転生前は人間のオスだったエルフの聖女、婚約者に嵌められ淫魔になり追放されたらしい 作:芥目たぬき
エルフ+聖女+サキュバス
人間の国とエルフの国の国境近く。深い森の中には、ざわめく木々の音ばかりが響いていた。
本来ならば人間が立ち入ってはいけないはずの深い森。ここは並の者が入ったらすぐに死んでしまうと言われている危険地帯である。
オレは、その危険な深い森の中にいた。
なんてことはなく、ただ
エルフの国に街道からの正規入国ルートで入ろうとすると厳しく長い時間が要される審査があり、今回の目的には向いていなかった。
もうひとつの草原地帯は森よりも比較的安全とはいえ、エルフ達が国境沿いを常に巡回している。昔はエルフを誘拐する人間達が密入国を繰り返していたため、今でもかなり厳しい見張りがいるのだ。
というわけで、オレは一度入れば生きて帰ることが出来ないと言われている危険な森———『甘き森』からエルフの国へと向かっていた。
ここにはドラゴンが住んでいる洞窟があったり危険な魔獣も多く生息していて、力のない者が立ち入ればまず死んでしまう。エルフでもまず好んで侵入する者はいなかった。
森に入って3日目。
あと1日もあればエルフの国のはずれの集落に辿り着くだろうと、夜の静かな森の中で息を潜めて身体を休ませている時だった。
「もし……そこの人間の方」
暗がりから声がかけられる。
それは、とても弱りきった女の声だった。
「そこにいらっしゃるん、ですよね……でしたら、その……」
ずる、ずる、と地面を這いつくばるような音を立てながらも、その女はこちらに向かってくる。月明かりに照らされて姿を見せたそれは、身体中がボロボロで、至る所から血を流しながらも、必死に身体を動かしていた。
その背には蝙蝠のような翼が生えている。
耳は長く伸びて、その上にはツノが生えている。
臀部の上の方からはつるりと先尖りした尻尾も生えていた。
———悪魔。
自分を捕食せんとやってきたのか、その女はこちらを明確に見ている。
「お情け、を……いただけ、ません……か……?」
少しずつ、しかし確実にこちらに向かってきている。よく見ればとても美しい女で、なのにその身は痩せ細って今にも死に絶えそうだった。
指先は汚れて、数本の爪が剥がれてすらいる。身体につけられた傷は獰猛な獣の爪痕だけでなく、人為的につけられた刀傷も見受けられた。
何か、訳があるのだろうか。
オレが今隠れているのは、強力な護符結界を張った小さな洞穴だった。深い森の中、秘密裏に与えられた任務の遂行のために今夜はここで一晩を明かそうとしていたのだ。
魔獣や獣、魔族や盗賊など、悪意あるものならばどんなものでも弾くような結界だが、目の前の悪魔がこれを破らないとは限らない。悪魔とは得てして、魔族の中ではかなり上位に値する存在なのだから。
音を立てないようにそっと、愛用の懐刀を構える。
「……ど、うか……どうか、たすけ……」
そして、女がこちらを見上げてきた。
距離はじりじりと近づいてきていておよそ20mくらいか。月明かりのおかげではっきりと見えたその顔は、見覚えのある顔にどこか面影を似せていて……
じわりと、嫌な予感がよぎる。
そもそもこんなところに悪魔がいるのがおかしいのだ。悪魔とは、基本的には人間の欲を喰らって生きていく生き物である。街中に紛れ込んでいたりするもので、間違ってもこんな人気のない深い森の中にいるはずがないのだ。
「……お前、名前は?」
「な、まえ……」
大丈夫だ、まだ距離は離れている。
あそこから突然攻撃に転じられたとしても逃げられるし、反撃も出来るだろう。これまでの人生で幾度かは悪魔を相手取ったこともあるのだ。
オレは、強く武器を握っていた。
そして……
「わた、しの名前、は……ユターシャ……」
「ユターシャ?」
ユターシャといえば、エルフ国の第一位聖女と同じ名前だ。
『降り立つ繁栄』と名高いその聖女は、先進的だが自然を尊重した知識を持ち王国の発展に従事してきたらしい。神秘に包まれているエルフ国だが、その聖女の噂だけは人間にも知れ渡っていた。
自然と調和しながらも、新たなる繁栄をエルフ族にもたらした聖女。
美しく、気立よく、そして誰よりも深い知識と穏やかな優しさから、過去最高の聖女と評判があった。
———間違っても、こんなところで這いつくばる悪魔が名乗っていいような名前ではない。
「なるほど、この国の民から最も敬愛されているだろう聖女の名を偽って、
「ちが、違いますっ……!」
「その顔立ちはユターシャのものだろう? 肖像画で見たことがあるぞ。変装する魔術でも使ったのか」
そう、その顔は間違いなく聖女ユターシャと瓜二つであった。
光魔法を得意とするエルフ国にわざわざ侵入する悪魔というのも間抜けだし、国民に慕われている聖女の名を偽るのも頭が悪い。
正体を見破ってもなお、魔術を解くこともせず、ズルズルとこちらに近付いてくる。
「殺すのも手間だ。失せろ」
「だ、だめ……たすけ、て……本当に、死んでしまいそう、なのです……」
こんな深い森の中で、悪魔なんかに目の前で死んでもらいたくないものだ。
悪魔の血には高純度の魔力が含まれている。いくら頭が悪い低能の悪魔だろうが、こんなところで死生臭い死体なんて作ったら、その匂いにつられて魔獣がわらわらと寄ってくるだろう。
……いや、今もか。
ユターシャを名乗る悪魔の背後には、木陰に隠れて魔獣の群れがあった。距離はまだ遠く、ユターシャを名乗る悪魔本人は気が付いていない。
本来なら魔獣が悪魔という高等な生き物に襲いかかることなんてないけれど、相手は弱りきった脆弱な悪魔だ。魔獣からすれば、生まれたての仔牛のように容易く頂くことのできるご馳走と言っていいだろう。
同じ人型の生き物が自分と同じ言葉を叫びながら死ぬ様はむごいものの、それを助ける義理なんてない。もっと言えば、悪魔は人間を捕食する生き物なのだから、ここで殺されるのは都合がいい。
問題としては、オレも魔獣の狙いになる可能性があることだが……まぁ結界を張っているし、魔獣にこれを簡単に突破されることはないだろう。
朝、この悪魔の死体を喰らう魔獣達が残っていたら結界から出られずに、行動できなくなるのが面倒だが……
「ま、魔獣に、追われているんです……」
「あぁ、そうだな。出来れば遠くまで逃げて、魔獣を引きつけて遠くの方でおっ死んでくれ。その方が、オレも都合がいい」
その言葉に、悪魔は見捨てられたと思ったのだろう。綺麗な聖女様の顔を歪めて、泣きそうな顔でオレを見つめていた。
死にたくない、と表情から窺える。
だが、オレにはそれを助ける義理なんてなかった。むしろ、人間に害をなす悪魔をわざわざ助けるなんて間抜けなことはしない。
そして———
「ひっ……いやぁぁあああッ!」
最初の一匹が、悪魔に齧り付く。
それに続いてわらわらと、魔獣は山になるように悪魔に群がっていった。
あれはもう死ぬだろう。魔獣の鋭い牙が、柔らかな悪魔の肉を削いでいく。悪魔の断末魔を楽しむように、魔獣の群れはあえて急所を外して肉を削ぎ落としていた。
ろくな抵抗もせず、呆気なく悪魔は魔獣の餌食に……
「……い、三い、まほぉ……」
最後の足掻きか、皮膚がところどころ噛みちぎられている腕が見えた。血だらけになった手が月に向かって伸びる。
「———ほー、りぃ……」
魔獣達は、魔術を使わせる前に仕留めようと悪魔の首筋に噛みつこうとする。彼らも悪魔が何かしてくると察知したのだろう。後方にいる一際大きな魔獣が吠えて、身体を身構えさせていた。
だが、間に合わない。
それよりも、悪魔の魔術の方がずっと早かった。
悪魔は慣れたように魔術式を素早く組み立てていて、その指先にはエルフ族が好んで使う『五指式型』特有の、五重になった円式が浮かんでいる。
「ばす、たぁ」
手の先に急速に魔力が集まっていく。
それは魔族が好んで使う闇の魔術———とは正反対の、白い光。心が綺麗なものでないと扱えないと言われている、白魔法。魔を祓い、守るための光が、その悪魔の手先に宿っているのだ。
「……ばーすと」
そして、その瞬間あたりに強い光が広がる。
音もせず、声も聞こえない。光だけがあたりを包む。その光の中は、まるで痛みも苦しみもないような白い空間が生み出されていた。
魔を祓う高等な魔術。光魔術の第三位に値して、本物の聖女くらいしか扱えないような魔術のはずだ。
人間の国にいる聖女が扱うのを見たことがあった。普通の人間には到底出来ない、愛された者のみが使える領域。
間違っても、
「馬鹿な……」
白い光が止み、再び森の中の暗闇を月明かりだけが照らす世界に戻ってくる。
そこに魔獣はおらず、そして腕を無くし、肌の大半を焼け溶かした悪魔らしきものだけが転がっていた。
悪魔が光魔術なんて、使う訳がない。
しかもあそこまで高等な魔術を、簡単に使えるはずがない。
おそらく、術者本人すらも自身の魔術によって溶かされてしまったのだろう。伸ばしていたはずの右手が一切無くなっていて、ユターシャを真似した美貌は焼け爛れて見るも無尽な形へと変容していた。
当たり前だ。光の魔術は魔を払う魔術。
術者であっても、それが魔のものであれば例外なく払われるのである。
「なぜ、何故悪魔なのに、光の魔術が使える!?」
「かひゅっ……かはっ……はひゅ……ひゅっ……」
浅く呼吸をしている。かろうじて、まだ生きているらしい。
オレは周りの安全を見てから、武器を構えつつ結界を一時解除して、そして悪魔の元へと近寄った。
「何故だ……? 悪魔に光魔術なんて無理な筈なのに、どうして使用することができる……?」
「は、はひゅ、かはっ……ひゅーっ……」
そして、その身体をじっくりと検分していく。
浅く上下する胸は焼け落ちていて、しかし熱は持っていない。溶けたようなそれは、悪魔が光魔術の攻撃を喰らった時の症状であった。
焼け爛れた上半身。下半身の方はまだマシだが、それでも魔獣に強く噛みつかれたからか歯形の穴が開いていて、悪魔特有の黒めの血がどくどくと溢れている。
腹を見ると、痛々しくも醜い魔術焼印……なんらかの黒魔術がこの身体には刻み込まれていた。直径10cm程の大きさの焼印、エルフが好んで使う五重の円には邪悪な紋様が並んでいる。
———見たことがある、魔術式であった。
オレには深い魔術の知識なんてものはない。
それでも、今まで様々なところに潜り込んできた事があるし、金持ちの道楽でこういったものが刻まれる人間や獣人といったものもたくさん見てきた。だからこそ、その紋様に心当たりがあるのだ。
この独特な魔術紋様の並びは、一度見たら忘れられるようなものではない。エルフ特有の五重式で、オレが見たものと形は違うが……書かれている紋様は同じだろう。
おそらくこれは———
ある獣人は魔獣となった。ある人間は死を啜る骸骨になった。これと似た魔術を、オレは見たことがあるのだ。
ならば、もしかしたら、おそらく。
「お前……まさか、本当に、聖女ユターシャだというのか……?」
「……!」
ユターシャを名乗る悪魔の、溶けている顔の瞼が開かれる。その目には、歓喜が宿っていた。
「そんな、馬鹿な……くそっ」
オレは悪魔を抱きかかえると、洞穴の中に戻る。すぐに結界を張りなおしてから、持ち込んでいた荷物をひっくり返して手当道具の一式を取り出した。悪魔に対して有効かはわからないが、やらないよりはずっとマシなはずだ。
こんなところでこの女を殺すわけにはいかなかった。この悪魔には聖女の可能性があるし、そうでなくてもなにか重要なことを知っていてもおかしくはない。
「エルフの国で、なにが起きているんだ……?」
オレは今回、人が治める王国の裏機関より命令されて、エルフの国から広がっている異変の調査に向かっていた。
それは、
この数日でじわじわと木々や大地が悲しみを帯びたかのように活力がなくなってきているのだ。
異変がエルフの国から発生していると
かつては暗殺者として祖国の裏機関に育てられたオレだが、ここ最近では表向きには冒険者に転向して生活していた。オレが何かをヘマした時に、祖国が簡単に尻尾切り出来る様にするためである。
普段は各地を巡りただの冒険者として生活しつつも、たまに命令が下されればかつてのように静かに任務を遂行する……祖国の暗い手足として活動しているのだ。
「(仮に聖女だというのが嘘だとしても……こんなところに悪魔がいること自体が異変だろう。せめて情報を得てから……)」
目の前のこの存在を、死なせるわけにはいかない。酷くてもエルフの国で何が起きているのかがわかるまでは。
「お前は悪魔だろう? 契約してもいい、もちろん魂を全て売り渡しはしないが、今のお前が生きていける程度の魂ならくれてやる」
そういうと、悪魔はそっと目を伏せた。きっと、それは違うと言いたいのだろう。
彼らはとてつもなく、生命力が強い。
それは人間のように血肉を食らう生き物ではなく、高等な生物から「魂」やら「精」やらの質量のないナニカを奪って生きるからだと言われている。
逆に言えば、人と同じような手当をしたところで回復するような生き物ではないのだ。だからこそ、言葉を重ねる。
「このままだと、本当に死ぬぞ。持って30分もあるまい。お前が聖女だったというならば、死なれたら困るんだ。だから、なんとか生きようとしろ」
「……あ、ぅ……」
そして、女は微かな声で呟いた。
「せ、……し、を、くださ……」
「?」
「……ざ、ーめ、ん……」
彼女はそれだけ言うと、力尽きたかのようにがくりと目を瞑った。
……???
なにかおかしかった。今のは、絶対におかしかった。聞き間違えでなければ、この女間違いなくザー○ンって言ったよな? 『せいしをください』っていうのはつまり、精子のことなのか?
この状況においてジョークを飛ばすわけがない。緊張した場面で急に下ネタ言うと面白いよねって言うにも、限度があるのだ。死にかけで言われてもひとつも面白くないのである。
いや、違う。こいつもしかして……!
「……サキュバス、なのか……!?」
* * * *
ユターシャ(95歳)
エルフは5年で1才の歳をとるので、人間換算すると19才くらい。
おっぱいがでかい聖女。
すごい美人で転生チートを謳歌してた。
中身は男の筈だが、厳しい聖女訓練期間で女としての立ち振る舞いを躾けられて以降、基本はお淑やかな女性の口調となる。
転生前の好物はハンバーグ、転生後の好物はハチミツ。