転生前は人間のオスだったエルフの聖女、婚約者に嵌められ淫魔になり追放されたらしい 作:芥目たぬき
「じゃあ行ってくるから、いい子で待ってろよ」
「はい! どうか今日もご無事にお戻りくださいね!」
朝。真っ青な空は雲ひとつなくて、街は活気付き始める時間帯。最近借りた家具付きの部屋で、オレはユターシャと暮らしていた。
エルフの国からだいぶ遠く離れたこの街は、オレやユターシャには住みやすい街である。
人間だけでなくゴブリンやオーク、ドワーフやコボルトといった種族も多く住んでいて、様々な多種族が人間社会に溶け込んでいる場所だった。悪魔ですらそんなに目立たないのだ。
街の成り立ち自体もかなり特殊で、500年前にこの土地に住んでいたとされる種族の住処をそのまま再利用したものだそうだ。
ユターシャいわく「まるで団地」というそれは、山のように巨大な岩が大量に並んでいる光景。そのそれぞれが均等に均一に、人が住むのにちょうどいい大きさの広さで
部屋は全て賃貸になっており、巨大岩ごとに管理する経営主が変わる。本来ならば契約するのに年単位での居住が必須になっているものの、都合よく数日単位で貸してくれるコンドミニアム形式の部屋があったので、今回はそこを借りていた。
数年前まではただの遺跡群として認識されていたこの巨大岩だが、最近領主が変わった事により「大量の人々を住まわせることのできる場所」として再評価され、都市の開発計画まで進行しているらしい。
街の周辺の森にはまだまだモンスターが多く生息しているものの、領主が多額の資金を出していることからかなり開発は進んでいるようだ。
金があり、そして仕事がある。なにより住む場所がたっぷりとある。それだけの条件が揃っていて、金を求める者たちが集まってくるのは必然的だった。
様々な多種族の坩堝、人口の多さと急発展の街にある多少の治安の悪さ———悪魔が隠れるにはちょうどいい。
というわけで、オレとユターシャは生活を始めて早3ヶ月目に突入しようとしていた。
今まで放浪する生活しか送ってこなかったオレにとって、ひとつの家に住み続けるというのはなかなか新鮮な体験である。
「今日の夕飯は生姜焼きですからね! あと、明日のご飯用に帰りにおつかいに行っていただけると幸いです。買って欲しいものリストのメモって渡しましたよね?」
「あぁ。コレを買ってくればいいんだな?」
「はい!」
毎日繰り返しているやりとり。オレはいつもと同じように、ユターシャと玄関先で言葉を交わす。
最近ユターシャの料理の腕前は上がってきていた。本人曰く「一人暮らししてた時のカンを取り戻してきた」らしい。
エルフといえば菜食主義で薄味好きな種族であるはずだが、ユターシャは肉もうまく調理するし野菜もしっかり味をつけてくれる。わりと豪快な料理を作りがちなところも、個人的にはありがたかった。
そんなわけで、彼女に渡されていたメモを確認する。乾燥させた麺にニンニク、燻製肉、卵、チーズなどなど……何を作るのだろうか。
「忘れ物はないですか?」
「あぁ」
身につけるのはいつも通りの防刃対電コートで、その下にはさまざまな仕事道具を吊るしてある。背中にはサバイバルセットを担いで、冒険者としての装いを身に纏っていた。
「いってらっしゃい!」
「あぁ、行ってくる」
ユターシャの唇にキスを落として、それから頭を撫でる。普通の人間と同じように仕事に行く
部屋は3階。街の治安はそこまでいいとは言えないために、日中オレがいない間は家から出るなと言い含めている。
ベランダから手を振るユターシャに見送られつつも冒険者ギルドに向かい———
ユターシャの姿が見えなくなってすぐに、オレは家の方面にUターンした。
ユターシャには冒険者として働いていると申告している以上、それらしい振る舞いはしなくてはならない。しかし本当にやらなくてはならない事というのはユターシャの誘拐・保護である。
危険な冒険者業に連れていくわけにもいかず、かといってずっとユターシャと居続けるのも怪しまれるだろうと、選んだ苦肉の策であった。
オレとユターシャが2人で住む家とは別に、その真下の部屋もオレが別の名義で借りている。日中はそこでユターシャの監視———もとい、安全保護を確認していた。誰にも見られないように細心の注意を払って部屋の中に入り込む。
しん、と静かな部屋。
暗い室内、間取り自体は同じなのに、どうしてこうも殺風景で寂しい印象を覚えてしまうのだろうか。オレは音も立てずに荷物を下ろして、いつものように魔術具を起動させる。
『よぅし、今日も勉強頑張りますよー!』
なんてひとりごとを呟いているらしいユターシャの声は、下の階のオレにはとてもよく聞こえていた。
簡単な仕掛けを施しておいたので、日中のユターシャの行動が筒抜けになるようにしてある。プライバシーを無視しきっている監視に申し訳なさを感じるものの、エルフ国の要人である彼女から目を離すわけにはいかないのだからしょうがない。
いつものように
『んー、わからないですねぇ。なんでこーなっちゃうのかしら』
彼女はどうやら魔術について調べているようだ。毎日オレが出て行ってから帰るまで、ずっとずっと考え続けている。
紙を捲る音、唸る声、そして部屋の中でぐるぐると歩き回っているのだろう足音。
2時間が経過、特に変わる事はない。
『やはり魔術具からのアピールは諦めたほうがいいのでしょうかね。うーん、やはりエルフ体に戻るアプローチが最短ルート……? でも呪物ってやったことないしな……』
そっと街の方へと視線を向ける。いつも通りのその光景は代わり映えがなくて、オレはため息をつきながらも時間が過ぎるのをただ待つばかりであった。
* * * *
「はぁっ……ご主人様、くすぐったいですよ」
「ん、そうか」
ベッドの中で、柔らかな彼女の身体を抱き寄せる。腕の中に感じる熱は暖かくて、そしてその首筋に静かに口をつけた。舌を這わせると、彼女はくふくふと笑いながらもオレの身体に抱きついてくる。
セックスの後、裸で抱きしめ合うこの時間が好きだった。
子供がするみたいな触れ合うだけのキスを何回も繰り返してみたり、戯れに柔らかくてすべすべな腹に指を這わせてくすぐってみたり、そして穏やかな時間が過ぎていく。
小さな窓から見える月は、とても綺麗だった。
「……今日もね、色々試してみたんですけど、ダメでした」
「あぁ」
知っている。
だが、知らないフリをする。
「何が、どういう風にダメなんだ?」
「うーんと……そうですね、魔術属性って基本的に魂に紐付いているものなんです。身体に魔力が備わっていて、それで初めて魂に紐付けされる魔術属性を行使することができるんですよ。ガソリンがあって初めて車が動くのと似たようなカンジです。
今の私は魂側の魔術の属性と、淫魔である身体が事故を起こしている状態……なので、そのどちらかを変えてあげれば問題は解決すると思うんです、が」
無理ですね、と彼女は呟いた。
「魔術の属性を変えるのに魔道具の使用を考えたのですが、それがことごとく失敗するんです。術式を書いて魔力を注入するだけだから……いうならばガソリンをただタンクにいれてるだけみたいな感じなんですけど、それでも何故か発動しちゃうんですよ」
手、めちゃくちゃ溶けちゃうんです。そういって彼女は手を開いたり閉じたりしてみせた。綺麗な、白魚のような指が月明かりに照らされる。
「せめて、私の身体に刻印された呪物を理解できればいいんですけど、そっち方面はサッパリなので……」
彼女も呪い等といったモノには詳しくないらしく、オレもオレでそう言ったことを深く知っているわけではない。
今のままでは八方塞がりなわけで、どちらともなく溜息をついてしまう。
「月並みな言葉で悪いが、無理はしないでくれよ。……できる事なら、なんだってしてやるから」
「ありがとうございます……ん、じゃあもっと甘やかしていただけると嬉しいです」
オレは笑いながらも、彼女の髪の毛を指で漉いた。薄暗くて、月明かりだけが部屋を照らしている。甘い匂いが充満していて、体にはべっとりと汗が張り付いていた。
「……今日はどんな仕事だったんですか?」
「守秘義務だ」
「むぅ」
彼女はこうして仕事の話を聞きたがる。といっても、冒険者ギルドに行ってるフリしてその実まったく別のことをしているのだから話せる事もなく、オレはなにも言わなかった。これも、いつものやりとりである。
「いいなぁ……私も、早く魔術を取り戻して、さいつよな冒険者になりたいです」
「あのな、冒険者なんてフツーやめておいた方がいい仕事なんだぞ? いつ死ぬかもわからないし、危険だし、誰でもなれるんだからな。あまり期待するなよ」
「じゃあ、ご主人様はどうしてそんな仕事をしてるんですか」
「成り行きだ」
「他を選べなかったんですか?」
つけたキスマークをなぞりながら、オレはゆっくりと目を瞑った。
「……選べなかったよ、他の道なんて」
ユターシャの身体を抱きながらも、薄暗くて穢らわしい過去を静かに思い出す。
暗殺者にならざるを得なかった。それがオレの育てられた理由なのだから。そして、有名になり過ぎたから冒険者になって身を隠した。そこにオレの意思はなく、ただそうあれと命令されたからに過ぎない。
気がついた時には、そうやって生きる事が定められていたのだ。
捨てられたのか売られたのかは知らないが、自己が確立した時にはもう道は決まっていた。必死にならなければ死んでしまうし、そうして気がついた時には後戻りなんてできなかった。
やらなくては死ぬし、逃げたって死ぬ。ただ上から言われることを粛々と実行して、そして必死に生き残るだけの人生だった。
求められる事を求められるように
それ以外の生き方を知らないのだから、もうどうしようもない。必要になった時だけ使われる、そういう風に生きてきた。
オレには選択肢なんてものはなく、常に生きられる方に歩み続けているだけである。その行き着いた先が今なのだ。
「……ご主人様?」
「あぁ、そうだな。これからもきっと……」
オレには、選ぶ権利なんて持ち合わせていないのだ。オレ個人がユターシャをどれだけ想っていても、時が来たら、求められる事を求められるままにするしかない。
あぁ、だからその時が来たら———
「ご主人様」
「……大丈夫、だ」
ユターシャが、オレの顔に手を伸ばしてきた。おとなしくソレを受け入れて、困ったように眉尻を下げている彼女を強く抱きしめる。
一体、今の自分はどんな顔をしていたのだろうか。
「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって……」
「いいんだ、オレが悪いんだから」
いつか、オレはユターシャを
こんなにも未来が来てほしくないのに、何故か彼女といる時は時間が飛ぶように流れていく。
「……なぁ、ユターシャ……好きだ。本当に、大好きなんだ」
「えぇ、私もです。愛しています……大好きですよ」
ユターシャはオレの首元に頭を押し付けてくる。腕枕に頭を預けている彼女は、ちぅ、とそこを吸い上げてきた。彼女の口ではオレの肌に跡なんてつかなくて、仕返しにオレが彼女の首筋を吸い上げてみる。
白い肌に、赤い跡はとてもよく映えた。
彼女の身体中に、オレの付けた跡が残っている。
「ふふふ、もう、私いつか身体中キスマークで真っ赤っかになっちゃいません? つけすぎですよ?」
「してやろうか?」
「いやですぅー」
と、言われながらも彼女の身体を押さえつけてキスマークをつけていく。優しく歯型もつけて、どうせ家から出ないのだからと首筋の上の方まで好き放題にしてやった。きゃあきゃあと笑いながらも特に抵抗しないものだから、悪い男が調子付いてしまうのだ。
彼女の身体は柔らかくて、押さえ込めばすぐに動けなくなってしまう。こんなにも酷い男に組み敷かれているというのに、無邪気に笑いながらもオレを受け入れてくれる。
「んふっ、くすぐったいですよぅ……!」
「嫌だったらちゃんと抵抗しろよ」
「嫌じゃないですけど、んひひ、こそばゆいですっ……」
そうしてそのまま戯れ続けて、どんどんと夜は更けていくのだ。次第に微睡の中に落ちていき、そして夢の中でもユターシャに出会う……とても穏やかで、そして満たされた時間だった。
満たされて、こんなに満たされているのに……いつかオレは、ユターシャと離れなくてはならないのだろう。それが寂しくて、辛くて、今だけは彼女を独占したいと身体中にオレを刻み込む。
とっくの昔に好きになっていて、こんな感情は初めてだったのだ。
終わりが見えている恋だとわかっているのに、どうしてこうも時間は早く過ぎ去ってしまうのだろうか。出会ってから、もう数ヶ月が経とうとしているのだ。
1日がもっと長ければいいのに。
「……ご主人様?」
「あぁ、なんでもない」
オレはユターシャの身体を抱きしめ直した。
華奢で、少し力を入れてしまえば折れそうな細い身体。
月が、あまりにも綺麗な夜だった。