥に見なくなった囲炉裏、それと積まれた座布団。…人里にでも送られた?
「…あら、目覚めたの。」
「…アンタは。」
…これは驚いた。
声をかけてきたのは、あの橋の上で会った西洋美人だった。…いや、幻想郷なら普通なのかとも思うが。その顔は、冷ややかに此方を睨みつけていた。
「馬鹿な男。鬼に丸腰で勝てるとどうやったら思うわけ?しかも、あの勇儀とやり合うなんて。」
「…なんだ。星熊勇儀と知り合いだったのか?」
「まぁね。と言っても、そんな良い仲じゃないわ。人ん家まで来て、お酒を集る。そんな人よ。…でも、彼女と戦ってその程度で済んでるなんて。貴方、本当に人間?」
「…あぁ。まぁ、一応。」
吾ながら何度も歯切れの悪い返事だ。
とは言え、初対面の人間がいきなり、私は蓬莱の薬を飲んだ不死身人間ですとか言い出したら、吃驚するに違いない。…此処に住んでて、今更感はあるが…。
「ふーん。訳ありってわけ?まぁ良いわ。…取り敢えず、傷だけは癒やしなさい。人探しも出来ないでしょ。その身体じゃ。」
「…助かる。」
「別に。アンタのためじゃないわ。…ただ、私が見逃してみすみす死んだりしたら夢見悪いし、ご飯も美味しく無いでしょ。…それだけ。」
…絶対零度の眼差しでこちらを見る美麗な女性。これはまた、手厳しい。最初の頃の咲夜や幽香に似た…言わば、殺意ではない何か。警戒心…というか、なんというか。
「イッ…。」
…少し動いただけで、体に電撃が走る。
これはやばい。布団から出ることもままならないか…。
「じっとしててよ。…全く、男ってなんでこうもバカばっかなのかしら。」
「…。」
お盆をもった女性が吐き捨てるかのように言った。
…その持っていたお盆を枕元に置く女性。…上にはお粥の入った小さな土鍋があった。
「怪我の時は消化のいいもの食べた方がいいから。」
「…吾の為にわざわざ。悪いな。」
「馬鹿じゃないの?…アンタのためなわけないわ。…適当に残り物、入れただけだし。ほら。」
小皿に持って、此方にレンゲを刺して渡す女性。
…多少、熱いが。作ってもらった手前、贅沢は言えない。それを受けとって、レンゲで掬い、冷ます。そして、一口。
「…美味い。優しい味だ。」
塩味はしつこくなく、しかし、しっかりとついている。後味はすっと消え、嫌な感じはしない。…確かに、食欲が無くても食べられる。
「…褒めても何も出ないわよ。」
「…そうだ。アンタ、名前は。まだ聞いてないんだが。」
「アンタに必要あるかしら。」
むっ…。
話題を作ろうと思ったが、一喝されてしまった。…しかし、流石に好奇心には抗えない。
「頼む。教えてくれ。」
「…嫌よ。何に使われるかわかった試しじゃないし。」
「良いじゃねえか。減るもんじゃなしに。」
「…はぁ。ったく。水橋パルスィ。…これで良いでしょ。」
…しつこく聴きすぎたか、女性…改め、水橋パルスィは先ほどよりもキツい視線を此方へ向け始めた。…先ほどから、言葉の端々に棘がある。まぁ、助けてくれた御仁に馴れ馴れしくしすぎたというのもあるが。
「…馳走になった。」
「そう。なら、片付けるわね。」
そそくさと鍋と器を片付けると、パルスィは奥へと入っていった。
…外はどうなっているだろうか。此処は、地の底。天気やら時間やら…よくわからん。それに、太夫と咲夜たちは今何をしているんだ。前者は依頼という形じゃなければ探さないが、後者はどうも気になる。そりゃそうだ。吾の命より大切なのだから。
「…咲夜。」
「パルスィ、邪魔するぞーっ。…ありゃ?アンタ、昨日の。」
「…お前は。」
…ガラガラと音を立てて開いた扉。そこに立っていたのは、あの星熊勇儀だった。キョトンとした顔で吾を見る勇儀。
「ハッハッハッ。いや、昨日はごめんな。酔って暴れてた馬鹿、止めてくれたんだろ?手加減したけど、予想以上にアンタがやるもんで熱くなっちまってなぁ。改めて、私は星熊勇儀。宜しくな。」
気さくに笑い、此方へと近づき、手を伸ばしてくる勇儀。…意外と気さくな奴だ。吾もそれに倣い、握手を交わした。身体は痛むが仕方ない。
「…アンタ、また来たの?」
「あぁ。…しっかし、なんだ?パルスィ。ユタローと知り合いだったのか。」
「はぁ?…私もつい最近、知り合っただけよ。さっさと出てってほしいくらいだわ。」
奥から帰ってきたパルスィがお盆にお酒と皿料理を持って、勇儀の隣に座った。勇儀はパルスィから酒を貰うと、猪口に注ぎ、吾に渡してきた。
「良いのか?」
「あぁ。酒は大勢で飲んでなんぼだ。」
そう言ってはにかむ勇儀。
…確かに、異論はない。猪口を口につけて、グイッと飲むと…少々舌先が痺れる感覚があった。なるほど、辛口か。
「仲がいいんだな。お前たち。」
「言ったでしょ。そんないい仲じゃないって。」
プイッと顔を背けてそう言うパルスィ。
…しかし、何も頼んでいないのに用意している辺り、相当仲が良いように見えるのだが。
「ヒヒッ。良い女だよ。パルスィは。…それと、酔った時が可愛い。」
「ほぉ。」
「そこ、変な会話しない。」
耳打ちでそう言う勇儀にパルスィがジトーとした目で吾々を見てくる。咲夜もそうだが、美人に酒は似合うな。あまり強くないのか、小さな口でちょぼちょぼと飲んでいるのがわかる。
「…それで、兄さんはなんで此処に?」
「…探し人だ。此処に、ザンバラ髪の派手衣装は来なかったか?」
「知らないねえ。なぁ?パルスィ。」
パルスィも同調するように頷いた。
…なるほど。勘では此処だったが、空振りだったか?
「まぁ、地霊殿なら何かわかるかもしれないけど。」
「チレイデン?」
「あぁ、この地底街を進んだ少し先。そこに洋館があってな。そこなら、何かわかるかもしれない。…が、そこに行くならやめといた方がいいよ。」
先程まで笑っていた勇儀が、急に表情がキリッと引き締まった。
「私はいくら気に入った奴でも私より弱い奴をあそこに入れたくないんだよ。特に人間はどうしても信じられない。…此処の鬼達は特にね。」
「…なるほど。」
何やら、訳ありと言った様子だ。…深くは聞くまい。勇儀の顔が少し沈んだのが物語っているから。
「つまり、お前に喧嘩で勝てば良いと。」
「は?アンタ馬鹿なの?次は死ぬわよ。」
…パルスィの目がだいぶとキツくなっていく。命の恩人とはいえ、譲れないことがある。吾はそれにニヤリと笑って返した。
「…吾は死んでも死なねえ。大丈夫だ。」
「は、はぁ?べ、別に心配なんてしてないわ。」
「ハーハッハッハ!!」
…急にドッと笑い出す勇儀。その声にパルスィはびっくりしたのか、肩をビクッと揺らして、耳を塞いで勇儀を睨んでいた。目に涙を少し溜めて。
「良いねッ!!アンタ、やっぱり気に入ったッ!!…時間がないんだろ?私がアンタを鍛えてやるッ!!それでアンタは私を倒せば良いッ!!」
「…わかった!!」
矛盾はしているが、それが一番手っ取り早い。
彼女の手を握り、吾と彼女は笑い合った。
「…はぁ…。馬鹿しかいないのかしら。此処には。」
そう言ってこちらに冷たい視線を浴びせるパルスィを他所に。